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57.権藤と空飛ぶカァちゃんのフライハイ情事

     ◇◇◇◇◇


 通称ピンクビル――市谷(いちがや)が運転する車はその前を通りすぎた。

 人通りも少ないその通りを、やけにゆっくりと車は進んで行く。


 「少し先の方まで行ってみましょう。多分どこかに裏に回れる道がありますよ。なかったらなんとかうまく話してどこかのビルから裏に回らせてもらいましょう」助教の小暮(こぐれ)が言う。


 「そうだね。あのピンクのビルの周りをうろつくのはやめておこう。奴らのお仲間が見張っているかもしれない」末次(すえつぐ)准教授も同じ考えらしい。


 ピンクビルからどのくらい離れただろうか、ビルとビルの間から裏に抜けられる道を見つけた。

 ゴミ箱のようなものが置いてあるが、裏のほうの塀まで真っすぐに通り抜けられそうだ。

 『このあたりのビルの住人のような顔をして通り抜ければいいさ』と権藤が言うと、他の四人が頷く。


 市谷がその少し先にあるコインパーキングに車を入れた。

 そして、市谷は電気店の名前が入った紺のジャンバーを羽織った。

 「うちの店のユニフォームなんですよ。俺が黒い服で行ったら多分すぐ奴らにはバレますから」


 「市谷君の家は電気屋さんか。でもいつも車に置いているのかい?」

 権藤が問う。

 「はい、このジャンバーだけじゃないですよ。他にもいくつかね。これも安全のためですよ」

 こう言って市谷は電気店の帽子をかぶり、工事道具の入ったカバンを手に持った。


 「なるほど。政治家の秘書さんってのは色々と大変なんだね。あの人の秘書っていったら色々狙われるとか?そういうこと?」

 小暮が納得したようにこう聞いた。

 「はい、そういうことですよ」市谷が微笑む。


 そして、五人がビルの間を抜けて行く。古い塀が続く裏道へ。

 権藤が言う。

 「よし、あのビルまでそのまま行けそうだ。手前のところで先生と市谷君はいったん待ってもらって、我々が三階まで飛んだらどこか隠れられる場所から見張っていてください」


 「よしわかった。僕と小暮君は奥側と手前とで分かれて見張るよ。録画できるかわからないが、それほど暗くないから映ると思うよ」 


 「はい。市谷さんは俺と一緒に奥側に行きましょう。工事の業者さんを連れてきた他のビルの人間に見えるように話しながら歩いて行きましょう。先生はあそこに隠れられそうな自転車置き場があるじゃないですか、あそこからだとうまく映せますよ」 


 「うんそうだね。権藤さん、あなたは電話を通話状態にしておいてください。僕と電話を繋げておくんですよ、それをこっちの高性能ボイスレコーダーで録音しますよ。安全のためにね。だから録画は小暮君のほうでやってみてくれ」

 「わかりました。バレないようになんとかやってみます」


 「遠山さんは胸ポケットにスマホを入れて録画しておいてね。何が起きるかわからないし、ポケットに切り込みを入れてマイクとカメラ部分が表に出るように裏側からガムテープで固定しよう。ちょうど市谷君のバッグにガムテープもはさみも入ってるじゃないか」

 末次がこんな提案をしてきた。


 「そうですね、先生こういうのご経験おありですか?」

 

 「まさか!探偵アニメの見過ぎってやつだよ」末次が笑いながら言う。


 市谷が手際よくポケットに切り込みを入れる。

 そしてスマホの背面と底の部分のカメラやマイクがウェアの生地に隠れないように切り込みを入れ、既に動画スイッチをオンにした空飛ぶカァちゃんのスマホを布ガムテ―プで固定した。


 同じように権藤も、末次と通話状態にしたスマホをワイシャツの裏から布ガムテープで固定した。

 市谷は見かけによらず手際が良く、綺麗に、そしてあっという間に、にわか探偵の録音装置を作り上げた。

  

 にわか探偵たちが先を急ぐ。

 末次准教授はピンクビルの隣のビルの自転車置き場にいったん隠れた。

 電灯が切れているのか真っ暗だが、駐輪場のアルミの柵の隙間からピンクビルの裏側の窓が良く見える。

 そして、市谷と小暮は奥のビルのほうににこやかに会話をしながら歩いて行く。

 まるで隣のビルの住人のような顔をして。

 裏口の扉付近で帽子をかぶった電気工事士の市谷と、なぜかスマホを高く掲げた小暮が立ち止まって話しているが、ピンクビルの三階の住人はありがたいことに彼らのことは見向きもしていなかった。


     ◇◇◇◇◇


 さて、ピンクビルの『三階の足場』に潜むカメラを首から下げた男。水谷が呼びつけたカメラマン。

 この男は釜谷の秘書で愛人でもある橋本菜月(はしもとなつき)という女と『同じ組織』の人間である。

 しかし、このことを水谷はまだ知らない。

 水谷はこのカメラマンが、潰したい相手を貶める時に便利に使えるフリーのカメラマンだと信じているのである。

 この男は組織の指示に従い、金次第で何でもやるフリーランスとして水谷に近づき、もう何年もの間、水谷の思い通りに動いて来た男であり、今回も同じように使えるカメラマン役を演じてくれるはずだった。

 この男は組織より、今回の水谷からの依頼を受けるようにと指示を受けてはいたが、同時にこのことが水谷の弱みとなるように指示の証拠はしっかり押さえておくよう言われていた。

 過去に水谷が指示して撮らせた卑劣な写真や記事も、全て水谷からの指示だったと公表すれば一発でアウトとなるような決定的な証拠を、この男はその手の中に握り込んでいるのだ。


 今回の水谷の依頼は、釜谷と空飛ぶカァちゃんの不倫スキャンダルをでっち上げて釜谷を潰そうとするものであるが、このフリーカメラマンの所属する組織としては、今の段階で釜谷をあわてて潰さずとも、もう少しの間は生かしておいて脅しながら転がすほうが都合がいいと考えていた。

 つまり、このカメラマンが今日、うまく釜谷と空飛ぶカァちゃんの色事を撮影できなかったとしても何ら問題はないのである。

 

 そして、待つこと1時間ほど。

 ピンクビル三階の横の足場に潜んでチャンスを待っていたカメラマン。

 想定外の方向から空飛ぶカァちゃんが現われた。

 その男は、背中に誰かを背負って飛んでいる空飛ぶカァちゃんを超望遠レンズで捉えた。

 

ーー(嘘だろ?権藤じゃねえか!)

ーー(なぜあいつがここに来た?)

ーー(この女が頼んだのか?こともあろうに権藤に?)

ーー(空飛ぶねえちゃんよ、あんた面白いものを撮らせてくれるんだね)

ーー(釜谷の野郎はもうどうでもいいぜ!権藤を潰せるじゃねえか!)


 空飛ぶカァちゃんが三階の足場の上にそっと権藤をおろした。

 おろした場所は足場の一番端。

 明かりのついた窓からはかなり離れたところ。

 窓は開いており、人影が見える。もちろんそれは釜谷。


 空飛ぶカァちゃんと権藤は壁に手をつきながら足場をゆっくりと進む。 

 一度、空飛ぶカァちゃんがよろけそうになった時、権藤が慌てて彼女を支えた。

 ホッとした空飛ぶカァちゃんが少し微笑む。


 その瞬間――(((カシャ、キュシャシャー、カシャシャ)))

 静音タイプのシャッター音が密かに流れた。

 

ーー(よし!こりゃいい絵が撮れた!)

ーー(いい具合に二人してニッコリしてやがる)

ーー(見出しは……『廃ビルに忍び込む二人!飛ぶ女のフライハイ情事!』)

ーー(ってな感じで行くか!さあ、とっとと退散だ)

ーー(ごめんよ水谷。あんたももう用済みみたいだぜ)

ーー(でもまさかのまさかだ!権藤をヤれるとはね、感謝するぜ)


 男はまだメッシュシートがかかっているビルの横の足場からあっという間に二階に移動した。そして、そのまま一階へ。

 満足そうな笑みを浮かべて、男は釜谷のことなど見向きもせずに走り去った。

 権藤と市谷たち五人が歩いて来た道を。


     ◇◇◇◇◇


 こちらは権藤と空飛ぶカァちゃん。


 明かりのついた窓から三メートル程のところで権藤がしゃがみ込む。 

 そして、小声で言う。

 「中を覗いて、何かおかしいと感じたら絶対に入らないように。いいですね?」

 空飛ぶカァちゃんは頷き、窓に向って進んで行く。

 

 

 


 




 

 


 


 

 


 



ここまでお読みくださりありがとうございます。

次回は権藤さんと空飛ぶカァちゃん、そして市谷産の事故のところです。

続きも読んでいただけたら嬉しいです!

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