112.サイキッカーの使いっ走りポジションの設定(1)
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佐倉の勤務初日、麹町の事務所には、先日空飛ぶカァちゃんが退院した時に一緒に部屋を案内した職員の女性と人懐っこい笑顔の小柄な男性、そして飯田が待っていた。
飯田はぎゅっと腕組をして、大げさにむっつりとした顔を佐倉に見せつけてきた。
女性の職員は、今回はじめて浅草の事務所からこちらに呼んだとのことで、飯田とは長い付き合いらしく「そんな怖い顔して、もし気の弱い相手だったら泣いちゃいますよ」などと軽口を叩き、佐倉のほうをちらっと見て「ね、こんな怖い顔してやだよね」と笑いながらからかってきた。
飯田はまだむすっとしたままでこう言った。
「小川さん口を慎んでよ、そんなこと言ったらかわいそうじゃないか。本物の泣き虫ちゃんには今の発言は気の毒ってもんだよ」
佐倉もまた同じように口をぎゅっと結び飯田に何か言うこともなく黙り込み、飯田の方を見もせずに、初めて会う小柄な男性と、おしゃべりな女性職員の小川に丁寧に挨拶をした。
小川は笑いをこらえながら「これからよろしくね」と言い、飯田の方を見て「もうそんな顔しないの」などと言った。
小柄な稲葉という男は、佐倉と同じく私設秘書で今までは浅草のほうで飯田の指示のもとで働いていたが、小川と同じく議員会館の事務所での仕事は今回が初めてだった。
朗らかで感じの良い稲葉は、佐倉ににこやかに挨拶をし「協力し合ってやっていきましょうね。来てくれて助かります」と言ってくれた。
佐倉もにこやかに微笑んで実に感じの良い笑顔をでこれに答えた。
「ありがとうございます。色々教えてください。もちろんこれから必死に学んでいきたいと思いますが、わからないことばかりですのでよろしくお願いしますね」
二人にだけいい笑顔の佐倉の態度に呆れた飯田が佐倉の机の椅子に座り込んだ。
「佐倉君のせいで俺は夜も眠れなかったってのに、その生意気な態度がムカつくよ。あんなにメールを寄越して、うるさい電話も迷惑なんだよ。いくら君が言ったって変わらないよ、遠山さんはこっちで保護することになったから」
佐倉は一拍おいてから「そうですか、承知しました」と言い、そしてまた間をあけてから「でも遠山さんが辛いと言ったらこちらに戻してくださいね。最初はそういう話だったんですから」と言い返し、飯田が言う生意気な顔を見せつけてにこりともしなかった。
「だから彼女が辛くなるようなことにはならないから。何度説明すればわかってくれるのかね?全くこれだから君のお父さんは苦労したんだろうね。本当に生意気なガキだったそうじゃないか、お母さんにだけいいとこを見せて、お父さんには子供のころからたてついて酷かったらしいじゃないか。それで今は?遠山さんがどうだっていうんだよ?大丈夫だから、もううるさく言うんじゃないよ、この事務所にいるよりよっぼど快適に過ごせるはずだから安心しなさい。小川さんからも説明してくれよ、本当にいつまでもうるさいんだ」
飯田がうんざりしてこう言うと小川がまあまあ、と言ってなだめた。
「佐倉さんは遠山さんの苦しみを一番間近で見てきたんですから気にするのは当たり前ですよ。あんなところに置いておくのは私だって心配ですよ。でもね、佐倉さん、この人はちゃんとした人だから大丈夫なんですよ。見かけはそりゃちょっとアレですがね、ちゃんとまっとうな方だから安心しなさい。これ以上飯田さんを寝不足にさせないであげて」
これを聞いて稲葉も「はい、僕もそう思いますよ。絶対に大丈夫です、もし何か妙なことになったら僕たちも絶対にすぐに対応しますから。佐倉さんは安心してください」と言いながら佐倉の腰を叩いて来たので、佐倉はこれに感じよく、いかにも素直に頷いた。
「はい、そう言っていただけると安心します。お二人に協力いただければ遠山さんがわけのわからない仕事をさせられるようなことになっても、一緒に抗議していだたけますから。心強いです」
「全くもう、こんな生意気な泣き虫秘書がいるか?遠山さんもまるで過保護なママゴンみたいな君がぴったりくっついて世話して来たらウザイと思うよ。彼女はしっかりした人だから大丈夫だよ。脚が完全に良くなったらまた現場で飛んでもらうかもしれないが、無理はさせないし、くだらないトレーニングの強制もしないんだから」
飯田がため息混じりにこう説明し、当面は小川と稲葉からの指示で動くことを改めて佐倉に指示した後で、さて本題はここからだと言い「ちょっと奥の部屋に来てもらおうか」と言った。
麹町の執務室のソファーに座り、飯田がコーヒーでも飲むか、と言ってきたので佐倉はすぐに部屋を出た。
小川が「私が持ってくわよ」と言ってくれたが、佐倉は「まさか、そんなこと小川さんにさせられません」と言い自分でさっと入れて飯田の待つ部屋に戻った。
秘書室のほうで「あの山本ミキはとんでもない議員だったみたいだから、佐倉さん慣れてるのよねきっと。お茶なんて別に入れてあげるのに」などと話している声が聞こえた。
これから聞かされる飯田の話の内容には見当がついていたので佐倉はそっと扉を閉めた。
今の小川の発言は飯田にも聞こえたのだろう「うちも本当は女性事務員にお茶入れをさせるのはやめようと思ってるんだけど、ああいう世話焼きの人は親切心でやっちゃうからさ、そうすると若い子がまた気を使うことになるんだよ。どうしたもんかね」
こう言いつつも、長い付き合いの小川の仕事の仕方や美点を、まるでケチをつけるかのように指摘することはしたくないらしく、結局浅草の事務所でも小川がてきぱきと指示を出して若い秘書や事務の女の子がお茶を入れているのが現状らしい。
佐倉は子供のころから父親が何でも自分でやるところを見て育ったので、お茶出しも料理も何もかも女性がするものだとは思っていないし、それこそ生まれ変わる前は女性だったので、慣れているという、それだけだった。
飯田の小川への気遣いは温かみのあるものであったし、この男のそういう心根が佐倉はとても好ましかった。
「大丈夫ですよ。小川さんが他で皆さんに気を配っているなら、ここでは私が小川さんにそうします。決して小川さんが当たり前のようにそういう作業、お茶出しをする担当みたいにならないように私が率先してやります」
「そうしてやってよ。もうずっと何年もおせっかいおばさんやって、時々煙たがられたりさ、そういうのが俺もちょっと申し訳なくてさ。親父の時からの付き合いなんだよ」
飯田は佐倉の言葉に何となく安心したようだった。
コーヒーを飲んで一息ついたところで飯田が本題を切り出した。
「佐倉君、君の言ったとおりだった。権藤君のところにいたあの吉川と、あの党の野川甚也。権藤が精力的に関わっていた勉強会や研究会……なかでも権藤が特に力を入れていたところにかなり食い込んできているよ。ありゃもう立場の乗っ取りだ。次の選挙で権藤の今までの実績も何もかも横から持ってくつもりだろうよ。それから、あれこれ噂もばらまいてるらしくて、どうも瀬川さんの所にいた秘書を使って色々やってるらしい。権藤がパワハラだとさ!さすがに俺も腹が立って、」
「権藤さんがパワハラ?そんなことするはずないじゃないですか!その秘書の女、どうせそいつがとんでもない女だったんでしょうに」
「そうだろ?しかし、どうしてそう思った?君は吉川のことも野川のこともほとんどわからないだろう。それに今まで君はほとんど浅草か病院にいたんだから。誰から聞いた?正直に言え」
佐倉は待っていましたとばかりにこう答えた。
「はい。それをお話したかったんです。うるさい電話も迷惑ばかりじゃなかったでしょう?誰から聞いたか、サイコパスのサイキッカーですよ。私の所に来たんです」
飯田がじとりと佐倉を睨みつけた。
「嘘をつくなよ、そんな簡単に現れるはずがない。誰に調べさせた?誰が君の背後にいるんだ?」
「誰もバックになんていないですよ。私は全くの素人です、ご存じでしょう?こう言っちゃなんですが、私は山本先生のところだからやってこれたんですよ。サイキッカーのことは本当です。あの男は遠山さんを守ろうとした私を使いっ走りにするつもりだそうです」
飯田はまだ信じられない様子だった。
ただ、確かにあのサイキッカーは空飛ぶカァちゃんに恩があり、彼女の境遇を改善したいと願っている様子だった。それを考えると今まで必死に空飛ぶカァちゃんを守ろうとしてきた佐倉を評価し、何かしらのアドバイスをしてくる可能性はあるし、あの男は権藤のことも支持している様子だったから、権藤と親しい佐倉を信用するかもしれない。飯田はそう思った。
しかし、飯田はサイキッカーの正体が誰なのか。それがどうしても不安でならなかった。
あまりにも非常識で不審な男であることは間違いないのだから。
飯田のカンは、もしかしたらと――まさかそんなことはないだろうが、もしサイキッカーが佐倉だったら、というわずかな可能性を頭の中にもたらした。
少し前に麹町がこう言っていた――スカッとは遠山さんのために山本の事務所に入ったんじゃないだろうか――これを飯田は笑い飛ばしたが、もしそうだとすれば、この目の前にいる佐倉という男がサイキッカーである可能性はゼロではない。
飯田は更にこう訊ねた。
「知ってるだろうが、君のお父さんとは最近あのウェアのことで話すこともあるんだが、もともと君のお母さんは権藤君の支持者だそうだね?そうなると君もそうなの?あのサイキッカーは権藤の支持者でもあるらしいんだよ。まあこっちに対しても、麹町の爺さんとか言って親しみを感じてはくれてるようだがね。あの男がどっちの支持者なのかはわからんが、どうも君と考え方が似ているようでもある。君はそのことを、」
ここまで言ったところで、飯田の頭にズキンと痛みが走った。
もちろん佐倉も「うっ」と言って額を押さえた。痛くもかゆくもないくせに、ではあったが。
佐倉の危険を察知したサイコパスサイキッカーが入室した。
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