113.サイキッカーの使いっ走りポジションの設定(2)
「痛っ」
佐倉が大げさに反応した。
飯田は最初の一撃には声も出さずに耐えたが、サイキッカーからの特別な二発目が入ると「ううっ」と言いながら額とこめかみを押さえ目をつぶった。
佐倉が額を押さえたまま俯いているので、飯田が自分も目のあたりを押さえながら声をかけた。
「佐倉君、大丈夫か?今、頭に衝撃が来たろ?きっと、」
ーー(よう!泣き虫兄ちゃんがやっと出て来たと思ったら、なんだって?お前、俺にパシリにされるとかっておっさんに言いつけてんのか?俺は別にそんなこと一言も言ってねえじゃねえか。ただ麹町のじいさんに伝えろって言っただけじゃねえか。
「佐倉君、この方は本当に君に、」
ーー(おっと、麹町爺さんとこのおっさんよ、あんたさっき泣き虫兄ちゃんを疑ってたな。言っとくがこいつの後ろにいるのは政治家連中じゃないぜ。こいつは古い友達をいいように使って空飛ぶ人を助けようとしてたんだよ。ヘタレ野郎をかばうわけじゃないが……こいつはちゃんとした奴だよ。あんたと同じだ。哀れな兄ちゃんをこれ以上めそめそさせんのは勘弁してやれ。
佐倉は否定も肯定もしなかった。
ただ「はっ!余計なことを」と言って天井を睨みつけた。
目の前の佐倉がサイキッカーがどこにいるのかを捜すようにきょろきょろする様子を見た飯田は、それでも確認するように今度はサイキッカーに向って訊ねた。
「君は本当に佐倉君に、吉川と野川に注意するように知らせたのか?私はもしかしたら、君と佐倉君は、」
ーー(はっ!あんたさ、さっき俺がこの泣き虫と同一人物だって疑ってたろ?ふざけんなよ?言っとくが、俺はこんなヘタレじゃないからな、いつまでも空飛ぶ人をあんな状態にしとくようなアホじゃねえから。ただこいつは正しいことをしようとして、今は本当にまともな奴らと一緒にいる。あんたらもそうだし、権藤もそうだ。だから使うことにした、それだけだ。ほら、兄ちゃんもちゃんと説明してやれよ。お前が爺さんを大好きなサイコパスだと思われてるぜ?信用ないんだなお前って、ククッ。
佐倉は目を大きく見開きまだ天井を睨みつけていて、サイキッカーの馬鹿にしたような笑い声が頭に響くと、視線を落とし壁やドアを穴が開くほど見つめた。
心配そうに見つめてくる飯田の視線に気が付くと、やっとそちらの方に顔を向けた。
「私が……この人だと思ったんですか?飯田さん、この人は確かに私と同じ気持ちで遠山さんを助けたいと思っていたとは思いますが、私はここまで滅茶苦茶なやり方はしませんよ。友人に頼んで色々やったのはその通りですが、別に悪いことをしたとは思っていませんから。そのことを、この人にどうのこうの言われる筋合いはありませんしね。だから私はこの人の、」
この人の、と佐倉が言った時、サイキッカーが声を重ねてきた。
ーー(おっと、兄ちゃんよ。お前は俺のおかげで助かった部分もあるだろうに、あまり生意気言わない方がいいぜ。ただ言われたことをやればいいんだよお前は、いいか、
今度は佐倉の方が、サイキッカーの「いいか、」のところで言葉を重ねてきた。
「やるかやらないかは私が判断します。だいたいできることとできないことがありますから。今回の議連の会合と研究会の懇親会は無理してでも出席したほうがいいと思ったから飯田さんにお知らせしただけですから。あなたの言いなりで馬鹿みたいに動くつもりはありませんから!」
今、飯田の前で、佐倉がサイキッカーと同時にしゃべることで、二人が別人であることを証明したかったのだが、目の前のこの状態を見ればさすがに飯田ももう疑ってはいなかった。
そうなると飯田は、今ここで佐倉とサイキッカーの仲がぎくしゃくするのはまずいと思い、慌てて調整に入った。
「いや待って、君。佐倉君はちょっと遠山さんのことになるとちょっとその、過保護というかね……余計なお世話を焼きたがるというか、そういうところがあるんだよ。別に君に逆らって何かしようとか思っていないからね。佐倉君は君に感謝してるんだから、だいたい最初に君が、」
佐倉は、今度は飯田の話を遮った。
「いいえ別に世話なんて焼いてませんよ。私は当たり前のことをしているだけです。山本先生のところではそれをすると山本先生がますます遠山さんに無理を言って傷つけようとするから従っていただけなんです。それこそ私は馬鹿でした。これからは私は好きなようにやらせてもらいます、絶対に遠山さんを傷つけないようにし、」
ーー(うるせえな兄ちゃん、言い訳がましく喚くんじゃねえよ!とにかく、麹町の爺さんは俺のせいでカンが冴えるようになっちまったんで、爺さんの頭に突っ込むのをやめたんだよ。かなりの年寄りだしな。これ以上余計な刺激を与えると老体に影響を与える可能性があるからやめたんだよ。兄ちゃんも妙なカンが冴えてるだろ?そういう奴じゃねえと俺がラクできねえから。全くその感覚がない奴の頭に突っ込むと俺が疲れてしばらく使いもんにならなくなるからな。あと、そこのおっさんもそこそこカンが鋭いからこれからも時々頭ン中に話しかけるから。さすがにあんたみたいにできる奴を使いっ走りみたいにしようなんて思ってねえよ。俺がそうするのはこのヘタレ兄ちゃんだけだよ。
「君、それで聞きたいんだが、君は吉川と野川のことであの懇親会に麹町と一緒に遠山さんを連れて行った方がいいと思ってるんだね?それで他に権藤君も、」
ーー(ああ、権藤には無理をさせるかもしれねえが、吉川が野川への手土産でふざけたことをする前に、権藤には来てもらった方がいいんじゃねえか?俺は細かいことはわからねえ。でもあいつらはくだらないことしか考えてねえよ。当日はどうせ麹町の爺さんにはご立派な通訳官が付くだろ?だから泣き虫兄ちゃんはあんたと権藤の側に置くのがいいんじゃねえの?そこに空飛ぶ人が一緒にいるなら、あんたが権藤と一緒にいることに違和感が生まれねえしな。それでこいつに多言語で通訳させまくって、あんたらの周りに吉川の野郎たちの狙ってる相手を呼び込んでくれよ、あんたなら権藤をうまく盛り立ててやって、具合よくそうできるだろ?この兄ちゃんには無理だろうがな。
「ああ!やっぱり君はすごいね。私と全く同じことを考えていたんだね。ほんとに君は誰なんだ?もしかして君の鋭い爪を隠して会館内をうろつき回れるってことは警備の方とかか?もしかして、」
ーー(だから違うんだって!おっさんには絶対に想像もつかないような男だよ。それを探ろうとしないでくれ。あまりそうされると出てこれなくなる。
「わかった!わかったから……それでね、君に訊きたいんだが、私は遠山さんに飛んでもらうことをね、もう少しポジティブに打ち出したらどうかと思っているんだが、それについてはどう思うかね?この子がうるさく言ってくるんだよ。だってそうじゃないか、いつまでもコソコソと人が知らないところで活躍させるより、明るく打ち出した方が今後の活動にもプラスになると私は思うんだが」
佐倉がすぐに「だからそれはやめたほうがいいですよ。遠山さんは内気な方なんです。人前で飛んだりするのは彼女の負担にしかならないですから」と言ったが、飯田はひかなかった。
「佐倉君、だって彼女は別になんにも悪くないじゃないか。飛んで何が悪いって言うんだ?だから堂々と飛びゃあいいと思う。前と同じように誰も知らないところで誰かの役に立つだけでいいのか?違うだろう?面白いことや楽しいことで遠山さんが目立って何が悪い?だから破壊遺産を利用しようって言ったんだよ私は!」
最近、このことでは佐倉と何度も言い合いになっていたが、飯田はこの機会にどうしても空飛ぶカァちゃんを表舞台に出したいらしかった。
佐倉は空飛ぶカァちゃんが人前で飛ぶとするならば、それは『東京湾スカイツアー』の小規模版として、英介の卒業式の時に小学校の校庭で軽く飛ばせて子供たちを喜ばせ、さらに地元の住民や小学校の保護者の前で堂々と飛ぶことで、長い間理不尽な非難を受け傷ついた心を解きほぐし、少しでも自信をつけてもらってからでも遅くないと思っていた。
飯田の提案――破壊遺産関連の飛行については空飛ぶカァちゃんと話したが、彼女はこう言っていた。
――佐倉さん、私、大丈夫な気がします。佐倉さんが私のために色々して下さったことも、私のために怒ってくださったことも、私にとって本当に大きな力になったんです。だから、何でも出来るような気がするんです。飯田さんがそれをすることで麹町先生の力になれると仰っているのなら、私、世界遺産でも破壊遺産でもどこだって飛びますよ。佐倉さんのためになるならなおさらですけど。
佐倉さんのためになるのなら、と空飛ぶカァちゃんは言ったのだが、これについては佐倉は全くそうは思えなかった。
今、自分の中に深く沈めている感情を認めたくはなかったが、佐倉は空飛ぶカァちゃんの存在をあまり人目にさらしたくはなかった。
飯田が空飛ぶカァちゃんの働き方について色々提案してくるたびにイライラさせられ、なぜか無関係な人間が余計な口出しをして自分達を困らせているような気分になっていた。
大切な宝物を、自分だけがこっそり守っていたいと思う気持ちを、飯田に見透かされているような気もしたし、その宝物をたまには他の者に見せてやれと余計な口出しをしてくる図々しい部外者のようにしか思えなかった。
しかし、飯田のこの言葉。
―――『彼女は別になんにも悪くないじゃないか。飛んで何が悪いって言うんだ?だから堂々と飛びゃあいいと思う。前と同じように誰も知らないところで誰かの役に立つだけでいいのか?違うだろう?面白いことや楽しいことで遠山さんが目立って何が悪い?』
確かにその通りかもしれない。
佐倉は、再度「それでも遠山さんは、」と言って黙り込んだ。
そして代わりに彼が言う――サイキッカーが哀れな佐倉を馬鹿にしたようにこう言ってくれた。
ーー(ヘタレ兄ちゃんよ、あんまり過保護にしてると逆に空飛ぶ人をただの陰の功労者にしちまうぜ?あの人は光の下にあるべきだろ?だって素晴らしい人なんだから。兄ちゃんがそれを手伝ってやれよ。このおっさんは正しいんじゃねえか?
「そうだよね、さすがに君はわかってるね!そうなんだよ、遠山さんをこのまま、どこかで誰かの役に立ってる人で終わらせていいはずがないだろう?佐倉君、彼女を堂々と表舞台で活躍してもらいたいと思わないか?」
ーー(ヘタレの兄ちゃん、あんただってそう思ってんだろ?このおっさんから言われるまでもなく、あんただってずっとそう思ってきたじゃねえか!彼女を飛ばせて、奴らを驚かせて、ついでに見下ろしてやればいい!
「見下ろして……いいじゃないか!その通りだよ君、吉川やあの馬鹿連中を上から見下ろして花びらでもまいてやりゃあいい!」
ーー(花びらは不要だがよ、ヘタレ兄ちゃんがずっと何とかしたいと思って考え込んでたことを少しずつやってみりゃいいんじゃねえか?このおっさんと協力すればそれができるさ。おっさんよ、俺はいつまでこの力が使えるかわからねえ。できるだけこの兄ちゃんの頭に突っ込むから、それをうまく調整してやってくれよ。それで、最終的には空飛ぶ人を自由にしてくれ。そうしてくれるなら俺はこれからもずっと麹町の爺さんを盛り立ててやるよ。ついでに権藤もなんとかしてやってくれよ、あいつはちゃんとした政治家だろ?あんたなら助けてやれるんじゃねえか?――もう今日は無理そうだ、疲れてきた。兄ちゃん、わかったな?
佐倉が無言で頷く。
自分に嫌気がさすこのやり取り――もういい加減終わらせたい佐倉は自分で自分に最後にこう訊いた。
「頭の中のあなた、ひとまず議連の会合に権藤さんと遠山さんを引っ張り出して、その後はどうしたらいいと思っているんですか?今それだけ聞かせてくださいよ」
ーー(だから俺は政治のことはわかんねえよ。でも思ったんだが、どうして麹町の爺さんはあの人達を表彰っていうか、感謝状だっけ?そういうのを出さねえの?だってあの人達のおかげで水谷のクソ野郎も釜谷も、山本も失脚させることが出来たんじゃねえか。権藤とデカイあんちゃんと、空飛ぶ人だろ、後は大学の先生二人。この人達に感謝状とか表彰とか、そのくらい出してやるべきじゃねえの?議連と研究会のパーティーだか懇親会だかに参加した後すぐにやったら?俺が思いつくのはそれくらい。じゃあな、兄ちゃんは俺の使いっ走りだけをやってりゃいいよ。おれのためだけにやってくれ、じゃあな。
「待ってくれ!あともう一つ、麹――」
飯田が叫んだが、頭からフッと何かがぷつっと離れて行った気がした。
ああ、行っちゃったかと飯田は残念がっていたが、すぐに佐倉に向って勝ち誇った。
「だから言ったろう?君は彼の話を全て私に言ったわけじゃなかったんだね。私が言ったそのまんまじゃないか!遠山さんを表舞台で活躍させる――サイキッカーはこれを伝えたかったんじゃないかね?彼の意見はもっともだよ、いいかね?いつまでも君が過保護にやってたら、遠山さんは辛い過去を引きずったままで世間から隠れて見えないところで社会貢献するだけの人になってしまうんだよ。我々で彼女に陽の光を当てようじゃないか!」
佐倉はいかにも降参しました、という表情で無言で頷いた。
飯田はこれに満足し、ご親切なことを言ってくれた。
「取り敢えず君は、遠山さんに懇親会に出る準備をさせないとね。小川さんともう一人、女性の事務員を連れて彼女に必要なものの準備をよろしく頼むよ。君もそれに付き添って守ってやってくれ。強いんだろ?出番が来たじゃないか、権藤の方は私が話しとくから。間違いなくあいつも首と足が痛かろうが眠たかろうが出てくるだろうよ。あいつの通訳もやってくれ」
使いっ走り佐倉の使い道に満足して飯田は官邸に戻って行った。そして、二人の男に言い負かされた佐倉も、その後はなぜかご機嫌だった。
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