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27.3人の能力者への囁き(2)

―――官邸。


 (本村の馬鹿のせいでとんでもないことになったわ。

 それに、あの人が裏切るとかあり得ない……

 あの人だって、かなりまずいことになるじゃないの!

 でも三人が三人とも似たようなことを報告してくるなんて。

 いったん様子を見る?あの人を泳がせて探る?どうするべきか)


 水谷総理は判断しかねていた。

 あの三人の報告がまた()()()()()したからである。

 久々の報告内容の一致に彼女は怯えていた。

 

 そして、昼すぎ。

 水谷の第一秘書が耳打ちしてきた。

 ―『あの方が麹町先生に面会を願い出たとのことです』


 水谷は声が詰まった。

―――(まさか!本当に私を売るつもり?自分だけが助かろうというの?

 いったん落ち着こう、あいつらが間違っているかもしれない。最近は私の顔色を窺ってくるし、どうもこっちの気を引くようなことを言ってくる。

 三人で示し合わせている可能性だってあるかもしれない。落ち着こう、失敗する訳にはいかない)


 秘書の『総理?』という声かけにも彼女は答えない。

 彼はすぐに小声で、失礼しますと言って部屋を出た。

 こういう時にしつこく声をかけると怒り出すことを知っているから。


―――(あの佐倉とかいう秘書!あいつのせいでもあるわ、本当ろくなことしない。

 本村もあいつの支出を持ってやってたっていうのに恩知らずが!もう潰すか?

 でも麹町があいつの支出分の後を引き受けたっていうし、迂闊なことはできない。

 いい、佐倉は遊ばせておくか。もう一度余計なことをしたらその時……やるか)

 

     ――― ――― ――― ――― ―――


 佐倉が耳を澄ます。

 ここから官邸まではかなりの距離がある。 

 集中、集中。

 既にロックオンしている水谷の思念を押さえにかかる。

 怒りと、不安が織り交ざった水谷の思考の波が途切れ途切れに脳に入ってくる。

 もう少し近くに行くか?

 

―――((((恩知らずが、潰すか?――麹町が、――佐倉は遊ばせて、――をしたらその時にやろう)))


 なるほど、()()ね。まあいいか、やっぱりくだらない人間だ。


 「下品な女の声ってよく響くからありがたいよ」佐倉が涼やかに笑う。


     ◇◇◇◇◇◇


 最近は飽きられたのか、増えることのなくなってきた週刊誌の山が綺麗さっぱり片付けられた山本ミキの部屋で、佐倉がふいにこう聞いた。


 「山本先生、この間私がお伺いした町役場の会合ですが、ご存じですか?今度、権藤さんがあちらをおたずねするらしいですよ」

 「ええっ?あいつが?なんで、どうしてまた」山本が焦る。

 「はい、なにか水害のことでヒアリングしたらしくて、その後そういうことになったとかなんとか……私も実はよく知らないんです。どうされます?先生も権藤さんが行かれる前におたずねしますか?」


 山本は答えない。

 いくら自身の選挙区とはいえ、いま顔を出すのはかなり辛いものがあった。

 本村のことで破壊遺産の話が一時期よりは話題に上らなくなったとはいえ、いまだに小馬鹿にした態度で見下してくる輩が多い。

 山本は考え込み、苦しそうに眉を寄せた。


 佐倉はそのまま何も言わず、ひとまず部屋を出ていこうとした。

 しかし山本が慌てて声をかける。


 「佐倉君、ちょっと私、最近体調が思わしくないのよ。知ってるわよね。それがわかってて出先で何かあったら、やっぱりちょっとまずい気がするんですよ。あなた、もし何もなかったらまた行ってくれるかしら?」


 山本は逃げることを選んだようだ。


 「わかりました。でも麹町先生にお伺いしてからのほうがよろしいですか?本村先生のことでその……」

 佐倉は少し口ごもった。


 今までに本村のために佐倉がした秘書らしい仕事というと、出席者にフランス人がいた会合に通訳で何度か同行したことがある程度だったが、佐倉を共同雇用し、その給与を負担していた本村がいなくなった穴は、なぜか派閥を離脱した麹町がその負担分を引き受けた。


―――『本村のことの責任をとらにゃあならんからな』と言って。


 水谷総理も山本も、この申し出を断ることはできなかった。

 特に山本にとってみると、今佐倉に辞められては非常に困る。

 これ以上恥を晒す訳にはいかない。

 一体何ケ国語を話せるのかわからない達人級の佐倉を手放すことはできない。

 山本が知っているだけでも、フランス語、ドイツ語、ロシア語……たしか他にスペイン語も出来たはずだ。

 黒田の話だと、更にいくつかの言語についても簡単な会話ならできるという話だ。


―――(彼の親は海外駐在員というわけでもないし外交官でもない。ちょっと留学したくらいでそんなにしゃべれるようになるものかしら?)

 山本にはこれが本当に不思議だった。

―――(まあご両親ともに語学が堪能ということだけど、いくつかの言語は独学でマスターしたという。でも、これってどう考えてもおかしいわよね)


 山本は佐倉のスペックを高く評価しており頼りにもしていたが、この若さで、彼の育った環境の中で、これほどの数の言語を獲得し、実際にそれを使いこなせるということが信じられなかった。

 その上、印象管理や広報のトレンド等についても明るいとなれば、そんな佐倉を手放さずに済んだわけだから、今後の“佐倉の使い方”については麹町を無視するわけにはいかない。


 「そうですね。佐倉君から先生に伝えてください、私の体調が優れないと。これは本当のことだから仕方がないと言ってください。診断書を書くほどじゃないにしても、無理すると胃が痙攣するように痛むんです。出先で迷惑をかけるようなことがあったら申し訳ないことになりますから」

 言い訳がましく山本が言う。


 「確かに。最近先生は顔色が悪いことが多いですから私も心配していたんですよ。でも権藤さんを出し抜いて先に行くのもちょっと妙ですし、なんとなく印象が悪いですよね、特に私はこの間伺ったばかりですし……どうしましょうか」


 山本は悩む。

―――(私が直接行くわけでもないのにまた佐倉君が先回りして行くのも、確かにちょっとアレかもしれない。かといって、あいつが私の支持者に何を吹き込むかがわからないのに後からのこのこ行かせるわけにもいかない)


 「佐倉君、あいつ、権藤さんの予定を調べて合わせるように。1時間ほど前には先回りして地元まわりをしてちょうだい。それで可能ならあの人が何をべらべらしゃべったのか探ってきてちょうだい。

 この前に続いてわざわざ来たあなたを地元の方が拒絶することはないでしょうし、権藤さんも皆さんの前で無下にはできないでしょうから」


 佐倉は『先生も無理なことを言うもんだ』……という顔をして苦笑いしながら左右に首を振った。

 「なかなかそれは難しいですね。でも先日のこともあって、権藤さんはお会いすれば声をかけてくださいますし、そうですね、無下にされることはないと思います。なんとかやってみます、先生のお役に立てるなら頑張ります」

 「そ、そう?じゃあお願いするわね佐倉君」

 山本は安心した様子だった。

 

 佐倉の思惑通りに事が進む。

 きっと権藤は次回の選挙であの地域をものにするだろう。

 あそこは横の結託が強い地域だからこそ、うまく気に入られればとんでもなくひっくり返る。

 

 権藤もまた麹町と同じように、佐倉にとってなぜかとても懐かしい、大切な人間の一人のようだった。

 いつか、何かしら権藤のために、彼の信念を今度こそ貫き通せるように力を貸したいと佐倉は思っていた。


 あの日公民館で佐倉が語った『ホテルのロビーで色々な話を聞かせてくれた他党の党首の方がいた』……という話。

 その政治家が権藤だったと地元の皆さんに笑顔で話そう。

 そして、この間も救急車騒ぎの時に助けてもらったことを話すのもいい。

 多分もう知っているかもしれないが、このことをあそこで話すのは別に裏切りでもなんでもない。

 ただ、彼にとても感謝している一人の秘書が、勝手にペラペラ話し出すだけなんだから。

 佐倉は心から満足し、権藤を思って微笑んだ。


     ◇◇◇◇◇


 深夜11時。

 慶次のマンションにて―――


 佐倉がまた口パクしながら下を向く。


 『おい、クズの噓つき野郎は起きてるか?』

 『またまた教えにきてやったぞ』

 『なんて優しいんだ、俺様って』

 『あの女、まだ本気にならないようだからちゃんと教えてやれ』

 『例の男は麹町のジジイに会う時のために、なんか()()()()()を取ってこなきゃ、って言ってるぜ』

 『だから言っただろ?色仕掛けで縋ってみろって』

 『あの女に何かあると俺も困るんだよ。だから何とかしろよ』

 『近くにいんだからいつでも飛んでいけるように奴を見張ってろとか言えよ!』

 『お前ら……もう何もわかんなくなってるだろ?そういうもんなんだよ』

 『脳みその中の糸が緩んできたんだよ。多分もうじきだ、完全に聞こえなくなるぜ』

 『助けてほしけりゃちゃんとしろよカスが』


 3人の頭に響く声はダミ声。

 いつもの佐倉の透き通った声ではない。

 しゃがれているのにうるさくて頭が痛くなる。

 キーキーキーンというモスキート音のようでもあるし、初心者がギーギーと弾くバイオリンの音のようでもある。


―――(またこいつか。もしかして、あの時雇用されなかった7人のうちの誰かなのか?実は能力が高まってきたのか?)901A号室の男が彼らを疑う。

―――(あのヒステリー女にそんなことをどうやって言えっての?)902Aの女がわめく。

―――(色仕掛けとか見張れとか、言えるわけないじゃない)903Aの女は相変わらずうじうじ。

―――(そうか!雇ってもらうために、総理に何かあると困るってわけか)901A号室の男が確信する。

―――(まあいっか。必要な書類があるらしいとでも言っとこ)902Aの女はこう決めたようだ。

―――(逃げたがってるみたいって言おうかしら)903Aの女はまだ悩む。


 佐倉が思う。

 なんて愚かなんだろう。

 お前らのような者がそうそう使いこなせる力じゃないんだよ。

 覚醒してもどうせ一時的なものなんだ。

 役に立ってくれてありがとうよ、そろそろお別れだ。

 




 

 

 





 


 




 

 


 

 

次回からしばらく静ちゃんの回が続きます。

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