51. 破壊遺産の破滅の序章(1)
ピリピリした表情の男が二人、顔を見合わせる。
そして、ひと際体の大きい男のほうが言う。
「麴町先生はいつも、第三者の目というのはとても貴重でありがたいものだ、と」
大男の口数は少ない。が権藤にはこれだけで十分伝わった。
「その通りですね。先生方にお話ししてご意見を伺いましょう。遠山さんもそれでよろしいですか?」
空飛ぶカァちゃんはスマホを見つめながら頷いた。
スマホのコール音が止んだタイミングで権藤が早口で説明をし出す。
まず、体を壊している病弱な友人がサイキックであるということ。
その友人、彼は公的機関に名乗り出ていないが時々予知ができるサイキックであり、その彼が空飛ぶカァちゃんの身に降りかかる危険を予知をしたこと。
そして、その予知によると、どうやら『水谷総理』が絡むらしいため慎重になっているということ。
麹町もこのことを知っており、先ほどの話によると、今日もしかしたら総理が山本を使ってなにかしらの指示をさせて、空飛ぶカァちゃんを別の場所に誘導させようとしていること。
権藤はこれらの事情をスマホをチラチラ見ながら早口で説明した。
そして、そのサイキックのことはどうか内密にしてほしいということを准教授と助手に頼んだ。
すぐさま二人は頷いた。
助教の男が「もちろん他言いたしませんのでご安心を。しかし、実際にかけてきたのが山本さんだということは、今は麹町さんは山本さんと一緒にいない、あるいは山本さんの状況を把握できない、ということですよね?」とたずねる。
「山本さんはなんとか逃げたんだ。あの人都合が悪くなると体調不良で乗り切るだろう?多分、具合が悪いから帰宅するとかなんとか言って大騒ぎして麹町さんを部屋から追い出したんだよ。電話は外からかけてるんじゃないか?」権藤がこう言うと、大男も「そうでしょう、あの人ならそうする。総理には逆らえない方だから」と返す。
大男が続ける。
「遠山さん、ここへ来る途中で麴町先生が言ってたでしょう?わざわざあなたをいったん官舎に返すように言ってたのにはきっと理由がありますよ。多分ろくな理由じゃないです。あなたを佐倉さんや黒田さんのいない一人ぼっちの状態にしてから、何かをさせようとしているんですよ。きっとろくでもないことを」
「ああ、俺もそう思う。こうなったら山本さんの真似じゃないが、遠山さんも具合が悪くなったってことにしましょう。これはきっと罠ですよ。なぜ総理があなたを狙うのかがわからないが……どう考えてもおかしい」
権藤がこう答えると、大男は一瞬何か言おうとしたが、すぐに口を噤んだ。
大男は少し一緒に過ごしただけで権藤に親しみを覚えてしまったが、権藤の立ち位置は麹町の敵なのだ。
さっきから声を発せない空飛ぶカァちゃんは、二人の言葉にすぐに頷いた。
防火スーツを届けてくれた佐倉の両親も言っていたように、絶対に山本の指示する場所に行ってはいけないと思った。
仮病でも何でも使って断ろう、そう思った時、ふたたび電話が鳴った。
ずっと黙っていた准教授が、びくっと体を揺らした空飛ぶカァちゃんに微笑みかけ、机に置いたスマホを指さしながら言った。
「まずは話を聞いてみないと進まないよね。彼らの目的と魂胆がわからないままでいるのは危険だし不利だ。何を言ってくるかを聞き出そう。遠山さんは電話に出てすぐスピーカーにして、それで我々はそれを録音しよう。遠山さんは本当に今、具合が悪そうな声で話すんだよ?できるかい?」
大男と権藤がこれにうんうんと頷いて空飛ぶカァちゃんを見る。
そして、助教の男が准教授に続いてこう言う。
「これだけしつこくかけてくるってことは、今日どうしても遠山さんに何かをさせるつもりなんだろうね。何を言ってくるか、そしてそれを証拠として押さえておくのはとても重要だから頑張ろう。
ただ、絶対に言いなりになったらだめですよ?こんな時間に、義務があるわけでもないのに何かをさせようとするのはおかしなことだからね?断ったって全く問題ないんだよ、それを念頭においてね」
空飛ぶカァちゃんは弱弱しく頷いた。そして、勇気を振り絞った。
電話を素早くスピーカーにすると、すぐさま山本ミキのヒステリックな声が響き渡った。
准教授と助手の男はその声に驚き、そして目をぱちくりとさせて顔を見合わせた。
彼らは録音のために既にスイッチを入れている自分のスマホを、空飛ぶカァちゃんのスマホの近くに更に寄せた。
続いて、権藤と大男のスマホが、空飛ぶカァちゃんのスマホを取り囲むように置かれた。
四つのスマホに囲まれた空飛ぶカァちゃんのスマホは、聞き苦しい破壊遺産の声をうまい具合に拡声した。
この時間、研究会の会場だった部屋の廊下を抜けたところにある、ちょっとした小休憩スペースには全く人がおらず、コーヒーの自動販売機前の机に置かれた空飛ぶカァちゃんのスマホから漏れ出す山本ミキの声は、人気のないその場所の落ち着いた空気を震わせた。
山本は空飛ぶカァちゃんを『あんた』と呼び、『このグズ、間抜け!』などと言って罵った。
彼女は本題に入る前にどうしても怒鳴らずにはいられなかったらしい。
ーーー『どうしてそんなにグズなのよ!佐倉君が甘やかすからって調子に乗ってるの?私が電話したらすぐに出なさい。用事があるからかけてるんじゃないの!なんで出なかったの?何度も鳴らしているのにどうして無視したのよ!』
空飛ぶカァちゃんは震えあがった。
トレーニング室で立ちあがれなくなるほど走らされた後に反復横跳びをさせられ、あまりにも遅いと怒鳴られ、トレーナーに肩を掴まれて左右に揺さぶられた時の恐怖が蘇った。
震えている空飛ぶカァちゃんを見た4人の男たちはいたたまれなくなり、スマホを切ってやろうかと全員が手を伸ばしたほどだった。
それを空飛ぶカァちゃんが(大丈夫です)と唇を動かして止めた。
さて、山本が続ける。
ーーー『あんた、佐倉君が優しいからって甘えるんじゃないわよ。彼が親切だからってそれにつけ込んで同情を買うように仕向けてるんでしょう?あんなみたいな間抜けはそうするしか能がないものね。あの派遣の女とおんなじよ。みっともない』
しばらく山本のヒステリーが続いた。
空飛ぶカァちゃんの瞳には涙が滲み、自分を嘲った怒鳴り声を四人の男たちに聞かれてしまったことが恥ずかしく、また辛くなり、顔を真っ赤にして俯いた。
山本が『役立たずの間抜け!みっともない女』などと言って大声を出すたびに、びくっと肩が震えてしまい、自分でも情けなくなっていた。
山本と、佐倉が解雇した女性トレーナーからもたらされた恐怖はそうそう消えないものだったらしい。
そのトレーニング時の酷い状況をまだ知らない4人の男たちでさえ、空飛ぶカァちゃんに対する山本のこの言葉遣いを聞けば、目の前の女性がどんなに傷つき、恐怖を感じているかが伝わってきた。
ーーー『あんた、このことは明日ちゃんと報告させるから。許されることとそうでないことがあるってことをちゃんと理解しなさい!明日以降、あんたの担当は別の者にするからね。別にもう佐倉君じゃなくたっていいんだから。厳しい者にやらせるわ、あんたが調子に乗らないようにね』
これを聞いて更に震えあがった空飛ぶカァちゃんを見て、権藤と大男はまた顔を見合わせた。
“武闘派“とでも言われそうな体格の大男の目にはほんの少し涙が浮かんだし、権藤は眉間に皺を寄せて唇を噛んだ。
(佐倉君があれほどまでに遠山さんを気遣う理由がわかったよ)権藤は思う。
(麹町先生に報告しなければ。これは酷い、あんまりだ!)大男がこぶしを握る。
さて、怒りを発散した山本ミキが少し呼吸を整えたようだ。
ハアハアという呼吸音が聞き苦しいが、なんとか冷静を装い、やっと本題を話し出した。
ーーー『あんた、遠山さん、あなたのように仕事をきちんとこなせない人にこんな恩情はいらないと私は思いますけど、総理があなたに情けをかけてくださったわ』
返事ができない空飛ぶカァちゃんに、また山本が怒鳴る。
ーーー『返事くらいしなさいよ!』
「はい」空飛ぶカァちゃんが蚊の鳴くような声で答える。
ーーー『あなたこれから私が言う場所に行きなさい。でもちゃんと身なりを整えるのよ。あんたにお似合いのみっともない“GOGOウェア”はやめてちょうだいよ?それなりの格好で行きなさい。総理がそう言ったのよ、わかったわね』
空飛ぶカァちゃんが答えないので山本がまた怒鳴る。
震えあがった姿を見て、准教授がなにやら手帳に文字を書き入れた。
(はい、と言っときゃいいよ。何をさせようとしてるか聞き出そう。探偵ごっこと思うんだよ)
准教授はメモに、多分書き慣れていないのだろう、下手くそな『にっこりマーク』を書き、その後に『こいつをやっつけようぜ!』と書き入れた手帳を見せながら微笑んだ。
これに空飛ぶカァちゃんも微笑みを返す。
そして、助教の先生と大男、権藤が親指を立てて笑いかけてきた。
スマホの横に立つ不器用な四人の応援団の存在は震えあがった空飛ぶカァちゃんの胸を温かくした。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
次回は(2)です。
山本の怒鳴り声が続きますが、空飛ぶカァちゃんも今回はかなり頑張って少しずつ反撃します。
気になりましたらぜひ続きをお読みくださいね。




