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65.スカッと尾崎の配信

―――「まさか、ここまで残酷で……卑劣な人間がいるとは思いもしませんでした」

 配信の途中で尾崎は低い声でこう言った。


     ◇◇◇◇◇◇


 末次准教授と小暮助教、そして権藤と空飛ぶカァちゃんが録音・録画した証拠となる音声と映像を確認した後、尾崎はしばらく声が出せなかった。

 スキャンダラスな写真を撮られ、権藤のところの議員や党員すら連絡が取れず行方が分からないと報じられ、昨日の今日であっという間に不確かな情報を拡散されているこの事態の中、この隠された真実は尾崎にとって全く想像もできないものだった。

 彼はその卑劣な罠と行為に対しジャーナリストとして、人として激しい憤りを禁じ得なかった。

 自国の政治家がこのような卑劣で見苦しい罪を犯しのうのうとそこら中を歩き回っている、被害者のみが貶められるこの状況。

 「これは、殺人未遂――ただの傷害罪ではありませんよ?殺人未遂罪です。突き落として窓を閉めるなど、人として!」

 尾崎はかすれた声で憤った。


 末次と小暮、そして佐倉は、まず権藤ら三人が一命を取り留めたことをまず話し、彼らがなぜ一緒にいたのか、そして、どうしてこの事件に巻き込まれたのかを簡単に説明した後で、その証拠となる音声・映像を尾崎に見せてやった。

 もちろんこれは異例なこと。

 小暮が言う。

 「今回、遠山さんを連れてきてくれたのは麹町さんなんですよ。俺たちは以前から彼女に協力してほしいことがあったんですが、権藤さんを通して山本に願い出てもずっと無視されていたんです。それが、今回いきなりですよ?俺たちのほうが驚いたんですから。麹町さんはすぐ帰ってしまったんですが、遠山さんと一緒にものすごく体の大きい秘書さんがに研究会に参加してくれたんですよ」


 「なるほど。となると、そこに参加していた技術者の方や研究者の皆さんはそのことを知っていますよね?なぜ証言がでなかったんでしょうか?」

 尾崎が訊ねる。当然の質問だろう。


 末次が答える。

 「昨日の時点で――私は今回の当番、研究会の世話人だったのですが、私から参加者に連絡して数日の間だけでいいのでもし何か聞かれても応じないでほしいと頼んだんですよ。これは麴町さんからの指示でしたが、あの方は万が一漏れたとしてもまあなんとかなるからと仰ってましたがね。自分がなんとかするからと。

 とにかくまずは被害者の三人と、子供たちやご家族、あとは加害者の釜谷の身を守らないといけないのでそれが確実になるまでは公表できなかったんです。釜谷の身は麴町さんが何とかうまく匿っています。当の釜谷本人は別件で助けてもらったと思っているようですが」


 「麴町さんがですか?ちょっと……それは信じられないです。本村さんの事件の後ですよ?これは、本当に決定的なダメージになるじゃないですか!」

 何度も麹町に確実な証拠のあるスクープを握りつぶされ、信頼していた人間にいきなり裏切られ、どうしてか事件の関係者と連絡が取れなくなり、何度も絶望と共に重大な記事を跡形もなく揉み消された尾崎こそ麹町から煮え湯を飲まされてきた代表格だ。

 そんな麹町がなぜ今回、自分にこの証拠を渡したのか?

 それこそ罠ではなかろうか?

 尾崎はそう思えてならなかった。


 尾崎からすると天敵麹町の子分に思えてならなかった佐倉が「尾崎さん」と話しかける。

 「麹町先生のことを、尾崎さんが信用できないというのはよくわかります。先生もそれはわかっているんです。でも、その先生があなたを選んだんです。私が尾崎さんにお願いしたいとお願いするつもりだったのに、今回は麴町先生の方から言ってきたんですよ。これは本当のことです」


 「まさか!そんなこと信じられませんね」尾崎は呆れたように言う。


 「それでも事実そうなんです。私と麹町先生があなたに罠をかけるかもしれないとお思いですよね?でもこちらの先生方がそんなことをする意味はないですよ?権藤さんもそうです。だって権藤さんはあなたの番組にはよく出演されていましたよね?末次先生も一度、確かご出演されましたよね?」


 佐倉の問いかけに末次が頷く。同じように小暮も「そうですよ、権藤さんを頼りにしていたのは俺たちですよ」と続けた。


 「それは、そうかもしれませんが――でも私の番組をよくご存じですね、佐倉さんはやっぱり山本さんの関係で私の番組をチェックされていたのですか?」

 尾崎が嫌味を込めて訊ねると佐倉がにっこりと微笑んだ。


 「まさか!私はもともと尾崎さんのファンですから、ずっとですよ。うちの両親は有料会員ですよ、しかも最初から。その時は実家暮らしでしたからいつも一緒に見ていたんです。遠山さんの海上飛行テストをずっと批判し続けてくれたのは尾崎さんだけでした。ヘリコプター事件も尾崎さんだけが何度も取り上げてくださったんです。破壊遺産のこともなかなか強烈でしたしね」

 佐倉はまた麹町に叱られそうなことを口走ったが、本人はニコニコと笑いながら続けた。


 「遠山さんへの陰湿で残酷な扱いについては、尾崎さんが更に驚くような事実がありますよ。いずれお話ししますが、今はこの殺人未遂事件と山本先生と総理の卑劣な行為を公表するのが先なんです」


 尾崎は佐倉のこの言いようには驚いたが、とてもじゃないがすぐには信用できなかった。佐倉が両手を広げて山本を守り庇いながら記者の質問を遮って、薄笑いを浮かべてかわしていたことはまだ記憶に新しいのだ。

 「佐倉さんは山本さんの麗しいナイトじゃないですか!いきなりどうされたんです?私の番組の有料会員だなどと、そんな嘘はたくさんです」


 「どうぞお調べください。母は何度かコメントも入れていますよ。権藤さんの選挙の時の配信とヘリコプターの時とか資金問題の時もですよ。後で母の名前をお渡しします。尾崎さんも確か母に返信をくださいましたよ。ああそう言えば――私が『山本先生の飼い猫』って書いたのは尾崎さんでしたよね?これにはショックを受けました。とてもじゃないですが文字に残したくないフレーズでしたから。友人には責められて、“この記事をいつまでも保存しといてやる”って言われて馬鹿にされましたよ。尾崎さんには飼い猫扱いの責任を取っていただかないとね」

 佐倉は急に真顔になってこれを言った。


 末次は目を見開き、小暮は笑い出した。

 尾崎は佐倉を睨みつけたが、佐倉がスマホを取り出して、尾崎の番組の有料会員だという母親の名前を示してきたのでそれを見た尾崎は驚いた。


 「この方!知ってますよ、権藤さんのところの議員がわけのわからないスキャンダルに巻き込まれた時にも連絡をくださった方です。佐倉さんのお母さんなんですか?」


 「そうです。母は権藤さんの支持者でもありますし、先日の下剤事件の時は権藤さんにお詫びと御礼でお話ししたばかりなんです。もっと言いますと、今権藤さんの息子さんは私の実家で預かっているんですよ。遠山さんの子供たちと一緒にね。そういう状態で、尾崎さんを陥れても私に何の得もありません。それにこの件が片付いたら秘書の仕事はやめますから。理由はおわかりでしょうが、山本先生はもう先がありませんから。いかがです?少しはこの()()()()を信じてやってもいいのでは?」


 尾崎はむっつりと黙り込み、佐倉のスマホに書かれた有料会員の名前を見つめながらはーっとため息をついた。

 「わかりました。佐倉さんのお立場ではそうせざるを得なかったってことですね。山本議員をあんなふうに――そうですか、そうですね。それは確かにそうだ」


 尾崎の表情からほんの少し険が取れてきたことにホッとした佐倉もまたいつものように穏やかに話し出した。

 「そうです。私が山本先生に信用された状態でないと遠山さんを守れなかったんです。こんなことを自分で言うのは情けないと思うのですが――うまく先生を脅しながら遠山さんの待遇改善をするしかなかったんです。まあいいです、本題です。

 まさか尾崎さんがあのお二人をお疑いになるとは思いませんが、権藤さんと遠山さんが不倫するなどあり得ませんから。それから、この先もし釜谷が……釜谷先生や山本先生がいくら否定したとしても、さっき申し上げたように遠山さんが研究会に参加したのは、麹町先生が“釜谷先生の秘書と山本先生の密談”を聞いたことが始まりなんです」


 こう言った佐倉が、まずは空飛ぶカァちゃんが今までどのように扱われてきたのか、山本や党の連中が彼女を侮ってどんなふうに貶めてきたのかを冷静に話し出した。

 今まで具体的には報道されていなかった情報……見捨てられ傷つけられ、好き勝手に扱われてきた空飛ぶカァちゃんの立場を佐倉は淡々と語った。

 尾崎もまた静かに頷き、耳を傾けた。

 先生方と佐倉が、丁寧に整理された情報をしっかりと伝えた。

 必要な情報だけを。

 

――さてしかし、佐倉と先生方、そして麹町は、サイキックの予言のことは尾崎に一切話さなかった。

 あくまでも麹町が偶然耳にした釜谷の秘書と山本の密談をきっかけに、何かがおかしいと感じた麹町が空飛ぶカァちゃんを研究会にこっそり参加させ、彼女を第三者の目の中で守り、そして研究会の後で山本からの卑劣な電話を受け、居合わせた先生方と権藤、市谷が証拠を録音し、ビルに向かい事故にあったという、この一連の事実のみで尾崎の番組での配信を依頼した。


 尾崎ならこの事実を知ってそのままにするはずがない、必ず報道してくれる。

 佐倉も麹町も同じくそう思ったのだ。

 麹町と佐倉への不信感を尾崎がすぐに払拭することは出来ないだろうが、尾崎のような人間がここまでの証拠を前に彼らの罪を見過ごすはずがない。


 尾崎はホテルの部屋で提供された状況説明をもとに、彼らからもたらされた真実のみの内容でこの卑劣な事件の配信を行った。

 配信は尾崎一人。ゲストはなし。

 報道の自由と独立性や中立性が損なわれないよう、佐倉が報道内容にいちいち口を出すことはなかったが、子供たちの安全を配慮してもらうことだけは約束させた。


 哀れな山本の飼い猫と狡猾な麹町からの情報提供を受け入れ、尾崎の番組で配信したのは午後七時。

 希望通りに二つに分けた配信が行われた。

 尾崎の、いつも通りの整理されたわかりやすい解説の後で、証拠の音声・映像が流された。

 まず一つ目が『権藤と釜谷の言い合いの音声』と『空飛ぶカァちゃんがポケットから映した映像』。そして『小暮が隣のビルの下から撮った映像』が丸々全部。

 下劣な釜谷に侮辱され、殴られた映像。もちろん音声付き。

 権藤が怒り、釜谷を怒鳴りつけ、このことを証言すると言い切った映像と音声。

 そして、いきなり突き飛ばされた権藤と、飛んで受け止めた空飛ぶカァちゃんと二人を助けようと横から当たった市谷の姿。


 そしてもう一本。

 それは、山本ミキが空飛ぶカァちゃんを厳しく責め立て、侮辱し、脅し、娘のいじめ問題を盾に現場へ向かわせる卑劣で残酷な音声。

 録音したのが誰なのか、空飛ぶカァちゃんと権藤がどこにいたのかという尾崎の理路整然とした説明が配信された。


 ホテルで酒を飲み寛ぐ釜谷はこの報道になかなか気づかなかった。

 そのうち警察がホテルの部屋にやってくるだろうが、きっとその時まで気付かないだろう。


 山本はわりとすぐに気付いた。

 黒田が知らせたわけではない。公設第一秘書でもない。

 抑々、公設第一秘書が精神を病み退職してからその後ずっと空席のままだ。

 知らせたのは地元の事務所で秘書をやっている姉。

 山本同様のヒステリックな声で知らせてきた。

 

 山本ミキはこの配信を聴き、頭を抱えて叫び出した。

 

 そして水谷総理。

 この女に知らせるまでに数十分。

 早いか遅いか?

 これは秘書の不手際と言えるのか? 

 

 この夜。

 官邸近くに車を停め、水谷の頭に羽を打ち込んだ佐倉が笑う。

 

 

ここまでお読みくださりありがとうございます。

いつもありがとうございます!

フィクションですので、登場人物の名前ができるだけ実在の人物と被らないよう気を付けたつもりでいたのですが、なんと!逆に身近な人物の名前をうっかり使ってしまっていました(漢字違いの名前など)。

さっき急に知人の名前を思い出してしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

山本ミキは『アタックNO.1 』に出てきそうで気に入った名前だったのですが、苗字も名前も知り合いにいたのです!

こんなものを書いていることがバレた時に謝るしかなさそうです……


ではまた。

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