30.佐倉さんの透明な本と書棚
古い喫茶店にはよくある柔らかくて床まで沈み込みそうなソファー。
佐倉はこういうソファーが好きで自宅にも一人用を置いている。それに腰かけて、あれこれと昔のことを思い出しては怒ったり笑ったりする。
そうしているうちに体の力が抜けて随分と気持ちが楽になる。
静も泣き疲れて力が抜けたのか、そろそろと体を起こし、佐倉おすすめのケーキをひとくち口に入れた。
確かに濃くておいしい。いつの間にか静の分だけプリンも置いてあった。
甘いものを食べ、涙を乾かし、ゆっくり腰を休めた後で、帰り二人は新幹線に乗った。
感情の昂ぶりが収まってきた静は、何があったのかを佐倉に大まかに話し、父親が祖母の希望により英介を引き取ると言っていたことが心配だと打ち明けた。
「ふざけた話だね。でも心配しなくていいよ、この件は私に任せてくれればいいから」
佐倉はこう言い、今日のことは英介はもちろん母親にも祖父母にも絶対に話さないようにと静に念を押した。
「万が一お母さんのほうから離婚話を切り出したりしたらお父さんの思うつぼじゃないか。
それに英介はせっかくいい友達ができたってのに、そんなおばあさんだかなんだか知らないが冗談じゃないよ。そんな勝手が通る話じゃない。もし強引にやってこようものなら、こっちだって徹底的にやってやるさ」
佐倉がこのことをあまりに怒るので逆に静は冷静になれた。
きっと、佐倉は敢えてそうしてくれているのだろうと静は思った。
静はふと、さっき佐倉が言っていた頭から出た糸のことを聞いてみたくなり、ぼんやりとこう聞いた。
「佐倉さん、ずっと子供の頃に沢山の糸が出たって話だけど、私とか以外にそういう人って沢山いると思う?政府で雇われてる三人のすごい能力者の人もそうなのかな?」
これを受けて佐倉は呆れ声で「はあぁ?」と間の抜けた声を出した。
「まさか!あいつらの力なんてもうほとんどなくなってるよ。普通は覚醒してもほんの短い期間だけなんだ。そういう人がほとんどだよ。子供の頃に妙にカンが働く子も大人になるにつれてそういうのがわからなくなるだろう?それと似たようなもの、同質の現象なんだよ」
佐倉はこう明言した。
「でも、色々な犯人とか、そういう人の罪を見破ったっていうし」
「冗談じゃない、あいつらはとんでもない大噓つきだ。特にあの気弱な女の証言は全くのでたらめだよ。官僚の一人が飛ばされただろう?自分の責任逃れのために総理から指示を受けたと嘘をついたってことでさ。でもあれはあの女の真っ赤な嘘、水谷総理がやらせたってのが真実なんだ。あいつらは本当に汚い、一人の人間の人生をあんなふうに簡単に!――絶対に許しちゃいけない。まあいいさ、そのうちやつらは悲惨なことになるよ」
「ほんと酷いやつらじゃんか、早くバレればいいのに。でもじゃあ私のコレもそのうちなくなるんだね?」
頭を指さしながら静がこう聞いた。
「いや、静ちゃんの糸はあいつらとは全く違うんだ。最初からわかっていたよね?私の圧を感じていたじゃないか、視線も声もぐいぐい入り込まれた感じがしただろう?」
佐倉のこの問いかけに静は「あっ」と言って驚いた様子だった。
「そうそう、英介は全く感じていなかったけど、静ちゃんは早かったね。すぐに伝わって感心したんだよ。だから早くその話をしたかったんだ。これからどんどん感覚が鋭くなっていくから本当に気を付けないといけないよ。しつこいようだけど、誰にも気づかれちゃいけない。英介にもだよ。
英介も、じきに同じようになると思うけど、なるべくなら、それを遅らせておきたいんだ。
あの子には今はのんびり過ごしてほしいんだ。
転校前に会った時の英介の緊張感はものすごくてね、あれじゃ成長期の体にもよくないから。
だから、静ちゃんは英介が何を考えているか知ろうとしてジーッと見つめたりしちゃいけない。
それに英介の言葉を追及しすぎないようにしてね。こだわって言葉尻をつっつくとそれがきっかけになることもあるんだ」
佐倉の指示は具体的だった。
「それから、学校とかが意外と危険なんだ。こっちが強い意識を向けた時に、その相手がカンのいい子だとちょっと妙な反応をするから、そういう子と話すときはなるべく目を合わせないようにね。
そうそう、例のやつ、鼻を見て話すってのはこういう時にいいんだよ」
「あっ、あれマジだったの?」
「そうなんだよ。だから“察しが悪いぼんやりした間抜け“、って感じで過ごすこと。静ちゃんが慣れるまではそのほうがいいんだ」
「わかった、そうする」
静がこう言うと、
―――(そういうこと。君のお母さんみたいなサイキッカーになるまではそのほうがいいよ)
佐倉はちょっと試してみようとばかりに、直接、言葉を静の頭の中に入れてきた。
突然のことに驚いた静の頭から透明なテグスがギュッとまた前方に伸びた。
そして、それが佐倉の糸に当たる。
しかし、一度当たってすぐにその反動で離れた。
静は声に出さず、心の中で言ってみた。
―――(ええ?ママはそういうのが全くないんじゃないの?酷い言われようだったじゃない)
これを聞いて佐倉はクックッと笑う。
―――(まさか、遠山さんはとんでもないサイキックだよ。
まあ私のようにはいかないだろうけど、情報に関しては完全に外界を遮断してる。これはすごいことなんだ。賢い人だからきっと敢えて隠したんだ)
驚いた静がこう聞く。
―――(本当に?全くそんな素振りなかったけど。ママは私のこともわかってるのかな?この前気が付いたかな?)
―――(いいや、それはまだわかっていないと思うよ。
静ちゃん、多分いま私以上にこういうことができる奴はいないと思う。
で、君たちは結構な力をもってる。
私は静ちゃんと英介に初めて会った時からわかってたんだよ、もちろん遠山さんに会った時もそうだった。もっと伝えたいことがあるんだけど、今日はもう無理だね。到着したら駅から家まで送るから次回また詳しく話そう)
静はここで頭から出ているテグス糸を引っ込めようとしてみた。
その糸をじっと見つめたり、手で触れようとしてみたり。
それでもその糸はフラフラゆらゆら浮いているだけだった。
「大丈夫だよ、もう互いに相手の存在をロック、認識というかね、距離にもよるけど強く思えば繋がれるんだ。それに、まず他の奴らには見えないから。
あのタワマン連中にだって絶対に見えやしない。
あいつらの糸はもうズタズタに切れて使い物にならないんだ。
多分もうすぐ固有能力も使えなくなる。そういうもの、これから先もそう、生まれ変われない限りずっとね」
「生まれ変わる?」静が聞く。
「そう――こんなことを言うと、まるで中二病ってやつ見たいだろう?とてもじゃないけど他の奴らには言えやしない」
佐倉が困ったように笑う。
そして静の脳にまた語り掛ける。
―――(これに関してはまだ確信を持ってるわけじゃないけど、どうやら何度も生まれ変わりながら少しづつ力を高めていくようだよ。
でもね、たとえ生まれ変われて能力がアップしたとしても、せいぜいちょっとした意思疎通や軽い風おこしとかさ、遠山さんには及ばないレベルだけど、ほんのちょっとだけ浮くことができるくらいなんだ。
遠山さんがあんなふうに飛べるのにはきっと理由があるんだと思う。私にはできないからわからない。
私にできるのは……うまく説明できないけど他者へのちょっとした刺激とかね。
あと音を響かせたり遮断したりとか、そんなふうなことなんだ)
―――(佐倉さんはどうしてそれを知ってるの?生まれ変わって少しづつ力をつける人がいるって、誰かから聞いたの?)
静がはっきりとこれを聞く。
―――(誰からも聞いちゃいない。自分のこの目で見たんだ。
どこの誰かもわからないけど、ちょっとしたサイキック持ちの男が死んだ後に別の者に生まれ変わって、それで新しい世界では固有能力がアップしていたんだ。それを見たってこと)
佐倉はこう答える。
―――(どこで見たの?夢とかそういう?)
―――(夢か。実は、静ちゃんにはそう言ってごまかそうかと思っていたんだけどね。
でも一応正直に言うさ。
夢で見たんじゃないよ。ちゃんと私が持っている記憶から推察した答えさ。
サイキックにはほとんど興味がなかったから、それほど沢山は観察していなかったんだけど、そういう能力者は生まれ変わるたびにその力が増すんだ。そうでいられる時間が少しだけ長くなるって意味だけどね。
つまり、特殊な固有能力を保持していられる時間が増す、そして少しだけ前の生の時より力が強くなる。でも見たところじゃ、私を脅かすようなの奴はいなかった。
唯一遠山さんがそうかもな。もし敵になったとして、私は飛べないから空から来られたら敵わないかな)
静はつい声を出してこう聞いた。
「全くわからないよ。佐倉さんが生まれ変わったってことなの?何度も?それを全部覚えているってこと?」
佐倉はまだ声を出さずに伝えてきた。
―――(私は何度も生まれ変わったりしていないよ。これは本当。
どうやら私は10年、20年、それ以上の時間を生まれ変わるのを拒否して過ごしていたらしい。
それで、とにかくまあ色々な世界を観察して、実際にその世界に立つこともあったし、時々ちょっとしたいたずらをしながら過ごしたんだ。
でも基本は傍観して過ごす……根本的なことには関われない。
何回か、ちょっとした助け船を出したりしたことはあったけど、それでもその世界に入っていない身分なわけだから私は部外者なんだ。結局はそこに生きてる人間がやるしかないんだ。
どう?興味を持った?それとも、ヤバイ奴感が出すぎていて怖いかい?)
静がまたテグスで伝える。
―――(もともと佐倉さんは怖かったよ。でもおかしいと思ったんだ。もしかしたら、って色々思うことがあったから。それは、今は聞かないけど。
でもどうやって観察するの?他人の生まれ変わりの様子がわかるってどういうことなの?生まれ変わるまで見守るとなると、10年とか20年じゃきかないじゃん)
―――(知りたくなったみたいだね。興味があるなら今度詳しく話すよ。
でも一つだけ教えるよ。
自分の後ろ側に綺麗な書棚があったんだけど、その中には私がもう絶対に入れなくなっている世界の『記録本』が収まっているんだよ。
それを読むことは出来たけど、さっき言ったようないたずらはもうできないんだ。ただ見るだけ。
そしてね、目の前には別の、大きな透明の書棚があって、そこに入っているのは透明な本。
取り出して表紙を開くと『これから入ることができる世界』が物語のようになって広がってるんだ。
透明な本、私が入る権利のある世界はもういくつもあってさ!本当によりどりみどりなんだ。
でもどうやら時限付きらしくて、もうそこに入れなくなると、後ろの本棚に自動的に入れられてしまって、透明ではなくなってしまうんだ。
つまりね、本が透明であるうちはその中に入って本の一部になり、そこで生まれかわれるってことがわかったんだ)
(もしパパがこんなことを大真面目に話す佐倉さんを見たら、絶対に『そんなやばい奴には近づくな』って言うだろうな)
静はこう思った。
(どう考えてもヤバイ奴だけど、佐倉さんが私相手にわざわざこんな嘘をついて得することなんか一つもない。実際に佐倉さんの力が普通じゃないことは本当だもの。
それに、ママのことだって本当は佐倉さんが助けてくれたことをもう知ってる。
酷い待遇を改善させたのは佐倉君だよって、黒田さんがそう言ってた。
佐倉さんは優しい人だと思うもの。ヤバイ奴だって別に私はいい。
この話が本当だったら?透明な書棚と本を目の前にして、佐倉さんは何年も何をして過ごしていたんだろう?)
佐倉がははっ、と声を出して笑う。
「教えてあげようか?ヤバイ透明な本の話をさ!」
静は久しぶりによく響く佐倉の声にぞくっとさせられた。
そして、頭のテグスは5本に増えた。
お読みくださりありがとうございます!
次回でいったん静ちゃんターンが終わります。




