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19.本村を助けるために

 救急車で運ばれた佐倉と麹町には権藤が付き添った。

 また、和菓子店の箱を持った黒田と事務の二人がほぼ同時にタクシーで病院に駆け付けた。


 権藤がカフェに――敵がいっぱいのあの場所に、二人の女の子と黒田を残すのはまずいと判断して救急車が到着する前にわざと大声で『あんな奴らとここにいたら危険だからとにかく一緒に来い!』と言ったからだ。

 何も知らない者からするとこれほど失礼な物言いはないが、これはもう仕方がなかった。


 夜になって佐倉と麹町の意識がはっきりした時、麹町は権藤と事務の女の子が録音・録画した例の画像を見せろと言い、それを確認した麹町爺はあんたの判断で正しかったと言った。

 麹町はよろよろと体を起こし、何も言葉を発しなかったもののベッドの上で権藤に向かって深く頭を下げた。

 長い時間だった。

 年がら年中麹町を攻撃していた大嫌いな権藤に、ここまで長く頭を下げ続ける爺に、権藤のほうが面喰ってしまい、肩を落とした麹町の背中に手を当てて支えながら、そうっと横にならせた。


 ここ2~3日の激務もあり体力が衰え、食事もろくにとっていなかった佐倉のほうは痙攣まで引き起こし、まだ起き上がることはできなかった。

 ちゃんとした食事もとらずに毎日遅くまでこんをつめて作業していたためか、げっそりとした佐倉は横になったまま今夜は起き上がれそうもなかった。

 横から、本村の手下の男たちが女の子を脅している声や権藤の怒鳴り声、菓子に細工をして笑っている声が聞こえてきて、それをぼんやりと聞いていた佐倉は権藤にゆっくりと手を伸ばした。


 今はまだ渡さないほうがいいのではと思い、権藤は渡すのを躊躇したが、いつまでも手のひらを上に向けたままなので仕方なくスマホを渡した。

 体を横たえたままその画像と音声を確認したあとで、佐倉は麹町が隣にいるにもかかわらず、


―――『本村、お前を徹底的につぶしてやる』と言い、更に『権藤さんは協力してくださいますよね。そのほうがあなたにもいいでしょうし』


 こう権藤に問いかけ、その返事も待たずにその夜そのまま目を閉じた。


 権藤も黒田も、そして事務の女の子たちも、これにはひどく驚いたが、麹町の前で“身内の議員を潰してやる“などと物騒なことを言い出した佐倉を、麹町は言い咎めることもなくただぼんやりと見つめるだけだった。


 翌朝になると佐倉は身を起こせるようになり、けろっとしてよくしゃべった。

 昨夜の言葉は朦朧とした意識の中で、つい怒りに任せて口にしただけで本人は覚えていないのではないか、と思わせるほどに穏やかな様子だった。


 昼頃に黒田からメールがあり、権藤が『お菓子を佐倉に渡した年配の事務員さん』を病院まで連れて行けなかったことを気にしていたが、彼女はものの善悪を見極められるまともな職員であり、麹町とも良好な間柄であることを伝え、安心させたと書かれていた。

 権藤はお菓子を渡された経緯を知らなかったため、それを後から聞いて事務員を守れなかったことに焦っていたようだった。


 また、派遣の女の子たちは(権藤の判断で)いったん自宅待機とさせ、安全のために家から出ないように指示を出されたことも知らせてきた。


 この黒田という男も山本に忠実ではあったが、この先義理もないのに馬鹿な連中に肩入れして職を失いたくなかったので、麹町と佐倉、そして権藤にも不利になるようなことは一切言わなかった。

 この二人が被害者だということは明白なのだから。


 この気分が悪くなるような卑劣な事件を起こした彼らの派閥には、もはや生き残る道は一本も残されていなかったのに、キラキラした美貌の時の人、山本の憧れの首相からの伝言を持って本村の秘書がやってきた。


 控えめなノック音。本村のところの気弱な秘書がびくびくしながら部屋に入ってきた。


 麹町はぎゅっと眉間に深い皺を寄せその男を睨みつけた。

 そして、こぶしを握りしめて「わしに何を言いに来た?」とその男にたずねた。

 怒鳴りつけられたわけではないが、その秘書は震えあがった。


 「いえその、先生のお見舞いに」

 「何を言いに来たのかと聞いている。誰に頼まれてここに来た?」麹町は更にたずねた。

 下を向いてうつむいたままぼそぼそ話すその秘書は、少し離れて自分の後ろを歩いてきていた権藤一朗太が、部屋の入口まで来ていることにも気が付いていなかった。


 じろりと睨みつけてくる麴町が恐ろしくて、床を見ながらその男は言った。

 「そ、それは、本村先生への誤解を解ければと。権藤先生が嘘の映像を、」と言いかけた時に、麹町は窓が震えるほどの大きさで「馬鹿者が!この大嘘つきが!」と怒声を浴びせた。


 後ろに立つ権藤は哀れなものを見るような表情でその秘書の後姿を眺め、そうして哀れみの瞳で背中を見守られた秘書は、恥知らずにもこう続けた。


 「どうか、どうか、本村先生を信じてください。権藤が、あの権藤が派遣の事務員なんかと一緒に、あんなものを作って脅してきたんです」


 この男はもはや権藤を呼び捨て、信じてほしいとまで言った。

 なぜ嘘だとわかっているだろうにここまで食い下がれるのか、なぜそれほどまでに本村を守ろうとしているのか?

 この薄気味悪さは独特だった。なぜあんな男のためにここまで必死になれるのだろう?

 大事にされているわけでもないのに――


 自分の意思がなく『このお方の言うことだけに従って生きろ』と命令され、そのためならどんなことでもいたしますと。

 他の誰かが理不尽に貶められようが命を落とそうが歯牙にもかけず、ただそのお方のためにとなりふり構わない、奴隷部隊の人形のような男の言葉は音の外れた楽器のようだった。


 以前仕方なく恩情で助けてやった男が、今度は最近お気に入りの佐倉を巻き込んでこんなことをしでかした。


 そして大切な親友の店を―――(あの時もし権藤の配慮がなければ『店のお菓子が原因だ』と言われかねなかっただろう)踏みにじられたかもしれなかったのだ。

 断じて許せるわけがない。

 麴町はこめかみに青筋をたてて「お前は、お前たちは、」と掠れ声を詰まらせた。


 それでも秘書は必至な形相で続ける。

「麹町先生、今回この件総理からもお口添えをいただきました。権藤の悪だくみの可能性を考えなければならないと仰って!ですから私が証拠を、何としてでも本村先生の無実を晴らす証拠をお出し、」


 秘書がここまで言った時、入口の横引き扉を開けたままで、権藤があの時の録音、本村の子飼いの男二人の音声を結構な音量で流した。


 ――――――(男たちの声)

 『お前が行かされた例の和菓子屋、結局どうだったの?』

 『ああ、栗のやつは確かに美味かった。でもシケた店だったよ。あの菓子さ、まわりの栗の餡が柔らかいから入れやすかった。あれ多分絶対にわかんねえと思うぜ。佐倉マジザマァ。お腹イタイイタイ、本村さんお怒りお怒り』

 『自前で買ってきたんだろ?本村さん金くれた?』

 『いいや、まだだけど』

 『あの人、言わなきゃ絶対金ださないから早く言った方がいいぜ。俺も結構立て替えてんだけど』

 『ハアァ、領収書切れたら別口で出すのに今回は出すなって言われたんだよ』

 『ばれたらまずいからな』

 『それにあの人、なりふり構わずやっちゃうじゃん』

 『佐倉ももしかしたら、この後ヤバイことになるかもよ。あいつのこと相当嫌ってるみたいだった』

 『あーあ、佐倉も悲惨だろうな。本村さんにああも嫌われちゃあ』

 『ウケるぜ。俺もその瞬間を見てみたかったあ。今ちょうどやられてんだろうな』

 『あーあー、腹とケツが痛い痛い』

 『昨日も遅くまでロシア語の翻訳やらされてなんかフラついてんのにあの下剤の飲み合わせはヤバいんじゃね?何種類か入れたんだろ?』

 『まあ言われた通りやっただけだよ』

 『今日の通訳に穴をあけたら、大ヒンシュクだぜザマア』

 ハハハハッ!ケケケケケッ!


 『ちょっとばかり顔がいいからって調子に乗りすぎなんだよ佐倉は』

 『さっさとくたばっちまえ、色男』


 ――――――(そして、女の子を脅す声が続いて流れる)

 『なんだよお前ら。そのスマホ寄越せよ!』

 『ほら!出せよ!』

 『いつでも切られる派遣ちゃんが!』

 『驚いちゃった?冗談だよ。でもなんで写真なんか撮ったの?そういうのよくないよ。上に言うよ?いいの?』

 『人の写真を撮るとか、君ちょっと非常識だよ。スマホを寄越せって言われても仕方ないよね?ほら、出して。早く』

     


 ここまで聞いて、その秘書はおそるおそる後ろを振り向いた。予想通りに、そこに権藤が立っているのを見た秘書は「あ、ああ」とうめき声をだし涙を浮かべた。


 既に昨晩、麹町と佐倉はベッドの上でこれを聞いたが、何度聞いても腸が煮えくり返りそうになるほど彼らの仕打ちは陰湿で卑劣だった。

 この秘書は、このごまかしようのない犯罪の証拠をもってしても、総理と本村のために助けてくれと食い下がり、あの時のように頭を床にこすりつけて麹町に土下座して頼んでくるのか?

 

 「あんた、俺が嘘の映像を作ったって言ったな?あの時の事務の子と?俺が?

 昨日の今日でどうやって?あんたふざけるなよ。それにこれだけじゃないからね、あの子たちも途中から録音してるから。二人共だ。

 警察に映像鑑定に出したっていいよ。山ほどコピーしたから取り上げて握りつぶそうとか思うなよ。

 こっちも元々出すつもりだから構わない。

 あの男は、事務の子たちを脅そうとして、知ってたか?あいつは腕を振り回して殴る真似をしたんだよ!その映像は全部俺が撮ってるからな!こっちも無くさないように撮ってんだよ!

 あんた、大変なことになるよ。これほんとに恐ろしいことだからな。俺をつぶそうとしたって今回ばかりは難しいと思うよ。

 だいたいなんで佐倉君に手を出したの?食べものに細工するとか、とんでもない犯罪だってわかってんのか!」


 本村の秘書は腰を抜かしたのか、ぺたりと座り込んだ。




 



 

 

 


 お読みくださりありがとうございます。

 次回も病院でのお話になります。ここからはちょっとしたざまあ展開に入ります。

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