↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
59/74

59.病院にて――麹町脅す。

 喫茶室の店員が運転する車に乗車してから二十数分。


 空飛ぶカァちゃんと権藤、市谷が運ばれた救急病院に到着した。

 喫茶室の店員は佐倉の様子が気がかりで、結局、車から降ろしたあとも佐倉を支えながら麹町と共に時間外通用口に向った。


 インターホンを押す前に、麹町は店員の男に今日のことを他言しないでほしいと頼み、深く腰を折った。

 麹町は、数日のうちにおそらく全ての事情が明るみに出るはずだが、今この段階で中途半端に人の口に上ると、命に関わる何かが起こる可能性があると言い、絶対に他言無用でと凄んだ。

 自分や佐倉の様子を見て察しが付いているかもしれないが、関係者が事故にあったこと。

 そして、まだ全く事情がつかめていないこと。

 どうやら身内が被害者ではあるが、相手の出方によってはここに運ばれた人間の家族にも危険が及ぶ可能性があるということを麹町は正直に打ち明けた。


 麹町が身を置く場所においては、たとえどんなに世話になった相手であったとしても『不穏な事情は全て隠しておく』議員がほどんどだろう。しかし、麹町は()()()()()()それとは逆のことをする。

 相手によっては正直を通すのが一番の助けになると分かっているのである。

 どうせすぐにわかること。そして、今回の真相が明るみに出た時に困るのは誰であるか、今、それだけは明確なのだ。


 今夜、こんな時間にここまで連れてきてくれて、道中も一切事情を探ろうともしないこの店員と、老獪な政治家と言われる自分を乗せて、病院まで運転させられることになる店員が心配でさんざん悩んだあげくに、佐倉と麹町の状態を見定め、結局は移動に手を貸してくれた店長ともう一人の店員。

 彼らこそ安全であり、そして貴重な第三者。しかも佐倉を客として見知った者たちであった。

 麹町は彼らに取り繕うことをしなかった。

 麹町の名刺を受け取った男は自分からこう言ってくれた。


―――「お客様の情報を漏らすようなことはいたしませんし、来店したお客様について、もし他の議員さんの関係者や警察などに何か訊ねられても、わからない、覚えていない、で通すことをお約束いたします」

 

 また、店員は佐倉の肩を叩いてこう声をかけた。

 「お客様、どうか気をしっかり持ってください。そうしないと、後でご自身がもっと辛くなりますよ。私も経験があります、私の場合は身内の交通事故でしたが……大丈夫だとわかるまで気がおかしくなりそうでした。こういう時はまずは事情が分かっている方から説明を受けないと。いいですね?きっと大丈夫、どうかしっかりなさってください」


 「あんた、本当に悪かったね。こんな時間まですまなかったね。この馬鹿を連れてちゃんとするから。数日間はごたつくと思うが、後日挨拶に行かせてもらうから」

 

 麹町はこう言って佐倉の頭を手で押した。 

 少しだけ落ち着いてきた情けない佐倉も、麹町にそうされるまでもなくやっと「本当にこのたびは、」と言おうとしたが、店員は微笑んで「僕はここで失礼します。また元気になってお店に来てくださいね」と言って車に戻って行った。

 麹町はもう佐倉に文句を言わなかった。

 佐倉の青ざめた顔を見ていったんは口を閉じた。


 インターホンを押して患者名を告げるとすぐにスタッフがドアを開け、複数名の職員と看護師が玄関口に駆け寄って来た。

 あの権藤と空飛ぶカァちゃんが運ばれてきたのだ。それはそうなるだろう。


 麹町の姿を見とめると病院のスタッフが別室に案内したが、当然そこには末次准教授と小暮助教がおり、駆け付けたばかりと思われる警察官が座っていた。


 三人は命に別状はないが、市谷は特に重症で肩と腕を強打しており、鎖骨と上腕骨の骨折、腱の損傷ほか、肋骨骨折、脛骨の亀裂骨折、全身打撲、とにかくとんでもない状態らしいが、搬送中に少し意識を取り戻したらしい。ただ、今もまだ処置中とのことだった。

 そして、権藤もまた脛骨の亀裂骨折があるそうで、これは壁に激突した時なのか、それとも落ちた後で地面についてしまったのか、そのあたりはよくわかっていないらしい。

 また、激突した際の衝撃で頭が揺さぶられ、首がしなったことでむちうち状態にあるらしい。

 まだ目覚めてはいないが、さらに全身の打撲とのことだった。

 空飛ぶカァちゃんのほうも同様に頚椎捻挫と全身の打撲ほか、肋骨骨折。

 三人が重症であるのは間違いがなく、目が覚めないことにはまだ確実な診断はできないらしかった。


 医師の説明では、末次先生たちの証言をそのまま信じるとすると、この程度の怪我で済んだというのは有り得ないことらしく、奇跡としか言いようがないとのことだった。


 佐倉は居ても立っても居られず、すぐに彼らの様子を見に行こうとしたが、麹町がそれを止めた。

 情けない佐倉の腕をつかんで「まず座れ」と言い、そして、そこにいる何の罪もない警察官を睨みつけた。

 麹町はまずは、警察を()()()()()()ならなかった。


 怯えた顔つきの警察官にこう告げる。一方的に。


 「もし今回のことが、ろくに調査もされないままに報道されるようなことがあれば、今ここで倒れて治療を受けている三人の()()()()()()()()事件が発生する可能性が高い。世間ではわしの天敵と呼ばれている権藤だから、わしが何かを揉み消そうとしているとでも思うか?……それは違う。わしが今ここに駆け付けたのは、あの男が、うちの能力者を助けようとしてくれたからに他ならない。権藤は、持ち前の正義感と信念とやらで、その思いだけで助けようとしてくれただけだ。それだけは、もうわかっていることだ。きっとここにいる先生方も、そう思っているだろうよ。あんたがもし、()()()()()()()()の意向で、この件を発表したり、メディアが表に出すようなことがあれば、必ず人の命に関わる事件が起きるだろう。もうそうなったら、わしはあんたが人の命より、どっかの誰かさんを優先したことを忘れないだろうよ。だから約束してもらいたい。今ここに運ばれてきた三人のことを無闇に公表しないと。そして、彼らの大切な家族の命を脅かさないと誓え」


 警察官は声が出せなかった。

 しかし、すぐに上長に電話をかけた。

 何度か、電話の向こうで次々と会話の相手が変わっていくのが見て取れた。

 そして、三度目に代わった話し手が、麹町と直接話をしたいと言ってきた。

 麹町が「もしもし」と言うと、相手は旧知の人間だったらしい。


 その相手に麹町は言う。

 「もし、わしに非があるとするならば当然わしの進退にもかかわるが、今、罪もない人間の命がかかっている話だと聞いたか?」


 麹町の通話の相手が慌てふためく声が漏れ聞こえてきた。


 (はい、お伺いいたしましーーー仰る通りにーーーすーーー)

 (もちろんですーーー当然そのよーーーはい、承知いーーーわかりーーー)

 (ーーー人命がかーーーそのようにーーー)


 震えながらもはっきりとした声が漏れてくる。

 その相手は、どうやら理解してくれたようだ。

 すぐに麹町がこう言った。


 「わかってくれたならよかった。あんたが誰の命を守りたいのか忘れないでもらいたい」

 これだけ言って電話は切られた。

 

 そして目の前の警察官に念押しのように言う。 

 「あんたの上長に言っておけ。明日、もしも何らかの発表があったなら、ここにいるあんたの顔と名前は一生わしの頭から消えなくなり、わしの大切な人間の命が脅かされたことで警察への信頼はなくなるだろうよ。だが好きにしてくれ。正しいことを()()()()()なら勝手にするがいい。どっかの誰かさんだか、大臣だかに踊らされて、人の命を粗末に扱うがいい。

 用が終わったなら失礼する。空いてる部屋を貸してくれ。三人の家族に連絡するから家族が来たらわしらのところに通してくれ」


 警官は声もなく頷き、医師と事務長は聞かれてもいないのに「我々には守秘義務がありますのでご安心を」と言って出て行った。


 責任の重さに耐えかね絶望していた情けない佐倉がやっと我に返った。というより、その責任をやっと思い出したらしい。

 佐倉は麹町に頭を下げ、心から謝罪し、そして「今から遠山さんのご家族と権藤さんのご家族に連絡します」と言い立ち上がった。


 佐倉が電話をかけている横で大きくため息をついた麹町は「さて先生方。さっきのメールは本当のことですかね?」と声をかけた。


 それに末次が答える。

 「ええ、もちろんです。ですからご安心を」


 「そうか、それは大変助かる。この馬鹿が電話をかけ終わったらじっくり聞こうじゃないか」


 しばらくすると、看護師が小さな空き部屋を用意してくれた。

 怒れる麴町への特別待遇というやつだろう。

 別に病院のスタッフは何も悪くはないのだが。

 

 さて、電話をしながら空き部屋に向かう佐倉―――

 空飛ぶカァちゃんの実家にかけたが不在だったため静にかけ直したところ、英介が倒れたため病院に来ているらしかった。

 静に事故のことを伝えると、小さく『ひっ』と掠れた声を出し、呼吸が小刻みになっている様子がうかがえた。

 安心させるような何かを伝えてあげたくても、今はまだ状態がはっきりしないのだ。

 命に別状がないことだけを伝え、状況がわかり次第こまめに連絡をするからと言って電話を切った。

 今はただそうすることしかできなかった。

 英介からの電話の後の数十分間、自分は何をしていたのだろうか?

 あの子の心がどういう状態なのか、それを思うと佐倉は死にたくなった。

 さっきからずっと、ただ絶望して、倒れ込んで、まわりを引きずり回しただけだった。

 何十年と生きているのにこの体たらく。

 調子にのって水谷を刺激した結果がこれだ!


 何十年かぶりに犯した愚かな失敗。

 佐倉は、その後始末ととてつもない後悔に立ち向かわねばならなかった。


 さて、小さな部屋に入ると麹町がニヤリと笑う。

 「回収したんですねスマホを」


 「はい、ここにあります」

 末次と小暮の目がギラリと光った。


 

 

ここまでお読みくださりありがとうございます!

次回も引き続きこの件の後始末の回となります。

ぜひ続きも読んでいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。