49. 麹町爺の破壊遺産足止め工作(1)
大使館から戻る途中で、佐倉の従弟(和泉美樹夫)から、例の“肌色のようなピンク系の色のビル”のことで電話が入った。
ーー『烈に電話する前に佐倉さんに連絡したけど、前に俺が行ったビルじゃなかったよ。見に行ったけどあのビルには工事現場のアミみたいなものはかかっていなかった。で、その近所の商店の人に聞いてみたんだけど、そのビルの持ち主ってのがまあ地元でも有名な人で、手広く色々やってるらしくてね。隣の駅に同じような色のビルを持ってるって聞いたもんで行ってみたんだ。そしたらそこが佐倉さんが言ってた通りで工事中のアミがかかっていたからびっくりしたよ。政治家の釜谷って人の身内がやってる貸しビルだったんだ』
このことでは佐倉の父のカンが当たっていたようだ。
――(とうちゃんがビンゴか!最近やたら冴えてるな)
「驚きだよ、やっぱりあいつと関係があったってことか。ミキおじさん、それで?現場を確認したいんだけど写真は?」
ーー『ああもちろん。朝からずっとぎゃあぎゃあうるさかったからまずは佐倉さん(烈の父)に送ったんだ。それで、さっそくあの人がすぐに烈の知り合いの子供に俺が撮った写真をメールで送って確認したらしいんだけど、どうやらそのビルで間違いないらしいよ。今も細長い鉄骨みたいなものが隣のビルとの間に立てかけてあったよ。もちろんその写真も送ってあるから』
佐倉は英介の予知の正確さにぞくりとしたものを感じた。
多分、その写真を確認したという英介自身が、いま一番それを感じているだろう。
その従弟が続ける。
ーー『その子供が写真を確認できたことは、俺もたった今、佐倉さんから聞いたばかりなんだ。きっとその子も学校があっただろうし、烈も仕事があっただろう?それで知らせてるってわけ。電話切ったら烈にもすぐ写真を送るから。なんか佐倉さんすごく慌ててたし、烈には俺が知らせておくって言っといた。だから佐倉さんにはメールだけでもしてあげて。とにかく、何があったのか知らないけど絶対にあれらのビルには関わらない方がいい。あのビル、見ているだけで気分が悪くなるんだよ。何をするつもりか知らないが、あそこだけは借りちゃだめだ』
佐倉の従弟は本当に心配している様子だった。
「ミキおじさん大丈夫だって。そんなビル借りるわけないじゃないか。ちょっとした予言騒ぎがあって確かめたかっただけなんだ。心配いらないって。忙しいのにごめんね、ほんと助かったよ」
ーー『そうなのか。それならいいが、絶対にあれには近づいちゃダメだ。色のせいなのか窓の雰囲気のせいかわからないけど、どうも気味が悪くてね。近づかないならそれでいい』
「ミキおじさんわかってるよ、あんなクズ野郎のビルにこっちから近づくことは絶対ないから心配いらないよ。本当にありがとう」
佐倉は心から言った。
ーー『ところで、あのソファは気に入った?かなりいいものだっただろう?俺が欲しいくらいのものだったんだけど、買った人は気に入った様子だった?』
「そりゃ気に入ったさ!住んでる部屋が病室みたいであまりにも酷すぎるんだけど、あのソファを入れたら温かみがでたんだ。ミキおじさんのセンスは確かだからね、全面的に任せて良かったよ。その人は本当に酷い目にあってるから……せめて部屋に帰った時くらい豊かな気持ちになってほしかったんだ」
ーー『それならよかった。佐倉さんにしつこく聞かれて困ったよ。相変わらず過保護というかなんというかね。まあまたな、とにかく頼むからあのビルには近づかないでくれよ』
従弟の忠告はともかくとしても、佐倉はその日のうちにそこへ確認にいくつもりだった。
――(まさか釜谷の身内の持つビルだったとはね。英介の能力はかなりのものか……あの時にあれこれ英介を問い詰めるように聞きだしたことはまずかったな。私が覚醒した時みたいになったら大変だってのにさ。静ちゃんにはあれほど英介を質問攻めにするのだけは気を付けるように言ったってのに、私は何をやってるんだ?とにかく、この件だけは絶対に阻止しなくては)
佐倉は頭の中でこの後の予定を細かく積み上げた。
明日の朝まで油断してはならない。
◇◇◇◇◇
佐倉が戻る前。
17時を少しまわった頃。
山本ミキが唾を飛ばしながら黒田を相手にヒステリーを起こしていた。
「どうしてあの女、遠山さんがいないのよ!麹町先生のところには秘書しかいないじゃない」
「僕は詳しいことは何も聞いていないんです。彼が言うには、壁に亀裂の入ったビルだか団地だかの点検に行かされたとかで、麹町先生はそのまま直帰するようにと言っ、」
「は?はぁ?ちょっともう!」
山本は興奮すると人の話を聞かない。
黒田の話を最後まで聞かずに金切り声を上げた。
「なんなのよ!直帰?ちょっと何させてんの?勝手なことをさせないでよ!総理から言われているのにどうするのよ、アレの、遠山さんの仕事のことで総理から連絡が来る予定なの。早く遠山さんに連絡してよ!」
山本は、まるでそれが黒田の失態であるかのように怒鳴りつけた。
「申し訳ありませんが、僕はこれから山崎先生と約束があるから無理です。麹町先生のことですからちゃんと車で帰らせますよ。それに彼女は勝手に飛んで帰ったりしませんよ」
「当たり前じゃないの!そんなことをさせたらこの私が非難されるのよ?あの間抜け女をびゅんびゅん飛ばしたりしたら、うるさい連中がぎゃあぎゃあ言ってくるかもしれないじゃないの!」
黒田はこれにすぐに返事をしなかった。
とてもじゃないが、もう会話を続けたくなかった。
山本ミキが黒田を睨みつけてきたので目をそらしたが、『はーっ、はーっ』と何度も気味の悪い溜息をついてくるので仕方なく、柔らかい話し方と言葉で言い返した。
「でも、そんなこと言ってくる人がいますかね?あれほど人のために尽くしてる人のことをそんなふうに、」
「は?あの間抜けがやったことなんて、くだらない点検ばっかりじゃないの!」
山本ミキのこの言い草にカチンときた黒田は、荷物をまとめながら今度は早口で言い返した。
「では佐倉君に連絡をしましょうか?佐倉君は、最近遠山さんの体調が悪いのを気にしていて、あまり仕事をさせすぎないように気を遣っていますからね。こんな夕方になって、どこかのビルに飛ばせにいったことを知ったら、佐倉君は麹町先生にだってすぐにやめるように言いますよきっと」
こう言われて山本は、肩がびくりとはね上がった。
確かに佐倉ならそう言うだろう。
たとえ麹町が相手だったとしても、こんな時間に飛ばすことをやめさせようとするに違いないと山本は思った。
――(確かにいま佐倉君に帰ってこられるとちょっと厄介だわ。あの子は妙な正義感があるし、私が世間からどう見られるかを常に気にしてくれているから、あの女を大事にするように言ってくるし。さてどうしよう……)
山本は見るからにイラついた態度で黒田にこう指示を出した。
「余計なことは言わないでいいから!大使館へは私のおつかいで行ってもらったのだけど、佐倉君に、こちらには戻らないで帰るように言っておいて。私がそうしていいって言ってたって伝えなさい。電話で今すぐに!」
もう不愉快でたまらなくなっていた黒田は、声も出さずに頷いた。
山本ミキは、自分でも気づいていないが佐倉が苦手なのだ。
黒田は山本がうるさい時はいつも佐倉の名前を出して牽制した。
こんなふうに。
―『佐倉君がまたSNSのことを気にしてましたよ』
―『佐倉君は今、先生の評判を上げることしか頭にないんです』
―『見かけによらず彼は情があるし地元の方からの評判もいいです』
―『うちには彼が必要です。僕は彼にはがっかりされたくないですね』
ー『今、彼にやめられると色々困りますよきっと』
佐倉に関する話をすれば山本はおとなしくなるのだ。
残酷な佐倉が何を思っているかなど、山本ミキにはわからない。
溜息をつきながら黒田が佐倉に電話するのを見届けた後で、山本はわざわざ佐倉にメールを送った。
ーーー『遠山さんは麹町先生が点検で連れまわしているみたいだけど、ちゃんと送り届けてくれるらしいから佐倉君は安心して直帰するように。お疲れ様』
このメールを見た佐倉は、しんからからほっとした。
麹町と一緒であればまず安心なのだ。
予知のことを知っている麹町爺なら、万が一、火事の現場に行くように水谷から連絡を受けたとしても、一喝して『勝手にお前が消防車を呼べ!』と言ってくれるに違いないだろうから。
しかし、佐倉ががむしゃらにまわりを巻き込んだことで、英介が予知した運命は方向が変わってしまったようだった。
もうきっと火事は起きないだろうが、無関係の権藤が巻き込まれ、同じく無関係の麹町と彼の私設秘書の大男までもがこの事件に呑み込まれそうになっていた。
お読みくださりありがとうございます。
次回は麹町爺が山本ミキを足止めして邪魔します。
(途中『ミキおじさん』というセリフがありますが、名前が似ているだけで山本ミキとは一切関係がないのでご安心ください)
また、木曜日投稿の予定でしたが早くできたので、本日『Black Notes』の続きも投稿しますのでお読みいただければ嬉しいです。
こちらもご感想等をいただければ励みになりますのでよろしくお願いいたします。




