136.思わせぶり男の悲しみ
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今、このレーンのベンチまわりに集まっている佐倉以外の全員が思っていた。
今日、佐倉が空飛ぶカァちゃんに心を込めた言葉を発するたびに、ついまわりを確認してしまうほどに恥ずかしい気分にさせられたと。
いくらなんでもあんな表情であんなことばかり言われ続けたら、空飛ぶカァちゃんはたまったもんじゃないだろう――小学生と中学生の子供たちですらそう思った。
静にいいように操られ、言いにくいことを言わされる羽目になった英介は、その責任を全うしようとしたのか、やけになったのかはわからないが、もう開き直ったようにズケズケと佐倉に詰め寄った。
「だから、そんなこと言うのがおかしいって佐倉さん!なよなよしたひ弱な王子みたいなセリフじゃんか!だいたいなんなの?なぜかそうしたくなったとかってさ、そんなこと言われたら、かあちゃんだって困るじゃないか!」
今にもまた空飛ぶカァちゃんの手を取りそうになっていた佐倉は、英介の言葉でさっと手を下げた。
「なよなよって、確かに大げさに聞こえるかもしれないけど、こればっかりは本当にそう思っているんだから仕方ないだろう?英介には話していないけど、櫻子さんのおかげで救われた人間がいるんだよ、その一人が母で、とうちゃんもそうだけど。そして俺なんだ。だからそう思うのは仕方ないじゃないか」
佐倉はそれなりに言い返したが、しかし英介の正論は止まらない。ため息と腕組みで呆れている自分を見せつけて、なよなよに見える佐倉に対抗した。
「ああそう、別にいいよそれは。でも人がいないところで言ってくれよ。それに佐倉さんは付き合ったり結婚する気もないのに女の人にそんなこと言うの?それがおかしいって俺は言ってんの。かあちゃんは佐倉さんがいつも助けてくれたって思ってて、ずっと感謝してんだから!そんなふうに自分に良くしてくれた人のことを、そりゃあ好きになるよ、当たり前でしょ?なのにさ、そんな、あんなふうにベタベタなよなよされて、大切だとか守るとか、まるでプロポーズみたいなことを言われたらさ、どうしたらいいのかわからなくなるじゃんか!だいたい、そういうことははっきり言わないでさ、なよなよばっかりじゃんか!そんなことばかり言われたら、もし俺が言われたんだったら気持ち悪いと思うよ。佐倉さんはかあちゃんをどうしたいんだよ?ただそうやって、大切だとか、そうしたくなったとかってのを、聞いてもらえばいいの?そんなの言ってることもやってるこもとおかしいじゃんか」
意地の悪い静は、笑いをこらえるのに必死だった。
英介にはちょっとばかり悪いことをしたとは思ったが、佐倉にズバリと言うのは気の毒だと思って言えなかった言葉を、英介が代わりに全部言ってくれた。
佐倉が呆然とする中、英介が佐倉の目を覚ますような一撃をかました。
「そういうのってさ、思わせぶりとかって言うんじゃないの?付き合いたいとか、結婚したいとか、そういうことは言わないくせに、ただあなたが大切です、素敵です、大好きです、感謝してます、とか言ってさ!母ちゃんも、俺たちも、佐倉さんのお母さんだってとうちゃんもさ、うちのばあちゃんたちだって!みんな心配してんのに、自分だけ嬉しそうにして何やってんの?佐倉さんはそれをかあちゃんに言ってどうしたいのさ?時々そう言って、相手を恥ずかしくさせて楽しんでんの?ちょっと……そういうのって思わせぶり男とか、沼らせる男って言うらしいよ?知ってた?」
「俺が、思わせぶり男――沼、沼?沼って、」
佐倉は愕然としてしまった。
まさか、子供たちに思わせぶりな態度をしている男にみられていたとは――というより、空飛ぶカァちゃんにそう思われていたのかと思うと、心臓が冷えた気がした。
そうっと空飛ぶカァちゃんを横目でちらっと見てみると、さっきより更に真っ赤になって顔を覆っていた。
ひとまず空飛ぶカァちゃんに声をかけようかと思ったが、その息子にはっきりと言われた『思わせぶり』という言葉にショックを受けてしまい、なかなか言葉が出てこなかった。
正直言ってこんなことは初めてだった。
さて、子供たち。
本人の自己肯定感は低くてもいつも自信満々に見える佐倉にこれを言った英介は、手厳しい静から見てもなかなかの快男児に見えた。
佐倉が言い負かされている様子が少し面白くなってきて、そのまま黙っていたのだが、さらに英介は追い打ちをかけた。
「だいたいなんなの?前に佐倉さんも自分で言ってたけどさ、慶次さんも言ってたよ。佐倉さんって『恋愛の神』とか言われてて、佐倉さんに相談すると絶対フラれそうな人でもなぜかうまくいったんだってね?色々アドバイスして、佐倉さんの仲間の人は好きな人と結婚できたんでしょ?なのになんで自分のことはあんななんだよ!今どき、あんなふうに言ったりしないと思うんだけど。あんなふうに言われたら女の人って、多分だけどひいちゃうんじゃないの?かあちゃんはちょっと、その、アレっていうか、ボケーッとしてるから平気そうに見えるだけで、さっきもそうだったけど、今もちょっと困ってるじゃん!俺はそれがちょっと、イヤだったっていうか、恥ずかしかったって言うか――それなのにねえちゃんが!」
佐倉が思わず「櫻子さん、本当にその、イヤだったんですか?恥ずかしかったのは俺が手を握ったりしたから?困ってしまったんですね?気味の悪いことをしてしまってすみません、たしかに俺は感情のままにやってしまいました。恥ずかしい思いをさせて、」と言ったのだが、すぐに慌てて英介が口をだした。
「違う、違うって!イヤだったのは俺。俺がずーっと手を握り合ってる二人を見てるのがイヤだったの。別にかあちゃんはイヤだとか言ってないからね?それに困ってるとかも言ってない!人の話をちゃんと聞いて。イヤだったらあんなに嬉しそうに、あのソファーでベタベタしないんじゃないの?もういい加減にしてほしいよ。二人して何やってんだよ」
すぐに情けない声で「英介ごめん」と言った佐倉が気の毒になった静が、とうとう立ち上がった。
せっかく英介がズバリとやってくれたのに、妙な方向に話が進んたらたまらない。
「あのね、佐倉さんのお母さんも父ちゃんも本気なんだって!うちのおばあちゃんたちも、この間話を聞いてからすっかりその気になってんの。真面目に受け取ってないのは佐倉さんとママだけなんだよ。正直言うと、私からは言いずらくてさ、英介を煽って言わせたんだ。悪かったよ英介。
英介は佐倉さんと初めて会った最初の時から佐倉さんのことを好きになってたから、多分、佐倉さんがママを好きになって、ママも同じ気持ちだったとしたら喜ぶと思うよ。私は、佐倉さんが山本ミキの子分みたいにボディーガードやってたから胡散臭い奴だって思ってさ、最初は信用してなかったんだけど、でも私だって佐倉さんと仲良くなって大好きになって――今回だってそうだし、アキラのことも、パパのことも感謝してるんだよ、本当に何もかも!佐倉さんが大好きだから、もし本当にママと付き合うとか、結婚するとか、そうなったら嬉しいと思ってるんだよ?佐倉さんとママがはっきりしないだけなんじゃないの?私たちはそれがイヤだって言ってんの!わかったの?
だからもう、悪いけどあっちに行ってくれない?時間がもったいないから投げたいんだけど。私は全部ストライクだすつもりだから邪魔しないでくれる?」
静がこう言って手をサッサッと振ったので、佐倉と空飛ぶカァちゃんはそのまま一歩下がった。
なんとなく顔を見合わせた二人は、無言で階段を上って行った。
栄太郎は静に心酔し、英介は姉の意地悪加減にムカつきはしたが、それでも理由を理解した。
うざくて面倒臭い二人がいなくなったので、三人は少しだけせいせいした気分になって、それなりにボウリングを楽しんだ。
残念なことに7~9フレームはストライクを出せなかったがそれでもスペアを取り、10フレームがオールストライクという恐るべきハイスコアで、隣のレーンの大学生がスコアのモニターを見に来て「すごいね!ずっとカッコ良かったよ」と大勢で褒めてくれたので、静は気分が良くなった。
英介はわかっていたが、栄太郎は静の実力に恐れをなした。
―――言っとくけど、私は勉強だけじゃないよ。体力も半端ないから。
こう言っていた静の言葉を思いだして、これからの中学校生活が楽しみでもあり、また恐ろしくもあるなと思った栄太郎だった。
さて、さっきまでは途切れることなく話し込んでいた二人。
言葉少なになり、目を合わせづらくなり、気の毒なほど静かになった二人だったが、空飛ぶカァちゃんの頬の色が落ち着いた頃に、今度は佐倉の頬が赤くなってきた。
さすがに自分の馬鹿さ加減、情けなさ、無神経さ、鈍感さ、みっともなさ、どれほど悪口を並べ立てられても文句は言えないと思う自分の振る舞いにいたたまれなくなっていた佐倉だったが、はっきりと言ってくれた子供たちの気持ちを丁寧に受け止めるべきだと思って覚悟を決めた。
佐倉は赤い顔を隠さずに空飛ぶカァちゃんに顔を向けた。
「櫻子さん、あなたが恩人だからというだけでなく人として尊敬しています。そして、他のどの女性よりも素敵な方だと思っています。その話をちゃんと二人だけの時にしたいので聞いていただけますか?」
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