64.行方不明の二人
◇◇◇◇◇
―――官邸で水谷が天井を見つめる。
決して下を向いたりしない。
機嫌よく過ごすことよ。私は失敗も躓きもない人間。
釜谷?私の空飛ぶ奴隷にコケにされた間抜けな男。
これじゃあ、ちゃんとやれない哀れなミキと同じじゃないの。
一体なにをどうしたら権藤があのビルに来るようなことになるの?
あの奴隷が頼んだ?一緒に来てほしいって?あの男に?
あの女にぴったりの泥山で知り合って?あの間抜けな記事の通りに!
権藤も、結局は脇が甘いのよ。
全て台無しになったわね。今までご苦労様、必死に張って来たのにね。
あんな女に付き合わされて全てをふいにした馬鹿。
しかし、釜谷は連絡を寄越さない……と。
昨日あいつらに見つかった?
それだと間抜けすぎる。さすがにそれはないわね。
釜谷のことは記事になかったもの。
逃げたか……これで私を脅すつもり?
でも残念!私は何も知らないの。行かせたのはミキ。
結局今回もそう。あの哀れなミキがどこまでも失敗したのよ。
気になるのはあいつ、丸山はどこへ消えた?
権藤を撮った後、私に報告もないとはね。
勝手にあの記事を出した?私に断りもなく?
馬鹿が多すぎて不快だわ。
菜月なら失敗しなかった?(釜谷の愛人・秘書)
私がしくじったっていうの?……それはない。あの女は何か妙だもの。
菜月には関わらせちゃいけないものがあるんだから。
でも仕方がない、菜月を呼ぶか。
ーーー ーーー ーーー ーーー ーーー
以心伝心―――秘書官が静かに入室する。
「総理、釜谷先生の秘書が体調を悪くされたとのことで、長期の傷病休職となるようです」
これだけ伝えて彼は退室する。
余計なことを言わない。そうすることで身を守れる。
水谷は爪を噛む。昔忘れたはずの癖。
なぜだか不安が押し寄せた。
そして、まだ二十分も経っていないというのに同じ秘書官が入室してきた。
さっきよりも、その男の声はやや大きい。
「総理、釜谷先生が麹町先生と車で外出されました」
今回、その秘書は答えを待つ。
そのまま、その場所に立ち続ける。そこで何かを待っているかのように。
総理がどんなに涼しい顔をしていても、その答えを聞かずにいられない。
息を吸い込む音がする。
水谷が息を吸う音――“ズズーッ、ッ”
ざらざらとした下品な音だということを本人だけは知らない。
まるで唾まで一緒に呑み込むような音が響き渡る。
そして、目を大きく見開いた水谷が秘書官に問う。
「何?どうしたんです?」
秘書官は答えない。
「まだ他になにか報告でもあるの?」
仕方なしに言う。
「いえ。昨日は釜谷先生のご予定のことを何度か私に確認されていましたので」
「は?私あなたには言ったわよね。報告書が欲しかったのにいまだに提出がないと。本人は出かけていて秘書が体調を崩したなら仕方がないじゃないの」
水谷が呆れたようにこう返してきた。
その秘書は軽く頭を下げ退出する。
水谷に背中を向けたその男の表情は凍りついている。
長年秘書をやっているとわかる時がある。
これは始まりだ。やはり終わりの始まりか。
この女に足の先を向ける時の。
◇◇◇◇◇
―――山本ミキの執務室。
黒田が微笑む。
「先生、どうかされましたか?」
「は?どうもこうも!あの間抜けは何をしているの?電話にも出ないじゃないの!佐倉君は何してるのよ?まだ見つけられないの?」
黒田が心配そうに答える。
「はい、まだ見つからないそうです。遠山さんは昨日もかなりの熱があったのに、麹町先生の指示で亀裂の点検作業に行かされたってことで心配なんだと思いますよ。昨日は佐倉君は直帰したでしょう?だから責任を感じているんでしょうね。それに、麴町先生への抗議の気持ちが強いみたいです。麴町先生には言えませんが……あんなに遅くまで働かせるのは僕もよくないと思います。このことがバレたら本当にまずいですよ。もしまたSNSに、」
「だから私は言ったじゃないの!麴町先生に私は言ったわよ?こんな遅くまで点検作業をさせるなってちゃんと言ったわよ」
山本は本当に人の話を聞こうとしない。
自分が知りたい情報以外には興味がないのか、耳が塞がってしまうようだ。
黒田は何も言わず微笑むだけ。
それがまた癇に障るのだろう。
「何がおかしいの?笑ってる場合じゃないでしょうよ!こともあろうに権藤と飛んでるところを撮られるなんて!本当にとんでもないクズだわあの女。権藤は妻子持ちなのよ?」
黒田は思う。
ーー僕がサイキッカーだったら、あなたの頭の中に直接伝えたいですよ。
ーーせせら笑いながら伝えたいよ。
ーーもうずっと……佐倉君なんかよりもっと、ずっと前からだ。
ーー僕はあなたに腹を立てていたんですよ。軽蔑していたんですよ。
ーー不倫騒動を揉み消してもらったあなたが何を言うんだ?
ーーちゃんちゃらおかしいですよ。遠山さんはあなたなんかとは違います。
ーーあんたが行かせたんじゃないか!お前が!
ーー彼女はまだ目を覚まさないんだぞ!
「総理の秘書官に面会の申し入れをしてしてちょうだい。ほん少しの時間でもいいからお時間をいただきたいと……昨日のご指示の件でと伝えて」
黒田がいつになく快活な返事を返す。
そして素早い対応。
面会申し入れのため、秘書官へ電話連絡。
そして、早い回答。
今日は時間がないとのこと。
「やはり総理は……お忙しいようですね」
山本ミキは不思議に思う。
なぜだろうか?黒田がずっと笑顔を見せてくる。
ーー(なんとなく、今日の黒田は佐倉君みたいに見える。なぜだろう?)
山本は水谷と面会できない。
多分ずっと。
◇◇◇◇◇
こちらは、釜谷を守ってやった麹町。
気の毒な釜谷を、出入口が多く、逃げ隠れしやすい都内のホテルに匿った。
多分これから先、釜谷がこのホテルに泊まることはないだろう。
最後の贅沢だとばかりに麹町はランクの高いホテルをあてがった。
ここなら逃げ出すことはまずない。
しかし滞在期間は短いだろう。
助かるはずもないのだから。
さて、麹町のスマホになんとなく景気のいいコール音が響いた。
今はっきりと麹町はそう感じた。
耳にあてると予想通り。佐倉の弾んだ声が耳に入ってきた。
「先生、尾崎さんの時間が取れましたよ」
「スカッとの生みの親との対談を喜ぶ日が来ようとは!先生のホテルに来るように言ったか?」
「はい。必ず一人でお越しいただくようにと、それだけは約束していただきました。私も同席する予定ですが、よろしいんですよね?」
「おう、行け!あの男はお前にいつも、なんだ、ほら『呆れて、疲れて、タイムあっぷっぷ』された甲斐があったってもんじゃないか!今回はアップップじゃなかろうて!」
うまいことを言ったと得意気に麹町は笑う。
佐倉が調子よく笑ってみせる。
「しつこい、記者、呆れて、疲れての後は、今回は『とんでもない』のTになりますからね」
◇◇◇◇◇
―――佐倉家。
昼過ぎから英介のスマホは鳴りっぱなし。
竜介や良太、クラスの友人からのメール。皆心配でたまらないのだろう。
静と栄太郎のスマホに着信はないが、二人共これを気にした様子はない。
英介が、友人の竜介に無事だというメールをしてもいいかと佐倉の父にたずねたところ、佐倉の父と母が顔を見合わせ黙り込む。
「英介君、ちょっとだけ待とうか。烈に聞いてからの方がいいと思うんだよ。多分あいつもわかってると思うからきっとそのうち、」
と、佐倉の母のスマホが鳴った。
ちょっと待って、とその母。
「――と、英介君、烈からメールが来たわよ!竜介君にだけは伝えていいですって。ただし『心配かけてごめん』ってことと、あとは『数日の辛抱だから大丈夫で何も悪いことはしていない』とだけにしてくれって。竜介君なら困るようなことはしないだろうし、きっと友達にうまく伝えてくれるだろうからって。あと、事情があって安全な場所にいるから秘密にしてほしいと言っておいて、ですって」
英介がほっとしたように笑う。
メールを送ると、秒で返信が来た。
―――『わかった。安心した。絶対になんも気にすんなよ!』
栄太郎が小さな声で訊いた。
「友達、なんて言ってきたの?」
英介がメールを見せると栄太郎の頬が赤くなった。
「すごい!なんか本当に本物の友達なんだね。短いのにすごく嬉しくなる言葉だね」
「おう!すごくいい奴なんだ。今度、栄太郎にも紹介するよ」
栄太郎が更に赤くなったのを見て、静が「竜介君はいい子だからきっとあんたも好きになるよ」と言った。
そして断言した。
「そんで向こうもきっとそうなるよ。保証してあげる」
こんな事態になっているというのに、なぜかここは穏やかだ。
昨晩、初めて出会った相手だというのにまるで前から知っていたような、互いにそんな気持ちにさせる者たちの自然な集いのようだ。
偶然に時と場所を共有する不思議。これが縁というものか。
悪魔のような敵がいるからこそ、新たな身内が出来上がる。
それには血縁も他人もない。
大切な人の無事を願う思いで繋がった身内。
その身内をしばし牽引する佐倉の父が「取り敢えずチェックするか」と言いながらテレビをつけた。
―――午後の情報番組。
水谷のお抱えキャスターが張り切っている。
なんと言っても権藤のスキャンダルだ。これほどおいしいネタはないだろう。
ーー『――はい。国会記者会館と繋がりました。それでは国会記者会館の田中記者に伝えてもらいます。田中記者、権藤議員と能力者の遠山さんの所在がわからないという情報が入ってきましたが、現在、事実関係はどこまで確認が取れているんでしょうか?」
ーー『はい、こちら国会記者会館の田中です。権藤議員と遠山さんの所在が分からない状態だという情報につきましては現在関係者への取材を進めていますが、事実関係を確認中とのことでまだ回答は得られておりません』
ーー『田中記者、権藤議員と遠山さんのお二人は一緒にいるということでしょうか?』
ーー『SNSなどで一部そういった情報もありますが、裏付けは取れていません』
佐倉の父がこれを聞いて「はっ!」と声を荒らげる。
「クズ共が!山本や水谷のことはろくに報道もしなかったくせに!」
「本当にそうよね。なに調子にのってるのかしら!くだらない記事に踊らされて馬鹿らしい!二人して仲良くいなくなるわけがないじゃないの」
佐倉の母もお怒りのご様子。
「権藤さんとママと助けてくれた人が今どうなってるかがわかったら、こいつらにこんな嬉しそうな顔させないからな!クソ野郎共が!」
静の怒りは爆発中。
「ク、」と言って止まった栄太郎が微笑む。
少しずつ、静の言葉遣いに慣れてきた栄太郎を見て佐倉の父もまた微笑んだ。
「今日のところはここまでか?明日はとんでもないことになるぞ!ついに破壊遺産の終わりの日だ」
お読みくださりありがとうございます!
しばらくこれの事件が続いてしまいますが、もう少しお付き合いくださいませ。
続きもぜひよろしくお願いいたします。




