03.英介泣く
佐倉の広報戦略はまあまあ、それなりに山本を助けた。
その日、山本ミキは珍しくぶら下がり会見に応じ、鼻を膨らませながら嬉々としてこうのたまった。
ーーー『今まではあまりにも厳しすぎたかもしれない。やはり、能力に応じた活動をさせてこそ国のためになる』
これまでも、どうしても出入口で捕まることが避けられない時には、佐倉は必ず事前に山本に丁寧な指導を行った。
「山本先生、できるだけフランクな感じで少し微笑みを浮かべながら答えてあげてください。その笑顔がいいんです。親しみを感じますから。先生はちょっと高嶺の花なんですよ。これからは庶民感覚も意識しないとだめですよ」などと言って、爽やかに、真剣に会見時の態度について山本にあれこれ細かい指示を出した。
山本はその生真面目な指導にはなぜか逆らうことができず、できるだけ佐倉の方針を尊重し、今までの傲慢な態度を少しだけ改めた。
そのおかげか、山本が空飛ぶカァちゃんを理不尽に踏みにじっているという疑惑については、一定のおさまりを見せ始めていた。
その日のぶら下がりでは、しつこくて顔も見たくないと山本が名指ししていたフリーの記者・尾崎の質問に対しても落ち着いて対応できていた。
山本は、もはや勝ち誇った顔つきで『また今日も同じ質問を繰り返しているようですが、私が何度答えても内容を理解できないなら、ご自分の事務所にでも持ち帰ってよくよく理解してから来てください』などと言ってのけた。
尾崎記者は一歩も引かずに「ですが、もう真っ暗になった現場からヘリに乗せてもらえず一人で飛んで帰ったのは事実じゃないですか!操縦士も証言してるんですよ、あなたの指示だと。彼が嘘をついているというのですか?」と詰め寄った。
山本は『そんな指示を出した覚えはありません。私の指示を正しく理解できなかった可能性がゼロとは言い切れませんが、一人で飛んで帰れだなんて言った覚えはありません。もうこれで終了します』とニヤつくのを堪え鼻がひくつくのを必死に抑えながら答えた。
立ち去ろうとする山本に、尾崎記者が大声で「嘘はやめてくださいよ!」と叫んでいたが、山本は振り返り、苦笑いしながら首を細かく振ってため息をつく。
まるで大声を出している尾崎の態度がおかしいとでもいうように、呆れたように笑う山本ミキ。
このやり取りは夕方のニュースで報道された。
空飛ぶカァちゃんの息子英介とその姉・静は、またもやテレビの前で絶叫したが、ダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいた父親の公男はうるさいなあとのんきな声で言う。
「そんなにいちいち怒るなよ。お母さんが働いてくれてお前たちだって助かっているだろう?最近はお母さんも今までよりも楽な仕事にしてもらってさ、報酬だって他の能力者と同じにしてくれているんだから、まあ感謝しないと」
この言葉に静はカッとなり、父親に向かってこぶしを振り上げた。
「姉ちゃん!」と言って、英介が止めようとしたが遅かった。
静は右腕を持ち上げながらソファの背をジャンプして飛び越え、物凄い速さで突進し、父親の横っ腹を殴りつけようとした。
公男はサッと身をひるがえし、静の腕をつかみ上げて「女の子のくせにそんなに乱暴だと嫌われるぞ。父親を殴ろうとするなんて、一体誰に似たんだ?」とせせら笑う。
静は父親に何を言われようが負けなかった。
「ママが心配じゃないの?ママのお給料をあてにして会社を辞めたくせに!」と怒鳴った。
この言葉に公男は急に真顔になり「今何と言った?」と低い声ですごむ。
しかし静は一歩も引かず、まるでフリーの尾崎記者のように大声で言い返す。
「知ってるんだから!会社辞めて群馬のほうに行くってこと。おじいちゃんたちと暮らすんでしょ?あっちでのんびりやるんでしょ!」
公男はぐっと唾をのみこんで「知ってたのか、誰に聞いた?」と静を睨みつけた。
静は何も答えない。
「この前、群馬のばあちゃんが電話くれたんだ」代わりに英介が答えた。
「そうか。そうだったんだな……それなら話は早いな。伝えないといけないと思っていたんだが、お父さんは新しい仕事が決まったから群馬で暮らすことになったよ。じいちゃんたちも年取ったし、心配だろ?もちろんお前たちも呼ぶつもりだったけど、ここと違ってあっちはご近所様に何でもかんでも筒抜けだ。静みたいに、そんな行儀の悪い子どもなんて、あっという間に嫌われて無視されるぞ。
だから……お父さん、お父さんは一人で行くよ。
お前たちだってそのほうがいいんだろう?
この間だって浅草のおばあちゃんのところで暮らしたいって言ってたじゃないか。
静は私立中だから学校を変わらないで済むし、英介は……かわいそうだがその、転校することになる。
友達と別れるのは辛いかもしれんが、群馬に行くよりは寂しくないだろう……お父さんは、」
公男は子供たちの顔を見ることができなかった。
咳払いをした時に、英介が泣いているのが視界の端に映って、声を出すことができなくなった。
泣きながら英介が言った。
「父ちゃんだって、家の中で母ちゃんにおぶさって飛んでもらって楽しそうにしてたじゃないか!
母ちゃんが飛ぶことを他のみんなが知らない時は……うちだけで楽しかったじゃないか!」
「じゃあ、こうなったのは誰のせいだ?」
公男がこういうと、英介は短くハッと息を吸い込み、それっきり何も言わなくなった。
静は「パパはもうパパじゃない」と言ってリビングから出て行った。
英介の手を無理やり引っ張って。
次回は英介の小学校でのお話です。




