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24.退院した佐倉あらわる

 突然予想外の二人が登場して会場は騒然となった。


ー「何か発表があるんですか?」

ー「録音があるというのは本当なんですか」

ー「どうして飛ぶ方がご一緒なんですか?」

ー「録画もあると聞きましたが」


 あちこちで声が響いて誰が何を言っているのか聞き取れない。

 慌てた本村の秘書が進行役に、もう一度公務のため終了だと伝えるように指示を出し、進行役はそのまま伝えたのだが誰も聞きやしない。

 これはもう収まりそうになかった。


 その隙に、本村の生贄の若造二人が控え室に戻ろうとドアを開けようとしたがなぜか開かない。

 二人がかりで押してもびくともしない。ここは()()()()押せば開くドアだというのに。

 では二か所ある入口はどうか?

 入口はどちらも立ち見の報道陣がカメラやマイクを抱えあげ陣取っている。


―――(いつの間に?どうしてこうなった?)

 さっきまでの状況とは明らかに違う。

 誰かが、悪意を持って迎え入れたのではとさえ思える状況である。

 これでは、ここから逃げ出すことができない。


 後方に詰めかけた人だかりを恨めしそうに眺め、本村はまず権藤を何とかしなければと思った。

―――(どうやって?どんな口実で追い出せと言うのか?)

 本村は秘書を睨みつけ、何とかしろと口をパクパクさせヒステリックに指示を出すが、答えはない。

 どうしろと?秘書は魔法使いではない。

 

 権藤は既に席と席の間の通路の中ほどで、本村と向き合うように立ち、本村と哀れな若造二人を交互に睨みつけ、はあーっと長い息を吐いた。


 その時だった。

 権藤と空飛ぶカァちゃんが会見場に入るのに手こずっている間に、誰かに邪魔されることもなく、いつの間にか入室していた黒田が『無線OK』と言いながら指でOKでサインを出した。


 権藤しか見ていなかった本村は、まさか黒田がそれをするとは思わなかった。


 本村は右手を前に出し、止められもしないのに掌を広げることしかできなかった。


――――― ――――― ――――― 

 『お前が行かされた例の和菓子屋、結局どうだったの?』

 『ああ、栗のやつは確かに美味かった。でもシケた店だったよ。あの菓子さ、まわりの栗の餡が柔らかいから入れやすかった。あれ多分絶対にわかんねえと思うぜ。佐倉マジザマァ。お腹イタイイタイ、本村さんお怒りお怒り』

 『自前で買ってきたんだろ?本村さん金くれた?』

 『いいや、まだだけど』

 『あの人、言わなきゃ絶対金ださないから早く言った方がいいぜ。俺も結構立て替えてんだけど』

 『ハアァ、領収書切れたら別口で出すのに今回は出すなって言われたんだよ』

――――― ――――― ――――― 

 

 ―ザーッ……ザザーッ、ジーッ、

 本村の生贄の若造二人の声がかろうじて響く。

 事前の打ち合わせ通りに黒田の操作で、彼らの声を流したつもりが音が聞き取りづらい、というより、既に途中から何を言っているのかわからなくなっている。


 バタバタと慌てて駆け付けたこの状況では、扱い慣れている黒田もPAシステムのスピーカーに入るノイズや響きすぎる音の調整ができなかった。


 人を小馬鹿にした話し方や『佐倉マジザマァ、お腹がイタイ…本村さんがお怒り』の部分だけがやけに響き、それ以外が聞き取れなかった。


 権藤と黒田が焦り『やはり有線で接続をしないと』と言い出した時だった。


―――「このままで大丈夫ですよ、調整得意なんですよ」

 どこから、いつの間に現れたのやら。

 まだ入院しているはずの佐倉が後方から黒田のそばに近づく。

 ついさっきまで、てくてく、サクサクと歩いていたというのに、やけに弱弱しい歩き方だ。


 黒田と一緒にアンプの位置を変えたり、スピーカーの裏側やアンプを何やらいじってすぐ、佐倉がよく通る声を出した。

―――「せっかくなので最初から流しましょう。黒田さんお願いします」



 (おい、いきなり来て何をする!失礼じゃないか!)

 本村の哀れな声が聞こえたが、佐倉がにっこり微笑むと急に音量を下げられたかのように、その声はなぜか、力ない呟きにすぎなくなった。


 そして、権藤が録音した音声は驚くほどよく響いた。

 まるで映画のセリフのように。


 控室への開かない扉を押し続けている哀れな二人が、誰かをせせら笑っている声が、会場のすべての者の耳によく届けられた。


――――― ――――― ―――――  

 『お前が行かされた例の和菓子屋、結局どうだったの?』

 『ああ、栗のやつは確かに美味かった。でもシケた店だったよ。あの菓子さ、まわりの栗の餡が柔らかいから入れやすかった。あれ多分絶対にわかんねえと思うぜ。佐倉マジザマァ。お腹イタイイタイ、本村さんお怒りお怒り』

 『自前で買ってきたんだろ?本村さん金くれた?』

 『いいや、まだだけど』

 『あの人、言わなきゃ絶対金ださないから早く言った方がいいぜ。俺も結構立て替えてんだけど』

 『ハアァ、領収書切れたら別口で出すのに今回は出すなって言われたんだよ』

 『ばれたらまずいからな』

 『それにあの人、なりふり構わずやっちゃうじゃん』

 『佐倉ももしかしたら、この後ヤバイことになるかもよ。あいつのこと相当嫌ってるみたいだった』

 『あーあ、佐倉も悲惨だろうな。本村さんにああも嫌われちゃあ』

 『ウケるぜ。俺もその瞬間を見てみたかったあ。今ちょうどやられてんだろうな』

 『あーあー、腹とケツが痛い痛い』

 『昨日も遅くまでロシア語の翻訳やらされてなんかフラついてんのにあの下剤の飲み合わせはヤバいんじゃね?何種類か入れたんだろ?』

 『まあ言われた通りやっただけだよ』

 『今日の通訳に穴をあけたら、大ヒンシュクだぜザマア』

 ハハハハッ!ケケケケケッ!


 『ちょっとばかり顔がいいからって調子に乗りすぎなんだよ佐倉は』

 『さっさとくたばっちまえ、色男』


   ―――――


 『なんだよお前ら。そのスマホ寄越せよ!』

 『ほら!出せよ!』

 『いつでも切られる派遣ちゃんが!』

 『驚いちゃった?冗談だよ。でもなんで写真なんか撮ったの?そういうのよくないよ。上に言うよ?いいの?』

 『人の写真を撮るとか、君ちょっと非常識だよ。スマホを寄越せって言われても仕方ないよね?ほら、出して。早く』

――――― ――――― ――――― 


 全てが流されてしまった。

 本村と実行犯二人にとっては絶望的な証拠だった。


 音声が切られると、そこにいる全員が一斉に声を上げた。

 それぞれが全く別の言葉で別の内容を口にしているというのに、なぜか一つの音に聞こえるほどの大音声が響いた。

 小学校の運動会で応援する保護者席のざわめきのようでもあり、花火大会の会場の雑然としたおしゃべり声にも似ていてたが、一番近いのはバイク屋さんがふかすエンジン音のようだと佐倉は思った。


 佐倉は目をつぶって満足そうに口角をあげる。

 そして黒田に言う。


―――「黒田さん、()()()いきましょう」

 この時も佐倉の声が鈴のように響く。


 その声を捉えた記者たちがざわめく。

 カメラを構える姿と身を乗り出す男たち。


―――(なに?何をするんだ?ふざけるな!ちょっと待て!)

 本村の声はかき消される。


 しかし、記者の回すボイスレコーダーにはその声が明瞭に録音される。

 本村はそこから動けない。

 間に合わない。

 絶望。


 黒田がプロジェクターの位置を変える。

 佐倉と一緒に微調整をする。

 すぐにスクリーンにPCのサインイン画面が映し出された。

 背景は鳥の写真。

 羽を広げた鳥だ。

 空中を飛び回る空飛ぶカァちゃんのように、白くて美しい鳥。


 しかし、すぐにおぞましい男たちが映し出された。


 権藤が給湯室で、4連式の木製の衝立(折り畳み式のルーバーパーテーション)の隙間から撮影した映像がスクリーンにはっきりと流れる。

 衝立の後ろから録画したため、最初ははっきりと顔が映っていなかったが、声は最初からとてもよく入っていた。


 二人の男たちが事務の女の子にずんずんと近づき、写真を寄越せとすごんだ場面や、大柄な男が怒鳴りつけて女の子が震えている姿、怖くて後ろに下がったところ―――


 そして、ここより後の映像は衝立から出た権藤が、もう大胆に斜め後ろから録画していたため、男の後姿も、その声も、それが誰だかはっきりとわかる状態で撮られていた。


 スマホを出せと怒鳴りながら、男たちが彼女たちを「いつでも切られる派遣ちゃん!」と言って侮辱したところもだ。

 恐怖で動けず涙を浮かべて抱き合う彼女たちを見て、大柄な男が空中で“()()()()“をして腕を振り回している姿は更に近くで撮られていた。


 もちろん、気の弱そうな背の低いほうの男が「驚いちゃった?冗談だよ。でもなんで写真なんか撮ったの?そういうのよくないよ。上に言うよ?」と言っていた場面はアップで撮られていた。


 その後で権藤が彼女たちを自分の近くに呼び寄せ、彼女たちも録音していた音声を、念のために他の事務の子に送っておくように指示したところは音声だけが入り、そこからは、画像は床を映していた。

 

 権藤が男たちを怒鳴りつけ、女の子に佐倉がどこにいるかとたずねたところも音声がはっきりと入っていたし、その後すぐに3人でカフェまで走った時の、床やら壁やら足元が映し出された目が回りそうな映像も、かなりはっきり映っていた。


 途中から会見場はこの録画の音だけが響き渡っていた。


 最後まで映し終えた黒田が「これで全部でしたね?」と権藤に確認する。

 権藤が「そうです」と頷く。


 そして佐倉が言う。

―――「権藤さんは、麹町先生と私に付き添って病院についてきてくださったんです。そして、夜になってようやく少し落ち着いた頃に、この音声と映像を見せてくださいました。

 この映像を修正したり、悪意を持って手を加える時間など絶対にありません。

 権藤さんは自分の時間を使って、ただ私たちを助けようとしてくださったんです」


 本村は真っ青になって立ち尽くし、二人の男たちはくずおれた。







お読みくださりありがとうございます。

次回は本村事件の解決とその後のひと休み、といった感じの気楽に読める回になります。

この後はまた新しい展開に入りますので、ぜひよろしくお願いいたします。

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