123.王女様の首飾り
空飛ぶカァちゃんが出席を指示された今年最後の超党派議連の年末懇親会。
こちらは日本の演劇や映画、音楽、そして漫画や小説等の芸術・文化を支援するこの超党派議連が学術関係者および民間の文化人をゲストに招いて、前回と同様にカジュアルな立食形式で開催され、駐日大使と若手外交官も参加し、活気あるアットホームな交流で盛り上がっていた。
今回は大使館の協賛で各国側からの素晴らしいワインの提供があり、同じく日本側からも地酒やクラフトビール等が提供され、その部分でも華やかな文化交流が演出された。
今回は権藤も党の若手と共に参加しており麹町や飯田らと朗らかに挨拶を交わしていた。
権藤は、空飛ぶカァちゃんと佐倉を見つけると「息子の受験が終わったらぜひまた」と言ってグラスを鳴らした。
「栄太郎君は本当に優秀ですから大丈夫ですよ。例の落ちないGOGOウェアを着て頑張ってと伝えてください」
佐倉と空飛ぶカァちゃんからの合格祈願を伝えると、権藤は空飛ぶカァちゃんの襟元を見て、目を見張った。
「いやあ、素敵な首飾りですね。遠山さんにとてもお似合いです!まるで遠山さんのために作られたみたいじゃないですか!」
権藤は珍しく華やかな雰囲気の空飛ぶカァちゃんの装いを見て、心からそう思ったので柄にもなく褒めちぎった。
空飛ぶカァちゃんはワインのせいなのか、褒められてはずかしかったのかわからないが「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」と言って首まで真っ赤になった。
佐倉はそれを見て満足したようにこっくりと大きく頷いた。
「でしょう?やっぱりそう思いますよね?ほら、言った通りじゃないですか。これはあなたのために作られたに違いないんです」
権藤は佐倉のストレートな誉め言葉に驚いた。
ちょっとした興味から権藤は、何の気なしに聞いてみただけ、という体で「もしかしてこの素敵な首飾りを選んだのって佐倉君かい?だとしたら、さすがにいいセンスしてるよな」と言いにっこり笑いながら佐倉を見た。
佐倉は権藤のこの言葉に満足した様子だった。
ただ、自分が当たり前の称賛を受けたような気分になっていて、恥ずかしげもなくこんな言い方をして権藤の頬まで真っ赤に染めた。
「ええっ、よくわかりましたね。数年前になるんですが、父の仕事に同行して海外に行った時にこれを見つけたんです。あまりにも美しくて、つい買ってしまったんですけど、ずっとこれが似合う人がいなかったんです。だからずっとしまいっぱなして買ったことを忘れていたんですよ。でも、」
佐倉はこう言って、そのネックレスを着けた空飛ぶカァちゃんを見つめて微笑んだ。見惚れてしまったようにじっと。
「ほら、彼女のためのネックレスです。間違いないです」
まるで気に入った絵を眺めた後のように、佐倉はほうっと溜息をついた。
権藤は思わず口元を手で押さえてしまった。
あまりにむずがゆくて、言葉が出なかったのだ。
権藤は栄太郎から、佐倉の母親がこの二人をなんとかしてやりたくて、あれこれ外堀を埋めようとしているということを聞かされていたので、今日はじっくりと二人の様子を観察しようと思っていた。
ついでにちょっとからかって、少しばかり互いを意識させるつもりだったのだが、こんな姿を見せられてしまっては、自分が余計な真似をするまでもないと思った。
どういうつもりかわからないが、佐倉は空飛ぶカァちゃんの姿を嬉しそうに眺めて、一歩下がって「本当に素敵です。後で写真を撮って英介や静ちゃんに見せましょうよ!二人共びっくりしますよ」などと言って、空飛ぶカァちゃんをこれ以上ないほどに真っ赤にさせた。
佐倉のせいで首から胸元まで赤くなっているというのに、この男はそれをアルコールのせいにした。
しかし、佐倉は心からそう思っている様子で優し気にこう言うのだ。
「ワインがきつかったようですね。あちらに椅子がありますよ。少し休みましょう」
こんなふうに親切そうに、心配しているふうな言い方をされたら、違う理由でのぼせ上がってしまったなどと口が裂けても言えやしないだろう。
権藤は佐倉の間抜けぶり、無神経さに呆れてしまった。
自分のところの議員が呼んでいるので佐倉とは挨拶だけと思っていたのだが、こんな様子を見せられたら空飛ぶカァちゃんを放っておけない気分になった。
――きっと遠山さん、かなり困っているだろうにあの性格じゃ何も言えないよな。
佐倉君はとんでもなくポンコツじゃないか!真顔であんなこと言って。
このまま放っておいたら遠山さん、頭に血が上ったみたいになって、
ばたんと倒れたりしないだろうか?
権藤は、空飛ぶカァちゃんが心配でしょうがなかったが、佐倉がいそいそと皿に料理を取ってやり、フルーツもすすめてジュースを飲むようにあれこれ世話を焼いている姿を見たら、自分が余計な真似をするのは野暮だと思い直した。
権藤はひと言だけ、二人のために声をかけてやった。
「佐倉君みたいな世話焼きの彼女がいたら最高だよな。彼氏だと、ちょっとしたオカン彼氏になっちゃうけどさ。遠山さんが酔いつぶれないようにしてあげてね。またあとで」
佐倉はニコニコして「ええっ、オカン?飯田さんみたいな?」といって嬉しそうに笑っていた。
権藤は本当に呆れてしまったが、佐倉の母親が心配になるのもわかるような気がした。
あれをわざとやっているとしたら、なかなかやるじゃないかと言いたくなるが、栄太郎から聞いていたように、確かに二人は『わかってない感じ』であったし、静が言っていたように『馬鹿らしい話ばかりしている』に違いなかった。
このあと帰宅したら、受験の仕上げに入っている栄太郎の気晴らしに、いい土産話が出来たと思いながら権藤はクックッと笑っていた。
◇◇◇◇◇
さて、懇親会の前のことだ。
今日の昼過ぎに、佐倉と小川の手伝いで議員会館の事務所に呼ばれたため部屋に入ったところ、佐倉が「遠山さんを待っていたんです」と言ってロッカーから包みを取り出した。
緑がかった水色の和紙で包まれたその包みを、佐倉は「こちら、退院祝いなのですが、受け取っていただけると嬉しいです」と言いながら空飛ぶカァちゃんの手のひらにそっと乗せた。
佐倉は目をキラキラさせて、早く開けてほしいのか包みを指さして「早く見てください」と包みを開けるように促した。
横でベテラン秘書の小川が「よかったね。リハビリ頑張ってたそうじゃないの!いいご褒美じゃない?」と言って早く早く、とせかしてきた。
空飛ぶカァちゃんは世話になってばかりで、こちらこそもっとちゃんとした御礼をと思っていたのに、先を越されたような気分になってしまった。
「あ、ありがとうございます。でも、よろしいのでしょうか?佐倉さんにはお世話になってばかりで申し訳なくて、私、」
佐倉がかぶせるように言ってきた。
「何言ってるんですか!言ったでしょ?感謝してるのはこっちなんですから、早く開けて」
空飛ぶカァちゃんが丁寧に包みを開くと、美しいネックレスが箱に入っていた。
紺碧のラピスラズリとブルートパーズが柔らかなラインで配置され、太めのゴールドのチェーンのところどころに、まさかとは思うがダイヤだろうか?キラキラと輝く小さな石がさり気なく並んでいた。
まるで王女様のネックレスみたい―――空飛ぶカァちゃんはそう思った。
思わす「素敵……」と声をもらした。
佐倉は「そうでしょう、絶対に似合いますよ、早くつけてみて」とせかした。
空飛ぶカァちゃんは、これは絶対に軽々しく受けとっていいような品物ではないと思ったので困惑してしまい、すぐに動くことが出来なかった。
しかし、佐倉が「早く早く、俺がつけますよ。ちょっと待って」と言って、勝手に首にあてて金具をはめてしまった。
小川は「なんて素敵!ぴったりじゃないの!遠山さんのためのネックレスみたいよ」と興奮した様子だった。
佐倉は横で「そうでしょう、絶対に似合うと思ったんです。退院おめでとうございます。気に入っていただけましたか?」と嬉しそうだ。
空飛ぶカァちゃんは慌ててしまった。
「そんな、こちらはとても高価なものですよね。私、申し訳な」
この続きは口に出来なかった。
「そうおっしゃると思ったんです。でも、父の会社の関係で入手したので遠山さんが心配するようなものではないんです。ただ、絶対に遠山さんに似合うと思って、退院祝いにお渡ししたかったんです。これを今日は着けて懇親会に行きましょう!この前取り返した真珠も素敵ですが、今日は人が多いですし、折角戻って来たのに万が一落としたりしたら大変ですからね。今日はこれで行きましょう」
空飛ぶカァちゃんは英介が言っていた『夢』のことを思いだした。
麹町はここにはいないが、英介の言う『知らないおばさん』である小川が麹町の分まで褒めちぎった。
「最高!すごく似合ってる。絶対着けた方がいいわ。華やかになるもの」
佐倉は、ほんとほんと、と言いながら嬉しそうに笑っていた。
英介が言っていたことは、またしても当たってしまった。
そして今、懇親会場で、酔っぱらって椅子に座っているように見える空飛ぶカァちゃんに、麹町がこう言った。
「空飛ぶレディ、あんたみたいな首飾りじゃないか!」
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