125.ジジババ暗躍
◇◇◇◇◇
佐倉家のキッチンが騒がしい。
英介と静、空飛ぶカァちゃん、そして佐倉の四人が二種類のクッキーを作っているところだ。
口うるさく指示を出しているのは、いつも通り佐倉だ。
そして、英介は素直にそれに従いきっちりとグラム単位で分量を量ろうとするが、静が「そこまできっちりしなくても大丈夫だって。あんたはトロすぎ!」と言って面倒くさそうに英介をせかしている。
空飛ぶカァちゃんはというと、子供たちの様子を笑いながら見ているだけだ。
佐倉は空飛ぶカァちゃんに「ほら!座ってて、俺たちが作るからね。実は得意なんだから、もしかしたら母より得意かもしれませんよ」などと言って、わざとらしく胸と顎を反り返らせた。
ソファーからは佐倉のとうちゃんが余計な口を出してきた。
「はあ?誰がかあさんより得意だって?そんなはずないね、昔から教えてもらってたくせに調子に乗って」
佐倉の父はこう言って立ち上がり、ずんずんとキッチンにやって来て、静と同じようなことを言った。
「英介君、そんな細かく量んなくていいんだって、烈はいちいちうるさいんだよ。そんな何グラムだなんだと気にしなくても同じようにできるから平気だよ」
これに佐倉がまたムッツリと返す。
「お菓子は分量が大切なの。それさえちゃんとすれば誰でも作れるんだよ。とうちゃんは適当すぎるんだから邪魔邪魔!もしかして、かあさんに追いやられたの?かわいそうに、だったら型抜きでもやってよ」
静が「あ!またとうちゃんをいじめてる!ほんといじわるだよね、わたしは佐倉さんのお父さんの味方だからね」と言って佐倉の父と一緒に型抜きを始めた。
空飛ぶカァちゃんは結局手伝わせてもらえず、キッチンの作業台で佐倉が作ったという羊羹を食べている。
ソファーではその羊羹を黒文字で切り分けて「これも美味しいですね、まさか佐倉さんの手作りとは!彼は本当になんでもできるんですね」と、空飛ぶカァちゃんの父親が感心して、その横で同じように空飛ぶカァちゃんの母親までもが「本当にとても美味しいです。長七郎さんのお店みたいですよ全く!」と言いながら嬉しそうにキッチンの方を見た。
「私共は本当に感謝しているんです。佐倉さんが担当になる前の、黒田さんも親切な方でしたが、でもあの方が何を言っても山本先生は無視していたらしいです。でもそれが、佐倉さんになってからは、なぜだかわかりませんが、山本先生もあまり残酷なことをしなくなったんです。多分ですが、佐倉さんがきつく言ってくださったんじゃないかと思うんですよ。佐倉さんだって、ご自身の立場もおありだったでしょうに、娘のために注意してくださったんだと思うんです」
佐倉の母は、たった一人で、山本ミキのもとで耐えていたと思うと想像するだけで心が痛みますと言い「誰だってなんとかしたいと思うのは当たり前ですし、黒田さんと息子と二人で抗議すれば二対一になりますから、さすがにあの人も折れるしかなかったんでしょうね。ご存知でしょうか、息子が入ってすぐ、もう一人の秘書の方は鬱病が酷くなって辞めたそうなんです。その後も数人が同じように辞めて……山本の地元の事務所のほうは親族の方が秘書をしていらっしゃったそうですが、そうでもなければ続きませんよ、あんな人の所では!」
佐倉の母は完全に山本を呼び捨てていた。
そして、眉間に皺を寄せてため息をついた。
「水谷、釜谷、本村、山本ミキ……彼らが辞めたとしても、まだまだ他にも!本当にとんでもない人間がのうのうと議員をやってると思うと、本当に気分が悪くなります」
「仰る通りです。でも娘は運が良かった!息子さんに助けていただいたおかげで、あんなに明るくなって。我々はあんなに楽しそうな娘を見たのは大学の……いえ、そうなんです。あの男との交際が始まる前までは娘はとても明るい子だったんですが、あんな――」
空飛ぶカァちゃんの父親は、言葉が続かず悔しそうに俯いた。
今日は約束の空飛ぶカァちゃんの家族の訪問の日。
空飛ぶカァちゃんの家族から佐倉家への御礼のための訪問だった。
ピンクビルでの転落事故以降――それだけでなく、もうずっと前から、空飛ぶカァちゃんだけでなく静や英介のことまでも見守ってくれた佐倉とその両親、そして佐倉の友人たち。
事故後は、身の安全のために子供たちを預かってくれたことについて、どれほど感謝しているか、何度も何度もお礼を述べ頭を下げる両親と空飛ぶカァちゃんを『いえいえそんな、どうか頭を上げてください』と落ち着かせるのは大変だった。
佐倉の両親のほうは「こちらこそ、もう楽しくて楽しくて!子供たちが自宅のほうに戻った後は、ここで食事するのが辛くてファミレスに行ってばかりだったんですよ」などと言って、今も何となく寂しくて息子に週の半分は帰ってきてもらっているのだという。
昼食の後にはなんとかお礼合戦は落ち着いたが、午後に、佐倉家に滞在中に静と英介の好物となったクッキーの話がでたので「じゃあ今クッキーを作って、おばあさんやおじいさんに食べていただこうか!」と佐倉が言い出したために、お菓子作りが始まっていた。
その間、親同士でゆったりと紅茶を飲んでいたのだが、空飛ぶカァちゃんの父親は、佐倉と一緒にクッキーを作っている子供たちの様子を見て悔しそうにこう言った。
「櫻子は今、本当に楽しそうだ――我々は判断を間違えた。あんな男との結婚を認めたためにこんなことになるとはね。櫻子は、数年ぶりに新卒の募集を出した出版社から内定を受けていたんです。それを――」
空飛ぶカァちゃんの父親は、遠山公男のことが最初から好きになれなかった。
折角、一流企業の就職が決まっていた娘を妊娠させて就職をふいにされたのだ、そのことを憤る父親を誰が責められるだろう。
「私は大学で教えているのですが――今年は持ちまわりで就職担当の年なんですがね、学生には就職するまでの行動についてはきつく言っていますよ。なかなかその、はっきりとは言えませんが、娘のような思いをさせたくないですから。信じられないことですが、あの男の親はね、息子の将来を櫻子がつぶしたと言ってきたんですよ。人間っていうのは、あまりに驚くと言い返せなくなるものなんですね。私はその時、すぐにものが言えませんでしたよ。それで、あの母親は我々がそれを認めたと思ったのかわかりませんが、厳しくしつける必要があったんじゃないですかとまで言ってきたので、もう私は怒り狂いましてね、大変な言い合いになったんです。だからあの親とはそれっきり会っていないんです」
佐倉の母は「それは、本当に不愉快な思いをされましたね。私も――嫁ぎ先ではかなり嫌な思いをしましたので、お気持ちはわかるような気がします」と言い、なんとなくキッチンにいる空飛ぶカァちゃんの方を見た。
空飛ぶカァちゃんの両親は、佐倉の父親方の身内から、辛く当たられたのではないかと思って頷くだけにとどめていたのだが、佐倉の母はこう続けた。
「私、再婚なんですよ。息子の上には娘がいるのですが、烈とは父親が違いますの。夫と結婚する前に親のすすめで結婚したのですが上手くいかなくて離婚したんです。それで、夫と再会して結婚して烈が生まれたんですの。実は、夫は初恋の人だったんですよ」
これを聞いて、空飛ぶカァちゃんの両親はそれぞれに「ええっ?」「おお!」と驚きの声をあげた。
佐倉の母は今日、子供たちと佐倉、そして空飛ぶカァちゃんをなんとか二階に追いやってから、この話をするつもりだったのだが、遠山公男の話がでたのでちょうどいいとばかりに自分の離婚話を持ち出した。
さて、キッチンの作業台でクッキーの型抜きを手伝っていたとうちゃんが妻の加勢に入った。
クッキーはもう後は焼くだけ、の段階に入っていた。
「20分後に焼き上がったら呼んであげるから、烈の部屋にいってごらん。お菓子を死ぬほど買ってあるんだよ。お土産に持ってって。あと、しずちゃんには私がデザインしたネックレスを、英介君にはね、今うちのジュエリー部門で限定で出してるコラボTシャツを準備してあるんだ。二階に置いてあるから見てごらん。長七郎さんのところの和菓子も置いてあるよ」
佐倉は「とうちゃん、冴えてるね!あのネックレスはしずちゃんのために作ってたのか、たしかに似合うと思う。Tシャツのほうはアニメ作品とのコラボのやつか。いいね、ちょっと見に行こうよ」と機嫌よく部屋に誘った。
そして「ほら、櫻子さんも一緒に。俺が集めた本を見てください。多分驚きますよ」と空飛ぶカァちゃんを立たせた。
四人が階段に向かうと、佐倉のとうちゃんも母さんも、いつも以上ににこやかにこう言った。
「たまには我々も、親同士で語り合いたいしさ、上でのんびりやってなさい。ジジババの語らいを邪魔しないでもらいたいね」
佐倉も空飛ぶカァちゃんも笑っていたが、静だけは自分達が二階に行かされる理由も、その意図もちゃんとわかっていた。
―――「本気なんだ!本気で外堀を埋めるつもりなんだ」
静にとって、それは決して嫌なことではなかった。
多分、英介も同じように感じるだろうと静は思った。
ただ、静は、ヘラヘラと笑っている間抜けな二人が心配でたまらなかったのだ。
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