119.絶望的な運動神経でもやればできる(2)
懇親会は和やかな雰囲気の中、参加者同士活発な交流が行われ、なかなかに盛会の様子だった。
佐倉は水谷時代に甘い汁を吸っていた議員らには『羽』を飛ばし、怪しい動きがないか、誰かと危険な会話を交わしていないかを監視していたが、今までのところ特に引っ掛かりを感じるようなやり取りは見られていない。
つまり、英介が予感した飯田への襲撃をにおわせるヒントは、いまだ一つも見つけられていないのだ。
もちろん、これから控えている『別の会合』でそれらの悪事が働かれる可能性もあるが、今までただの一度も何かが起きるタイミングを大きく外していない英介の能力を考えると決して気を抜くことは出来なかった。
佐倉があまりにもピリピリしているため、飯田はあえて呑気な口調で「平気だって佐倉君、駐日大使や総理の居る場所でそうそう馬鹿をやるとも思えないしさ」と、生ハムやステーキ串をすすめながら、もう気にしないで少しは食べなさいと言ったり、今後親しくするべきだという人物に引き合わせたりしながら、佐倉の緊張を解そうとしたのだが、それでも佐倉の表情は険しいままだった。
空飛ぶカァちゃんにもあれこれすすめながら「今日は参加してくれてありがとう。もう君は義理は果たしたと思っていいから、少し食べなさい」などと声をかけつつ、ゆっくりと入口付近をまわっていたのだが、会場の奥側で囲まれている麹町が手を振って飯田を呼んだ。
先日も話をした破壊遺産事件の大使も一緒で、大使は朗らかに声をかけてきた。
佐倉は安全のために、出来るだけ出入り口近くに立っていたかったのだが、最悪にも一番動きずらい場所に呼びつけられてしまった。
なんとなく、佐倉は嫌な予感がした。
大使は、空飛ぶカァちゃんだけではなく佐倉にも気さくに話しかけ、自国の世界遺産やあまり知られてはいないが非常に美しい観光地についての話をふってきた。
その観光地は佐倉が小学生の頃に両親と訪れたことがある場所だったので、その時の感動を思い出し、佐倉はその話をしてしまった。
かなり長い距離をツアーガイドの方と一緒に両親と三人で歩き、美しい湖を見たこと。そして温泉に入ったりボートに乗ったことを丁寧に伝えると、大使は目をみはり「それはすごい!外国人の方はあまり来てくれないのに」と言って感激した様子だった。
佐倉はここまで喜んでもらえるとは思っていなかったので、余計な発言をしてしまったとも思ったが、山本ミキの破壊遺産事件のこともあったので、大使に喜んでもらいたいという思いもあり、つい思い出したことをそのまま伝えてしまったのだった。
大使は佐倉にその時のことを詳しく聞きたがり、どういうルートでどの湖を観光したか、温泉はどうだったかなどあれこれと訊ねた。
佐倉は思い出せる範囲で答えたが、かなり昔のことなので覚えていないことも多かった。
ふと、その時の写真がスマホにあるかもしれないと思い、スマホのアルバムを確認したところ、ライブラリの中の『家族の思い出』のファイルに親子三人でボートに乗っていたり、小学生の佐倉が温泉に入っている姿の写真が見つかったので「こちらの湖ですが、どちら側からまわって行ったかまでは覚えていないんです。とても美しい湖でした」と言って少し写真を見せたところ大使はますます感激し、今はもっと行きやすくなっているからまたぜひ来てほしいと言って、ずっとにこにこしているので佐倉のほうは恐縮してしまった。
飯田が横で満面の笑みを浮かべて「遠山さんの背中に乗ってこの湖を飛んだら素晴らしいでしょうね!」と言うと、大使は何度も頷きながら「それに、国では数人の能力者も出ているので意見交換もしたい」などと言いだしたので佐倉は馬鹿をやってしまったと内心頭を抱えた。
そして、飯田が麹町に目配せをして、バトンタッチを促した時のこと。
吉門が飯田を呼びに来たのだ。
多文化共生と国際文化交流を長い間支援し続けている民間団体の代表が、飯田に話したいことがあるとのことだった。
佐倉、空飛ぶカァちゃん、そして飯田は、懇親会開始直前に届いた英介のメールを思い出した。
ーー飯田さんが、意地の悪そうな顔のおばさんに呼ばれるんだけど、
ーーその時に、佐倉さんとかあちゃんは来るなって言われてるっぽい。
飯田はここで、わざと空飛ぶカァちゃんに声をかけた。
「そういや遠山さんも多文化共生に興味あるって言ってたよね?ちょうどいいから一緒にお話を伺いにいこうじゃないか」
すると吉門は空飛ぶカァちゃんに向かって顎をしゃくりあげ「悪いけど、大事な話だから遠慮していただきたいわ」と睨みつけた。
声をかけたのは飯田のほうなのに、である。
そして、ひと言も口を出していない佐倉に向かってもこう言った。
「私設秘書の方も遠慮してください。いいですね」
佐倉も空飛ぶカァちゃんも、これには何も答えなかった。
空飛ぶカァちゃんの頭の中にこんな言葉が飛んできたからである。
---(飯田さんと一緒にこいつの話を聞きに行くなんて言っちゃいないんだから、
---(櫻子さんは絶対に返事しちゃダメだよ。
---(このババァ、飯田さんに何か仕掛けるかもしれない。
---(テーブルクロスを探しにいこう!
吉門は返事もしない空飛ぶカァちゃんと佐倉を恐ろしい目で睨みつけ「返事もできないとはね。育ちの問題かしら……」と言い残し、飯田を元・水谷親派が陣取っているテーブルの方に引っ張っていった。
途中で飯田はこちらをちらりと見てコクリと頷いた。
吉門の頭のまわりに漂わせていた佐倉の『羽』が仕方なく吉門のこめかみをコンと打った時、嫌な思考が流れ込んできた。
――本当に調子に乗ってるわね、あの男と飛ぶ女は!無能のくせに!
――麹町が失脚したらどうなるか見てなさい。
――あんたなんて私たちの小間使いと同じなんだから。
――だいたい、麹町なんて飯田さんがいなかったら何もできないじゃないの。
――飯田さんさえこっちに取り込めばおしまいなんだから。
――でもこの人苦手なのよね、私のこと嫌いっぽいし。
――まあいいわ、私は言われた通りにするだけ。
――でもなんで飯田さんを呼ぶように言ったのかしら?
この吉門の言葉は、空飛ぶカァちゃんにも届いたようだ。
空飛ぶカァちゃんのテグスが吉門の頭の付近を漂っている。
そして、空飛ぶカァちゃんは佐倉と視線を交わす。
「櫻子さん、テーブルクロス、あそこにありますよ。飯田さんが廊下に出たらすぐあれを取ってください。松葉杖は俺に預けてもいいですよ、危ないですしね。櫻子さんはテーブルクロスを広げることに集中していいですから」
佐倉と空飛ぶカァちゃんは歩きながら物騒な会話を交わした。
「確かに。私が振り回して『ここです』って言うのも変な話ですよね。もしかしたらつい手に持ったまま飛んじゃっただけなんじゃないかしら?私はテーブルクロス攻撃を完璧にやり遂げます」
「ええ、俺が絶対に追いかけて飯田さんを守るし、遠山さんにすぐに追いつきますから。松葉杖は壁に立てかけておいてもいいですよね」
「おっと、元・官房長官と北岡議員が接触しました。ちょっと聞きましょう、櫻子さんも随分慣れてきましたね」
――脅すだけでいいって、ちゃんと指示できたか?
---はい。
――万が一のことが起きないように、ちゃんと加減してできる奴なんだろうな?
---はい、本国に戻されたら大変な人間ですから。
---気の弱そうなのを選びましたから。
---それと、直接の指示は奴らにやらせたのでご安心を。
――よし。私は全く無関係だから、それだけは言っておく。
---それは、はい。私も無関係ということで。
――飯田がどうして狙われたかについては、あることないこと書き立てろ。
――とにかく信用をなくさせろ。親父と同じで邪魔なだけの男だ。
――麹町一人なら何とかなるが飯田にうろつかれると困るんだ。
――今回の襲撃が上手くいったら、すぐに飯田の娘も脅してやれ。
定例会見をサイキッカーに邪魔された元・官房長官と、『人助けと責任感』について説教を垂れることが大好きだった北岡という議員の会話は、英介の予知が正しかったことを証明した。
どうやら不法滞在の外国人を脅して、飯田を死なない程度に襲わせてから、飯田の娘も何らかの方法で脅すか、あるいは痛めつけるつもりのようだ。
「櫻子さん、やっぱり俺たちの出番のようですね」
「……はい。でも、私は運動神経が。それにものすごくトロいんです。本当に英介が言っていたみたいに上手くいくでしょうか、不安でなりませんよ」
「大丈夫ですよ、実は俺、思ったんです。櫻子さんの運動神経が壊滅的な理由なんですが、もし飛ぶことが当たり前の世界があるとすればですよ、運動神経なんてさほど必要ないのでは?だって飛んでどこへでも行けるとしたら、速く走る必要もないわけですし、反復横跳びも腹筋も、飛べない連中みたいに必死になってやらなくたっていいんですからね」
「佐倉さん、爽やかな顔でそんなこと言うなんで酷すぎませんか?壊滅的だなんて……あまりにもはっきり言いすぎじゃないかと思うんですが」
「確かに!すみません、なんてことを言ったんだろう俺。言い過ぎました。でも大丈夫ですよ、たとえ英介が言うように絶望的な運動神経でも今後のトレーニングは俺が付き合いますからね」
「トレーニングはもうしなくていいんじゃなかったんですか?あそこに行くはちょっと、恥の上塗りになりそうです」
「いやあ大丈夫ですよ、もうみんな知ってるんだし。それに少し筋肉をつけないと危ないですしね。じっくりお付き合いしますから。それで英介を見返してやりましょう」
「いえ、佐倉さんを見返したいです!壊滅的で絶望的だなんて!」
二人の楽し気な笑い声が上がった時だ。
北岡と飯田が入口から出て行った。
なんと言って飯田を誘い出したかまではわからない。
この夜、ついに二人の能力者が一緒に動く。
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