106.空飛ぶカァちゃんと佐倉の密談
◇◇◇◇◇
---(それでね、英介や栄太郎も連れて行こうと思ってるんです、楽しみだなあ。
---(リハビリが終わって外出できるようになったら、まず本屋に行きましょう。
---(他に行きたい場所はありませんか?どこにだってお連れしますから!
――(私も楽しみです。でも……私、外出できるようになるのでしょうか?
――(報告の時に行動範囲についてはいつも厳しく注意されて、
---(ああ、あの嫌な顔付きの議員ですね?会議中にふざけたゼスチャーして、
---(カメラ目線で小馬鹿にした態度でウケ狙いしてくるクズ!
---(なんかお笑いが好きだそうですよ、ふざけやがって!
---(大丈夫ですよ。あんな奴、全く気にする必要ないですから。
---(支持者も離れていますから相手にもなりませんよ。
---(それに、櫻子さんに対する過去のコメントであいつは今大変なんですよ。
---(ほら、アレですよ。ムカつきましたよね。
---(『何のための力なんですかねえ、飛んで役に立つんですか?』ってやつ。
---(今になってあいつのそれが叩かれて、ざまあみろですよ。
――(そうだったんですか……私、あの議員には直接、色々言われました。
――(子供が誇りに思えるような行動しないとダメよ母親なんだから、って。
――(その時に結構な数の議員さんがあの人に拍手したんです、私あの時は、
---(ええっ?拍手した奴覚えてますか?いや、顔見れはわかりますか?
――(佐倉さん、大丈夫ですよもう私、気にしていないし平気ですよ。
――(それより三人の精神感応能力者のことですが、佐倉さんには見えましたか?
――(あの人達の頭からこういうのは出ていませんよね?
――(私には見えなくて、というか私みたいに隠しているのでしょうか?
---(櫻子さん、あいつらの羽はもうボロボロなんです。
---(これだけはわかっているのですが、他の能力者の方で、
---(かなり太った男性がいたでしょう?
---(一度、水谷が確認のために集めたことがあったの覚えてますか?
---(あの時に、彼の羽らしきものを見たのですが、細く切れ切れになっていて、
---(本人も前みたいに相手の思考が読めないって悩んでる感じだったんですよ。
---(私は、あの男性がそうなったということに心当たりがあるんです。
---(この前、見ていただいた私の透明な書棚と普通の書棚のことなんですが、
---(私は後ろ側の書棚の本で、時々サイキックの世界を眺めていたのですが、
---(頭から出るコレって、そのうち必ず限界の時を迎えるようなんです。
---(私が確認した本からは、だいたい同じようなことがわかったのですが、
---(使いすぎると20歳前後でボロボロになるみたいで、
---(どんなに気を付けて使っていても30歳そこそこでダメになるみたいです。
---(それに、全く使わないでいても細く弱くなって切れてしまうんですよ。
---(もし一気に、限界値を超えて能力を使いすぎると使い物にならなくなるし、
---(どんなに気を付けていても、誰でもいつかそうなるって。
---(どの本を見てもそれだけは同じでした。
---(あの三人の状態がまさにそれですよ。
---(ただ、稀にかなり高齢になっても衰えない者もいるそうなんですが、
---(そういう人間に共通しているのが、強い光を放つ羽を持っていることと、
---(あとは双子にそういう者が多いということでした。
――(双子……
――(佐倉さん、馬鹿げていると思われるでしょうけど私、
――(自分が双子だったような気がすることがあるんです。
――(両親にも聞いたことがあるんですが、
――(父方も母方も、うちの家系で双子が出たことはないそうです。
――(だから佐倉さんが仰っていた前世というものが関係しているんじゃないかって、そんなことを考えました。
---(櫻子さん、私も同じです。自分は双子だった気がしていました。
――(佐倉さんも?だったら、
---(実は、黙っていましたが櫻子さんは強い光を放つテグスをお持ちですよ。
---(そして私も同じです。
---(お気づきでしょうが、私の羽はほぼすべてが光っています。
---(それによく伸びるんですよ、多分その気になればかなり遠くまでね。
---(限界を超えたくないので敢えて確かめてはいませんが。
---(この状態を見ればおわかりでしょうが、私には無数の羽があるんですよ。
---(羽にはあそこで過ごした記憶のようなものが詰まっているようなんです。
---(数十年もの間、あそこで過ごしていたためにそうなったんだと思います。
――(そうだったんですね。佐倉さん、私の光を放つテグスって、
――(今は出てないですよね?私、どうしてだかわかりませんが、
――(実は、自分でもそういうテグスがあるような気がするんです。
――(でもどこかで寝ているような、隠れているような、そんな感じで……
---(きっとそうですよ。
---(もし、私がそのテグスを見つけた時は話しかけてみましょうか?
---(どうして隠れているのか知りたいですか?
---(櫻子さんが寝ている時に、もし私がそのテグスを見かけたら、
---(出てくるようにお願いしてみましょうか?
――(いいえいいです。ちょっと変な気持ちがするので今はいいです。
――(消えてしまったかもしれませんし……だからいいんです。
---(そうですか、わかりました。
---(では覚醒に関する意見交換といきましょうか。
◇◇◇◇◇
呼吸器が外れた三人が、専門スタッフの補助付きでベッドでの立ち座りといったリハビリを開始した最初の頃、翌日、翌々日、そのまた翌日と、三人があまりの早さで回復していくためスタッフは驚かされてばかりだった。
しかし、そのうちに歩行器を使っての筋力トレーニングに入った頃には、彼らの回復速度に合わせたスケジュールが組み直された。
実際はその後も何度もスケジュールが組み直され、奇跡の三人のリハビリ記録は更新が続いた。
看護師の一人が言っていたそうだ。
ーーー『なぜかわからないがこの三人の回復力は異常だ。もはや根性の問題なのでは?』
ーーー『多分、三人が三人とも普通じゃない』
歩行リハビリが開始すると、彼らの回復速度は更に加速していった。
佐倉の羽が蜘蛛の巣のように身体中に広がり、そのまま羽で駆け抜けて行くというリフレッシュ法――これが関係していることは間違いがないので、佐倉は出来るだけ夜に部屋を訪ね、彼らの睡眠時にこれをやり、リハビリの疲れを取る、そして新たな段階に進んだ時には更にリフレッシュの頻度を上げていくというパターンを繰り返す。
自分が権藤を頼ったことが発端であり、さらにあの事件の夜、麹町と喫茶店でのんびりお茶を飲んでいたなどという失態を犯したことを酷く悔やんでいた佐倉は、あまりにも無頓着にこのリフレッシュ法を使い過ぎてしまったことに気付くのが遅すぎた。
ある日、市谷が恐ろしいことを呟いた。
「佐倉さん、俺最近変なんです。なんか第六感っていうか、ぼんやり思っていたことが当たるんですよね。昨日なんか、ここの担当の看護師さんが転ぶことがなんとなくわかったんです。俺がイメージした通りに転んだんですから!なんか怖いですよね」
それを聞いた権藤の発言にもぞっとさせられた。
「ええっ、市谷君も?俺も妙なんだ。リハビリ室でよく一緒になるおじいさんわかるだろ?あの人、いつもすごく感じ良く話しかけてくれてたんだけど、最近になって、あの人が俺のことを元々ものすごく嫌ってることがわかったんだ。どうして急にそれがわかったかのは自分でもわからないけど……一昨日、あのおじいさん、看護師さんに俺と一緒の時間にリハビリしたくないって言っててさ、かなり強引に頼み込んでたんだよ。男性の看護師さんがそれに気づいて俺を部屋から出してくれたからおじいさんと顔を合わせずにすんだんだけどね。ちょっと、自分でも怖いっていうか、正直すごくカンが冴える」
佐倉は「前に、命の危機を感じた人間ってしばらくの間『第六感』が冴えるって聞いたことがあります」などと言って話をそらした。
その日はその後ずっと、市谷と権藤の頭を見つめて過ごす羽目になった。
羽やテグスといったものは見つけられなかったが、麹町も似たようなことを言っていたことを思いだし、不安が募るばかりだった。
最近の佐倉は、もっぱら『覚醒』に関する話ばかりしている。
空飛ぶカァちゃんのほうも、静や英介の覚醒のことを知ったばかりだったので、この話は他人事ではなかった。
佐倉が、麹町や権藤、市谷と羽を通じて触れ合いを持ったことで覚醒に近いことが起こったとするならば、空飛ぶカァちゃん自ら産み育ててきた子供たちが覚醒するのは当たり前だということになる。
そして、空飛ぶカァちゃんの特殊な能力――世界中を探しても、自分以外にここまでスムーズに空を飛べる人間はいないのだ。もちろん隠しているだけで、実際は空を飛べる者がいる可能性はある。
しかし飛ぶどころが、ほんの数秒浮くことが出来るだけでも貴重な研究材料とされ、空飛ぶカァちゃんほどではないにしても、所在を把握され管理されている状態なのである。
佐倉と空飛ぶカァちゃんの共通の疑問はこうだ。
なぜこの国に、短い期間に一度に能力者が出現したのかということ。
そして、彼らの共通点が『精神感応』の能力があるという部分のみであったことだ。
空飛ぶカァちゃんにはその能力がまるでないとされたために、あからさまな差別を受けたが、実際その力があることを佐倉と空飛ぶカァちゃんは知っている。
そして佐倉の恐るべき力。
佐倉はこの力を幼少期から衰えることなく使い続け、今もなお羽の本数が増え続けているという。
他国の能力者はほとんどが半年以内に力をなくしており、その後、再覚醒した者はいない。
佐倉と空飛ぶカァちゃんが世界的に見ても恐るべき能力者であることは間違いないのだ。
別に世界をどうこうしようというつもりもないし、世の中に混乱を及ぼすつもりもないが、この二人の力と、そして静と英介の能力を知られたら何が起こるかわからない。
今二人は、覚醒の謎を解き将来に備え、そして静と英介の能力を知る者を最小限に抑えるために全力を尽くすしかなかった。
英介の能力のことは麹町には打ち明けたが、麹町は「わしの手におえない。権藤と大将にはいったん聞かなかったことにしてもらう」と言った。
実際、麹町は権藤と市谷を含むこの件の関係者すべてに箝口令を敷いた。
「わしがこの立場になったことにも意味がある気がするんじゃよ。だいたいわし、いまだにおかしいんじゃ。とにかく感が冴えて……」
佐倉はこのことは全て自分と触れ合ったせいだと思ったし、実際に羽を飛ばした相手が『覚醒の前段階』のような状態になっていた。
そして佐倉が、改めて覚醒者が出た国を調べ直したところ、恐るべきことがわかった。
---(櫻子さん、私が神経質に考えすぎているだけで、偶然かもしれませんが、
---(覚醒者が出た国には、父と母と一緒に訪れたことがあるんです。
---(私はその時に、お仲間を探そうとして彼方此方に羽根を飛ばしました。
---(何人くらいいたのか忘れましたが、時々カンのいい人間を見つけました。
---(相手は私の存在に気付いたりはしませんでしたけどね。
---(それから櫻子さん、あなたの短期留学先ですけど……ご存じでしたか?
---(あの国には浮く人が二名出たんですよ。
---(四、五か月で浮けなくなったそうですが、これって偶然なんでしょうか?
――(佐倉さん、留学中って敏感になるっていうか、
――(なんとなくそういう感じになったりすることがあるじゃないですか、
――(その時は私もまだ、飛ぶなんてことはなかったのですが、
――(なんとなく嫌な目つきで見られたり、差別的なことを言われている気がして
――(ちょっとピリピリしていたんですけど一度だけおかしなことがありました。
――(頭の中に声が響きました『なんか似てる、なんか近い』って、
――(誰かがそんなようなことを言っていた気がしたんです。
この夜は、眠れない夜になりそうだった。
お読みくださりありがとうございます。




