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28.静、泣く(1)

 権藤への追っかけ出張はなかなかに面白い状況を生み出した。


 山本ミキの命令通りに、佐倉は支持者への挨拶まわりと聞き取りを行った後で、ちょうど良いタイミングで権藤の交流会に顔を出した。

 最初は後部座席でこっそり話を聞いていたのだが休憩の時に権藤のほうが気づいた。


 「えっ、なに佐倉君?まさか山本さんも一緒かい?」

 権藤が座席と座席の間を縫うように、ずんずん近づいてきて大声でこう聞いてきた。


 「権藤さんお疲れ様です。いえ今日も一人ですよ、ご挨拶まわりです。そうしたら権藤さんのところの旗が見えたのでせっかくなのでお邪魔しました。ははっ、これって偵察ってやつになります?」

 「また出先で会うなんて、ほんと縁があるよな!いつもいつも偶然外でばっか会うんだもんな」

 「名古屋の時もそうでしたよね、何回目かなこういうの」佐倉がにこやかに答える。


 いつの間にか権藤の近くに寄ってきていた住民の一人が、

 「あれ?この前あんたが言ってた話ってもしかして……」と言って、友達やら仕事仲間に「おーいこっちこいやー」と大きな声で声をかけた。


 じきに、先日の交流会でも見かけた顔ぶれがわらわらとやってきて佐倉と権藤を取り囲んだ。


 名古屋のホテルで偶然会ってロビーで色々な話をしたこと、それがとても有意義だったことを佐倉が笑顔で話すと、今度は権藤のほうが『あれは熱で倒れそうになっていたところを佐倉君が助けてくれたんだ』と付け加える。

 そのまま先日の救急車騒ぎの話にもなり、権藤のところの党員も交じっての騒がしい休憩タイムが始まった。

 

 「あのね、この秘書さんはさ、あんたの話を聞いてすごく良かったって言ってたんだよ。学ぶことには敵も味方もないって言ってね、あんたのことベタ褒めだったんだから」

 住民の一人がこういうと、

 「ええっ?佐倉君がそんなことを?それにしちゃいつも生意気な秘書さんなんだけどな」

 権藤がこう返すと更に会場はにぎやかしくなる。


 続けて権藤が、この地域の水害の実態があまり認知されておらず、実際はかなり深刻だという話を佐倉から聞いて、自分も前回この選挙区から出た候補者と一緒に改めて話を聞いてみたいと思ったことや、こうやって横のつながりで情報交換ができて本当に良かったと思っているということを話すと、住民のほうがこうまとめてきた。

 「その通りだよ。正直言うと別に俺らは山本さんじゃなくったって、一生懸命やってくれる人が出てきたらそれが一番なんだ。そうやって伝え合ってくれたらこっちの願いが早く届くってもんだろう?」


 それはそうなるだろう、佐倉の狙い通りだ。

 「本当にその通りだと思います。権藤さんは色々なところをまわっていらして、知識もすごいんですよ。ですのでとても参考になりますよ。私も伺ったことを山本先生に色々お伝えしているんです」


 佐倉がこう言ったところで、住民が呆れた顔つきで話し出す。

 「ああ……いやあの人は選挙前しか来ないからね。あんたみたいなのに任せっきりで。だいたいあの人があんたみたいにメモ取ってんのも見たことないよ。どうもこう、しっくりこないよ」

 「はい……実は、山本先生は最近お体の具合が優れないんですよ。いつもこちらにお伺いしたいとおっしゃってはいるんですが」

 こう言って深刻そうに佐倉が少し下を向くと、住民の一人がため息混じりにこう言った。 

 「そりゃあ具合も悪くなるだろうよ!あんなことやらかしちゃあさ。あんたも大変だね、同情するよ」


 思わず権藤と目が合い、つい口元が緩みそうになったがさすがにそれはこらえた。

 そんなふざけた顔をさらしたら麴町の爺が黙っちゃいないだろう。


 「そのために我々がおりますので。何かありましたら、いつでもお知らせください」

 こう佐倉が締めくくったところで、ろくに休憩も取れなかった権藤の第二部の講演・交流会が始まった。


 権藤の講演は事例も豊富で説明もわかりやすく飽きさせない。

 その上面白いので引き込まれてしまう。

 山本ミキや水谷総理が彼をつぶしたくなるのもわからなくもない。

 ただ、それももう難しいだろう。たった一回の権藤の講演・交流会でここでの山本ミキの居場所はなくなってしまった。

 

 権藤が直接訪れた、この地域での初の講演会はまずまずの成功を収めた。

 帰り際の住民の顔を見ればそれははっきりと分かる。

 権藤は片付けを終え現地スタッフとの挨拶の後で佐倉の元にやってきた。


 「今回のこと、佐倉君の情報のおかげでこちらのみなさんからいいお話が聞けたよ、ありがとうな。水害のことや学校の統廃合の問題、こっちこそ参考になったよ。でも山本さんに何か言われたりしないかい?」権藤が心配そうにたずねる。

 「権藤さんとの情報交換のことですか?あの方には言ってないですから平気ですよ」

 「そうか。率直にたずねるけど、佐倉君はこのまま山本さんのところでやっていくつもりなの?」

 「いやあ、週刊誌によると私は山本先生に忠実な飼い猫なんだそうですよ……この先ですか、どうなんでしょうかね」


 こう言って佐倉が笑ったところで電話が鳴った。

 権藤に断ってからスマホ画面を確認すると、静からの電話だった。


 権藤が(気にしないで出て)と言ってくれたので、電話に出ると静が泣いていた。


――『佐倉さん、パパが子供ができたって。私そういう声が聞こえたの。パパが今日はやっぱり伝えるのやめておくかって言った声が、頭の中に響いてきたの』


 「なんだって?今お父さんそこにいるの?英介は?」

――『英介はいない。私とだけ会うっていうから一人で来たの。もうパパは帰ったよ。今高崎の駅前にいるの』


 これを聞いて佐倉は立ち上がった。

 「高崎だって?すぐ行くからそこを動かないで!」


 こう言って電話を切った佐倉は、自分を落ち着かせようとしているのか深く息を吸い目をつぶった。

 そして開いた目は、粘度の高い液体を行き渡らせたかのようにギラギラと光っていた。


 権藤はこんな佐倉を見たことがなかった。


 そして佐倉は確かめるように権藤にこう聞く。

 「もし、これから先に遠山さんのことで助けてほしいことができたら、その時、権藤さんは絶対に力になってくれますよね?何があったとしても」


 いま初めて協力を願い出ているというのに、もう答えを確信しているかのような問いかけだった。


 権藤はこの必死の問いかけに一瞬ぎょっとはしたが、結局、権藤の回答も佐倉と似たようなものだった。

 彼はすぐさま理由も聞かずに頷いた。

 自分がそうするのは当たり前だというふうに。

――「もちろん。絶対に味方でいるよ」


 党首として褒められたことではないだろうが、彼は心からそう言ってしまった。


 「はい、ありがとうございます。今から遠山さんの娘に会ってきますんで失礼します」

 佐倉はそのまますぐ出て行った。


 電話を受けた時の佐倉の差し迫った様子に権藤は声もかけられなかった。

 遠山さんの娘さんに一体なにがあったのだろう?

 佐倉の口ぶりや目つきが不安にさせた。

 この先、遠山さんや娘さんに何かが起こるというのか?


 権藤は噂で聞く空飛ぶカァちゃんの辛い状況を思いながら、どうか、彼らが傷つくようなことではないようにと願った。


     ◇◇◇◇◇


―――(まさか今こっちに来ていたとは!静ちゃんを一人でこんなところに来させるなんて、なんて奴だ)

 タクシーの中、佐倉はその男への怒りでいっぱいだった。


 佐倉はもうずっと前に、同じようなことで夫に傷つけられていた大切な女性を思いだして胸が苦しかった。

―――(恥知らずな奴め。こんなふうに娘を傷つけるとは、絶対に許すものか!)


 静を落ち着かせようとタクシーの中でメールを何通も送った後で、佐倉は静に電話をかけ、口頭で道案内をして駅ビルの中にある古いレトロ喫茶に入らせた。

 30分ほどで到着すると、端っこの席で静が目を真っ赤にして座っていた。

 喫茶の入口に佐倉をみとめると、止まっていた涙がまたあふれ出した。


 入口で店員を呼び止め、コーヒーとケーキを注文してから佐倉は静のもとにやってきた。

 そして小声で静に言う。

 「ケーキが来たら、誰にも声が()()()()()()()()()()から。今日のこと、ちゃんと話してごらん」


 佐倉のこの発言は、普通だったら意味が分からないだろう。

 しかし静にはその意味が、イメージが、なんとなく理解できたようだった。


 今までの佐倉とのやり取りの中で、佐倉が『そういうこと』をやってのける男だということを静だけはもうわかっていた。


 ケーキが二つと、新しい静のカフェオレと佐倉のコーヒーが運ばれてくると、さっそく佐倉がこう切り出した。

 「この前は、あのクズ野郎のせいで入院する羽目になっちゃったから遠山さんとの面会に立ち会えなくてごめんね。その日話せなかったことを少しだけしようか」


 静は泣いていて何も答えない。

 更に佐倉は続ける。


 「今日、静ちゃんの身に起こったこと、体の変化の話。私にも同じことが起こったんだ。もうずっと前のこと、今の静ちゃんよりずっと、もっと子供だった頃に」

 静が顔を上げる。

 「頭の中から無数の糸のようなものが空中に飛び出していったんだよ。でも母にも姉にも、もちろん父にも見えていなかった」


 静は思わず自分の頭を押さえた。

 



 


 

 


 

 

次回も静ちゃんの(2)です。


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