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108.飯田の空飛ぶ外交企画

     ◇◇◇◇◇


 空飛ぶカァちゃんと権藤、市谷の入院中――

 水谷元首相の退陣、逮捕という憲政史上最悪最大の危機から急遽誕生したスポット内閣と揶揄される中始動した麹町内閣は老体に鞭打つ超過密スケジュールで幕を開けていた。


 閣僚人事では水谷政権との決別を全面に押し出し、性別等は関係なしにまずはクリーンで実務能力の高い者、また有識者を民間人閣僚として登用するなど、クリーン化と徹底した政治改革を打ち出した。

 水谷の息のかかった危険な団体との繋がりの疑いがあった者や政治資金の問題を抱えた議員、そして水谷政権下では軽い処分で済まされ、何食わぬ顔をして要職についていた金銭問題を抱えた議員も徹底的に排除された。


 長年に渡り、水谷と折り合いが悪いことが知れ渡っていた麹町は、飯田の強引なマスコミ対策の甲斐もあって、麹町によるかつての無茶な権力行使についてはさほど叩かれることなく、むしろ尾崎と共同主催したサイキッカー登場の研究会での一件により、老獪な政治家というイメージはもしかしたら水谷の策略により捏造されていたのではないか、などという無理のある発信ま飛び出して、ここまで最悪の事件を起こした政党が図々しくも担当する内閣にしてはいい意味で期待を裏切るスタートを切れた。


 佐倉は飯田からの指示により『三人の病院係』を担当させられ、いまだにそれが続いていたのだが、どうやら佐倉の仕事は広報面、特に海外メディアの一次受け窓口であったり、政治的な交渉のない部分での視察や外交の現場運営、外国の要人や家族、民間企業の経営者や同行スタッフのもてなしほか文化交流やレセプションの企画運営等『政策』が係わらない分野で語学力と佐倉の持つソフトな対応力で現場をまわす仕事を担当させたいとのことだった。

 市谷が復帰した後はその下につくことになり、さらにそのメンバーには空飛ぶカァちゃんの名前もあった。

 なぜか佐倉を気に入っている飯田の策略というわけではないが、これらの仕事は佐倉が専門とする分野に近い業務でもあったため、山本ミキのところで行っていた仕事とは違い、佐倉のこ(・)れ(・)か(・)ら(・)に非常にプラスになる内容であることに間違いはなかった。


 麹町は週末は主要都市でタウンミーティングを開催するなど精力的に動き回り、国民の声に耳を傾ける首相であることをアピールしつつ、罪を犯した前首相が係わった不正や支持団体との関係究明を約束し、今後は一切の不正を許さないという姿勢を国民にわかりやすく示した。また、その不正内容について徹底的に究明するための第三者委員会の立ち上げなど、与野党を巻き込む政治改革推進に着手した。

 どこまでそれが機能していくかはわからないが、麹町が先手を打ってこれに着手できた、あるいは着手したように見えたことは非常に大きいことだった。

 秋の臨時国会での所信表明演説でも低姿勢で誠実に謝罪し、代表質問には誠実かつ毅然とした答弁で、内閣の支持率は底割れどころがむしろわずかに回復し上昇に転じた。

 サイキッカーに挑発され癇癪を起していた麹町を思い出すと思わず笑みがこぼれたが、権藤は『なぜだろう、すごく疲れて見えるのに若返った感じがするよ。不思議だよな』などと言って首を傾げた。

 

 実は佐倉は麹町に対しても『羽によるリフレッシュ法』を行っていた。

 飯田によると、現在、全体的にスケジュールがおしていてろくに休むことが出来ず、また元々不眠症気味の麹町は足元がふらつくほど疲弊しているとのことだった。

 これを聞いた佐倉は何日おきかに、夜中に麹町に届く場所から羽を飛ばした。

 まだ今、麹町に倒れられては困るのだ。

 どうせ覚醒の前段階を起こしてしまった麹町だ、今更本格的に覚醒したところで何がどうなるものではない――そして狙い通り、佐倉の羽はすぐに効果を発揮した。

 佐倉の父母が実感していたように、同じく高齢の麹町にも効果覿面だった。

 空飛ぶカァちゃんを完全に解放するまで、麹町には元気でいてもらわないと困るのだ。


 こうして新総理麹町のミッションである信頼回復と実務能力の提示は着々と進められていったが、過密スケジュールと休養不足が重なった結果、とうとう11月半ばに一度、体調を崩し動けなくなったこともあった。

 トップである首相が重大な犯罪を犯したことによる国際的信用の失墜をできる限り防ぐために主要国首脳に向けては、今後の外交方針に変更はないということなどを伝えるため次々に電話会談を行い、その後の外交デビュー、特に重要な秋の国際会議出席の後でのことだった。

 麹町は官邸に入った直後に後ろ向きに倒れそうになった。  

 複数人で支えることができたため大事には至らなかったが、すぐに病院に運ばれた麹町は検査の結果、過労で四日ほど入院することになった。


 さて、ちょうどその時のこと――佐倉が麹町が入院している病院を見舞っていた時のことだ。


 もうすぐ退院予定の権藤と市谷、そして空飛ぶカァちゃんがリハビリの後に休んでいたのだが、ふと目を覚ました市谷が恐ろしい叫び声をあげた。

 ―――ギャアアアアアアア!うわああああ!


 それに驚いた権藤が「なんだよ市谷君、びっくりするじゃないか!」と文句を言ったが、その後また同じような声が響き渡った。

 ―――ひいっ、うわああ!誰か、誰か!あああああ!


 驚いて飛んできた看護師が「なんなんですか全く!大の大人が夢でも見たんですか?」と二人を注意したのだが、二人して天井を指さして震えているので「はあ?一体何が、」と呆れながら天井を見上げると長い髪をした幽霊が天井にへばりついていた。

 看護婦は「ひいっ」と言ったきり腰が抜けて座り込んでしまった。


 その幽霊の正体は、寝ている時に本人も気づかないうちに天井に浮き上がってしまった空飛ぶカァちゃんだった。


 ベッドは落下防止のベッドガードがついているのでベッドから転落することはなかったのだが、恐ろしく寝相が悪い空飛ぶカァちゃんが浮き上がって天井に達した後、天井を這うように動き回り、市谷と権藤のベッド上近くまで這って来たきたというわけだ。


 これこそが、元夫の公男が薄気味悪くて恐ろしいと言っていた『天井ハイハイ』である。


 長い髪が下に垂れ下がり、顔が隠れ、なぜか大判の白いタオルを手に持っていたためそれがグルグル体に巻き付いて端が垂れ下がり、まるで本物の幽霊のように見えた。


 すぐに別の看護師と医師が駆け付けたが、皆同じように悲鳴を上げ呆然としてしまった。

 その幽霊が空飛ぶカァちゃんであることがわかると、震えながら男性の看護師が二台、脚立を持ってきて、二人がかりで空飛ぶカァちゃんが落ちないように下から支えつつ、小さく声がけを行った。


 「遠山さん、遠山さん、大丈夫ですか?あの、どうか、したのでしょうか?」


 何と言って声をかけたらいいのか看護師もわからず、空飛ぶカァちゃんの体を下からを支え、引っ張るようにしながら丁寧にゆっくりゆっくりを脚立を降りた。 

 脚立の下では別の看護師が、数人がかりで脚立をしっかりと押さえ、看護師が足を滑らしたりしないように支えながら、空飛ぶカァちゃんの降下を見守ったが、空飛ぶカァちゃんは途中でまた浮き上がってしまい、さっきと同じように天井に達すると、グルグルうろうろと這いずり回った。


 権藤は「ひいいい」と情けない声を出し、市谷は大きな体を震わせて「助けて!」などとつぶやいた。


 骨についてはほぼ治っていたし、這いずり回ったところで空(・)飛(・)ぶ(・)カ(・)ァ(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)に(・)は(・)さほど害はなかったが、天井の端から端まで動き回る空飛ぶカァちゃんに目撃者たちは圧倒され、はらりと白いバスタオルが舞い落ちて、下で見守る者たちから「ギャアアアアアアア!」という悲鳴が上がったところで、麹町を見舞っていた飯田と佐倉が入って来た。

 

 佐倉は人形のように目を見開いた後で「おおお!これか!想像してたよりすごい」と呑気な声をだした。

 飯田は真っ昼間のホラー劇場に興奮し、佐倉の横っ腹を突っつきながら真っ赤になって大声を上げた。

 「佐倉君!君はこれを見たことがあったのか?これはなんなの?天井を這いずってるじゃないか!まるでテレビから出てくるアレか?それともナントカの赤ちゃんか?」


 後から来た佐倉と飯田だけは『面白いものを見た』という感じで笑みを浮かべているが、半分眠った状態でうっすらと目を開けた時にこれを見てしまった市谷の恐怖は相当なものだったらしい。

 「飯田さん、飯田さん、これは、本当に遠山さんなんですよね?生きてんですよね?」などと言って、びっしょりと汗をかいていた。


 飯田は「大将はホラーがダメだったな。情けない!こんな面白いもの!写真だ、動画行くぞ佐倉君」と言って興奮し、非常識にも録画を始めてしまった。


 佐倉は「それ、絶対に他の議員に見せたりしないでくださいよ。プライバシーの問題もありますし、とんでもないことになりますからね」と釘を刺し、自分は大声で「遠山さん、遠山さん、櫻子さん!」と声をかけ、全く起きない空飛ぶカァちゃんに呆れてしまった。

 全く起きる気配もないので、しまいには羽で直接言葉を入れた。


 ---(櫻子さん!浮いてますよ!天井を這いずり回ってますよ、起きて。

 ---(大変なことになってますよ、起きて!


 佐倉はこう呼びかけた後、脚立に上り直接空飛ぶカァちゃんの耳元で「起きてください」と声をかけたところ、すぐに「うわ、びっくりした」と驚いた空飛ぶカァちゃんがのんびりを目を開けけた。


 寝ぼけて「佐倉さんこんにちは」と言ってにっこり笑った空飛ぶカァちゃんの呑気な様子に、市谷と権藤からは「はああああ、もう!」という呆れ声がこぼれた。


 最初自分が浮いていることに気付かず佐倉にあれこれ話しかけていたが、佐倉がなぜか脚立に立っており、その下で飯田が上を眺めているのを見た時に、やっと空飛ぶカァちゃんは気が付いたようだった。


 焦ってしまったのだろう、空飛ぶカァちゃんはそのままふんわりと浮いたまま自分のベッドに戻って来た。つまり寝転んだ状態で空をゆっくりと漂い自分のベッドの上で停止し、降りてきたというわけだ。


 空飛ぶカァちゃんはすぐさまガードに手をついて立ち上がり、部屋にいる全員に必死になって謝った。

 怪我のことでうっかりこのことを忘れていたのである。


 公男に気味悪がられたこの『天井ハイハイ』について説明すると、医師も看護師も説明と謝罪を受けいれはしたが、だからといってどうしたらいいのかわからず、ひとまずミーティングを持つからと言って部屋を出て行ってしまった。


 男性の看護師が脚立を持って出て行くと、飯田が言った。

 飯田はなぜか興奮しているようだった、

 「佐倉君、すごいことを思い付いたよ」


 佐倉は嫌な予感を感じつつ、にっこりと口角を上げて「それはどのような?」と訊ねた。


 「ははっ、麹町先生から聞いたんだよ、例の小学生の『東京湾スカイツアー』のことをね。どうせならさ、例の国際問題にもなった破(・)壊(・)遺(・)産(・)だよ、あれだよ!こうなったら破壊遺産ツアーを決行しようじゃないか!」


 佐倉は呆れ返った。

 まさかの、空飛ぶカァちゃんの防火スーツの『合格祈願GOモデル』の売り上げが順調なので頭ごなしに言うつもりはなかったが、そんな馬鹿なことを提案したらそれこそとんでもないことになる。

 「いやそれはちょっと、危険すぎますよ。あまりにも無防備な、」


 「ははっ、だからまずはこっちで警備を徹底した状態でやるんだよ。いまだにお怒りのあの大使をこの国の世界遺産や名所のスカイツアーで飛んでもらってさ、あちらさんから例の破(・)壊(・)遺(・)産(・)ツアーを希望させるんだ。そうだ!それこそ君の出番だよ。あの国とはあれから資源問題で行き詰まってたからちょうどういいじゃないか!」

 

 お読みくださりありがとうございます。

 今週もまたよろしくお願いいたします。

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