17.麹町爺の危機(2)
本村功時郎という男は山本ミキの所属する派閥の先輩議員であり、二人はとても良く似たお仲間であった。
どちらも救いようのないスキャンダルを抱えており、どちらも同じく麹町に助けてもらったことがあった。
麹町爺はたとえ救う価値のない議員であったとしても、お気に入りの別の議員からの必死の口添えがあれば――部屋の外まで響き渡る雷のような怒声でその議員が泣くまでしかりつけた後には、結局は一度だけは助けてやった。
本村は支持団体の“性質“のことと、他には所謂金銭問題で。山本は私生活のスキャンダルと政治資金、そして同じような金銭授受問題で情けをかけてやった議員だった。
爺はこの二人が本当に嫌いだった。
山本ミキの言葉を借りればこうだ。
―――『わしは、同じ間違いをする卑怯者は苦手だ。進歩あっての政治家だ。給料高いしな』
それであった。
◇◇◇◇◇
(もしかしたら、次は公認も外されてしまうのでは?)
本村は常にそんな妄想にとらわれていた。
しまいには麹町を憎々しく思い始め、前回の時のように麹町に媚びを売ることもやめてしまった。
(どうせ、じきにくたばるジジイだ)
(派遣の馬鹿女共にニヤついて俺を無視するとは!)
プライドをズタズタにされた本村は『覚えてろよジジイ』と小悪党らしい復讐を誓っていた。
そして、あの時、山本ミキが八つ当たり対象に空飛ぶカァちゃんを選んだように、いつでも使い捨てできる『どこにでもいそうな顔だけの男』佐倉烈が本村の復讐先として選ばれた。
―――(ジジイと一緒にお前もくたばるがいい)
―――(薄汚れた栗の店だか何だか知らんが、それを食べてくたばれ)
本村の薄汚い頭では、こんなことくらいしか思いつかなかった。
浅草町の裏手にあるお寺の近くの『長七郎和菓子店』―――麹町爺の親友のお店。
何度もつぶれそうになりながらもなんとか持ちこたえた。
ずっとずっと、信用と技術で続けてきた店。
味も店員の質も最高の和菓子店。
店構えは長年ずっとおんぼろだったが、昨年の秋にやっと建て直すまでになった大切な店。
『銀ちゃん!ぼろくても年寄りは来てくれたけどさ、ピカピカなったら若いのも来んだよ』
『七郎、わしに感謝しろよ!これは銀の宣伝のおかげだからな』
『銀ちゃんが引退したらそこに座って呼び込みしろよ』
『んだよ、そしたら、綺麗なねえちゃんだらけになっちまうぜ』
長七郎の息子がいつも呆れるやり取り。
大切な麹町爺の店。
ある日、本村の子飼いが『長七郎和菓子店』を訪れた。そして、
―――4つの栗菓子を買う
―――なぜか、リボンをかけないように店員に指示する
―――リボンは別にくれと店員をせかす
―――聞かれてもいないのに『領収書』はいらないと言う
―――店の歴史が書かれた薄紙をよこせと言う
―――それとは別に、二つ包めという(自分が食べるためだ)
―――とっとと袋に入れろとせかす
―――にこりともせずに店を出ていく
いつだって麹町爺は、この店だけは嫌な奴には知られたくなかった。
とんでもなく場違いな客が、その日なぜか店を訪れていた。
◇◇◇◇◇
会館の地下に新しくできたカフェで、佐倉は週に一度は昼食をとる。
だいたい水曜日か木曜日。
その日は山本ミキの秘書、同僚の黒田と一緒に昼食をとる予定だった。
実は、佐倉が毎週そうしていることは大抵の事務の女の子は知っていた。
(あわよくば一緒に昼食をとりたいから。食後のコーヒーもご一緒したいから)
麹町爺のお気に入りの派遣の女の子たちは、今日もそれを楽しみにしていたのだが、部屋の秘書の男に嫌がらせをされて、部屋のコピー機が壊れているというのに、わざと大量のコピーを命じられた。
急ぎでも何でもない会議資料をだ。
A3を横にしてから綺麗に折り込まないとA4サイズの用紙と一緒にまとめられない“カラーのA3サイズの資料“をところどころに沢山差し込まなければならず、それを全て併せてホチキス止めしろというのだから本当に性格が悪い。
共同雇用主である隣の議員の部屋のコピー機を借りるには、迷惑のかからない昼休みに使わせてもらうしかなかった。
事務員同士で助け合うことも多いので、もちろん気持ちよく貸してくれたが、一時間で終わるわけがない面倒な作業に、この部屋の年配の事務員は同情的だった。
「ここのコピーも壊れたって嘘ついちゃいなさいよ」なんてことを言って、飴をくれた。
20分くらいが過ぎた頃。
ガッチャンガッチャンうるさいコピーの音にうんざりした二人は、せめて一休みしようかと給湯室に置いてあるプラスチックカップでコーヒーでも飲もうということになった。
ここは、この階の住人の共用のスペースで、部屋を出て一休みしたい時などに使いたい人が自由に使える場所となっていた。
山本ミキの部屋がある上の階にはないが、この階にはわりと充実した種類の『お茶・コーヒーセット』が置かれていた。
「本当にムカつく!あいつは昼休みに時間通り休んでるくせになんなの?」
「カスだねあいつ」
綺麗なねえちゃんは当然おかんむりである。
フロア奥の共用の給湯室に入った時、電気ポットとプラスチックカップが置いてある奥のスペースから聞き覚えのある嫌な声が聞こえた。
(ゲッ!)という言葉を吞み込んで、女の子が立ち止まった時だった。
「あーあ、佐倉も悲惨だろうな。本村さんにああも嫌われちゃあ」
「ウケるぜ。俺もその瞬間を見てみたかったあ。今ちょうどやられてんだろうな」
「あーあー、腹とケツが痛い痛い」
「昨日も遅くまでロシア語の翻訳やらされてなんかふらついてんのにあの下剤の飲み合わせはヤバいんじゃね?何種類か入れたんだろ?」
「まあ言われた通りやっただけだよ」
「今日の通訳に穴をあけたら、大ヒンシュクだぜザマア」
―――ハハハハッ!ケケケケケッ!―――
いやな声が聞こえた。本村の部屋の連中の声だ。下品極まりない。
足音をひそめて、爺の綺麗なねえちゃんたちは既にスマホで録音を始めていた。
二人ともだ。
“仕事ができるやつ“とは、彼女たちをさす言葉に違いない。
その時、窓側にある衝立の後ろで身を潜めていた男が姿を現した。
その男は立てた人差し指を(シッ!)と口元に当てて、顔だけをひょいと出した。
少数野党の党首、麹町の天敵。権藤一朗太である。
権藤はスマホを見せて首を振り、親指を立てて、女の子達に(自分はもっと前から録音した)と伝えてきた。
そして、写真を撮るゼスチャーで、彼女たちに(出てきたら撮って!)と伝えてきた。
権藤の位置からだとうまく写せないからである。
麹町爺の可愛い秘蔵っ子は、うんうんと首を振り、落ち着いてスマホを構えた。
「ちょっとばかり顔がいいからって調子に乗りすぎなんだよ佐倉は」
「さっさとくたばっちまえ、色男」
―――パシャッ!ガシャガシャ!
哀れな男たちが新人記者にやられた!特大のスクープだ!
明日は麹町爺(3)です。
ここでまた権藤さんという新しい人物が登場しました。




