16.麹町爺の危機(1)
その日も麹町は、長いこと破壊遺産にいびられていた派遣の事務員の女の子たち――麹町爺によると『綺麗なねえちゃん』たちのところを訪れた。
こんなふうに。
―――「よう!ねえちゃんたち元気かい?」
麹町は外では紳士を気取って“ちょっとお洒落なおじいさん“であったが、まあ実際は“こんなもん“の爺だった。
時間を見つけては、にいちゃんねえちゃんと若い者に声をかけ、ついでにつまらない冗談を言って大声で笑った。
佐倉が言っていた通りに、その根っこには温かみがあって、わかりにくい優しさも持っており、要は見栄っ張りの威勢のいい爺であった。
爺が時々やってきては事務の子たちの席の横にある、端っこに穴のあいた座り心地の悪い、硬い黒いソファーに座って業務の邪魔をしていても『高い時給の事務員の仕事の邪魔をしてくれるな』と注意できる者はまずいなかったし、いつも見張られるように仕事をして、ミスをすると泣きそうになるまでしかられる綺麗なねえちゃんたちにとっては麴町の訪問はオアシスのような時間だった。
麹町は帰り際に、奥に座っている秘書の男に『今日も邪魔したね。ねえちゃんの邪魔したのわしだからごめんよ。あんた、仕事のことでごちゃごちゃいうんじゃないよ』といって、必ず釘を刺してくれていた。
こんな爺を若い秘書や事務員たちが好きにならないはずがなかった。
爺が来ると、たとえどんなに忙しかったとしても待ってましたとばかりにお茶を入れて、“麹町専用“だというかわいい猫柄のひざ掛けをかけてあげた。
これを気に入った麹町爺は『おう!猫は、わし以外に使わせてないだろうな?』などと言って、ねえちゃんたちを喜ばせた。
その日麹町が訪れた時には、その秘書の男は自分の席の近くに置いてあるフカフカのソファに腰かけた本村 功時郎(山本が所属する派閥の先輩議員)という議員と打ち合わせと称した雑談を始めていた。
麹町は本村の存在に気づいていたが、それはもう堂々と無視をして、ねえちゃんたちとだけ嬉しそうに暇つぶしをした。
本村はくだらないプライドを傷つけられ、何のために握りしめているかわからないコピー用紙の裏紙をぎゅうぎゅうと握りつぶし、その秘書と目を合わせて聞き耳を立てた。
もうすぐお昼という時間になったので、麹町がそろそろ退散するかと思っていた時に、綺麗なねえちゃんたちが少しだけ申し訳なさそうにこんなことを言ってきた。
「麴町先生、佐倉さんに和菓子屋さんのこと話しちゃってすみません。佐倉さんから聞きました、先生は秘密にしたかったって」
「おうおう、そうなんだよ全く!スカッとのにいちゃんはもうしょっ中あそこの色んな菓子をおふくろさんに届けてやってるらしいじゃないか」
「すみません、佐倉さんって甘いものが大好きみたいで。でも結構こだわり屋さんだから、あのお菓子なら絶対気に入ると思ってつい。でももうこれからは絶対に秘密にしますから」
こう言われると、麹町爺はまたまたねえちゃんたちが可愛くなった。
「んまあ、スカッとのにいちゃんなら別に教えてもいいよ。あいつは意外とまあ、いい奴だろ?最近は色々気疲れしてんのもわかってるし甘いもんのことなら教えてやんな」
麹町爺がこう言うと、別のねえちゃんがダメ押しの一言を放った。
「佐倉さんって親御さんがかなり歳を取られてからの子供みたいで、生まれた時にはもうお祖父さんが亡くなっていたそうなんです。だからだと思うんですけど、この間ぼそっと、先生みたいな祖父がいたらよかったのになんて言ってたんですよ。この前、部屋に顔を出してくれたとか言ってすごく喜んでたんです。だからお菓子のことは許してあげてくださいね」
この話は本村と秘書の男にとてもよく聞こえた。
そして、やっぱり二人は目を合わせて、なんともいやらしい目で背中を向けている麹町を睨みつけた。
「そうか。歳とってからの子供か!んだから情が深いんだなあいつは。多分たっぷりかわいがられて愛情を受けて育ったやつなんだろうと思ったよ。
そうか――でもまあ、あいつの爺さんになるにはわしは若すぎないか?全く年寄扱いしやがって。たっぷりいじめてやらないとな!」
それはもうかなりの“大大大年寄り“の爺がこう言ったので、ねえちゃんたち以外のスタッフからも笑い声が上がった。
爺はご機嫌になり「んじゃまあ、話にでたところで――おっと、大事なことを忘れてた!
七郎んとこのおかみさんから預かってきた栗のおやつだ。この前姉ちゃんのどっちかが買いに来た時に個数を間違えて入れたんだとよ。だからそのお詫びだそうだ。んで、わしが預かる羽目になった。昼飯の後に食べな」と言ってから帰って行った。
麹町ももちろんだが、例えば佐倉のように秘書や事務の立場の者も、誰かへの“差し入れ“、の類には常に気を付けている。そのまわりへの気遣いが政治家としての命取りになりかねないからだ。
その“気遣い”のせいで、過去にたいそう叩かれたことのある本村は、今の麹町の言い草が自分への嫌味に聞こえた。
ただ、本村の“気遣い“はちょっとしたお菓子の差し入れのようなものなどではなく、より記者から叩かれやすい、いかがわしい金銭授受であったために過去に厳しい状況に追い込まれたことがあった。
本村は去っていく麹町の背中を見ながら頭がカッと熱くなるのを感じた。
―――(このジジイ、調子に乗るなよ)
本村は怒りに震えていた。
栗のお菓子はその日の昼食で、綺麗なねえちゃんと事務職員たちをまたもや喜ばせたが、お菓子の箱の中に入っていた薄紙が――(お店の名前と所在地と、店の大将の和菓子への思いが書かれた薄緑色の紙が)ねえちゃんたちが捨てた燃えるゴミのゴミ箱の中から抜き取られた。
佐倉と麹町爺も、綺麗なねえちゃんたちも全く気づいていなかった。
明日は麹町爺(2)です。
今後は朝7時過ぎ頃に一話、投稿しますのでお読みいただけたら嬉しいです。




