決戦の日
『――矢浪選手、今の心境をお聞かせください』
『私たちパイロット候補生はこの日のために一年半近くの間、多くのことを学び厳し訓練にも耐えてきました』
髪を銀色に染めた一人の青年――矢浪颯はカメラの前で堂々と話す。
『ここにいる四人だけでなく、途中で訓練を離脱した二人の思いも背負って戦うつもりです。……が、それ以上に俺は勝ちに飢えています』
それから、人差し指を空に向けて立ててから告げる。
『必ず頂点を獲ってきます』
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5月19日。会場の海浜幕張公園の入場ゲート前にはすでに多くの人が溢れていた。
宇高莉緒は想像以上の観客の熱気に気圧されながら、腕時計で時間を確認する。
(おばさん、間に合うかな?)
莉緒はメールで渋滞に捕まった旨を伝えてきた颯の母親、凪のことを心配した。
颯にとっては1年の訓練の成果を出す、1度きりの晴れ舞台。なのに、父親は仕事で来れないうえに、母親まで試合を見れなかったのではあんまりだ。
「先に入ってていいって言われたけど……」
レースやパイロットに割と近しい人だけが集まっていそうな特別席に、ただの幼馴染でしかない自分が1人で行くのは躊躇われた。かといって、凪のことを待っていたら本当にレースが始まってしまうかもしれない。
(まあ、約束だからね。行くよ、颯――)
しかし、莉緒の決意はその数秒後に挫かれた。
(あ、あれ……な、なななな――)
「なんでやぁぁーー!」
莉緒の焦りは関西弁で現実に木霊した。
莉緒は何故かチケットの入ってないハンドバッグを叩きつけるようにして、周囲の視線も気にせずコンクリートの地面に膝を付いた。
「なんで……なんで直前にバッグを変えようと思ったんだ……」
おそらく、前日に好きなアーティストのコンサートがあったのも理由の一つだ。
それがいろいろな遠因となって心に隙がどーたら……いや今更、後悔しても始まらない。
取りに戻る時間はない。交通機関の全てが噛み合って片道一時間、往復で二時間。レース本戦を見るならギリギリ問題ないが、颯たちのレースはその前にあるチャレンジャーズクラスよりも、更に早く行われる。早い話が詰んでる。
(そ、そうだ。当日券があるかもしれない。最悪、特別席じゃなくても応援は出来る……)
何とか気持ちを落ち着かせて、現実的な代案を考える莉緒の前に、気付くと一人の青年が立ち止まっていた。
「あの、もしかして体調悪いんですか?」
眼鏡を掛けた長身の青年――古門弥勒は、莉緒に向けて心配そうに表情を浮かべた。
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「――まさか、颯の知り合いだったなんて」
観戦席に案内してもらう途中、莉緒と弥勒はお互いのことを少しだけ話した。
「といっても、最近はほとんど会ってませんけどね。きっと、訓練を一緒にした古門さんの方が今の颯のことは分かってると思いますよ」
「どうかな……。僕も結局、9月に別れて以来初奈以外とは会ってないからなあ」
弥勒の表情は少しだけ切なそうだが、もう過去として吹っ切っているようにも見えた。
「もう働いてたりするんですか?」
「はい、4月から航空業界で働いてます」
「10月から就活してですか……凄いですね……私も、今年1年目なんですよ」
莉緒の場合、逆に内定が10月まで出ずに苦しんだので、素直に羨ましいと思った。
「本当は今日も研修だったんですけどね。何とかサボってきました」
「……真面目に見えて意外とやりますね」
莉緒は弥勒がレースを辞退したのはなんでなのだろうか、と少し気になった。
あの後、莉緒から事情を聞いた弥勒は、即座に大会関係者に電話して、莉緒が入場できるように手配してくれた。その手際のスムーズさ、具体的に莉緒がどうすれば入場できるようになるか、電話相手に提案する姿など、凄まじい有能感があった。
そんな彼が辞退するほど、訓練は過酷だったのかと想像が進んでしまう。
「弥勒君。やっと来たー。もうそろそろ、時間だよー」
観戦席の近くで、やや幼い印象を与える少女――初奈が弥勒を迎えに来ていた。
「って、女の子連れてる!?」
弥勒の妹だろうか、と莉緒はそのリアクションを見て思った。
「お待たせ。――彼女は颯君の幼馴染だって。せっかくなんで、一緒にレースを見ましょうか?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
莉緒はレースの知識はほとんどなかったので、その申し出には救われた気分だった。
観戦席には思いの外、沢山の人がいた。弥勒が言うには、エアレースの本戦に出る選手の関係者もいるらしい。莉緒は様々な年代の人がいる中で、車椅子に乗った同年代の少女の姿が妙に印象に残った。
弥勒は初奈と一緒にレースのルールを説明してくれた。
颯たちの参加するスペシャルレース、正式名称『AIR ACE』トーナメントは、その名の通りトーナメント式の各1回勝負。トラックは本戦で使うコースと同じものを使う。優勝した1名が今後、藤咲重工業やブルーカウの支援を受けてパイロットを続けることが出来る。
「1回勝負ですか、厳しいですね……」
「本戦もそうですからね。だからこそ、駆け引きが生まれるし、誰にも結果が予想できない」
弥勒は本当にエアレースが好きなようで、莉緒の期待も高まった。
《――大変長らくお待たせしました》
そのとき、会場にアナウンスが響いた。
《これより、スペシャルレース『AIR ACE』トーナメントを開催します》
企画を知ってか知らずか、観客たちがざわつく。
《このレースはゲーム『AIR ACE』のプレイヤーたちが一年間の訓練を経験し、エアレースに参加するという企画のもので、参加する四人のパイロットは全員が『AIR ACE』のトッププレイヤーです》
簡単そうに語られる企画の概要に、候補生たちのこの一年間が詰まっていた。
《今回はしかも、ブルーカウの尽力により、ゲームで使用していた機体のデザインを極力再現しているそうです》
「ふっふっふっ……」
初奈がそれを聞いて得意げに笑うのを、莉緒は怪訝な顔で見る。
《それでは、一回戦の組み合わせの発表です。『命知らずの狼』スカイウルフのアバターを使う矢浪颯選手 VS 『自由の海人』ドルフィンのアバターを使う川崎入鹿選手です!》
小型スクリーンには二人の姿と共に、ゲームのアバターが映し出される。
「いよいよだね……」
弥勒が緊張するのを見て、莉緒も首に掛けた双眼鏡を握る手に力が入った。




