14.佐倉と二人の手相鑑定(1)
英介はその日、朝から家中で文句を垂れ流していた。
優しい祖父母相手にだけでなく、生意気にも静をにらみつけてぎゃあぎゃあと当たり散らした。
いつまでも姉に八つ当たりを続ける英介は、抜群の運動神経の静にあっという間に取り押さえられ、馬乗りにされた状態でぐいぐい髪を引っ張られた。
もがいて抵抗する英介は頬と腕をしこたまつねられた後でようやく解放された。恐ろしい姉である。
英介もそれなりに運動神経は良いが、静のそれは別格だった。
静の運動神経を考えると、もしも静が空を飛べたらとんでもないヒーローになったかもしれなかった。
先日も、静に頭をパコっと殴られた英介が、
ーーー『運動音痴の母ちゃんじゃなくて、姉ちゃんが飛んだとしたらマジで怖え』
と軽口で、ふざけて佐倉に言った時に『馬鹿なことをいうもんじゃない』と、割と真剣に注意されたので、それっきり“シズカヒーロー“の話は出なくなったが。
最近は友達のおかげで前の明るさを取り戻しつつある英介だったが、その時、ついふざけて自分が言った言葉に、実は自分自身でがっかりしていた。
自分のせいでこうなってしまった、という後悔のような気持ちがまだこんなに残っているというのに、時間と環境が自分を作り変えていくような気がして怖くなった。
ーーー『母ちゃんがあんなに辛い思いをしているというのに』
ちょっと学校が楽しくなったからって、前のようにたくさん友達ができたからって、あの時の後悔とか、悔しさとか、それを忘れてふざけられる人間になってしまうのだけは嫌だった。
佐倉と静のほうはというと、英介の新しい友達が今時珍しい人情味だったり、おせっかい気質だったりとか、そういったもともとの英介が持ちあわせていた気質によく似ていたので、それがとてもありがたかった。
彼らの学校生活は、聞いているだけで心があたたかくなるような、優しい気づかいで溢れていた。
きっと英介は本当に運がよかったのだ。
スカイツアーの竜介は、初日にみんなで泣いてしまった事情について、のぞきに来ていた隣のクラスの連中に理由を全部話してやった。
もちろん英介がいない時に。
英介はそのことを、後から隣のクラスの男子生徒から聞き、ますます竜介が好きになった。
その優しさが本当に嬉しかった。
ーーー『隠しても意味ねえし、お前らも本当のことを知ったほうがいい』と言って、竜介は自ら海難事故の話をしたそうだ。
それを聞いた子供たちは、竜介たちが転校生に同情して泣いてしまったのは仕方のないことだとちゃんとわかってくれた。
目の前で肩を震わせながら、どんどん興奮して早口で話した英介の姿を見ていなくても、かわりに竜介
が語ってくれたこの話は十分に、6年1組の子供たちの正義感をちゃんと呼び起こさせた。
あの時、砂浜で空飛ぶカァちゃんを遠巻きに眺め、見定めようと嫌な目つきを向けた連中や、アキラとその取り巻きのように、何も悪くない英介を傷つけようとするものはいなかった。
だいたい“本当に“、英介は全く何も悪くないのだ。
それに、一生懸命になって真剣に話す竜介を、いい子ぶっているとか、暑苦しいとか、そんなふうに小馬鹿にする者もいなかった。
一人の善良なまとめ役がいるおかげで英介が過ごしやすくなっているのは明らかだった。
実は佐倉は、この竜介という少年にもに会ってみたいと思っていた。
彼の“何か“を会って確認してみたかったのだ。
ーーー(そのうち麹町爺に書いてもらう花丸のスカイツアープレゼンで会えるか?)
などと思いながら、時折東京湾スカイツアー計画を思い出して笑ったりした。
さて、元々の明るい英介に少しづつ戻ってきていることを、佐倉も静も本当に良かったと思ってはいたが、佐倉はそれでもこの兄弟に、特に静に向かってはかなりしつこくこう言っていた。
ーーー『いいね、もしもなにか自分の体に異変を感じても絶対に余計なことを言わないこと。先生も医者もダメだ。いったん他人を信じるな』
英介は『俺が空飛ぶかもしれないと心配してんの?それはないよ絶対』と言って笑っていたが、静は佐倉の言葉を真剣に聞いた。
佐倉と話すようになって、静自身も、時々妙な気分に襲われることがあった。
物凄くカンが働くようになったのだ。
自分がそうなってきたことをなぜか佐倉がわかっているように思えて静は不安で仕方なかった。
ところで、なぜ今日の英介のご機嫌がこんなに悪いのかというと、それは佐倉のせいだった。
佐倉がとても信頼しているという有名な手相家のところに、三人で鑑定に行こうと言い出したからだ。
英介は「いつ死ぬとか、近いうちに誰かが死ぬとか言われたらどうすんだよ!俺は絶対いかないよ」と言って佐倉に抗議したのに、佐倉は全く取り合わず、
「そういうことを言って脅かしてくるような先生じゃないから」と笑い飛ばし、もう予約を入れたから行くよ、と強引に日曜日に手相を観てもらう羽目になった。
じいちゃんもばあちゃんも『偉い先生にみてもらえるなんていいじゃないか』などと言って行くように勧めてくるものだから更にイライラさせられていた。
その日は結局三人仲良く手相鑑定に出かけた。
鑑定をしてもらう場所は、“黒いカーテンと蝋燭のみの灯りしかないような“、おどろおどろしい占いの館ではなく、ごく普通のビルのごく普通の部屋の一室だった。
英介は拍子抜けして「なんだよ佐倉さん、ここ普通のビルじゃんか!占い師のビロードっぽいカーテンは?それもないじゃん!」と言って、なんだか少し残念そうに佐倉に抗議した。
「はあ?だいたい英介は何を期待していたんだよ」と佐倉に言われ、受付の綺麗な女性にまでクスクス笑われた。
早く来すぎたので20分ほど待っている時も英介は、
「でも帽子みたいなのはかぶっているはずだよね?灰色の」などと佐倉にたずね、
「どこでそんなイメージをつけられたんだ?帽子なんかかぶんないよ」と言われてますますがっかりした様子だった。
順番が来て個室に入ると、優しそうな鑑定の先生が『やあ佐倉君、みなさんもいらっしゃい』と言って、ニコニコと朗らかに迎えてくれた。
英介は優しそうな先生を見てホッとしつつも……実はちょっとがっかりしていた。
ビロードの黒いカーテンも蝋燭もなく、ちゃんと電気がついていて、先生は灰色の帽子もかぶっていなかったのだから。
次回も手相鑑定の続きです。
また朝に予約投稿をしてみます。




