61.関係者集まる
佐倉が「英介!」と叫ぶと、額に冷却ジェルシートを貼った英介が部屋に飛び込んできた。
「佐倉さん、母ちゃんに合わせてもらえないんだ!母ちゃん大丈夫だよね?絶対目が覚めるよね?だって俺、さっきまた夢を、」
英介は他に人がいることにハッとしてすぐに口を噤んだ。
佐倉は英介の背中に手を当て顔を触った。やはり熱が高い。
英介の身体を抱き寄せて椅子に座らせると、まず彼らの祖父母に深く頭を下げた。
「遠山さんをこんな目に合わせてしまって本当に申し訳ございません。今はまだ安静にということで病室には私も行けていないんです。全て私の責任です。申し訳ございませんでした」
静も彼らの祖父母も、今にも泣き出しそうな表情でドアの側に立ち尽くしていた。
かろうじて英介の祖父が「いや、その、佐倉さんのせいだなどと……」と口にしたがその先は続けられなかった。
すぐに小暮が人数分の椅子を出して腰掛けるようすすめたが、一人だけずっとドアの前に立っている少年には佐倉がそっと声をかけた。
「権藤さんの息子さんだね?」
彼は声を出さずに頷いた。
佐倉はいたたまれず、その少年にすがるように腰をかがめ、ゆっくりと片膝をついて謝った。
「お父さんをこんな目に合わせてしまったのは私なんだ。本当に申し訳なく思います。私が、私が権藤さんを頼ったばかりにこんなことに巻き込んでしまったんだ。なんと言ったらいいのか……いい大人なのに、私もどう言ったらいいのか、本当に私は、」
権藤の息子は何も言えず、またどう答えたらいいのかわからなかった。
その少年は母親も姉弟もおらず、たった一人でここへ来たようだった。
麹町がすぐに立ち上がり、権藤の息子の側にやってきた。
そして、さっきと同じように佐倉の頭を平手で叩いた後に、その少年に向って佐倉よりもっと深く頭を下げた。
数秒じっとそうした後で麹町は顔を上げこう言った。
「わしを知っておるか?権藤の天敵みたいに言われているからさすがに知っていると思うが……どうだ?」
その少年はしっかりと麹町を見つめ「はい」と答えた。
麹町は「おう!」と言いこう続けた。
「この馬鹿はあんたの父ちゃんと仲が良くて、空飛ぶレディーを助けようとして権藤とわしを頼ったんじゃ。わしはそれは正しいことだったと思っておる。権藤ほどその、馬鹿で、真っすぐで誠実な男はおらんから……だからこの馬鹿は権藤を頼るしかなかった。どうか、どうか今は堪えてくれ。わしがなんとしても父ちゃんを元気にするから!どうか!」
少年はこれには声を出して答えなかったが、彼は麹町と佐倉を見つめて少しだけ頷いた。
佐倉が彼に問う。
「おうちの方はどちらに?」
これには静が答えた。
「佐倉さん、お母さんは入院してるんだって。今は東京にはいなっくて、だからこの子は一人でタクシーに乗って来たんだって。佐倉さんが手配したタクシーで」
佐倉は驚いた。
「だからさっき君が電話に出たの?私は前に権藤さんの自宅の番号を伺っていたんだよ。それでさっき、」
佐倉は何かを言いかけてぞっとした。
こんなに遅くにお父さんの事故のことを聞いて、たった一人でここまで来させるなどと!
佐倉はもう自分が情けなくて仕方なかった。
申し訳なかったと何度も口にして、まずはその子を座らせた。
全員が腰掛けると麹町がギロリと全員を睨みつけた。
そして言う。
「今から今回のことを説明する――この馬鹿と、こちらの先生方が。そんで状況を理解したらすぐに子供たちを隠さなければならない。いいか?お前たちは絶対に家に帰ってはならんのだ。学校にも行くな!遠山さんの親御さんには普段通りに過ごしてもらって、子供たちはショックを受けて親戚に預けたとでも言ってもらうしかないんじゃ。わかったな?」
英介と静の祖父母は、麹町が何をいっているのか意味がわからず、首をかしげて見せて無言で問いかけた。
麹町がその問いかけに、ギロリとした目で答える。
「ああ、とにかくこの馬鹿と先生方が今から説明する。あと――このことの証拠の録音と録画があって、それを見てもらう。こういうことは隠しても意味がない。隠さないでもいい相手に何でもかんでも隠すと、結局はろくでもないことになるんじゃ!お前さんたちは、その、辛いと思うがちゃんと見ろ。そんでおかあちゃんがどんなに苦しくとも、辛くとも、ここでやってきたってことを知るんじゃ。わしも知らなかった。ここまで酷いと知らなかった。本当に申し訳ないことをした」
麹町は心の底から後悔していた。
空飛ぶカァちゃんの事情を知ろうともせずに放っておいたこと。佐倉から話を聞いた後も手をこまねいていたこと。
ただ、今は時間がない。
麹町は佐倉を睨みつけ、事情を説明するように合図した。
佐倉はすぐに頷いたが、英介の状況だけはしっかりと確認した。
祖父母が答えようとしたが、憔悴していたせいかもごもごと口ごもり上手く説明できなかったので静の方を見ると、溜息をつきながら代わりに説明してくれた。
佐倉との電話中にいきなり英介が大声で叫んだと思ったら、フラフラとして倒れ込んだため祖父がおんぶして車に乗せ、全員で知人のやっている病院に行ったそうだ。
体温は39度近くまで上がっており、病院では元々体調が悪かった時にショックなことを聞いたために熱が上がったのか、元々高熱だったのかわからないが咳などもないため心因性発熱だろうとのことで、ひとまず漢方薬を処方されロビーで休んでいる時にちょうど佐倉から電話がかかって来た、ということだった。
英介はロビーの椅子で横になり眠っていたらしいが、いきなり目を覚まして佐倉の名前を呼んだそうだ。祖父母も静も驚いて落ち着かせようとしていたところの電話で、そのまま手配したタクシーでこの病院にかけつけたらしい。
佐倉はこれに頷き「静ちゃんよくわかったよ」と言い、しっかりと部屋の扉に鍵をかけた。
「ありがとう。じゃあまずは今回の始まりから説明します。早足での説明になりますが聞いてください」
◇◇◇◇◇
病院が用意してくれた小さな部屋で、佐倉は今回の事件の概要を説明した。
政府が把握していないサイキックの火事の予言から始まり、まずはそれを防ぐための防火スーツの入手。そして、麹町と権藤へ助力を願い出たこと。
そこでさらに市谷という麹町の私設秘書が空飛ぶカァちゃんを守るためにこの件に加わってくれたこと。
実際の事件の現場では、大学の先生方が善意から助力を申し出てくれたため、彼らの手助けまで得ることができたこと。先生方は研究会の後で、休む暇もなしに自分の時間を使って助けてくれたこと。
倒れた三人は何とか命は助かったものの、結局は大怪我を負ってこの病院に運ばれたこと。
これらの経緯を説明した佐倉は、先生方からの事故の状況説明に入る前に、まず山本ミキと空飛ぶカァちゃんの会話の音声を流した。
その方が空飛ぶカァちゃんの状況を手っ取り早く理解させられると思ったからだ。
山本が空飛ぶカァちゃんを怒鳴りつける音声が最後まで再生された後、これまたやんちゃな怒鳴り声がこの小さな部屋に響き渡った。
―――「ぶっ殺してやる!山本の鼻毛野郎!くそったれ破壊遺産野郎が」
と、叫んだのは静。
これに一番驚いたのは権藤の息子。
彼は「え……」と言って口を開けたまま閉じることが出来なかった。
麹町は「こりゃとんでもないお転婆嬢ちゃんが!」と言って苦笑い。
「スカッとは、この子に鍛えられたのか?このマザコン息子スカッとめは!」
佐倉は「違いますよ」と首を振って「静ちゃん、いったん我慢しておいて。権藤さんの息子さんが怖がってるじゃないか」と言った。
「あ……ごめん」
権藤の息子は苦笑い。
佐倉が続ける。
「それで、権藤さんが飛ぶことになった事情については先生方からお願いします。静ちゃんが学校で酷いいじめを受けていると聞いた遠山さんがいったん現場に行くということになったんですよね?」
「そうですね。あの女は本当に酷かった。下品で下劣で、卑怯で、本当に僕は驚きました」
末次がしみじみと言う。
そして小暮もこう続ける。
「あんな女は徹底的に晒し上げないとダメですよ!今回のことは俺たちが絶対に証言しますから!」
麹町がはーっと溜息をついた。
「今回はそうしてもらうしかあるまいよ。申し訳ないと思うが――まだ今のところは奴らが、先生方にいきつくことはないはずだが、数日こっちにいてもらう訳にはいかないだろうか?段取りはわしがつける。大学の方にはわしのほうから話をつけるから、その、しばらくまた協力してもらえないだろうか?先生方には本当に迷惑なことだと承知しておるが、なんとか」
「大丈夫ですよ。ちょうどこの時期は時間がありますから問題ありませんよ。彼らをあんな目に合わせた奴らをそのままにするのは絶対にダメです。協力させてください」
「ありがたい。本当に助かる。申し訳ないが頼みます」
麹町は佐倉と共に深く感謝し頭を下げた。
小暮が続ける。
「遠山さんは最初は山本に必死に立ち向かって断っていたんですが、娘さんのことを持ち出されてからは混乱している様子で、すごく、こう傷ついたように見えました。あんな言い方をする女に日常的にやられていたと思うといたたまれなくなりましたよ。佐倉さんはある程度ご存じだったんですよね?」
「はい。山本先生は体力トレーニングのスポーツトレーナーと一緒になって遠山さんを苦しめていたんですよ。私が入職してすぐに、ちょっとした噂が耳に入りまして、それでまずはあのトレーナーを解雇したんですが、山本先生は徹底的に遠山さんを苦しめて苛め抜こうとしていたんですよ。何度か、あのトレーナーを戻したほうが彼女を鍛えられるとかって、私に言ってきたこともあったんですがSNSでの書き込みや山本先生の評判を持ち出して阻止したんですが、あの人は変わらなかったですね。残酷で愚かな人です。私はもうあの人を、」
英介は涙を浮かべて口を挟んできた。
「全部俺のせいだから。俺が海で頼んだからこうなったんだ!母ちゃんがあんな奴にやられて酷い目にあったのは全部俺のせいなんだ」
こう言う英介を見て、先生方も麹町も同じように首を振り、それは違うと言ってなだめようとしたが英介の耳には全く届かなかった。
祖父母もいつも同じようなことを言って慰めようとしていたのだろう、そんな英介を悲しそうに見つめるだけだった。
ずっと黙っていた権藤の息子の栄太郎が遠慮がちに「あの、」と言った。
全員が彼を見ると、一瞬びくりと肩をすくめたがそれでもこう続けた。
「お父さんが、佐倉さんという人から聞いたって言ってました。何も悪くなくて、むしろ正しいことをした子とお母さんが濡れ衣を着せられて悪口を言われたり、苦しめられているってことを。ちゃんと海で子供たちの面倒をみていたのに、何もしないでテントで寝ていた人に嘘をつかれて責められて、助けてあげたのに悪いみたいに言われているって。それなのにみんなその人達の嘘に騙されているから、このままじゃいけないって言ってました。助けてもらったのに嘘をついて責任をなすり付けるような人は罰を受けても仕方ないって。近いうちにやっつけなきゃなってお父さんが言ってたけど、僕も絶対にそう思う。君は絶対に悪くないと思う」
こう言われて、英介は英介らしくまた泣いてしまった。
静が代わりにありがとうと言って、祖父母も目に涙を浮かべた。
麹町は「おお!その通りだ」と言い「あの生意気な権藤の息子のくせに、いかしたことを言うじゃねえか!」などと言った。
そして「そいつらのことはわしとスカッとに任せてくれ。元気になったら権藤にも当然手伝わせる。徹底的に捻りつぶしてやるから楽しみにしとけ」こう締めくくった。
麹町は先生方に、遠山さんの録画を見せるように言い、事故の説明をさせた。
隣のビルの下から録画していた小暮が、権藤がどのように押され、空飛ぶカァちゃんがどのように飛び、どうやって助けたのか。そして、空飛ぶカァちゃんの力が権藤を守り、市谷が横から当たり奇跡的に受け止めたことで二人の命が助かったのだろうということを身振り手振りを使って説明した。
市谷がうろうろと歩き回り、ビルから離れた場所に立って彼らを見上げていなければ、おそらく助からなかっただろうということをボールペンやシャープペンを人に見立てて使いながらわかりやすく示した。
そして、末次が続けた。
「僕は恐ろしいものを見ました。いいですか、あの男、釜谷と言う男は、押した後ですぐに窓を閉めました。そして、電気を消したんです」
佐倉の目がカッと見開かれ、握られた拳を見つめながらこう言った。
「麹町先生、大丈夫ですよ。私は奴を殺したりしませんよ。生き地獄を味わわせて虫けらのように踏みつけてやりますから」
◇◇◇◇◇
一通り、証拠の音声や画像を確認した後、まず佐倉が釜谷の状況について確認するように部屋の皆に問いかけた。
「あいつはすぐに窓を閉めて出て行った。逃げた。そして誰に連絡をするかって?水谷総理に連絡はしないでしょうね。というか誰にも連絡できませんよね?殺人未遂がバレますから」
麹町が頷く。
「そうだ。あいつは水谷には当然何も言わない、連絡もしない。水谷から何か聞かれてもとぼけるだろうよ。水谷が自分をはめようとしたとわかり警戒しているはずだし、権藤と遠山さんがどうなったかが気がかりであっても、確かめることもできんからな。このこともとぼけるしかないいんじゃよ」
「そうですね。でも、水谷総理はスキャンダルを狙ったってことですか?今更あの男の女性スキャンダルを出したところで、過去の記事が酷すぎてあまりダメージ与えられない気がするんですけど?」
小暮が不思議そうに言う。
「いや。あの女は釜谷が自分を裏切ると思って警戒していたから、それ相応の記事を出したかったはずじゃ。遠山さんをうまく使って記事を書かせて、うまい具合に遠山さんも痛めつけて、今後も何かしらうまく使おうとか、汚れ仕事をやらせようとか、そういう脅しのネタにしようとした……そういうことだろうよ」
「ってことはですよ?週刊誌の記者を手配していたとか、そういうことになりますよね?僕は隣のビルの自転車置き場に潜んでいたんですが、権藤さんと遠山さんが足場の端に降りて、ゆっくりゆっくり釜谷のいる部屋に向って進んで、窓のすぐ脇くらいで止まった後、権藤さんが四つん這いになった後くらいだったかな、変な男がビルの横から出てきたのを見たんですよ。ちょっと髪が長くてマスクした男でした。その男は我々が来た道を戻るように走って行ったんですよ。気になってはいたんですが、あの時はそれどころじゃなくなったんでね」
末次が思い出しながらこう言い「あっという間に走って行ったんですよ」と首を捻った。
「長髪のガラが悪そうな男か?そうなら水谷のお抱えカメラマンだろうよ。権藤ところの党員もやられたことがあるはずじゃ。その時のことはわしのほうでも調べがついておる」
「はっきりとはわかりませんが、妙な男でした。でもそいつがいなくなった後に権藤さんが押されたので、その男は何も撮れていないはずなんです。撮ったとすれば……権藤さんと遠山さんですよ」
「末次先生!そいつは権藤さんと遠山さんを記事にしようと思ってすぐに消えたんじゃないですか?」
小暮が大声を出した。
佐倉が口元を歪めこう言った。
「そいつは総理の命令を無視して、自分の判断か、どこからの指示なのか知りませんが、そいつは勝手に撮影相手を変えたってことですよね。きっといつも水谷総理に報告する前にどっかの誰かに報告してるんでしょうよ。ネットにあげるタイミングもそいつら次第。もともと水谷総理の影響力はその程度ってことなんですね?」
「そうじゃ、どうせあの女はじきに退陣に追い込まれるはずだった。こんな馬鹿をしでかさずともおとなしく消えてりゃ大したダメージも受けずに死ぬまで楽をして暮らせたところを馬鹿な女だ。水谷自身も今回のことを自分からはっきり聞くことが出来んよ!釜谷にも、山本にもだ。明日は朝から汚い胸が痛むじゃろうて」
「はい。総理のまわりをうろつく山本先生が目障りになるでしょうね。山本先生を官邸に行くようけしかけてみようかな、どうしたらいいですかね麹町先生」
佐倉がニヤついてこう問いかけた。
「馬鹿もんが!お前は出てくるな。わしが状況を知らせるまで顔を見せるな。お前は子供たちをなんとかしろ。どこか、絶対に安全な場所に匿わなきゃならん。わしは釜谷を守らにゃならんから明日は行く。あのクズを水谷から守ってやらにゃならん」
「先生、いいところがあります。私の実家です。絶対にバレませんよ。完全防音で安全です。今から私が連れて行きます」
「スカッとのか?あのお母さんのところか!山本が嗅ぎ付ける可能性は……」
「ないでしょうね。まさかうちにいるとは思わないでしょうから。母が絶対に守ってくれますよ。しょうもない父もいますから守りは完璧です」
「よし!スカッとのおふくろさんに任せよう!お前たち、今すぐ行け!スカッとの母ちゃんとこでおとなしくしていろよ。どんな記事が出ても動揺するなよ?どうせ数日でカタがつくから。滅茶苦茶なことになって奴ら全員とんでもなく這いつくばることになる」
佐倉はそのまますぐ『とうちゃん』に電話をかけ、権藤の息子・栄太郎と静と英介を事件が落ち着くまで匿ってほしいと頼んだ。
当然のように佐倉の父は了承し、待っているからすぐに来るように言ってきた。
権藤の息子・栄太郎は困惑し「でも、僕がいきなりお邪魔するのはちょっと。そんな急だと迷惑になると思います。今は着替えの服とかもないし、自分の家にいて絶対に外に出ないようにすれば、」と言いかけたが、麹町が一喝した。
「何言ってる!危ないからそうするんじゃ。お前たちに外をうろうろされると困るのはこっちなんじゃ。水谷が徹底的にやられるまで息をひそめてろ!」
「は、はい!」
権藤の息子が返事をすると、佐倉は英介の祖父母を送り届ける車の手配をした後で、今後の行動に関する指示を出し、末次と小暮の明日以降のホテル手配やらなにやらは麹町に任せていったん部屋を出た。
そして、佐倉は三人の怪我人が眠る最上階の部屋の方向を眺めながら「待っていてください。またすぐ戻りますから」とつぶやいた。
お読みくださりありがとうございます!
次回は子供たちと佐倉たちのお話です。イヤな奴は出てこない息抜き回でもあります。
読んでいただけたら嬉しいです。




