117.狙いは飯田?
空飛ぶカァちゃんが参加を決意した懇親会の前日、23時をまわったところ。
一度寝るとなかなか起きない空飛ぶカァちゃんの電話が何度も何度も鳴らされた。
かけてきたのは英介だった。
寝ぼけた空飛ぶカァちゃんが電話に出ると「俺、また変なのを見たんだよ。かあちゃんから知らせて、あの人に!」と英介はひどく焦っている様子だった。
英介は、まず佐倉にかけたが電話が通じなかったらしい。
佐倉には既にメールを送信済とのことだが、今日早めに寝ていた英介は夢を見たわけでもないのになぜかふと目が覚めたため、なんとなくトイレに行って部屋に戻る途中で、目の前におかしな情景が浮かび上がったそうだ。
ーー『かあちゃんが飛んだんだ!すごく急いでる感じなんだ。でもどこに向かって飛んでるのかわからない。最初に佐倉さんが、公妃のあの人――飯田さん?あの人を探してたんだけどすごく焦ってて、狙いはかあちゃんじゃなくて飯田さんだったって言ってた。かあちゃんは松葉杖と白い布をもって飛んでった』
支離滅裂な英介の話をひとつひとつ確認したところ、どうやら広いスペースに人が沢山集まっているらしく――これは多分懇親会場だろう――
そこで佐倉が飯田を捜したがどうやら見つからず。
そして、狙いは『かあちゃんではなく飯田さん』だという。
最終的に、空飛ぶカァちゃんは松葉杖と白い布を持って飛んだ、ということらしい。
「英介、狙いは私じゃなくて飯田さんだって佐倉さんが言ったの?」
空飛ぶカァちゃんはぞくりとした。
英介は『うん、飯田さんだって言ってすごく焦ってて、怖い顔してた』
佐倉がずっと気にしていたことがある。
入院中に病院内部に侵入した不審人物について――カメラを持った男と、どうやら日本語以外の言語を話していた男のことだ。
その人物が能力者である空飛ぶカァちゃんを狙っている可能性が高いと考えた飯田は、まずは佐倉の要望通りに古い官舎から転居させ、セキュリティが強固な建物に住まわせた。
そして事故後、まだ無理が出来ない空飛ぶカァちゃんは車での送迎が続いている。
このように現在、空飛ぶカァちゃんの身の安全は確保されているが、飯田がターゲットだなどという話は一切でていなかった。
空飛ぶカァちゃんは英介に、その他に何か予知のようなものはものはなかったか、漠然としていてもいいので気になることはないかをたずねたところ、こんなことを言った。
ーー『よくわからないけど、今話した場所とは違うところみたいだったけど、佐倉さんが、もしなくしたら大変だからあの真珠のネックレスを着けてこなくて良かったって言ってた。その代わりにこれを着けてって言って、綺麗なネックレスを持ってきたんだよ。かあちゃんがそれを首にかけたら、麹町さんと知らないおばさんが似合うって褒めてた。佐倉さんが嬉しそうに笑ってた』
「ええっ?それは普通の夢なのよね?さっきみたいな予感とは違うのよね?」
ーー『わかんないけど、そんな感じのが見えた。全然関係なくてただの夢かもしれないけど。でもこれは怖くなかった。飯田さんが狙われたとかいう感じの話のほうは俺、すごく怖かった。かあちゃんの火事のことを見た時みたいだった』
空飛ぶカァちゃんは、また何かを見たらどんなに遅くてもいいし、朝早くてもいいから必ず知らせるように英介に言い聞かせて電話を切った。
その後すぐに佐倉に電話をしてみたが、電池切れなのか圏外なのかわからないが、英介が言った通りに電話が通じなかった。
空飛ぶカァちゃんは、英介の予知――夢などにより何かしら未来を感知するような能力のことを飯田が知っているかどうかについて、明確に把握していないことに気が付いた。
麹町はもちろん知っているが、同じくこの件を知っている権藤や市谷には箝口令が敷かれたという。
もし飯田が何者かに狙われているのであれば、今すぐにでも知らせなければならない。
空飛ぶカァちゃんは飯田を信頼していたが、佐倉に確認しなければ飯田が知っているかどうかがわからない。
迷った空飛ぶカァちゃんは、緊急時の連絡先を伝えられていた麹町にメールをすることにした。
とにかく、一秒でも早く知らせなければならないと思ったからだ。
それから数分。
麹町からではなく、飯田から電話があった。
まず飯田はこう言った。
ーー『今、ちょうど一緒にいるんだが君が総理宛てに送ってくれたメールは念のため削除したから』
そして、飯田は英介の能力について、麹町から直接聞いたわけではなかったが、市谷と権藤に絶対に他言するなと大声で注意していたことや、佐倉と電話で話していた時に聞こえてしまったためもう知っていたと打ち明けたてきた。
飯田は何度も、直接麹町から聞いたわけではないと言っていたが、空飛ぶカァちゃんはそのことはもうどちらでもよかった。
飯田が『麹町先生や佐倉君から言われるまでもなく、誰にも言うつもりはない』と言ってくれた言葉を信じられたからである。
ーー『総理に伝えたら私に伝わるって分かっただろうに、それなのに知らせてくれてありがとう。感謝するよ。英介君を危険に晒すようなことは絶対にしないからね。英介君もわざわざ私のために知らせてくれて、本当に感謝してるって伝えておいてほしい。こんな遅くに、私のことを心配してくれたんだね、ありがとう』
「いいえいいえ、英介はすごく怖かったって言ってたんです。こんなことを申し上げて、まるでおどかすような感じになってしまいますが、覚えていらっしゃいますか?外国人らしき人が侵入した日って、午後から飯田さんが病院にいらっしゃる予定だったんです。もしかしたら本当に危険かもしれません。ですから、」
ーー『ああそうだったね。ははっ、私を邪魔に思う連中はたくさんいるんだよ。でも、今私がやられるわけにはいかないんだ。事前にわかったんならなおさらだよ。ここで何かされてたまるものか!それで?佐倉君が怖い顔をして私を捜してたんだね?それならあの子にピタッとくっついてやろうじゃないか!彼は合気道だか護身術だかわからんが結構強いらしいから、腕でも組んでやるさ』
わざと明るい口調で話す飯田だったが、空飛ぶカァちゃんもまた英介と同じように不安な気持ちでいっぱいだった。
空飛ぶカァちゃんの頭に、ふと、物凄いスピードで走り去る男の姿が浮かんだのだ。
最近、英介と話をした直後に時々そういうことがあるのだ。
英介はそんな男の話はしていなかったが、空飛ぶカァちゃんはこのことを飯田に伝えなければならないと思った。
「飯田さん、さっき英介は電話を切る時はもう半分寝ぼけている感じだったんですが、あの子が――なんか男の人が走り去って行ったような気がするっていってました。その男の人が危険な人物なのか、あるいは会場内の人とか、佐倉さんとか、男性っていうだけではわからない部分があると思うのですが、もし可能であればこっそり警備の方を配備できませんか?忍び込まれたら危険ですし……」
――『そうか、男が。でもだからといって会場内に誰かを置くのは厳しいだろうね。私がパーティの世話人じゃないからそんなことを依頼すると、首謀者にこっちがなにか勘付いていることがバレてしまう可能性があるだろう?そうなると今後かえって面倒になるからね』
「そうですよね。ではとにかくずっと一緒に動き回るしかないってことですかね?佐倉さんは電話が通じないんですが一体どうされたのでしょうか、こんなこと今までなかったのに。今日このあともう一度連絡してみますし、明日の朝いちにでも連絡しますが心配ですよね」
ーー『平気だってあの子は。図太いし、寝ちゃったのかもよ?だから君ももう寝なさい、大丈夫、こちとら何年もここで生き延びてるんだ。絶対に負けないから。泣き虫のスカッと君と空飛ぶ君がいて負けるはずがないじゃないか!』
空飛ぶカァちゃんはこう言われて「そうですよね、絶対に大丈夫ですよね」と言い、その後の会話もつとめて明るい受け答えを心掛け、明日のことを確認してから電話を切った。
空飛ぶカァちゃんはこう願った。
どうか、英介の予知が大げさなものでありますように。そして、どうか大切な人達が傷つかないようにと。
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