48. 使い捨ての飛ぶ女(3)
佐倉と通話した翌日。
権藤は委員会の後で麹町を呼び止め、なんとか面談の時間を確保した。
その時の麹町の死ぬほど嫌そうな顔といったらなかったが、佐倉と空飛ぶカァちゃんのために権藤は必死だった。
麹町のところの若い秘書のことを不安に思う佐倉のために『業務に関わる大切なことですが、実は個人的な話も含まれるので二人だけで話したい』などと言って麹町に頼み込んだ。
そんな権藤に対して『なんでわしがお前の個人相談を受けなきゃならん?!』とわめく麹町が不愉快でたまらなかったが、権藤は佐倉のためにそれを耐えた。
顔を引き攣らせながらも笑顔を作り『人生は面倒があってこそじゃないですか』などと、嫌味にもならない戯言を言って歯を食いしばった権藤の心意気を知った佐倉の羽は優雅にピンと跳ね上がった。
さて、権藤の予想した通り、麹町は権藤の友人のサイキックを政府の管理下に置くべきだなどとは言わなかった。
麹町は話を聞いてすぐに『そういうことなら仕方がない』と言い、なんとかうまく空飛ぶカァちゃんを自分の管理下に置かせると言ってくれた。
麹町のほうで、どうしても空飛ぶカァちゃんを使わないとできない業務があるため『しばらくは国民の安全に関わる作業をさせるために、わしがあの空飛ぶレディーを預かることにする』などと言って、体よく麹町の部屋で保護することになった。
また、各室からの依頼で多言語の通訳や翻訳作業で多忙な佐倉に、これ以上の量の翻訳を任せるのも酷だと言い張り、空飛ぶカァちゃんの語学力を言い訳に、それが必要なことであるのだとその日のうちに山本ミキに伝え、それをあっという間に認めさせた。
いきなり部屋にやってきて、恐ろしい目で睨みつけながら、言いたいことをまくしたてる麹町の剣幕に震えあがった山本はろくに言い返すこともできなかった。
空飛ぶカァちゃんには今までと同じく社会貢献の一環ということで(どこへ飛ばせるかを明確にせずに)麹町が前から気になっているという築年数の古いビルや老朽化が進む団地の点検業務を麹町の指示のもとで行わせることになった。
実際はただの囲い込みであるが、業務状況を麹町に問いただしたり、それが今本当に必要な作業であるかどうかということを指摘して、ただでさえ口うるさい麹町を突っついてくる者も、また突っつきたいと思う者も一人もいなかった。
さらに麹町は、以前佐倉から提案されていたこと思い出して、空飛ぶカァちゃんに砂防の先進国の技術や戦略、その取り組みに係る報告書を翻訳するように指示を出した。
これは空飛ぶカァちゃんにとってもその才能を生かす有意義な作業でもあるし、麹町が空飛ぶカァちゃんを囲い込むための立派な理由付けになるため山本も水谷も余計な手出しがしにくくなる。
(羽を飛ばしていた佐倉はあらかた知っていたが)権藤から改めて空飛ぶカァちゃんの処遇について知らせを受けた佐倉は権藤に深く感謝し、またすぐに麹町の元を訪ね何度も頭を下げた。
佐倉のその姿を見た麹町のところの無口な大男が、胸を叩きながらニカッと笑ってくれたので、佐倉はその男にも深く頭を下げた。
本村の記者会見で見かけたこの大男は、どうやら麹町の腹心のひとりのようだった。
佐倉が気にしていた『麹町のところにいる若い秘書』はこの大男ではない。
やや細めの体つきで気の弱そうなその男は、佐倉がこの部屋を訪れたこの時には離席中だった。
佐倉は自分の部屋に戻った後に、すぐに『羽』を飛ばしたが、その男は議員会館の中にはいなかった。
今のところ、その彼が釜谷の秘書の女性になにかしらの情報を流していたり、麹町を裏切っているか、といった疑いに関しては、佐倉もまだ確信を持てなかった。
ただ、釜谷の秘書への恋心は本物のようだった。
釜谷の秘書の目つきや表情、話し方。それを見れば“何かがおかしい”と気づきそうなものだが、それに全く気付かず、ここまでの恋心を膨らませているこの若い秘書の男を、佐倉はどうも信用ができなかった。
悪い男ではないと思った。気の優しい男であるようにも思えた。
しかし、あれほどあからさまに表に滲み出ているあの女の性根を見極められない愚鈍なその男に、大事な空飛ぶカァちゃんを関わらせたくなかったのだ。
翌日。
空飛ぶカァちゃんはさっそく麹町の部屋で作業と待機をすることになった。
“飛ぶ”という特殊能力者である空飛ぶカァちゃんの管理を所管する山本ミキではなく、あたかも麹町がしばらくの間、実質的に受け持つことになったかのように見えたので、早速水谷総理から『これはルール無視の所管変更じゃないか』と抗議があった。
どうやら麹町の横暴について山本ミキから泣きつかれたようだった。
しかし、麹町が大声で『ああ?ルール破りはどこの誰だったか?あんたの子飼いだった本村の馬鹿のせいで台無しになった土砂災害対策を、あの権藤主導になどさせるものか!どこに飛ばせるかは山本にちゃんと知らせてやる』と大声で怒鳴りだし、凄まれた水谷は仕方なく引き下がった。
佐倉は、朝から麹町が大騒ぎしたことで、しばらくの間は水谷総理が空飛ぶカァちゃんに手を出してくることはまずないだろうし、まさか今日の今日で、空飛ぶカァちゃんに何かをさせようとするなど、いくら総理といえどもできないだろうと思っていた。
麹町もそれは同じで、わりと高を括っていた。
それに、なんとか自分の庇護下におけたことで安心してもいたし、半日一緒にいただけで、無口だが感じが良く、その上有能で仕事も早い若くて可愛らしい空飛ぶカァちゃんを気に入ったようだった。
なにより佐倉が特に彼女を気遣っていることもあり、なんとか守ってやらなければと思っていた。
――さて、夕方になって麹町がその声を聞いたのは本当に偶然のことだった。
麹町は山本の部屋の隣に位置する議員の部屋で、先日佐倉がアラビア語の通訳をしてくれた会合のことで、その時参加していた議員と話をしていたのだが、その議員がちょっとした用事で階下の議員のところに行ってくるからといって、麹町が一人で部屋で待っていた時のことだ。
(ちょっくら、スカッとをからかいに行くか)
こう思った麹町が少しドアを開けた時に、山本ミキと釜谷の秘書が隣の部屋の前で肩を寄せ合いながらコソコソと話をしている姿が見えた。
麹町はサッと身を隠し、ドアを少しだけ開けて耳をそばだてた。
ーー「先ほど別件で官邸に伺った際に総理が仰っていたのですが、山本先生へのご伝言をお預かりしました。今日、空飛ぶ女性にちょっとした作業をお願いしたいそうです。ですから、麹町先生の仕事が終わったら、いったん官舎に帰らせてから指定した場所に行かせるように指示を出していただきたいとのことでした」
「いったん帰らせる?なぜ?それなら今、私がアレに指示してきましょうか?」
山本がこう訊く。
ーー「いえ。麹町先生があれこれ仰るかもしれないので官舎に帰らせてからの指示が望ましいそうですよ。あの方、遠山さんには少し休んでいただいてからでいいとのことです。細かいことは後ほど総理から直接ご指示があるそうですので。ご内密にとのことでした」
山本と釜谷のところの胡散臭い秘書。大嫌いな女達の陰湿な声。
麹町はこれをはっきりと聞いた。
なぜか頭の中に響き渡るように二人の声はよく聞こえてきた。
昨日のこと。
――『友人が言うには、水谷総理が遠山さんをどこかのビルに呼び出して、そこで起きた火事から助けてもらったにもかかわらず、不意を突いて危害を加えるらしいんです。その時、総理と一緒にどうやら釜谷さんらしき方もいたそうですよ。もちろん、予知なんてものははずれるかもしれませんが……』
権藤はこう言っていた。
(これは多分まずい!どうも胸騒ぎがする。最近わしもやたらとカンが冴える時があるからな。わしも特殊能力に目覚めたのか?!)
麹町はその二人が話を終え、そこからいなくなるのを確認した後ですぐに部屋に戻り、権藤に電話である指示を出した。
そして、空飛ぶカァちゃんをせかして物凄い速さで部屋を出た。
麹町と空飛ぶカァちゃんは、黒づくめの大男……本村の記者会見の時にドアの前を陣取っていた大男が運転する車に乗って、あっという間に議員会館を後にした。
◇◇◇◇◇
―――官邸で水谷がつぶやく。
ただ空を飛ぶだけなんてね。ほんと気味が悪いわあの女。
まあこの先、戦争にでもなったらちょっとくらいは役に立つかもしれないけど、そんなことに最近ちょっと可哀そう、って言われ始めたアレを使ったら私が非難を受けちゃうじゃない。
だから、薄汚い男のみっともない愛人として私の役に立ちなさい。
お馬鹿な国民がアレを軽蔑すれば、もっと使いやすくなるものね。
もう空飛ぶアレは私の奴隷よ。
上手い具合にアレを国民からの軽蔑の対象に仕立て上げなくちゃ。
お前は死ぬまで我々のスケープゴートなのよ。
ふふっ、空飛ぶ嫌われ者の私の奴隷。
お前は泣きながら空を飛べ!
このつぶやきを聞いた者はいない。
佐倉は山本の使いで大使館に出向いていた。
お読みくださりありがとうございます。
次回、総理の悪だくみが始動します。これには山本も加担。
そのうち破壊遺産はきっと破滅に向かいます。




