126.二階の四人は声を出さない
◇◇◇◇◇
「佐倉さん、このTシャツカッコいい!本当にもらっていいの?これ、あの殺し屋集団の小説がもとなんでしょ?組織のリーダーの片目の人が受け継ぐ『十字架のペンダント』がこれなんだね?佐倉さんのお父さんの会社で作ってるの?」
「そうだよ、あの小説とのコラボなんだって。Tシャツはペンダント購入者限定で先着100名で配布する予定らしいよ。ペンダントは姉の旦那さんがデザインしたんだよ。もうTシャツ分は完売だからレアだよ。栄太郎の分もあるんだけど受験が終わったら渡すつもり」
佐倉はこう言って、実際に販売しているペンダントの写真を見せてやった。
英介は「ええっマジか!本物もカッコいいね。でもこれ、Tシャツのプリントもペンダントが本物みたいに見えるじゃん。3Dプリント?筋肉っぽく盛り上がってる風に見える、俺、細すぎるからかえってガリが目立つかな、鍛えようかな」と言って今着ているシャツの上からTシャツに袖を通した。
鏡を見ながら「なんか筋肉質っぽく見える気がする」などと言って英介はご機嫌だった。
静も佐倉の父がデザインしたというシルバーのネックレスがかなり気に入った様子だった。
ちゃんと綺麗な箱に入っていて、小さなカードが添えてあり『いつも味方をしてくれるしずちゃんへ』と書いてあった。
「いつも味方って?」空飛ぶカァちゃんが訊ねた。
「ああ、佐倉さんがとうちゃんに酷いんだよ。さっきみたいに偉そうに文句ばっかり言ってさ。だから私は佐倉さんのお父さんの味方をしてあげてるんだ」
「なるほど。それで静が味方なのね。じゃあ英介はどっちの味方なの?」
空飛ぶカァちゃんが訊ねると、英介の答えも同じだ。
「そりゃ佐倉さんのお父さんに決まってんじゃん!ほんと意地悪なんだよ?いちいちハーブの水遣りをチェックしたりさ、それに自分はチョコレートとかあんことか死ぬほど食べてるくせに、お父さんにはうるさいんだ。検査の数値がどうのこうのって言ってうるさく制限するんだよ。だから俺と栄太郎が……」
英介がつい口を滑らせた。
「なんてこった!栄太郎と英介が犯人か。だからあの時あんまり文句言わなかったのか。よし、今日は夜にでもとうちゃんをとっちめてやらないとな」
佐倉が意地悪そうにこういうと、英介が本当に不安そうに「お願いだからやめてよ!俺たちが時々チョコレートをあげただけなんだよ?それに、もう正常値だって言ってたから、だからあんまり言わないであげてよ」と言って佐倉に頼み込む。
空飛ぶカァちゃんは佐倉がそこまで意地悪だとも思えなかったのだが、子供たちには佐倉がかなり口うるさく思えるらしい。
お母さんに対する態度とはずいぶんと違うように見えたのは確かだけれども、とうちゃんとうちゃんといちいちかまって、ちょっかいを出す佐倉の口元は笑っていて、わざわざ父親の椅子に柔らかい座布団と背当クッションを持ってくるあたり、父親に対する愛情は十分に感じられる。
そして、同じように空飛ぶカァちゃんに対しても、椅子をすすめてすぐに座布団と背当てを持ってきた佐倉が、意地悪だとか、酷いとは思えなかった。
空飛ぶカァちゃんは何も言わずにニコニコするだけだったが、佐倉の方は空飛ぶカァちゃんの反応が気になるようだった。
それこそ『どっちの味方なの?』と聞きたそうな顔をしてムスッとしている佐倉は、少しだけ可愛らしかった。
空飛ぶカァちゃんはなんとなく、期待に応えてあげないと可哀想な気がして「佐倉さんが本気で意地悪するわけないでしょ。お父さんの健康診断の結果が気になるんじゃない?私だってお父さんがお酒飲み過ぎるのは心配でしょうがないもの、それと同じよ」と言ってあげた。
佐倉はぱあっと晴れやかに笑って「ほら、お母さんはわかってくれてるじゃないか!」と言って、腕組みしながら二人に勝ち誇った。
静は「呆れてものが言えないよ、ママはすぐそう言って甘やかすんだから!とにかく佐倉さんは酷いんだって」と言ってとうちゃんの肩を持った。
「もういいからさ、ママ、ちょっとこれ金具つけて。佐倉さんのとうちゃんに着けてるとこを見せたいから」
静がこう言ってきたので空飛ぶカァちゃんはすぐに留め具をかけてあげた。
いぶし銀仕上げの太めのチェーンでアメジストが背中側に垂れるようになっていて、ペンダントトップの可愛らしい花の下に垂れ下がる部分の先にも紫色のアメジストが雫型になって揺れていた。
鏡に映る自分の姿に満足した様子の静は、嬉しそうに階段を降りて行った。
英介も「俺も!」と行って、Tシャツを見せるために静の後を追った。
佐倉と空飛ぶカァちゃんは階段の途中で、プレゼントを見せびらかす二人を眺めながら、なんとも幸せな気分になった。
とうちゃん、のほうは自分がデザインした銀のネックレスを着けた静があまりに可愛らしいので「ほらね!すごくいいだろう?とっても可愛いよ。よし写真を撮ろう」と言って、カシャカシャと写しまくった。
英介は「俺も俺も」と言って、そこに割り込みながら嬉しそうに笑っていた。
空飛ぶカァちゃんの両親も嬉しそうに笑っていて、階段の途中から見たその画は、幸せな家族の団らんの姿そのものだった。
佐倉は思わず「みんなで写真を撮ろうよ」と言い、空飛ぶカァちゃんの手を注意深く取りながら、階段を降り、ソファに座らせた。
まず佐倉が五、六枚撮ると、今度は英介が「俺がとる!」というので、同じように数枚撮った。
最終的に佐倉が「やっぱり全員で撮らないと」と言い出してタイマーをセットして全員で一緒に撮った。
佐倉の母が「クッキーが焼けたから持って行こうと思っていたの。ちょうどいいわ、持ってって」と言うので、佐倉が当たり前のようにそれを受け取った。
静だけは「ああ、今はその最中だったのか」と気が付いた。
夜に、栄太郎にメールして状況を知らせるか、などと思いながらまた二階に上がっていった。
さて、ふたたび佐倉の部屋。
実は、佐倉にもこの機会に話したいことがあった。
静と空飛ぶカァちゃんと打ち合わせていた通り、佐倉は今日、英介に羽やテグスによる『伝達』について伝えるつもりだった。
ただし、今日は『意思を持って相手の思考を感じ取ったり読み取る力』については伝えないことにした。
今の英介は友人に恵まれ、以前の明るさを取り戻していて、ひところのような不安定さはない。
また、アキラとの間に生まれた傷や苦しみをじっと抱え込んでいたが、英介もアキラも、誰かにすすめられたわけでもなく、二人が勇気を出して歩み寄り、打ち明け合い、謝罪し許すという、なかなかできない経験をしたばかりだ。
アキラの謝罪を受け入れ、アキラを大っぴらに気遣うことが出来るようになった英介の心は、かなり安定している。
とはいっても、自分の心を誰かが勝手に読み取れるということを知らせるのは、まだ危険な気がしたのだ。
どうせ気が付く瞬間がくる。静がそうなったように、英介の頭からテグスだか触角だかわからないが、ぐにゅっと伸びるものが出てきた時には、自分の持つその力がわかってしまうのだ。
今はそうなる可能性が高い、とだけ伝えておけばいいと、佐倉は思ったのだ。
そして、空飛ぶカァちゃんと静もそうしたほうがいいと思った。
今は英介をそうっとしておこう。
やっと予知の力を少しだけポジティブに受け止められるようになってきたのだから。
空飛ぶカァちゃんを助けられて、飯田も助けた。
誰かを助けることが出来て良かったと、心から思えている英介に、今はこれ以上の負担をかけたくないと、そう思っていたのだ。
この日、佐倉の部屋で英介以外の三人が頭からひゅっと何かを伸ばした。
羽とテグス。
それが初めて英介の頭の周りをうろついた。
三人は英介の頭に先端をぶつけていない。ただ頭の近くに羽やテグスを揺らせただけだ。
そして、佐倉が予想した通り。
「かあちゃん、なんか俺、ドキドキするんだけど。誰かが俺を見てる気がするんだ」
空飛ぶカァちゃんは答えない。静も黙っている。
佐倉が言った。
ーー(英介、聞こえるか?ドキドキの正体は俺だよ。
「え?佐倉さん?なんで?今しゃべってないよね?」
ーー(そうだよ、口は閉じてるだろ?聞こえるんだね?
「ええっ佐倉さん、俺に話しかけてるってこと?」
ーー(そう、その通り。俺にはこれが出来る。英介も多分出来るようになるはず。
そして今度は静の番だった。
ーー(おバカな英介。私の声が聞こえる?私もこれが出来るようになった。
いいか、口が裂けても人に言うなよ。
このことが知られたら大変なことになる。
「ええっ、ねえちゃんもなの?嘘だろ!すげえ!」
そして空飛ぶカァちゃん。
子供たちの前では初めてのこと。深呼吸、そして目をつぶる。
ーー(英介、英介、私も出来るのよ。英介に声を届けられるんだ。
黙っててごめん。これがバレたら大変なことになるから黙ってた。
「母ちゃんもすごい!はっきり聞こえる。えええええ!」
佐倉が言う。
ーー(いいか英介、今、俺に言いたいことを頭の中で唱えるようにしてごらん。
俺に伝われって、一生懸命に思ってごらん。
口に出さずに伝えようとするんだ。やってみて。
英介が素直に頷く。
佐倉には英介が伝えたいことがわかる。もちろん静や空飛ぶカァちゃんにもだ。
佐倉が英介に伝える。
ーー(英介、聞こえたよ。でも英介には聞こえたかどうかがわからないだろう?
今『こういうことが出来る人ってどれくらいいるの?』って伝えたよね?
声に出さずに答えてごらん。
英介の思考は伝わってくるわけじゃない。
今はまだ佐倉が読み取っているだけだ。
だが、英介が自分の思考を伝えたい、伝えてみたい、という思いが強くなってくると完全に『伝えられるように』なっていく。
佐倉はそれを伝える。
英介の頭の中に、そうなった時の注意事項、心構え。
ーー(いいか、意志を持って誰かに伝えたいと思っている人間の声が
聞こえることがあるんだよ。
でも焦らなくていい。怖がらなくていいんだ。
もし誰かの心の声が聞こえてきたら『強く思っているんだな』って、
そんな風に思っていればいい。
誰だって、強い思いが頭から漏れ出てしまうことがあるんだ。
だから、それを聞き流してやればいい。
英介は頷く。
素直な英介だから理解できることがある。
まず受け止めて、ひとまずやってみる。そして見極める。判断して進む。
英介はそれが出来る。
だから今は佐倉は空飛ぶカァちゃん、静の声を受け止めてくれるだけでいい。
一階からまだ声はかからない。
佐倉の部屋では英介以外が羽やテグスを飛ばし、英介に思念の伝達を経験させ、
急にどこかで誰かの声が聞こえた時のために、静かなやり取りが繰り返された。
さて、なんとなく佐倉は予感していた。
その通りになってしまった。
そうなるなら、自分がいる時のほうがいい、佐倉はそう思っていた。
きっと運がよかったのだ。
今日、佐倉の想定していた以上のテグスが――英介ならきっと『触角』と言うに違いないだろうが、英介の頭から聞こえないはずの音が鳴った気がした。
三人にはその音がはっきりと伝わった。
―――ぴょこん
きっとこんな感じの音だろう。
英介の頭から、たった一本だけ。光輝く触角が飛び出した。
お読みくださりありがとうございます。




