118.絶望的な運動神経でもやればできる(1)
早朝、佐倉からのメールが届いていた。
大森の実家でいつものように充電していたつもりが、コンセントの差し込み口がしっかりと入っていなかったため充電できておらず、気付かずにそのまま寝てしまったらしい。
佐倉は早朝からこの件で彼方此方に連絡して事情を説明し、空飛ぶカァちゃんには謝罪の他にかなりの長文で細かく指示を出してきた。
そして最後の一文では佐倉らしくこんなことを書いてきた。
――今日はアクセサリーは少なめで、ブラウスを少しだけ華やかなものにしてパンツスタイルにしていただいたほうが安全ですね。
今回、急遽空飛ぶカァちゃんが参加することになった懇親会は、教育問題に力を入れているという吉門という議員――空飛ぶカァちゃんを揶揄し、カメラ目線で両手を広げて飛ぶ真似をしていた女性議員――が所属している子どもたちの国際交流や教育格差の解消の支援等に積極的に取り組む超党派議連と、文化交流及び多文化共生、教育格差問題を支援する民間団体が合同で行うもので、総理や現職大臣はもちろんのこと、駐日大使、外交官ほか、大学や教育委員会の関係者までもが参加する、かなり大規模な会であった。
立食形式でわりとカジュアルだからと言われても、このような規模のパーティ・懇親会に空飛ぶカァちゃんがいきなり参加するにはあまりにも無理があった。
そのため飯田も最初は断ったのだが、吉門が駐日大使が強く希望しているからといって、何度も参加させるように詰め寄ってきたため、今回は空飛ぶカァちゃんに無理をさせることになってしまったとのことだった。
ただ、麹町と飯田から能力者の身辺警護を兼ねた通訳同伴の申請に対して事務局側があっさり許可を出したので、今回も佐倉が文字通り空飛ぶカァちゃんにぴったりくっついて守ることが可能になった。
病院への不審者侵入の件や、佐倉の護身術等の体術のこと、また多言語の通訳が可能ということもあり事務局側は佐倉の参加については全く不満はない様子だったが、後から飯田が懇親会の事務局スタッフから聞いた話によれば、吉門という議員は自分の側に空飛ぶカァちゃんを呼びつけて懇親会に参加させるつもりだったらしい。
長い間、空飛ぶカァちゃんに対してあれだけの嫌がらせを続けておきながら、よくもそんなことを願い出られるものかと飯田は呆れたが、吉門が懇意にしている大使からの強い要望があり、吉門としても苦しい立場だということだった。
しかし飯田ははっきりと、他の議員から聞かされた「吉門の能力者報告会での態度」を理由にこれを拒否した。
吉門のような議員と連れ立っての参加など認められるわけがない。
それでも吉門は空飛ぶカァちゃんに会わせろと詰め寄ったが、飯田は全く取り合わず、吉門を激怒させた。
この時は吉門が出て行くまでの間、危険を察知した秘書官補の小野が空飛ぶカァちゃんの狭い部屋に入って仕事をしてくれたし、他のスタッフも同様に「遠山さんは議員会館の方で作業しているはずですが」などとあいまいに伝え、吉門との対面を避けられるようにしてくれた。
吉門という議員が今まで周囲の人間に対してどのように振る舞ってきたのか、ここのスタッフはよく知っていたし、この議員に対する区民の評価が現在どうなっているのかを考えると、次はない議員の一人だということは間違いなかったので、水谷が我が世の春を謳歌していた時のように好き勝手に振る舞うことはもうできなくなっていた。
しかし、ブツブツ文句を言いながらも人を見下す視線だけは健在で、忌々しそうに口元の片側を歪めて笑いながら「もし彼女が議員会館にいなかったら大変ね」と言ってから出て行った。
後日この話を聞いた佐倉は、この機会にこの吉門という議員への効果的な嫌がらせのタイミングを思い描き、その具体的な段取りを説明して空飛ぶカァちゃんを慌てさせた。
空飛ぶカァちゃんは「もう大丈夫ですから。もし佐倉さんが何かされたら大変ですから」と言いつつも、秘密のデパートを抱え持つサイキッカーの登場を少しばかりは期待している様子だった。
◇◇◇◇◇
会場―――
控えめなダークスーツをビシッと着こなした佐倉の装いは頭から足先まで全く隙が無かった。
誰にも文句を言わせるものかという心の構えを全身であらわしているかのように真っすぐに、飯田と空飛ぶカァちゃんを守るように立っていた。
佐倉と空飛ぶカァちゃんは開始前からずっと飯田から離れないようにしていたのだが、開始直前に英介からのメールが届いた。
三人でその文面を見たところ、妙なことが書いてあった。
ーー終わってみたらただの夢だった、とか勘違いだったら悪いんだけど、
今、なんとなく感じたことがあったので念のため送るね。
俺が昨日言った『白い布』は多分テーブルクロスだと思う。
たたまれて置いてある白いテーブルクロスの場所をチェックして。
受付みたいなところの近くにあると思う。
飯田さんが、意地の悪そうな顔のおばさんに呼ばれるんだけど、
その時に、佐倉さんとかあちゃんは来るなって言われてるっぽい。
どうしてそんなことを言われたのかは俺にはわからない。
あと多分だけど、悪い奴っぽい人は包丁とかを持ってるわけじゃないんだ。
片方が釘を抜けるようになってるトンカチみたいなのを持ってた。
このトンカチで、廊下で飯田さんの頭を叩こうとしたっぽい。
脅すためにやっただけなのかなって佐倉さんが言ってた。
「相変わらずわかりずらいな、でも武器は金づちか?」
佐倉がこういったところで、またメールが入った。
ーー話が前後したけど、かあちゃんは逃げる奴より速いスピードで飛んでた!
かあちゃんが他の人より速い姿を見たのは初めてだから驚いた。
かあちゃんすごかった!だからね、きっとできるよ。
頑張って追いかけて、走っていくそいつの前まで飛んで、
テーブルクロスをいきなり広げて、そいつの進行方向をふさぐんだ!
そいつは転んで、あわててたよ。
かあちゃんが松葉杖をふりまわして、誰かに『ここです』って言ってた。
テーブルクロスで捕まえるなんてすごい!
そして、英介のメールの最後にはこう書かれていた。
ーーその外国人みたいな男の人は、飯田さんに何の恨みもなさそうなんだけど、
誰かに言われて仕方なくやったんじゃないかって思ったんだ。
誰がやらせようとしたかはわからないけど、
俺、飯田さんはわかるんじゃないかって思ったんだ。
だから飯田さんが大嫌いな相手で、そいつも飯田さんを嫌っている奴が犯人だと思うんだ。
本当に気を付けてほしい。
絶対に怪我しないように気を付けて。
運動神経がアレでも、やればできると思う。かあちゃん頑張って!
お読みくださりありがとうございます。




