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103.真珠とショール奪還完了

     ◇◇◇◇◇


「そのように仰られても。櫻子が……櫻子さん本人が母に渡したものですからね。まるで母が奪い取ったかのような言い方はやめていただきたいんですよ。聞いていてちょっと不愉快になります。今更になって、本人が総理に言いつけて返してもらおうとするなど、こちらとしては納得がいかないですね。非常に不愉快です」

 公男は急に強気になった。


 八木の目がキラリと光った。そして穏やかにこう続けた。

 「不愉快、ですか。更に不愉快にさせてしまうかもれませんが、エルメスの大判ショール、こちらのことも事前にお伝えしていたのですが本日、今こちらにご用意できていないのでしょうか?こちらの品もかなりのものですよ?しかもコンクール受賞のお祝いでご両親がプレゼントされたショールだというじゃありませんか。それを取り上げるのはあまりにも酷すぎると思いますが。今(・)の(・)う(・)ち(・)に(・)お返しいただきたいと思って本日伺ったわけです。何度も申し上げますが今すぐ、お返しください」


 「ですから真珠もショールも櫻子からもらったものなんですよ。本人がちゃんとここに来て希望を伝えるというならともかく、総理に言いつけて弁護士に来させるとか、正直言ってちょっとどうかと思います。お引き取り頂きたいです」


 「本人がここに来て?希望、と仰いましたか?」八木がニヤリと笑った。


 まるで馬鹿にしたようにいやらしく笑いかけてきたように見えたので、公男の母が「なんなんです?ニヤニヤして品のない。なにがおかしいんです!」と怒鳴ると、八木がこう返す。


 「ご存じだと思っておりましたが彼女は入院中で、まだあまり話が出来ない状態なんですよ。ですからこちらに伺うのは難しいですね」


 公男の母が興奮し出した。

 「はあ?じゃあ入院して寝てるってのに総理に頼み込んだっていうんですか?なんて卑しい……なんて執着心のある人なんでしょう!一度くれたものを返せとか!恐ろしいです」


 八木と慶次の父が二人同時に声を出した。

 「彼女は総理に頼んだりしていませんよ」


 公男が「ではどういうことなんですか?口では言わずに文字で書いて頼んだとでも?それもすごいですね、元(・)妻ながら驚きですよ」と言ったので、八木がとうとうサイキッカーの話を持ち出した。


 「実はご存じだと思いますが、例のあのサイキッカーがまた出たんですよ。どこに出たと思いますか?総理の所ですよ。それで、その男が言ったそうですよ。櫻子さんのパールネックレスとイヤリングのことと、エルメスのショールのことをね。大変な剣幕だったそうですよ、それで麴町総理がこのことを知ったんです。それで秘書官の方から連絡を受けて我々がこちらに伺ったんですよ。総理は大変お怒りでした。ただでさえあのような状況になっている櫻子さんに対して、申し訳ない気持ちで一杯ですのに、ご家族からここまで理不尽な目に合わされていたとはとね。誰が聞いてもおかしな話じゃありませんか?祖母の形見と受賞記念のプレゼントをあ(・)な(・)た(・)の(・)還(・)暦(・)祝(・)い(・)で渡すなんて。櫻子さんは折角の贈り物をそんなふうに他(・)人(・)に(・)渡すようなことをする方ではありませんから」


 「そんなこと!サイキッカーだかなんだか知りませんが、その男が適当なことを言っている可能性がありますよ。その男はあの人に恩があるそうじゃありませんか!だからそんなことを言いだしたんですよ。自分の能力をいいように使って弱い者をそんな風に追い詰めるなんてとんでもないことですよ。あの人は惜しくなったんですよ、私から子育てのことで助言を受けたり、若かったあの人の面倒を見てあげたりしたことの御礼だと言って還暦祝いでくれたんですから。それを今になって返せだなって、本当に恐ろしいことですよ」


 公男の母は空飛ぶカァちゃんが現在言葉をしゃべれず、ここに来れないことをいいことにそれこそ恐ろしい嘘を重ねた。


 慶次の父と八木が顔を見合わせて、次の段階に進もうとした時だ。

 部屋にいる四人の額がズキンと痛んだ。

 ついにサイキッカーの羽が入室した。


---『おいババア!テメエの嘘にはうんざりだよ。この泥棒ババァ全部返せよ』

---『それから公男さんよ、久しぶりだな。あんた思ったろ?』

---『あれを売ったらラクができるって、真珠のセットを売っぱらって、ショールのほうも処分しちまえって思ったろ?全部わかるからな、このクズめ!変わってねえなお前は』

---『こいつらを何とか追い出して、今日のうちに友達に頼むつもりなんだろ?』

---『売ろうと思ったんだろ?隣の駅の紫の看板の大きい買い取り専門店で』

---『全部わかるからな、クズの公男さんよ』

---『おとなしく慰謝料の分割に応じたかと思ったら、そうか、』

---『なるほどな、いざとなったらこれを売るつもりだったってわけか!』

---『お前、昔、空飛ぶ人からあのネックレスの価値を聞き出してたもんな、』

---『母親に絶(・)対(・)返(・)す(・)な(・)って言ってたもんな、本当にクズだな』

---『そのことを知ってる友達のところには俺がこれから行くから安心しろよ、』

---『そいつにはお前も同罪で訴えるって脅しとくよ、どうせクズだからな』

---『かなりヤバイ奴じゃねえか、お前、売っても多分半分くらい取られるぜ?』

---『ああ弁護士さん、安心してくれよ。ちゃんと麹町のジジイにも言っとくから』


 サイキッカーはここで八木と慶次の父にだけこう囁いた。

 ーー『あんたら、俺の名前使ってこいつら追い込むつもりだったんだな?』

 ーー『平気だよ、このクズには聞こえてねえから』

 ーー『勝手に名前を使われてムカついたがまあいいよ、いいか、』

 ーー『とにかくこのクズ共を潰せ!死ぬほど潰してやれ!』

 ーー『適当に合わせてやっからよ』


 弁護士の二人はビクリとしたが、なんとか取り繕った。


---『俺(・)が(・)麹町爺さんとあの秘書官に伝えた話だから、見に来てみればこれだ!』

---『おい泥棒ババァ、テメエこれからどうなると思う?

---『クズ息子の名前と一緒に、泥棒として名前があがるぜ』

---『俺がやんなくてもじきにそうなる。自業自得ってやつだぜ』

---『家庭内の盗難だってちゃんと民事で損害賠償請求できるからな?』

---『なんとなんと、祖母の形見と受賞記念のプレゼントを?』

---『テメエみたいなババァの還暦祝いにあの人がくれたって?ふざけんなよ!』

---『誰が信じるかそんな話!ババァ、見とけよテメエ!』

---『俺がしなくても絶対誰か近所の人がテメエの写真を晒すだろうよ』

---『元嫁から大切なもんを奪い取って、返さないババァってよ?』

---『近所をまわったがあんた、相当酷い姑だったんだな。かなり言われてるぜ』

---『そのこともこれからもっと聞きまわってやるさ、楽しみにしとけよ』

---『で?元妻から母親を利用して奪わせた宝物を売ろうとしている旦那よ、』

---『裁きを受けろよクズ共、子供たちは可哀そうだが今回ばかりは仕方ねえな』

---『公男さんよ、俺はあんたを見張ってるって言ったはずだ』

---『あんたがどんな夫だったか、色々わかってきたんだよ』

---『あんたはこのババアや海水浴の連中と一緒になって、』

---『苦しんでる空飛ぶ人を眺めて面白がってたようだな!』

---『どうしてそんなことを俺がわかるかって?あの人の記憶と、感情と、』

---『胸の痛みとかそういうもんが、俺の頭に入って来たからだよ!』

---『大切な物なのに返してもらえないって、ずっと泣いてたみたいじゃねえか』

---『夢の中でも言ってたぜ?お祖母さんとお母さんの思い出が、』

---『祝ってくれた両親からの贈り物が、ってよ』

---『お前ら鬼だなマジで。言っとくが、このこと、あんたの娘も知ってるぜ』

---『あの人が、将来自分も娘に贈りたかったのにって、泣いてたことも全部な』

---『お前らみたいなのは娘にも息子にも軽蔑されりゃいいんだよ』

---『俺はこの盗難事件のこと広めるさ、タイミング見てお前らを突き落とすよ』

---『何年も何年も寄ってたかって一人の人間を追いつめて、』

---『自分の醜さに気付かず弱い相手を傷つけて侮辱するあんたらを、』

---『たとえ空飛ぶ人が、もういいと言ったとしても俺は許せないんでね』

---『弁護士さんよ、今から俺は警察行くから、後のことはよろしく頼むわ』

---『ああ公男さん、俺はこれからあんたの会社の連中のとこをうろつくんだ』

---『この前もあんたの上司の頭の中を覗きに来たが、気を付けな』

---『あの人、俺と同じで空飛ぶ人の隠れファンだぜ?』

---『このことがバレたら軽蔑されると思うぜ?』

---『親子で嫁をいびって、宝物を盗んだ奴をどう思うか考えて生きてけ!』

---『じゃあな、警察行ってからあんたの会社うろついてから消えるわ』


 数分、誰も口をきけなかった。

 もう頭の中は静まり返ってしまった。


 公男が「もう、消えたのか?」と小声を漏らし、ガクガクと震える膝を押さえる仕草を見た八木と慶次の父は胸が震えた。

 公男とその母を追い詰めたサイキッカーが絶対的に支配していた数分間――その時、脳に広がる高揚感はもう最高潮に達していた。

 頭の中に直接響いてくるその声、その感覚が、彼らをどうしようもなく興奮させた。

 まさかこの男が現われるとは思っていなかった二人は、驚きのあまりに静からのメッセージを流すことをすっかり忘れてしまっていた。


 なんとか気を取り直した弁護士二人は止めを刺すためのダメ押しの録画を手元でセットしてから、公男にこう切り出した。

 「さて、どうされますか?私はあの男の記事はほとんど読みましたが、恐ろしいことにその正確性については疑う余地はなさそうです。彼のおかげで沢山の人間が逮捕起訴されましたし、無実の人間が何人も救われました。つまり……彼が話したことはほぼ全てが真実だったということです。その彼の証言と今日のあなたがたのお話を持ち帰り、あらためて民事のほうで、」


 「お待ちください!」公男が立ち上がった。


 そうなるだろう。

 どうやら公男は取り上げたネックレスやショールを取りに行こうとしているらしかった。

 

 「わかりましたよ。母の勘違いかもしれませんので。そこまでおっしゃるなら――櫻子の気が変わったと仰るならお待ちください」

 公男はあくまで『還暦祝い』で義母に上げたにもかかわらず、空飛ぶカァちゃんの気が変わったということにしたいようだった。


 八木と慶次の父が何も言わずにじっ、と見つめると公男は母親を立たせ、箪笥の部屋に連れて行った。

 二人は血の気が引いた顔をしていたが、動きは素早かった。

 口も聞かずに取りに行って、引き攣った顔で戻って来た。


 「さあ!そこまで仰るならどうぞ。一方的にあのような人間にあれこれ言われた挙句、会社にまで迷惑をかけるような真似をされたらたまりません。プレゼントだと思っていた母の気持ちだってあるんですから、あまり事を荒立てないでいただきたい。私はまだ直接、櫻子の本心を聞いていませんから。本当に気が変わったのなら仕方がないですからどうぞ、どうぞお持ちください。母もそこまで言うならと申しておりますから」


 無言で受け取った弁護士の二人は「決まりですので、中身を確認させていただきます」と言い、手袋をはめて丁寧に確認した。

 真珠とイヤリングのセットは、空飛ぶカァちゃんの母親と空飛ぶカァちゃんが実際に着けている写真があったのでそれと比較しながらじっくりと見た。


 ショールの方は、空飛ぶカァちゃんが肩にかけて嬉しそうに父母と一緒に写っている写真と比較し、八木がパソコンで柄の拡大部分を開いて見せこれもまた丁寧に確認していった。

 ショールはほとんど使われていないようだった。


 「結構です。彼女に確認していただいてから再度、私からご連絡いたします」

 八木がこう言って公男を見つめた。


 公男は眉間にしわを寄せ、おずおずと図々しいことを言った。

 本当に会社の人間や近隣住民にサイキッカーが何かを言ってまわるのかが気になったが、それよりも何よりも、警察などに行かれたらとんでもないことになる。

 もしそうされた場合でも、なんとか取り計らってもらえるよう頭を下げるしかなかった。


 「私共が勘違いをしていた可能性が高いということはもうわかりましたから。ですからこうしてお渡しするんです。そんな、櫻子が泣いていたとか、そこまで高価な物だったとか、我々にだってわからない部分があったんです。私共はすっかりお返ししたんですから、損害賠償請求とかそういったことはおやめくださいますようお願いします。それと、もしあの男が、その、我々の生活を脅かすような不法行為をしてきたら、それはしっかり、事実と違うということをお話しください。我々はもらったと思っていたんです。でも返して欲しいと言うからお返ししました。それが事実でしょう?ですから、あの男があれこれ言った時はそちらが、ちゃんと責任をもって我々の対応を証言してくださるようお願いします」


 「証言?私共が?どのようなことを証言すればよろしいのでしょうか?一度結婚式で着けたいから貸せと言って持って帰った後、なぜか還暦祝いでプレゼントしたことにされて、いいえそうじゃないと言い続け、返してくれと何度も何度も頼んだ彼女を、夫と姑と、舅まで一緒になって怒鳴りつけ、泣いても頼んでも返さなかったあなた方のことをですか?申し訳ありませんが、サイキッカーが何を言うかなんて私共にはわかりませんよ。そちらでご対応ください」

 

 こう言われて公男は八木を睨みつけたが、言い返す言葉は見つけられなかった。

 八木が続けた。


 「このことで、静ちゃんと英介君の証言があるのですが、お聴きになりますか?かなり詳細なものでして、これを聴いていただければ、先ほどあなた方が仰っていた『勘違い』か『そうでないか』がわかると思ったのですが、サイキッカーが現われてうっかりしました。せっかくですから、お聴きになりますよね?」


 子供たちのことを言われて公男は頬がカッと熱くなった。とてもじゃないが聴く気にはなれない。

 というか、今ここで聴くわけにはいかなかった。

 「いえ、結構です。用件がお済みでしたらお引き取りください」


 二人の弁護士はすぐに立ち上がり、書面を送る旨を伝えると二人はあっという間に出て行った。

 公男の母親は立ち上がることも出来ず震えているようだった。 

 会社の状態が気になって仕方がない公男は、車のキーを取り出して慌ててエンジンをかけると、休みを取っているにもかかわらず会社に向かった。


 公男の車が見えなくなるとタイミングよく、ドラッグストアの駐車場から車を出した佐倉がハザードを出し、心配そうな顔をして運転席から降りてきた。

 すかさず八木が手を振っった。


 「安心しろよ美人さん。これから病院に行こう」


 



 お読みくださりありがとうございます。

 これからまた空飛ぶカァちゃんと佐倉の話に入っていくと思います。

 身内の住まい周辺の台風・大雨が心配で落ち込みます。がんばります。

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