訓練最終日
やがて、海外での訓練最終日がやってきた。
2月23日。候補生たちは拠点となったフライトスクールのラウンジで、スタッフたちと共にお別れ会を行った。
撮影班による最後の収録も昼間に終わり、大浦たちは一足先に日本へと帰った。
「これまで、お世話になりました」
「試合は見に行くよ。オーナーも行きたがってるからね」
長い間、教官や技術者として世話になった丹治とはここでお別れだった。ここからは遙香や任がメインの技術者として、颯たちのバックアップを行う。
「日程は5月の19日で決まりでしたっけ?」
「はい。変更がなければ、例年よりも少し早まりましたね」
颯たちはこれから帰国して、ラインセンスの切り替えや国内訓練を行う。しかし、海外訓練ほどの密度はないため、むしろ腕を落とさないように工夫を凝らさなければならない。
「俺たちも久しぶりに実家に帰るな」
「そうだね。お父さんとかうるさそう」
渡航費の都合で、颯たちは年末年始もロサンゼルスで過ごした。気が付けば、もうほとんど一年、実家には帰ってない。それを感じさせない程に、ここでの生活は変化に富んでいた。
「ちょっと、飛行場に行かないか?」
「うん。私も最後にもう一度見ておきたい……」
颯は雪兎を誘ってラウンジを後にした。
振り返ると、入鹿は遙香と食事をしていて、貴広は地元のスタッフたちと何かを話している。そんな賑やかさが遠ざかる。
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夜の飛行場は、ラウンジと比べてとても静かだった。
最終便も過ぎていて、照明は落とされ、空には代わりに疎らな星の光が輝いている。
「もう慣れた飛行場だと思ってたけど、こうなると別の場所みたいだ」
「うん。こういう雰囲気は好きだな。知っている場所の知らない一面って感じで――」
颯はこの会話に、いつかのテーマパークでのやり取りを思い出していた。
周囲の賑やかさこそ正反対だったが、隣にいる相手のことだけを考えているということでは変わらない。
「――颯、ありがとうね。これまでのこと」
やがて、今度は雪兎の方から気持ちを口にした。
「それって、何に対する感謝の言葉?」
「全部だよ。今は謝るよりもお礼を言う方が正しいと思って」
雪兎の声には颯の強張った心を溶かすような熱が籠っていた。
それが、雪兎のこれまで覆い隠してきた感情だと思うだけで、颯は何故か泣きそうになった。
「俺、やっぱり、雪兎のこと好きだ」
颯は自然と思いを口にしていた。
「……おー、直球だね」
雪兎もまだ構えてなかったのか、思わず軽い感じで返事をした。
「最初に言っとくと、後が繋がるからな」
「……うん、分かる気がする」
颯は自分の土壇場での勇気に感心しながら、言葉を1つ1つ繋げた。
「ごめん。雪兎はそういうの背負いたくなかったのかもしれないけど。俺は思いを伝えないまま、終わりにするのは嫌だったから。それほど。真剣に雪兎のことが好きになってたから」
思いが溢れるほど、声が小さくなっていく。
「好きだから。レースが終わった後も、ずっと一緒にいたいんだ」
「……そう」
それ以上、雪兎からの返事はない。
颯は言うことは言ったと、空を見上げて返事を待った。
「……ナイトショーのとき。わたしは颯の思いに気付いて、受け入れようとも思ったんだ。わたしも颯のことが好きになってきてたから……」
雪兎がぽつりぽつりと話し出す。
「でも、駄目だった。理由はわたしだった。友達を言い訳にしたけど、本当の理由は違う。わたしにとってこのレースが大きなものになってて。それを壊してしまうのが嫌で、わたしは颯の思いから逃げて、告白される前に振った。でも――」
雪兎の声に迷いはなかった。後悔も欠片もない。
「ありがとう。おかげで、わたしは精一杯やれたと思う」
「……俺もだよ。雪兎があそこで一度はっきりと振ってくれから、吹っ切ることができたんだと思う」
適正審査のときはその吹っ切れ方が悪い方向にいったが、あの失敗のおかげで、颯は自分の認識の甘さを実感できた。
本当の意味でレースに向き合ったことで、颯は自分に少しだけ自信を持てた。
だから、今はもう一歩踏み込んでみようと思った。
「それなら、レースが終わるまで、付き合うのはなしか?」
颯が微笑みかけると、雪兎は照れて笑う。
「うーん、どうかな。日本に帰ってからは今ほどスケジュール詰まってないし」
事実上のオーケーを聞いて、颯は心の中でガッツポーズをした。
「……ははは。いいのかな、こんなに都合のいい話があって」
颯は胸が締め付けられるような気持ちになり、これが現実なのか分からなくなった。
「人を好きなるってことは、都合のいいことだよ」
「……そうかもしれない」
颯は雪兎の手を繋ぐ。
柔らかくて冷たい手のひらの感触を優しく握ってみる。
「レースが終わったら改めて告白するよ。あと3カ月、一緒に頑張ろう」
「うん、待ってるから」
颯と雪兎は涼やかな風を感じがら、しばらくの間、並んで遠くの星空を眺めていた。




