04.英介学校で泣く
英介の転校と引っ越しは、あの日、公男と言い合いなってすぐ、あっという間に進められた。
英介は今の学校にはもはや何の未練もなかったが、最後の登校の日、黒板の前に立ってクラスメイトに別れの挨拶をした時には、結構な数の女の子が目に涙を浮かべてこんなことを言った。
「あの時かばってあげられなくてごめんね!」
「英介全く悪くないよ、お母さんだってそうだよ。なのにごめんね」
何の後悔なのかわからないが女の子達が泣きだすと、気まずそうにしていた男子の中で、英介に文字通り、“助けてもらった“ことがあるやせっぽちの体の小さい男の子が黒板の前まで駆け寄ってきて、
「お小遣いで買ったんだ」と言って、お店でラッピングしてもらったらしい数冊のノートを渡してきた。
「僕をいつも助けてくれたのに僕は何もできなくて。僕は英介がとても、好きだった。なのにごめん」と言って泣き出した。
英介はおろおろしながら「ノートありがとな、あっちで使うから」と言って肩を叩いて慰めた。
最後に懺悔でもしたかったのか、後ろのほうから遠慮がちな声で「元気でな」「またサッカーやろうぜ」「友達だもんな」などという声が響いた。
英介はもうどうでもよかったが、それでも「ありがとう」と言ってから、先生のほうを見てしっかりと頭を下げた。
「ありがとうございました。じゃあ俺はこれであっちの学校に行くので、先生さようなら」と言った後に、もう一度「みんなもさようなら」と言った。
これが英介が5年以上過ごした小学校での最後の日となった。
最後まで、一番の仲良しだった友達からの別れの言葉を聞くことはなかった。
英介はそれを悲しいとも残念だとも思わなかった。
◇◇◇◇◇
お昼過ぎ、祖母に連れられて英介は新しい小学校に登校した。
職員室で学校生活についてのレクチャーを受け、祖母が帰って行くと、いよいよ担任の女性教師が「じゃあうちのクラスにいこうね」と言った。
明るくて優しそうな先生。
ーーー(結構年なのかな?、40くらい?50くらい?まあ35くらいかな)と英介は思った。
アラフォーもアラサーも怒り出しそうな推察である。
クラスは6年2組。
「お母さんのことは事前に私が伝えたからね。そうして欲しいっていうことだったし、私もそのほうがいいと思ったよ。何か嫌なことを言われるようなことはないと思うけど、少しでもムカつくことがあったら思いっきり私に言いつけに来なさい」
「俺、意地でも言いつけないけど」英介はクスクスと笑った。
「また生意気な男子生徒が増えたちゃったか!」先生もにこやかだ。
教室に入ると、ざわついていた声が一瞬でしん、となった。
英介は気まずそうに苦笑いをして、先生のほうを見た。
「さて、話していた通り転校生がやってきました。遠山英介さん、挨拶をしてください」
「遠山英介です。今日からよろしくお願いします」
英介が挨拶すると、さっそく声がかかった。
「空飛ぶカァちゃんとこの息子だろ?俺はすごいと思ってるから。
なんか色々言われてっけど、だいたい黙ってりゃよかったのに正直に名乗り出るなんてさ、俺は偉いと思うぜ」
「そうだよな、あんなアホ総理の言うことなんか聞くこたないぜ!金持ちばっかりゆうぐうしやがってって母ちゃん怒ってた」
「ほんとだぜ。ニタニタしやがって。ああいうの本当に美人っていうのか?」
「馬鹿言うなよ!空飛ぶカァちゃんのほうが美人だろ!」
「あの総理、二人目の美人総理とか言われて調子乗りやがって!カッコつけやがって」
威勢のいい掛け声のような声が、机のあちこちから上がった。
英介は目を丸くして、口がぽかんと開いてしまった。
「まあとにかく仲良くやりなさい。遠山さんもうるさくてびっくりしたかもしれないけど、この学年って2クラスしかないけど、自慢じゃないけど陰険な子はいないから。まあ意地悪されても女子が言いつけてくるからすぐわかる」
先生はこう言って、一番前の、真ん中の席を指さした。
英介はひとまずそこに座って、声をかけてくれたみんなのほうに顔を向けて、ちょっとだけ笑ってみた。
すると、さっき最初に声を出した、“空飛ぶカァちゃんをすごいと思ってる“と言った大柄な男の子が
「もし他にも空飛ぶ奴が出てきたりしてそんな珍しくなくなったらさ、仕事を辞めてもよくなるかもしれないだろ?そうしたら“東京湾スカイツアー“ってのをやったらぼろ儲けできると思うんだけど、どうよ?」と声をかけてきた。
「ええっ?そんなんでぼろ儲けできないだろ?」
英介はこう言ったが、その男の子は続けてアイデアを披露した。
「馬鹿だな、絶対もうかると思うぜ。ベルトで吊り下げて空を飛ぶんだよ。落ちたって東京湾なんだから死なねえし。一回の飛行で一万円とか取って一日10回やったら十万円だぜ?最高じゃねえか」
「ええー?力士とか来たら大変だと思うんだけど」英介がこう言うと、男の子は大声で笑って、確かに!きっと腰の骨が折れちまうぜ、と言った。
クラス中がしばらく盛り上がって、みんなでワイワイしていると、ぼろ儲けのツアーを提案した男の子がこんなことを言ってきた。
「きっと、本当はやりたくなんかなかったよな。山で遭難した変な大学生の話聞いたぜ。あんなことばかりさせられて家にも帰れないっていうじゃんか。飛べるのが見つからなければよかったのにな」
英介はこう言いわれてビクッとして反射的に言ってしまった。
「俺のせいだから」
「なんでお前のせいなんだ?」
「俺が友達を助けてって頼んだんだ。俺のせいで母ちゃんはああなった」
この後、英介がうつむくと、先生が「もしよかったら話してみない?俺のせいだなんて、そんなことは絶対にないと思う。どうしてそんな風に思うのか話してみてよ。言いたくないなら無理にとは言わないけど。先生は絶対にあなたのせいだなんて思わない。みんなだってそうよね?」と言った。
「そんなこたあわかってるぜ!どうせアホ総理のせいだろ?あとあの変な女!あいつらのせいだろ」
そんな声があちこちから聞こえたところで、英介が顔を上げた。
英介はどうして自分のせいなのか、なぜそんなふうに思うのか、自分の気持ちを落ち着いて話した。
話していくうちに、悔しくなって、辛くなって、物凄く早口になった。
それでも、誰も口を挟んだり、笑ったり、そんなことをする者は一人もいなかった。
「ふざけやがって!俺がいたらシメてやったのに!」
「あたしだって殴ってやったよ」
「なんでお前が悪いんだよ?なんも悪くねえよ」
「私も殴るよ」
次々に声が上がった。
この後のことだ。
初めての登校で、転校初日、英介はわんわん泣いてしまった。
次は英介と空飛ぶカァちゃんのちょっと辛いエピソードです。




