62.雲隠れ開始
深夜――佐倉家。
「さあこちらで休んでね。しずちゃんは烈の部屋に、英介君と栄太郎君はお姉ちゃんの部屋でね。二人はベッド派?お布団派?」
佐倉の母がニコニコしながら訊ねると、権藤の息子・栄太郎が「僕はどっちでも大丈夫なんですが、熱がある人はベッドの方がいいと思うんです。顔色も見やすいし、立ち座りがラクなほうが、」
「別に大丈夫だって、俺はこの前は布団だったんだよ、ベッドは悪魔の姉ちゃんに取られたんだ」
「違う!あんたが寝ちゃっただけじゃないの。調子乗ってると背中反らすよ?」
静が凄む。
栄太郎は「背中を、」とつぶやいたがすぐに唇を結んだ。
「ははっ、栄太郎君は空気を読めるから安心だ。でも大丈夫、静ちゃんが苛めるのは英介だけだからね。じゃあ二人は一日おきで上と下で寝ればいいよ。なんか懐かしいな、皆でここでテスト勉強した時のことを思いだすよ。後で母さんが俺の昔の服を持ってくるからそれを着てね」
佐倉はこう言ってすぐに英介を見つめた。
「英介、また夢を見たって言ってたけど聞かせてくれよ。あまり時間がないから」
「えっ、でも」英介は栄太郎を見て口ごもった。
「ああ、でも栄太郎君はもう完全に関係者だと思うんだよ。権藤さんがあんなことになって、それで辛いだろうに我慢してうちに来て……それに君、さっきあの部屋で英介が夢を見たと言った時に心配そうに見ていただろう?君は何か変だと思ったり、不思議だと感じたんじゃないのかい?」
「はい、佐倉さんと会った時にすごく慌ててたからちょっと気になって、僕は、」
「うん、君は心配そうに英介を見ていたよね。さっき麴町先生が言っていただろう?隠す必要がない相手にも何でもかんでも隠していると、結局はろくでもないことが起こったり、かえってややこしくなるってさ。私はそのことをこの身に染みてわかっていたはずなのに、今回も正直じゃなかったんだ。権藤さんには正直に打ち明けるべきだったんだ。だから栄太郎君にはせめて正直でいようかと思ったんだよ。もちろん英介がよければだけど」
佐倉がこう言った時に、英介のための冷却ジェルシートを持って佐倉の父が入って来た。
「その有無を言わせない言い方がムカつくよな。英介君だってそんな風に言われたらイヤだとは言えなくなるじゃないか」
佐倉が父親を睨みつけ「はあ、またとうちゃんの文句が始まったか」と言い返す。
英介のジェルシートを貼り替えながら佐倉の父が言う。
「まあ、そうかもしれないがね。あの時は英介君が心配だったから仕方ないが、権藤さんと麹町さんには話すべきだったと私も思うよ。特に権藤さんは『サイキックは自分の知り合いだ』と言ってまで麹町さんに話をしてくれたんだろう?そういう方には打ち明けるべきだったよね。それに麹町さんは今回のことで相当骨を折ってくれたんだし、そのことで秘書の方が大怪我をされたんだから、正直にお話しして謝罪しないといけないね」
「わかってるよとうちゃん。英介、栄太郎君は多分、なんとなく気が付いたんじゃないかと思うんだけど……その上で聞くけど、彼に話してもいいか?」佐倉はこう訊ねた。
「えっ、どうして気が付いたとか思うの?俺、あの時なにも、」
英介は直前で言うのをやめたつもりでいたので驚いて栄太郎を見た。
英介の視線を受けた栄太郎は、申し訳なさそうな顔をして「うん、君は何も言ってなかったけど」と言ったが、佐倉が「ん?」と言いながらじっと見つめてくるので観念した。
「最初に会った時、君は病院の一階ですごく落ち込んでガックリしていたのに、佐倉さんを見たとたんいきなり夢の話をするなんておかしいと思ったんだ。だって『夢を見た』なんてこと、お母さんが大怪我をした時に慌てて言うかなと思って、だから、」
「へえ!あんた、なかなかよく見てるわね!あんたは……栄太郎君はそれで?英介のことをどうだと思ったっていうの?」
静は興奮してついいつもの口調が出てしまった。
佐倉は静の乱暴な口調にため息をつきながら「うん、どう思った?言ってみて」と訊いた。
栄太郎はもともとが慎重な性格なのか、すぐには答えなかった。
即断、即行動のイメージが強い権藤とは明らかに性格が違うようだった。
快活で溌溂とした性格で一緒にいるだけで周りの者たちを明るい気分にさせてくれる権藤――彼とはあまりにも印象が違い、佐倉はそのギャップに戸惑った。
まるで、生まれ変わる前の自分とずっと前に亡くなった父との関係を見ているかのように思えたのだ。
太陽のように明るくていつも元気をくれた父と、びくびくして思ったことを口に出せず、うじうじ暗く過ごしていた自分。
迷惑にも勝手に佐倉の昔の姿を投影された気の毒な栄太郎に、この生での父、佐倉の『とうちゃん』がにっこりと微笑みながら声をかけてくれた。
「だいたい相手をどう思ったかなんて、本人を目の前にしたら言いずらくて仕方がないじゃないか。昔、私にそんなふうに言ってきて『早く答えろ、うじうじするな!』とかさ『かわいい女の子を見て何を考えてるんだ?言え!』とか言って責めてきた人がいたんだよ。今の烈みたいにどう思うか、言ってみろ、ってな感じで。そういうのムカつくよな。だから無理して言うことないから。ただ慌てた様子の英介君を見て心配になっただけなんだよね?」
佐倉の父がこう言うと、静はプッと吹き出した。
それを見て佐倉はムッとして黙り込んだが、佐倉の父親がなぜか得意気な顔で笑いかけてくるので、栄太郎は少しだけ微笑んだ。
すると佐倉の父がすかさずこう続けた。
「でも君みたいに洞察力がある子だと、なんか妙だなと思ったり、具合が悪いから混乱して慌ててるんじゃないだろうか、とか色々考えちゃうよな。それはすごくいいことなんだよ。そういう洞察力とか配慮ってのが、人といい関係を作るのに役立つからね。まだ小学生なのに君はすごいね」
佐倉の父はひどく感心したように褒めちぎった。
栄太郎はここまで褒められると、逆に何も言えない自分が申し訳なくなってきた。
「あ、僕は、そんな洞察力とかじゃなくて、はっきりものが言えないんです。お父さんみたいにはできなくて、それに僕はあんまり明るくないから。ただ僕、もしかしたら英介くんがお母さんのように超能力を持っているのかなって……例えばだけど、予知能力とかそういうのがあるんじゃないかって思ったんです。最近の小説でそういうのがあって。親の能力を引き継げなかったと思っていた暗い子が、実は他人の能力を覚醒させられる力を持ってて、友達の夢を見る力を目覚めさせて、」
「えっ、チェダー読んでんの?もしかして夢予言の章のこと言ってる?」英介が興奮して訊ねた。
「ええっ、知ってるの?チェダーを!」栄太郎も驚いた様子だ。
「うちの学校で超超流行ってるんだよ。友達から教えてもらって今は最新話を待ってるところ!」
「ほんとに?アレを読んでる友達がいるの?うらやましい、僕のところじゃそういうのを読む子は多分いないと思う。それに、僕は浮いてるから……話す友達もあんまり、」
栄太郎はこう言うと、しょんぼりと黙り込んでしまった。
「ええっマジか!なんだよ、うちの学校だったらみんな読んでるのに!どこの学校なの?」英介は心配そうに訊ねた。
佐倉は英介に栄太郎の住所が英介のところとはかなり離れていることを代わりに答えてやった。
栄太郎の様子から、多分学校で以前の英介のように辛い状況があるのではないかと思い、この話を続けさせずにすむように口を挟んだ。
「ちょうどいいじゃないか、うちでチェダーについて語り合ってくれよ。静ちゃんが馬鹿にしてきても二人なら立ち向かえるだろ?あの話、実はとうちゃんも読み始めたんだよ英介」
「ほんとに?佐倉さんのお父さんも読んだの?すごいや!面白いでしょあれ」
「確かに面白いよ。結構うるっとくる話なんだよ。烈は馬鹿にしてたけど私は読んだよ、母さんにもすすめているところさ」
佐倉の父は得意気にこう言い、佐倉を冷やかした。
「だいたいその題名がちょっとね。せめてもう少ししゃれた感じの題名だったら読む気も起きるけど、さすがに覚醒触角ってのは古すぎないか?」
佐倉が笑いを堪えながらこう言うと、静も頷いて「ダサ過ぎでしょその題名!あんたにぴったりの名前だよ英介」と言って馬鹿にしたように笑った。
これを聞くと栄太郎と英介は顔を見合わせてため息をついた。
「わかってないよ姉ちゃんは、俺たちはそんな題名なんかで決めないんだ。中身で勝負なんだよ」
「まあチェダーのことは読者が楽しくやってくれよ。で?何を見たの英介は」
佐倉が本題に引き戻した。
佐倉親子の言葉のやり取りと、たまたま出たチェダーの話で、英介は予知に係る懸念が解消されたような感覚に陥り、自分が持つ不安については煙に巻かれてしまった。
ふいをつかれた佐倉の問いかけに、英介は栄太郎の存在から注意をそらされペラペラとしゃべりだした。
佐倉もその父もそれを狙ったわけではなかったが、結果的にこうなったことで話が早く進んだ。
とにかく、佐倉には時間がなかったのだから。
「うん。佐倉さん、三人とも奇跡みたいだったってほんと?……せきずい?神経?そういう損傷はなかったんでしょ?でも権藤さんもかあちゃんも骨とかを折ったりヒビがあったり、もう一人の人も、肩とか他にも色々たくさん大怪我したけど、なんとか元通りになるんだよね?黒田さんが嬉しそうにそう言ってるのを見たんだ。それと、」
「黒田さんが?じゃあ脊髄損傷はなかったんだね?」佐倉が慌てて訊いた。
「なんかそんなような感じだったと思う。だから俺、少しだけホッとしたんだけど、でも、」
「でも?でもなに?」
「でもその後で、黒田さんが座ってたその場所じゃなくて、そことは別の変な、広い場所での集まりがとにかくものすごく変なんだ」
「英介落ち着いて、何がどう変だったの?最初から説明して、少しずつでいいから」
「うん。記者会見みたいな感じで沢山の人が集まっているんだ。この前の佐倉さんの下剤の時みたいな感じだけど、あれよりもっと沢山の人がいるんだよ。なのに、司会の人がひとりの人にしか当てないんだ」
「なんだって?大勢いても一人にしか質問させないってことか?」
佐倉がむっつりと怒ったように訊いた。
「違う。当ててくれないんじゃなくて、手をあげる人が一人だけなんだ」
「どういうこと?他の記者は手をあげないのか?なぜ?」
「わからない。でも本当に一人だけが質問しているんだけど、誰もその人を見たりしないし、質問に答えてくれている人のことも見ないんだ」
「なに?記者がボイコットしているのか?まさか、寝ているわけでもないだろうに!どういうことかわからないの?奴らは会見をボイコットしてるのか?まさか、当てつけに寝たふりとか?それとも進行役を無視しているのか?」
佐倉がついまた責めるように問いかけてしまう。
佐倉の母が口を出す。
「れっちゃん、ちょっとあなた、英介君を追い詰めるみたいに訊くのはやめなさい。一生懸命に思い出そうとしているじゃないの!それなのにそうやって責めるような言い方をするのはやめなさい」
「そうだよ烈、お前の質問の仕方が悪いんだよ。ぎゃあぎゃあ責め立てて全く!会場全体が妙な感じでおかしいってのは、そこにいるみんながそれを自覚していて、わかっててそうしている感じなんだね?そういう雰囲気があるから記者連中が手をあげにくくなっている、というような、そういう空気が漂ってるのかい?」
「ううん、そういう感じじゃないです。質問している人はテレビでよく見かける人だけど、その人が質問しても全く興味がないっていうか、勝手に質問してろよっていう感じで無視してるみたいに、」
佐倉がまた大声を出した。
「ええ?それじゃ何のために集まって来たんだよ。カメラマンはどうしているの?記者は何をしてんのさ」
「カメラマンの人?……よくわからないけど、沢山いると思う。記者の人は何か一生懸命字を書いてるみたい。すごい必死な感じで書いてた」
「は?そりゃ書くのはわかるけど……録音もしてるんだろう?ビデオとか回してるんだよね、何を書いてるの?もしかしたら、また例のやつが復活したのか?質問するために事前確認が必要になって、それをいちいち進行者が複数名でチェックして、当たり障りのない奴のだけしか質問させないっていう、アレか?でもあれは廃止になったはずだろ?」
「知らないけど、とにかく、質問する気が全くないみたいなんだ。かあちゃんと権藤さんが今どこにいるかとか、そういうことを、その一人の人が質問してた」
「権藤さんと遠山さんの居場所を?それで?誰が答えたの?なんて?」
「俺はその人が誰だかわからないよ。男の人でさ、調べているとか、調査中?みたいなこと言ってた」
「どういうことだ?やっぱり権藤さんと遠山さんが妙な記事にされたってことか!調査中だと?ふざけやがって!」
佐倉が怒鳴ると、静が一緒になって怒り出した。
「ママと権藤さんが例のピンクっぽいビルで不倫したとかって書かれたってこと?山本の鼻毛野郎が無理やり行かせたくせに!どこの週刊誌が書いたの?そういう質問はなかったの?」
「静ちゃん、鼻毛のあいつの話は放っといて。だいたいあの人のことは思い出したくもないよ。で?どういう状況になってるとか、そういう質問はなかったの?」
「それはわかんないよ。わかってるのはその人がきょろきょろしながら質問をしてて、かあちゃんと権藤さんの居場所はとか、釜谷って人もいないって言ってて、」
「釜谷がいないだと?だとすると麴町先生が隠したってことか?それとも勝手に逃げたのか?まさか!」
「わからないけど、悪いのが誰なのか、とかそういう感じにはなってなくて、いなくなって行方がわからないとかそういう感じの話をしてたんだと思う」
「尾崎さんとか、今井田さんとかは質問してないのか?」
佐倉が不思議そうに訊ねた。
「俺はわからないよ。もしかして佐倉さんの下剤の時に質問してた眼鏡の人?」
「そう!真面目そうな感じの人。そこにいなかった?何も言っていなかったの?そんなはずないだろう?怒って叫んだりとか、そういうのはなかったのか?」
「その人は……いたかどうかわかんない。でもわからないよ?俺がわかってないだけで、もしかしたら手をあげてる人がいるのに指してもらえなかったかもしれない。でもおかしいよね?一人だけしゃべり続けてるのなんて」
「そうか。他に何か言ってたり、妙なことがあったりとか、そういったことはなかったの?」
「わからない。思い出せそうな気もするけどよくわかんない感じ。もしかしたらあまり意味のない単なる夢かもしれないし、佐倉さんの下剤の時の印象が残ってて単に夢を見ただけかも」
英介はこう言って気まずそうに目をそらした。
佐倉は自分がまた英介を刺激したことに自己嫌悪しながらも、これだけは訊かずにいられなかった。
「英介、そこに水谷はいたか?あと、その会見は釈明会見だったのか?つまり、誰かわからないが、議員の不祥事についての釈明や説明の会見だったのか?」
「ごめん、そういうことはわからない。でも総理はいなかったと思う。前の方にいなかったから」
英介の話を聞いても、これが何を意味するのか――そもそも何かしら意味のある予知であるのか、それとも英介が言ったように単なる夢にすぎないのか、佐倉には全く見当がつかなかった。
水谷が総理になってから記者が質問する機会が減っただけでなく、内容の事前確認と進行者チェックを当日、会場で行いながら進めていく会見形式が増え、これに反発した記者たちからの抗議を受けてこの方式は廃止になったはずだった。
廃止前は記者たちが何枚も質問申請シートを提出して、進行役から指名してもらえるように苦労していたようだったが、そのやり方が復活してしまったのではないかと佐倉は思った。
ただ、あれだけの不祥事を抱えた水谷がわざわざ余計なことをするだろうか?
答えも出せず予測もつかずでこの件では佐倉は行き詰まった。
しかし、この奇妙な予知がもし現実化した場合は、予知をした日からそれが起こるまでの日数についてのデータにもなるし、今回の予知は大切な人間の命に関わるものではないのだ。
記者会見が荒れようが失敗しようが知ったことではない。
佐倉は夢で見る予知のパターンと、急に頭に映像が入ってくるパターンの予知について、タイプごとに現実化するまでの時間や、それを避けるために事前に何かしらの対応した場合に起こる変化と類似している部分の分析をする必要があるなと思いながら、英介に細かく指示を出した。
まずは覚えていることをメモすること。
その後で追加の予知をした場合はその日時についても記入すること。
予知をしたらすぐ休むことなどを、今ここにいる全員にも徹底させるよう伝えた。
そして、このことが水谷をはじめとする佐倉が敵とみなす連中に知られた場合、英介が危険にさらされることになると権藤の息子、栄太郎に言い聞かせた。
栄太郎はそれを真剣に聞き「絶対に誰にも、お父さんにも僕からはしゃべりません。何があっても言いません」と誓ってくれた。
彼が真っすぐな瞳でそれを言った時、佐倉はやっぱり権藤の息子なのだと、そう思った。
「君はお父さんにそっくりだね」と佐倉が言うと栄太郎は首を振って俯いたが、佐倉の母が「本当にそうね、さっき私もそう思ったのよ。話し方に温かみがあるところがよく似ているわよね。私は権藤さんをずっと支持していて、直接会ったこともあるんですよ」と言うと、ほんの少しだけ口元を緩ませた。
―――(お父さんが眩しすぎると子供というものは日陰を好むようになるのかもしれない。この私がそうだったように)
佐倉はこんなことを思う。そしてこうも。
―――(じゃあ、とうちゃんと私はどうかって?似てるとか?まさかだろ!)
さて、ひとまず病院に戻るために佐倉は立ち上がった。
そして、玄関で英介の目を見つめる。
こう言って。
「この情報はまた最悪の未来を変えるかもしれない。今回のようにね。いいか、これだけは正しいことだから言わせてもらうよ。英介が予知したから三人の命が助かったんだ。これだけは確かなことだ」
お読みくださりありがとうございます!
次回はまた少し話が進みます。今のところどんよりとした展開はないのでサクサク読めるかと思います。
またぜひよろしくお願いいたします。




