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121.解放を願う者たち

 いったん会場に戻った佐倉と空飛ぶカァちゃん、そして飯田は、金槌(かなづち)を手に持った外国人の男から攻撃を受けそうになったところを、空飛ぶカァちゃんが高速で飛行し、長いテーブルクロスを使って男を転ばせ、その後で駆け付けた佐倉が男を制圧。

 飯田と共に体を押さえつけたところに警備員とホテル関係者が駆け付け縛り上げ、誰一人怪我をすることなく襲撃者を確保したことを説明した。


 最初、被害者の飯田に話をさせるわけにはいかないと思い、佐倉が説明しようとしたのだが飯田は「今後のために私が話そう」と、こそっと言ってきた。

 飯田はひと言、幹事に声をかけてから話し出した。

 

 飯田は、どうやら謎(・)の(・)能(・)力(・)者(・)の声に促され自分を助けに来てくれた二人――空飛ぶカァちゃんと佐倉について、まだ体が完全に治ったわけでもないのに身の危険も顧みず、また、いまだに他者からの厳しい視線もあるだろうに躊躇せずに飛行能力を使い、助けようとしてしてくれた空飛ぶカァちゃんにまずは感謝を述べた。

 そして、相手がどんな武器を持っているかもわからないのに、自分と空飛ぶカァちゃんのために助けに入った秘書の佐倉に対してもその勇敢さと責任感を称えた。

 見かけによらず佐倉はいつも、麹町や空飛ぶカァちゃんだけでなく、自分たちまわりの人間を危険から守ろうとしてくれていることを説明し、それはかつて、山本議員をどんな時でもかばおうと必死だったことからもわかるだろうとも言った。

 彼は空飛ぶカァちゃんに対する山本の仕打ちが許せなかったに違いないが、それでも常に責任を果たそうとする男であったし、そういう人物であるからこそ今回スタッフとして雇い入れたのだと。


 そして、その佐倉の願いでもあり、飯田自身の願いでもある大切なことを聞いてもらいたいと言い、こう言ったのだ。


 「私は思うのです。遠山さんは今までもずっと、たった一人で戦ってきた人間です。理不尽な視線にさらされながらも文句ひとつ言わず、ただ誰かのために飛び続けてきました。我々は図々しくも彼女の力に頼るだけで、思い上がったまま自らを省みることもせず、彼女に無理をさせ続けてきたのです。そして、その結果どうでしょう?遠山さんはあのような大怪我を負い、心も体も傷ついてしまいました。そして今日のこのこと――私はもう遠山さんに何をさせようとか、与える仕事をどう振り分けようとか、こんなふうに管理していこうとかいうような、思いあがった理不尽なやり方を改めるべきだと考えます。これについては総理も同じ考えですので、年明けにこの件について話し合うべきだと思っております。こちらにいらっしゃる方々はきっと、この考えに賛成していただけると信じております。度々我々の前に現れるサイキッカーも遠山さんに助けられ感謝していると、そして彼女を自由にするべきだと……彼はそう繰り返し主張しています。ええ、そうでしょうとも!なぜなら、助けられた者にはわかるんです!彼女がどのような人間で、どう生きようとしているかを。誰かのために自分を犠牲にしてでも尽くそうとする人を、これ以上傷つけたくないじゃないですか!そういう人間を、大切に思い見守る社会を作りたいじゃないですか!私は今、それだけはお伝えしたかったのです。我々は今から、襲撃について話をしに行かねばなりませんのでこれにて失礼いたしますが、あと残り少ない時間ではございますが、どうか有意義な時間となりますよう願っております」


 本当に、これが全てだった。

 佐倉が今から『麹町の推し活中のサイコパスサイキッカー』の声を借りて伝えるつもりだったことを、あらゆる立場の人間から尊敬を集め、慕われる飯田が話してくれた。


 佐倉は満足したようにゆっくりと一つ、頷いた。

 松葉杖を脇にかかえた空飛ぶカァちゃんと飯田と一緒に、三人で退出しようとした時だ。


 佐倉がだみ声のサイキッカーとなって再度現われた。

 出入り口に向かって歩き出した三人は足を止めた。

 当然そうなるし、今そうなることは全く不自然ではない。

 佐倉はついわざとらしく「つっ!」と言って額を押さえた。



---(おい!まさか、このまま逃げおおせるとでも思ってんの?

  今度ばかりは、まずいんじゃねえの?

  さっき俺の声が聞こえなかったあんたらのことだよ。

  今からここで暴露してやるよ。


 あんたら、というのは空飛ぶカァちゃんのことでも、佐倉のことでも、当然飯田のことでもない。

 元・官房長官と北岡(きたおか)、そして吉門(よしかど)ら、水谷親派の者たちのことだ。


 彼らは今から支援団体の有力者や大使、そして教育関連の企業経営者や研究者、大学関係者らの集まるこの場所で、この怪しいサイキッカーに名指しされて糾弾されるのではないかと思い「ひっ」と短く息を吸い込んだ。

 しかし、何かを口にすることはなかった。

 まさか「自分がサイキッカーに非難されるはずはない」と……そ(・)う(・)い(・)う(・)顔(・)付(・)き(・)をしていなければならなかったからだ。


---(空飛ぶ人を貶めるだけじゃないんだな、お前ら。

  とにかく、お前らってまともな人間が嫌いなんだな。

  コソコソくだらない罠を仕掛けて脅すとか、まさかこんなところでやるか?

  さすがの俺も想像もしてなかったよ。


 水谷の残党は誰もこれに答えない。無言を貫く姿はさすがだ。

 吉門(よしかど)は小物らしく「え?え?なになに?」などといって驚いたふりをしている。

 元・官房長官は無表情、無関心、無言のままだ。


---(どうせあんた、北岡(きたおか)は使い捨てなんだろ?


 元・官房長官は自分に言われたとは思いもしない様子で、テーブルを見つめていた。

 ただ、北岡はびくっ、と体を揺らせた。


---(あれじゃ、まるで北岡が実行犯を手引きしたみたいに見えるじゃないかよ。

  飯田のおっさんを廊下に連れ出して?あの衝立のところまでひっぱってって、

  自分はトイレに行くとか。こんなことしたら疑われるだろうが。

  北岡って、結構人がいい(ひとがいい)の?あんたこれから大変だぜ?

  俺には関係ないがよ。


 北岡は無意識に元・官房長官を見つめてしまう。

 しかし、何か返事をもらえるわけでもなければ、視線を返してももらえない。

 元・官房長官は何も感じない人形のように、グラスが置かれたテーブルを見つめ続ける。


 サイキッカーが続ける。

 佐倉と飯田、空飛ぶカァちゃんは出入り口から戻り、元・官房長官や吉門、北岡の顔がよく見えるところに立った。


---(あんたさっき、吉門(よしかど)ってババァのことも『もう用無しだ』って思ってたろ?

  わざわざ飯田(いいだ)のおっさんを、吉門(よしかど)ババァを使ってこっちに連れてこさせたろ?

  どうせあんた、北岡も吉門も証拠がないってことで逃がすんだろうが、

  それでも結局は、妙な疑惑を持たれるのはこの二人だけじゃねえか!

  あんたには何の傷もつかねえ。

  あんた言ってたよな『私は何も知らない』って。

  あんた、まるであの水谷と同じじゃねえか!

  汚いことは手下にやらせて、証拠がないって言い張って、

  そいつらを守ってやった体(てい)で上手くやるだけのクズじゃねえか。

  それに、あんた恐ろしい人間だね。

  この襲撃が上手くいったら『飯田の娘も脅してやれ』とか言ってたよな?

  恐ろしいよマジで。

  でも、飯田さんの娘さんが今後もし、酷い目にでもあわされようものなら

  俺はあんたのことを警察に言うぜ。

  証拠はあるのか、って言われても構わねえ。

  北岡にそう言って指示してたんだから、北岡もまあ仲間ってことになるよな?

  二人揃って、捕まらなくても疑われろよ。


 

 官房長官は何も答えず無反応だが、まわりの人間はもうわかってしまった。

 このサイキッカーが話しかけている『あんた』の正体を。

 

 飯田の娘を脅す、と言っていたという元・官房長官は少しだけ口元がピクリと動いた。

 それでもこの男は耐えた。すぐに感情を無くした目で、テーブルクロスをじっと睨みつけるのみだった。


---(まあいいさ。俺はあんたがつぶれるまでは絶対に諦めないからよ。


 サイキッカーはこれだけは決意しているかのようだった。


---(おいババァ。お前、さっき空飛ぶ人と泣き虫兄ちゃんを無能って思ってたろ?

  俺にはあんたの考えてることが全部聞こえてくるんだよ。

  聞きたくもねえクズの思考が入ってくるんだよ!

  それに、空飛ぶ人のことを『あんたなんて小間使いと同じだ』って言ったな。

  あとなんだっけ?麹町爺さんは飯田さんがいないと何もできないとか、

  飯田さんをこっちに取り込めばおしまいだって?ふざけたこと言いやがって!

  麹町のじいさんはいい政治家じゃねえか!

  すこしばかり老化して、ちょっとボケてるだけだろうがよ!

  お前なんかと違うんだ。

  だいたい飯田のおっさんが爺さんを裏切るはずもねえよ。


 哀れな吉門は黙っていられなくなった。

 つい余計な口出しをしてしまった。


 「ちょっと!あなた、コソコソ隠れてどこにいるの?根も葉もないことを言うんなら、大変なことになりますからね。我々に意見したいなら、それなりの覚悟を持って言いに来なさいよ。嘘ばかり言うのはやめなさい。言ってもいないし、やってもいないことをあれこれ言って卑怯ですよ」


 ヒステリックにこう言った吉門を、元・官房長官は冷たい目で一瞬睨みつけた。

 これに気付いた吉門はまた「ひっ!」っと小さく息をのんだが、すぐに元・官房長官は彼女から顔をそむけた。


---(おおおう!すごいなあんた。おれが嘘ばかりいっているって?

  でもあんたがやって来たことを今から言うよ。それが間違ってるかどうか?

  俺が嘘を言っているかどうか、参加していた奴らはわかるだろうよ。

  能(・)力(・)者(・)の(・)報(・)告(・)会(・)に参加していた皆さまがたに、聞いてもらいたいねえ。


 佐倉と空飛ぶカァちゃんは顔を見合わせた。

 ここでするには丁度良い、効果的な『驚きの表情』を二人は息を合わせてやってのけた。

 そして、サイキッカーとなった佐倉が続ける。


---(ババァよ、俺はあんたが空飛ぶ人をあの報告会ってやつで、

  さんざん苛めてたことを絶対に許さねえ。本当酷いこと言ってたよなあんた。

  報道されないと思って言いたい放題。

  『子供に誇れる母親になれ』ってのはまだいいかもしれんが、

  あの報告会でも飛(・)ぶ(・)真(・)似(・)をして笑い者にしやがって!

  それにあんた、みっともないとか、どもるなとか、

  もごもごして聞き苦しいだとか、言いたい放題だったよな。

  しまいには『責任感がないから軽蔑されるのは仕方ない』とか言ったな。

  そのままをこれからのお前に返すよ。

  委員会の場でくだらないゼスチャーしやがって!

  お前こそ常識と責任感について考えろよ。

  こういう女を支援する団体のやつらってのもちょっと、信用できねえよな。

  あんたらこの女に何を期待してんの?どうせ何かい(・)い(・)こ(・)と(・)があるんだろ?


---(そういや、北岡(きたおか)って奴も説教を垂れるのが大好きだったよな?

  なんだっけ『人助けと責任感』について空飛ぶ人に説教しやがったな、お前。

  なんか、後ろめたい人間は、はっきりものがしゃべれないとか言い出して、

  空飛ぶ人を責め立ててたのをよく覚えてるぜ俺は。

  お前こそ、今ものすごく後ろめたくないか?

  飯田のおっさんを、わざわざ衝立に隠れたところに座らせてよ、

  自分があそこまで連れ出したくせに、お前はトイレに行ったんだもんな。

  その間にこの事件が起きたんだ。

  お前は共犯者の一人だよ。


 北岡の顔は真っ青だった。

 ここには懇意にしている大使だけでなく、これから支援が見込める民間企業の代表らも多くいると言うのにこんなことを暴露されてしまったらおしまいである。

 なにか言おうかとも思ったが、黙り込んでいる元・官房長官を見ると落ち着き払った様子だ。

 これは切り捨てられる。恐ろしいことになる。

 せめて、道連れの未来をちらつかせて脅しをかけなければ、これから先たまったもんじゃない。


 北岡が「ちょっと君!」と言ったところで、サイキッカーがその声を無視して続けた。

 そろそろ切り上げ時だ。


---(いいか、元・官房長様様(さまさま)は、自分でも言ってた通り『私は無関係』で通すぜ。

  証拠は『この俺だけ』なんだからさ。

  俺が出て行って証言する訳にもいかねえし、奴は逃げおおせるんだよ。

  でも北岡、お前は違う。

  お前は飯田のおっさんを呼び出したのに、

  トイレに行ったあと、なぜ、衝立の方に戻らなかったのか?

  これから色々訊かれるはずだからな。

  多分、元・官房長官様様をかばっても何もしてもらえねえよ。

  残念なこった!

  俺の証拠にもならないこの話が、ここにいる全員の頭にはいったところでさ、

  吉門と北岡は絶対に疑いの目を向けられるが、

  元・官房長官だけは疑惑から調子よく逃げおおせる図を

  お前らは目の当たりにするだろうよ。せいぜいそれを楽しむといいぜ。


---(ああそれから同類の皆様がた。

  こいつらを支援している奴と、こいつらから支援されてる奴ら、

  あんたらも楽しくやってくれよ。

  俺がこれから、尾崎のおっさんあたりに色々リークしとくよ。


---(それから麹町の爺さんよ、あんたが前に言ってたように、

  もうそろそろ空飛ぶ人を解放してやるべきだよね。

  まだ医者には安静にって言われてんのに、こんなパーティに引っ張り出して、

  その上、あんな危険な目に合わせてさ、それでも文句ひとつ言わない彼女を

  これ以上苦しめないでやってくれよ。

  俺にはわかるんだ。自由な身にしてあげたとしても、

  きっと空飛ぶ人は、麹町爺さんや誰かのために色々やってくれるはずだ。

  そういう人だってわかるだろ?こいつらのように汚い野郎とは対極の人だ。

  俺はいつまでこの能力が使えるかわからねえが、

  空飛ぶ人を自由にするまで同じことをするさ。

  お前らの頭の中をぶちまけて、暴露して、

  たとえそれが、証拠にならなかったとしても、

  お前らが国民から軽蔑されりゃいい。

  まあきっと、そのうちどっかから証拠もでてくるだろうよ。

  そのうち包囲網ができあがるさ。

  そんで議員じゃなくなったら、きっとやられた奴らの気持ちがわかるのさ。


 サイキッカーは――佐倉は、こう言って彼の『羽』を引き上げた。

 佐倉の無数の『羽』が頭の中にしまわれる瞬間を空飛ぶカァちゃんは見た。

 しかし彼女もまた、元・官房長官のように顔色一つ変えなかった。

 大切な佐倉を守りたいのだ。決してこんなところで気を抜くことはできない。


 空飛ぶカァちゃんと飯田、そして佐倉は三人そろってため息をついた。

 そして、退出する。

 この後きっと、吉門と北岡は事情を聞かれる側になるだろう。

 もちろん証拠はないから逮捕されることもないだろうが、参加者の頭にはサイキッカーによって暴露された彼らの卑劣な過去がしっかりと記憶された。


 そのシミのような記憶は、絶対に些細な証拠よりも重いのだ。



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