25.空飛ぶカァちゃんの事務室内ツアー
誰にも聞いてもらえない哀れなアナウンスによって形式上、会見は終了したはずだった。
しかし、本村と若い二人の男には厳しい追及が続いていた。
本村らはマイクを向けられても、顔を背け斜め下を向くしかなかった。
あれだけの証拠を、それを映した本人から目の前で見せられたら、どんな言い訳の言葉ももう意味をなさない。
彼らはこの拷問部屋で、ただ時間が過ぎるのを待つことしかできなかった。
権藤のほうはと言うと、会場に入ったが最後、記者にしつこくマイクを向けられることを覚悟していたが、本村と二人の男が逃げ場をなくしているおかげか、彼の周りは珍しくも秩序が保たれ、また記者側の質問にもそれなりに節度があった。
今までずっと、取材を受けても記者側の都合で面白おかしくいいように切り取られ、伝えたいことを違うニュアンスで報道され、いつもいつもろくでもない記事に翻弄されてきた権藤にとって、敵が山ほどいるこの会場からは一刻も早く立ち去りたかった。
―――(どうせ奴らのお抱え記者にあることないこと書かれるのなら、こっちからしゃべってやるよ)
こんな気持ちだった。
権藤は「あなた方が知りたいだろうことをお話します」と言ってから、土砂崩れの危険個所に地層の写真を撮るために向かう途中で記者会見の話を聞いて引き返して来たこと。
そして、会館に入ってから本村の派閥議員の秘書やら事務員に、会場へ向かう通路で邪魔をされ進めなくなり、そんな時に一緒にいた空飛ぶカァちゃんが背中に乗せてくれたおかげで会場まで辿り着けたこと。
証拠の音声や映像は早い段階で麹町と佐倉に提供していたこと等を話した。
記者からはいくつか質問が飛んだが、いずれも丁寧に答え、公務もあるからと会場を後にしようとした時に、佐倉の片脚がカクッとなってよろけ、近くの机に腰をつく形になった。
無理をして会場へ駆けつけたかのように見える佐倉に、権藤はチャンスとばかりに、
「佐倉君大丈夫か?戻ろう、部屋まで送りますよ」と声をかける。
佐倉は小さな声で「ちょっとふらついただけですから」と言い、ゆらゆらと腰を上げた。
そして、権藤にすすめられるまま支えられるようにして会場を後にした。
この状態の佐倉に対して、それでも答えろとマイクを向けられる者はそういない。
反対に、本村のまわりは未だ紛糾の嵐だったが、彼らはもはやどんな抵抗もしていなかった。
会場出口のところで、空飛ぶカァちゃんが会場の奥を見ながら小さな声で「あっ」と言ったので、佐倉と権藤がそちらを振り向くと、さっきまで全く開かなかった扉が、向こう側から開くところが見えた。
控え室の中には例の黒ずくめの大男がおり、本村と現行犯の男たちをぐっと引っ張り、控え室に入れてやった。
彼らは体に全く力が入らず、この瞬間記者から解放されたことにも気づかなかった。
大男が扉を閉めてから数分――
その3人はやっと自分たちが、記者の威圧的な声や厳しい追及の嵐から逃れられたことを理解したようだった。
本村はパイプ椅子に座り込んだまま何も語らず、若い二人の目尻からは涙が流れていた。
まだこれから先のことを考えるのを避けていた二人の頭と体は、なぜか勝手に涙だけは絞り出した。
黒ずくめの男はそのまま控え室に留まっていたが、そのうち奥の方の重い扉から小さいノック音が聞こえ外鍵が外されると、男は打ちひしがれた3人の男を立ち上がらせ、彼のその大きな体で3人の男たちを引きずるようにして奥のエレベータのほうに消えていった。
今この部屋から消えていった三人が、今後、佐倉や権藤の顔を真正面から見つめることはまずない。
議員辞職、そして逮捕・起訴。
彼らは表舞台から完全に消えていくだろう。
麹町の『徹底的にやれ』という言葉通りに、本村は叩き潰された。
麹町は今日、一昨年亡くなった盟友と共に作り上げた派閥を離脱した。
彼が抜けることにより少なくとも数人の議員の離脱があるだろうから、現総理の求心力はますます失われていくことだろう。
―――(知ったことか!)麹町は思う。
各方面に顔の効く大物麹町。
彼が誰を支持するのか、何かしら新しい連携やグループが生まれるのか、様々な憶測が飛び交い、しばらくは総理の反対勢力が活気づくことだろう。
―――(本村が独身でよかった。もしあれに若い家族がいたんならわしの胸も少しは痛んだろうが、受け止めるのが奴だけなら知ったこっちゃないわ)
「徹底的につぶしてやる、か――あいつも少しはスカッとしたか?」
麴町が笑う。政治家とはやはり血も涙もないらしい。
◇◇◇◇◇
さて、会見場を出た佐倉と権藤、そして空飛ぶカァちゃん。
弱弱しい足取りで歩く佐倉を支える権藤と一緒に事務室に入ると、黒田が一人で待っていた。
「さっきから佐倉君わざとらしい。デカい図体でそんな、きっと記者にもバレバレだって!」
黒田に笑いながらこう言われて、佐倉がこう返す。
「ええっ酷いな、本当にふらついたんですよさっきは。そういえば山本先生はもうお帰りで?」
「ここぞとばかりに出ていきましたよ。ちょうど今なら見つからずに逃げられるってこと」黒田が意地悪そうに笑う。
山本ミキは会見の間に消えたようだった。全く彼女らしい。
「遠山さん、今日は本当にすみませんでした。わざわざ駅まで行かせてしまったのに結局戻らせてしまいまして。念には念を入れてってことで、実はアリバイ作りだったんですよ」
黒田が申し訳なさそうにこう言った。
「いえ、それも権藤さんから伺いました。お役に立ててよかったです。撮影は残念でしたが――もしまた許可がおりたら私、撮影に行きたいです」
空飛ぶカァちゃんは、災害を防ぐための活動や事故現場の救出等に協力することを喜んで受け入れていたし、どんなことでも引き受けて、少しでも自分の価値を上げたいと思っていた。
飛ぶしか能がないなどと言われ、自分のせいで子供たちが肩身の狭い思いをしていると思うと、少しでも、どんな仕事でもこなして国の役に立たなければと焦ってもいた。
今回の飛行場所、以前から権藤が訴え続けていた土砂崩れの危険地帯については専門家も指摘していたこともあり、麹町も早く対処しろと本村に指示していたというのにずっと後回しにされていた。
もしあの男がこの件にすぐに取り組んでいたら、申し分のない立派な地域貢献の一つになっただろうに、それをしなかったのが本村という男なのだ。
「麹町先生が、遠山さんの体調に問題がなければ近いうちにスケジュールに入れ込んでもらいたいってことでしたから、権藤先生と調整していただき、ぜひお願いしますね」
黒田がこう言うと、空飛ぶカァちゃんは本当に嬉しそうだった。
権藤のほうも、今まで何度お願いしても山本ミキに無視され続けてきたというのに、あの麹町のおかげでこうも簡単に実現するとは。
―――(この一週間で何かがひっくり返ったみたいだ)
権藤は、麹町がこの件を許可するよう促してくれたと聞いて信じられない思いだった。
空飛ぶカァちゃんと権藤が嬉しそうにスケジュールについて話している横で、佐倉は人数分のお茶を入れていたのだが、黒田が「せっかくだけどごめん!」と言って、この後の打ち合わせが終わったらそのまま帰るからと言って「もしよかったら行きがけに遠山さんを官舎まで送ろうか?」と声をかけてきたのだが、なぜか佐倉がそれを断った。
自分が送ると言って。
「ふふっ、佐倉君のせっかくの病人演技が台無しだね。それでは!」
黒田はこう言ってさっさと出て行ってしまった。
「最近黒田さん、なんか隙あらばって感じで早く帰るんですよ。彼女でもできたのかな?」
「そうなのか?健全じゃないか、佐倉君と違ってさ」権藤がこう返す。
「私ほど健全な男はいませんよ、権藤さん」
「いやあ、れっちゃんの佐倉君は若い女性には興味がないじゃないか。お母さんも心配してるかもよ」
佐倉が権藤をジトリとした目で睨む。
「実は遠山さんの背中で権藤さんが叫んでる姿、しっかり撮りましたから。いつか絶対に息子さんに見せますからね。まわりの方々に撮ってるのがばれないようにスマホで撮ったんです。館内撮影禁止ですから大変でしたよ」
権藤がぎゃああああと言って頼み込む。「それだけは勘弁して!」
「れっちゃんの逆襲ですよ」佐倉がこう返す。
「遠山さん、少しでいいから背中に乗せてやって!さっきから廊下でブツブツうるさかったんだよ。俺が乗ったのがうらやましかったみたいなんだ」
佐倉は黙り込むと、空飛ぶカァちゃんがにっこりしながら「どうぞ、おぶさってください」と言う。
「さすがに恥ずかしいか。別に切羽詰まっているわけでもないしな」煽る近藤。
「ぜひどうぞ、大丈夫ですよ。気分が悪くならないようにゆっくり飛びますよ」なんだか嬉しそうな空飛ぶカァちゃんである。
「でも佐倉君具合悪そうだしなあ」同じく嬉しそうな権藤。
「具合……そうですか、そうですよね」ちょっと残念そうな空飛ぶカァちゃん。
「遠山さんがせっかくこう言ってくれたけど、こういう時はしょうがないもんな」声は優しげだが、言ってる顔が意地悪い。
小さな『せっかくなので』というささやき声が聞こえた。
結局佐倉は空飛ぶカァちゃんの背中に乗った。
権藤が見ている前で恥ずかしげもなく空飛ぶカァちゃんにおんぶしてもらい、狭い室内をゆらゆらと飛んだ。
笑いを堪えた権藤と目が合うとサッと目をそらした。
本当に、あまりにも情けない男である。
今週もありがとうございました。
次回からは佐倉の暗躍の始まりです。
嫌な奴も出てきます。




