63.黒田合流、反撃開始!
―――病院の時間外通用口。
佐倉がインターホンを押し麹町の秘書だと名乗ると、数時間前に窓口で顔を合わせた看護師と事務員が出てきてすぐに最上階の病室に通してくれた。
麹町も大学教員も既にここにはいない。
事故の被害者である三人が入った特別療養環境室の一番奥、窓際に置かれた宿泊用のソファベッドに佐倉は腰掛けた。
そして、満身創痍の彼らの睡眠を妨げないように注意深く、それぞれのベッドを守るように、かばうように、簾のように垂らした羽を周囲に張り巡らせた。
彼らが目を覚ました時にはすぐに医師を呼べるように。
苦しそうにした時に、一秒でも早く助けを呼びに行けるように。
麹町は朝、以前に釜谷が助けてほしいと懇願してきた一件で釜谷を呼びつけるつもりらしく、その時の状況にあわせて今後の対応を決めるとのことだった。
朝の通勤時間帯のネット記事で、おそらく権藤と空飛ぶカァちゃんのスキャンダル記事が上がるだろう。
それを見たところで釜谷がその件で麹町に助けを求めることなどできるはずもない。
そもそもその話を持ち出すことを釜谷のほうが避けるだろう。
麹町は記事とは別件で『水谷からの攻撃から守る』という名目で釜谷を匿うつもりだった。
おそらく釜谷に会えさえすればそちらのほうは上手くいくだろうが、麹町より先に水谷が釜谷に接触を図ってくる可能性も否定できないと思い、佐倉は気がかりでならなかった。
麹町は水谷が明日、釜谷に近づくはずがないと言っていた。
記事が出ようが出まいが、絶対にそれはないと麹町は断言したのだが、佐倉はそのことが心配でたまらず、ソファベッドに横たわりながらずっとスマートフォンを見つめていた。
何度も確認しては不安に駆られ、後悔と怒りを抱きしめながら佐倉は夜を耐えた。
◇◇◇◇◇
午前三時頃の看護師の見回りの後、佐倉は少しだけ眠ってしまったようだった。
五時過ぎにハッと目を覚ました佐倉はがばっと起き上がり、心電図や人工呼吸器等の沢山の医療機器が使われている三人にそっと近づき、呼吸をしているか、苦しそうではないか、何か異常はないか、佐倉なりに見極めようとビクビクしながら見守っていると、年配の看護師が三人を順番に見回った後で、佐倉を元気づけるように「大丈夫ですよ落ち着いてくださいね。もう少し休んでいてください」と言ってから出ていった。
八時頃の医師の朝の回診で、佐倉は回復の見込みを訊ねたところ、昨日の今日ではダメージの全体像が正確につかめないためこの段階ではまだ医師が正確な予測をすることは難しいとのことだった。
今回の事故では落ちてきた二人より、横から当たって受け止める形になった市谷の怪我が一番深刻ではあったが、人間二人を受け止めて抱え込み、自分を含む三人分の体重で硬い壁に斜めから当たった状況を想定すると、普通では考えられないダメージの程度で済んでいるように思うと医師は言った。
いくら彼が非常に筋肉質で十分な脂肪もついた超重量級の運動選手のような頑丈な体格をしていても、この程度ですんだのは奇跡だとしか言いようがないと繰り返し、もう少し待ってみないと判断ができないと佐倉に告げて病室を出て行った。
さて、二十分ほどが経った。
佐倉がソファベッドに腰掛けてぼんやりしていると、黒田からメールが入った。
『もう大変なことになってる。これを至急確認するように!』―――
◇◇◇◇◇
予想通り、通勤時間帯のネットニュースで下劣な記事が炸裂した。
ーーまさかの二人!さびれたビルでフライハイ!
ーーついに『権藤』のメッキ剥がれる!空飛ぶカァちゃんと空の情事!
ーー熱き政治家の本性は野獣――離婚したての飛ぶだけ女と夜の密会!
ーー砂防工事計画推進は女と会うための口実だった!
ーー欲望の飛行タイム。わたし寂しいの……
ーー空飛ぶカァちゃんはクズ不倫女!
◇◇◇◇◇
佐倉はすぐに黒田に電話をかけた。
もちろんこのスキャンダルの真相を伝えるため。
この件は麹町とも確認済であるが、まずは黒田の今後について。
近日中に表舞台から消えるはずの山本ミキの公設秘書である黒田は、佐倉と共に秘書の職を失うことになるが、その後の入職先の準備が出来ていること。
それを手配するのが麹町であるということ。
詳細はこの件が解決した後に説明するが、今はまず三人の重傷者とその家族の保護が第一であることと、善意の第三者の確かな証言と証拠があり、たとえどのような卑劣な手を使ってこようが、こちらの勝利は揺るがないこと。
水谷総理と釜谷が発端の卑劣な事件で、この件では山本ミキがいいように使われて、まず最初に糾弾されるのが『我らが破壊遺産』であることを伝えると、黒田は「ああ!なるほどね、それで合点がいった」と大声を出した。
佐倉に直帰させるように怒鳴り散らしていた山本ミキを思い出して、黒田は眉をひそめ「遠山さんと権藤さんたちの具合は……」と心配そうに訊ねてきたが、回復の見込みについてはまだ医師が明言していないことを伝えると、黒田は息をのみ「本当に前代未聞だよ。恐ろしいよ」と言い溜息をついた。
黒田に、今日これから山本ミキや水谷と接触する際の注意点と、今後の連絡方法や対応について伝えると、佐倉は次に英介や静、そして栄太郎のいる佐倉家に電話をかけた。
彼ら子供たちはあまりにも落ち着いていて、それには佐倉の方が驚かされた。
電話を受けている静の後ろで騒いでいるのはむしろ大の大人のほう……佐倉の父が大声でわめいているのが聞こえてきた。
自分の代わりに怒ってくれる人がいるだけで、人は心が落ち着いてくるものだ。
子供の頃からそれを実感してきた佐倉は思わず口元が綻んだ。
佐倉はこんな父が、母に対する愛情とは違う意味で好きだった。
どんなに生意気を言って困らせても、意地悪を言い続けても、その父を愛さずにはいられなかった。
あそこにいるなら子供たちは大丈夫だと、そう思った佐倉は、さっそく次の手配にかかった。
―――(やられたらやり返す。思い知れよ水谷!小汚い釜谷め!)
◇◇◇◇◇
佐倉の電話。
「末次先生、小暮先生にもお伝えいただきたいのですが、砂防推進のことでフリーの尾崎さんに取材していただけることになりましたよ。例の有意義な動画やらなにやらを、必ず持って行ってくださいね」
「もちろんだよ佐倉君。しっかりと砂防計画について語り合わないといけないからね」
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