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38.防火スーツを届けよう(1)

 「なるほど。佐倉君のお父様のお知り合いの方が、そういった物をお作りになっていると……」

 山本ミキが軽く首を振りながら考え込む。


 「はい。別に向こうから言ってきたわけじゃないんですが、どうもデザイン的に酷いものが出来上がったとかで、それがかなり余っているようなんですよ。社員さんからも不評で廃棄処分も検討しているとか――多分、山本先生だったら絶対にこんなものは着たくないと仰るような代物ですが、防火スーツとしてはかなり性能の良いものですし、先生が遠山さんを気遣って、配慮して、こういった物を支給したというのはかなり好印象だと思いまして。洒落たところもなく、全体的にものすごく()()()()()()()っていうんでしょうか。まあ、彼女には()()()なんですが、これを常に着用してもらうのは安全のためによろしいのではないかと思ったんです。もし先生がよろしければ、もちろん無料でお渡しできるとのことですが、いかがいたしましょうか?なにせ廃棄処分が決まっている製品ですので」

 佐倉はいつものようににっこりと山本ミキに微笑みかけた。

 

 山本ミキはダサいウェアを着て飛び回っている空飛ぶカァちゃんを思い浮かべ、片方の口元を上げてニヤついた。

 それを見て佐倉はこう付け加える。


 「ははっ、先生はおしゃれですから結構デザインにはこだわりがおありでしょうけど、でも彼女には見た目のカッコよさより()()のほうが大切です。

 先生からの配慮だということは今はいったん伏せておいて、何かのタイミングでうまい具合に公表したらいいと思います。でも、ダサいものを選んだのが山本先生だと思われないようにしましょうよ。それこそ、()()()()()()()()()()にしてもバレませんよ」

 佐倉は人差し指を口元にあててニヤリと笑った。


 「それはそうね。わかりました、さっそく彼女に着させてちょうだい。嫌がろうがなんだろうが安全のために必要だわ。毎日それを着させて。佐倉君からもそれをはっきりと伝えてちょうだい。お父様にはくれぐれも御礼をお伝えくださいね」

 「わかりました。さすがは先生です、安全の大切さをわかっていらっしゃる」


 佐倉と山本ミキは、意気投合したかのように微笑みあった

 そして、まるで今思い出したかのように佐倉が言う。


 「ああ、お伝えするのを忘れておりましたが、今朝の健康確認連絡で遠山さん、かなり熱が高いとのことでしたので今日は自宅待機とさせました。今日は活動報告の日でしたが、もし先生に風邪でもうつされたら困りますから、しばらく休ませようかと思います。報告は私が聞いておきますので」

 「そうなの、特に大事な予定がなければ休ませてもいいわ。確かに今風邪をうつされたら困るわ。良くなるまで出てこさせないでいいわ」


 山本はご機嫌だった。

 佐倉は忠実な秘書の顔で穏やかに頷いた。


     ◇◇◇◇◇


 英介が泣きながら電話をしてきた夜。

 佐倉はゆっくりと話を聞いてやり、なんとか英介を落ち着かせた。

 そして翌日の朝、出勤前の早い時間に英介をもとを訪れた。


 早朝の訪問については静が夜のうちに祖母や祖父にうまく話してくれた。

 英介との電話を切った後に、佐倉は英介が精神的に追い詰められているようなので、明日の早朝、出勤前にそちらに行って話をしたいということを、静から祖父母に伝えてもらっていた。


 その理由も『最近ずっと元気のない英介が、佐倉にだけ本心を打ち明けてくれたため話をしに来た』ということになっていた。

 電話をした夜に静に伝えた通りに『父母の離婚のことで心が張り詰めていた英介には休息が必要だ』としてその日は学校を休ませた。


 佐倉は英介に『()()()()は誰にも――友人だけでなく、今は家族にも言わないように』と懇々と言い聞かせた。

 

 また、佐倉は静には『静ちゃんの能力のこともそのうち一緒に知らせよう』と言った上で、英介に自分も同じように奇妙な異能を持っているということを打ち明けた。


 その朝それを聞いた英介は、驚くと同時に最強の味方を得たかのような気分になった。

 自分と同じような状態の人間がこんなに身近にいると思うだけで心強かった。


 英介は昨夜佐倉との電話を切った後、あれこれとイヤな想像ばかりしてしまい、朝方近くまでほとんど眠れずにいた。

 まさか自分の身に母親と同じような人智を超えた力が発現するなどとは想像もしていなかったし、英介はこれから先、自分はどうなってしまうのだろうとか、政府に拘束されて何かさせられたらどうしようとか、ろくでもない未来ばかりを思い描いて絶望的な気持ちになっていた。


 今までいつだって力になってくれた佐倉が自分と同じような力で困っているとわかり、英介は救われた気分だった。――(実際佐倉は何も困ってなどいないのだが)


 佐倉は、お母さんは今日明日にでも仮病を使わせて仕事を休ませるから安心するようにと伝え、とにかくすぐに手配しなければならないことがあるからと、再度このことは絶対に他言しない旨の約束をさせてから出て行った。


――『お母さんのために防火スーツを準備しなければならない。まず優先すべきはそれだ』と。


 佐倉はそう言って、その朝英介をなだめた。

 何が起こるかわからない。

 とにかく彼女を守らなければと、佐倉はそれだけを考えていた。


     ◇◇◇◇◇


 佐倉はその朝、久しぶりに自分から父親に電話をかけた。


 普段は母親に電話をしたついでにちょこっと話すくらいなのだが、朝早く息子からの電話を受けた佐倉の父はすこぶる上機嫌だった。


 『どういう風の吹き回しか、烈がこんな朝にかけてくるとはね』

 「父ちゃんに頼みたいことがあるんだよ。これは父ちゃんにしか頼めないことだから。絶対に、なにがなんでも今日の午前中に手配してほしいんだ」

 『父ちゃんにしか頼めないこと……そうか!なんでも言ってみなさい』


 佐倉は空飛ぶカァちゃんの置かれている立場と山本ミキの陰湿さ、残酷さを父に伝え――『今は何も話せないけど必ず父ちゃんに打ち明けるから、今はとにかく遠山さんのために早く防火スーツを手配したい』と頼み込んだ。


 もともと山本ミキが嫌いだった佐倉の父はこれを二つ返事で引き受けたが、息子があれこれ付けてくる注文の意味がわからず、確認のためにこう訊ねた。

 『でも、なにもみっともないデザインのを着させる必要があるか?その山本って奴には適当に言っておいて、可愛いウェアを準備したほうが、』


 「父ちゃんは甘い。山本ミキはとんでもない女なんだよ。遠山さんが颯爽とカッコ良いボディースーツを着てみろよ、ぎゃあぎゃあ言って横やりをいれたり嫌がらせを始めるような女なんだ。だから最初はダッサいウェアを着せて、奴を安心させて喜ばせて、しばらくしてから可愛いのを着ればいいんだよ。顔から頭から指の先まで絶対に守れるスーツを持ってきて。あの社長さんならボツになった商品も捨てないで取ってあるでしょきっと」


 『そこまでの最悪の女か。わかった、とにかく近いうちにウェアを、』


 「は?何言ってんの父ちゃん!今日明日にでも着させないとダメなんだ!遠山さんの命がかかっているんだよ、お願いだからあの社長に頼んで防火スーツをもらってきてよ。いや、もらわなくていいんだ、俺が払うから。これからは定期的に買って、そのうちカッコいい遠山さんモデルを作って儲けさせてあげるからって伝えてよ。絶対、すぐにでも持ってきてほしいんだ」


 佐倉は必死だった。

 尋常ではない息子の様子に驚いた佐倉の父は『わかった。今すぐ連絡を取るからとにかく待っていなさい』――こう言ってすぐに電話を切った。


 いつも余裕綽々の態度で生意気ばかり言ってくる息子の慌てように、これにはきっと、本当に命に係わるような何か……きな臭い何かが隠されていると思った佐倉の父はその日の予定を全て変更し、長いつきあいの高機能な特殊耐火服や防火衣・防災用品等を製造販売している友人に連絡を取った。


 佐倉の父もまた、酷い慌てようの息子の声に嫌な胸騒ぎを覚えていた。


――(あの子があんなふうに焦る時は必ず何かがある。急がなければならない)


     ◇◇◇◇◇


 昼過ぎに入った父親からの連絡に、佐倉はガッツポーズをしながら背中を丸めた。


 大げさに喜ぶ佐倉の仕草を見て、秘書の黒田は目を大きく見開き、山本は「佐倉君どうしたの?あなたがそんなことするなんて珍しいわね」と声を上げた。


 「いえ、モテない友人がお見合いに成功したって連絡をしてきまして」

 もちろんそんなことは嘘である。父親が無事に防火スーツを入手したという電話連絡に思わずガッツポーズを決めてしまった佐倉は適当な嘘を言ってごまかした。


 「ええっ?その友達も、彼女いない歴=年齢の佐倉君には言われたくないんじゃないの?」黒田が笑う。

 「佐倉君が彼女がいたことないって?そんなまさか!」

 山本ミキには信じられないようだ。


 「いえ、本当なんです。全く縁がなくて」

 「え?そ、そう?ちょっとそれは信じられないけど。ま、まあ、そんな無理して付き合うこともないしね」

 山本はなぜかフォローに入ったが、黒田がこう続ける。

 「先生、佐倉君はちょっとアレなんですよ。ほら、ちょっとだけマザコン気味って噂がね」

 「えっ?そ、そうなの?ま、まあ別にいいじゃないのそれはそれで」


 ひきつった笑顔の山本に、優し気に微笑みながら佐倉は答える。

 「そうですよね。さすが先生はわかっていらっしゃる。理想の方が出てくるまではいいんですよ、別に一人でも楽しいですから」


 無事にウェアを入手できたと聞いた佐倉はご機嫌だった。 


 「あ、先生、父から連絡メールが来ました。例のウェアが入手できたそうですよ。今日届けに来てくれるそうです。後ほど私も一緒に遠山さんに届けに行こうかと思います」

 「ああ佐倉君、今日はこの後は麹町先生のところに行ってちょうだい。定例の意見交換会に一緒に来るようにって。色々な国の方がおみえになるから今回はつきっきりでお願いしたいそうよ、困るわよね急に。すぐにスーツも着替えてね」

 「急にそんな、麹町先生、昨日は何も仰ってなかったのに。山本先生は行かれるんですか?」

 「私はあの会合には出席したことはないですから。それに、今日はいつもの研究会があるんですよ。とにかく麴町先生に言われたら仕方がないんですよ。すぐに準備しなさいね」

 「承知しました。遠山さんのところには父に持参させます。母も一緒とのことですので一緒に行けば問題ないですよね?」

 「ええっ?わざわざそんな、テスト的な衣類支給なのにお父様に申し訳ないじゃないの。後日にしていただいて、」


 ここで佐倉が、いつものように自然に言葉を遮った。

 「いえ、実は父も多忙で今日しか時間がないみたいなんです。熱がある遠山さんには申し訳ないですが、玄関先に置かせてもらうだけなら問題ないですよね?母も一緒ですから」

 「そ、そう?じゃあ申し訳ないけどお願いしようかしら。私はそこまでしていただくのは申し訳ないのだけど」

 「いえ、父もお世話になっている先生のお役に立てればってことでしたから」

 「そ、そう?くれぐれも御礼とお詫びをね」

 

 実は、山本ミキも麹町に来るように声を掛けられていたが、破壊遺産の失態の後で大使らと会うのだけは避けたかったので、大して関心もない研究会に急遽出席することにしたのだった。

 そこの研究会には総理が出席するということもあり、山本は逃げるように部屋を出て行った。


 黒田は「相変わらず山本先生は逃げ足が速いね」と言ってため息をつき、佐倉もまた(今日もまた麹町爺のお守りをさせられるのか)と思って黒田と同じように長い息を吐いた。


     ◇◇◇◇◇

 

 さて、佐倉の父と母が空飛ぶカァちゃんの暮らす官舎に到着した。

 タクシーのトランクを開けてもらい、5着ほどの防火スーツを取り出して、空飛ぶカァちゃんの部屋に向かう。

 

 

 


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