空に星を描く
エアショー当日、颯たちはそれぞれのエクストラに乗って、会場である空港を目指した。
(こんな遠征、免許のときのクロスカントリー以来だな)
あの頃からすでに、半年以上が過ぎている。コックピットに対する新鮮な感情はなくなった代わりに、目下に広がる外の風景を楽しめるようになった。
《みんな。そろそろ着くよ――無線を切り替えます》
会場となる空港が見えてきた。他のチームも参加する大きなエアショーというだけあって、駐機場には色とりどり、種類も様々な機体が停まっていた。
会場に着くと、オーウェンが五人を出迎えた。
「お疲れさま。受付と体調チェックを済ませて来てくれ」
オーウェンも所属するチームのジャージを着ていて、普段とは違う雰囲気だった。
「じきにクリスたちも見に来る予定だ。すまないが、俺もこれからミーティングがある。待機場で合流しよう」
飛行場には、すでにテントで仮設の受付が建てられており、観客に向けた飲食店等の設営も始まっていた。颯たちは各種手続きを済ませると、祭りが始まる前の浮ついた空気を楽しみながら、他のメンバーの合流を待った。
「ようやく、世間に俺の名を轟かす日がやって来たぜー」
開場して人が集まってくると、入鹿を除くメンバーが緊張し始めた。
「待たせたな。……大丈夫か?」
クリスがやってくると、その様子を見て心配そうに顔をしかめた。
「いいか。緊張するなとは言わないが、ハードルを無駄に上げるなよ。そうだな……」
クリスは何かいい方法はないかと、顎に手を当てて少しの間考えた。
「スタークロスだ。今回はそれだけ成功させることを考えろ。他が失敗しても、それさえ上手く行けばいいと思えば、気が楽になるだろう」
「……スタークロスって、ラストで一番難易度が高い技じゃないですか」
雪兎が候補生たちも思っていることを、代表して口にした。
「そうだが、問題あるか?」
「確かに、それだけは決めたいな」
入鹿だけがクリスに同意して、颯たち残りの候補生たちは複雑な心境で自分たちの出番を待ち続けた。
▲ ▼ ▲ ▼ ▲
入場十分前、颯たちは燃料補給と点検を終え、それぞれの機体に搭乗する。
この2カ月の練習が思い出される。
同時に何度も繰り返し聞いた音楽が頭の中に流れ始めた。
《時間だ。いこう!》
雪兎の合図と同時に、エンジンをフルスロットで掛ける。
颯は前方の入鹿に続いて、滑走路を走り、青いエクストラを空に羽ばたかせた。
5機のエクストラは飛行場の周囲を旋回して、そのときを待つ。
《――続いても期待の新チーム。ブルーカウの旗印の元に集まった、将来性は一級品、日本の若きパイロットたち。チーム『AIR ACE』です!》
1曲目のオーケストラが大音量で会場に流れ始める。
それを合図にスモークスイッチを起動、5つの白線が軌跡を描く。
牧歌的な音楽と共に、エクストラは青空を優雅に舞う。5機は徐々に間隔を詰めて、まるで1つの大きな機体のように同じ方向に舵を取る。
観客に弧を描くように近付くと、エクストラは同時に翻り、背面飛行で低空を泳ぐ。
《ご覧ください。これが、訓練を始めて僅か半年のパイロットの技術でしょうか?》
英語の実況が煽り、観客も颯たちに声援を送った。
編隊飛行は続き、宙返りを行い、曲線を描き、途中から一直線に並んだ。
一列に並んだ青いエクストラは、演技が始まって以来の高高度を目指し、プロペラ音を響かせながら長い上昇を始めた。
《3、2、1――》
雪兎のカウントと共に、各機体は進路をバラバラに散開する。
その瞬間、音楽が切り替わり、アップテンポな曲が流れ始める。
颯たちは機体を加速させ、次の演目に移る。
1曲目のコンセプトが〝編隊飛行〟ならば、2曲目は〝レース〟――颯たちの集まりを象徴するような、架空のコーストラックを回るような演技だ。
まずは、貴広と入鹿のエクストラが肉薄し、スピードレースを繰り広げる。
シケインやシングルパイロン、見えないコースを2機は高速で駆け巡った。
《彼らはチーム名にもなっている『AIC ACE』というゲームの企画によって、エアレースパイロットを目指すという、数奇な運命に引き寄せられて集まりました》
貴広と入鹿は見えないゴールゲートを潜り、僅差で勝利した入鹿がクライムロールでアピールを行う。余談だが、この勝敗は口論の末、コイントスで決めた。
2人の機体が退場し終わる前に、颯と初奈が入場する。
今度はやや趣の変わったコースで、ナイフエッジによる旋回や、ゲームに登場したエアリングなどを想定したコースを飛び回る。
《行くぞ》
《3、2、1――》
ギターによる激しいソロ演奏の最中、二機はナイフエッジ飛行で交差する。
《ナイフエッジに空中交差。この演技は、切磋琢磨し合い、互いの能力を高め合っている彼らの関係を表しているようにも思えます!》
事情を知らなかった観客たちも、熱の入った実況によって盛り上がる。
予想外の盛り上がりに、演技中、一番危険度の高い技を終えた颯も胸を撫で下ろす。
颯たちのレースの途中、貴広と入鹿が再びコースに乱入、更には雪兎も加わり、五機は空中を目指しながら密集していく。
音楽が徐々にフェードアウトする。
5機のエクストラが再び直線に並ぶと、次の音楽が流れ始めた。
3曲目――最後の一曲は、壮大な星空を感じさせる情緒的なバラード曲。
イントロと共に、颯たちは等間隔に広がって下降する。
颯たちは空中で何度もすれ違いながら、これまでとは違う落ち着いた演技を見せた。
曲の中盤になると、それぞれの機体は観客の前から順番にフェードアウトしていく。各々が配置に付きながら、颯は演技が終わりに近付いていることを実感していた。
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演技がクライマックスに向かう中、初奈は少しだけ昔のことを思い出していた。
「初奈ちゃん。元気にしてる?」
11月の半ば、正面に座った初奈の表情を見て、勲子は彼女が相談したかったことを直感的に理解した。
「はい。相変わらず訓練は厳しいけど、みんながいるから楽しいです」
「……そっか。そんなみんなと戦うのは、耐えられない?」
勲子の言葉に、初奈は気まずそうに頷いた。
「ごめんなさい。こんなにいろいろ良くしてもらっておいて、そんな理由で辞めたいって言うなんて。あり得ないですよね……」
「そんなことないわ。……そんなことない」
勲子はそう力強く言うと、顔を上げた初奈に優しい声で語りかけた。
「6人の候補生を選ぶとき、初奈ちゃんが選ばれた決め手は、候補者たちの中で1番ゲームを楽しんでやってそうだったからなの。他の仲間たちって競争心強い人が多いでしょ?」
「……はい。それはもう、日々感じてます」
苦笑交じりの感想に、勲子も心の底から同意した。
「ゲームの上位ランカーは大体そう。この企画を見て、勝つためにゲームをやっていた。だから、初奈ちゃんのように、自分のデザインを他人に提供したり、タイムを上げるために自主的に研究会を開いたり……。そういうことが出来る子が1人くらいいてもいいと思ったの」
「……ごめんなさい」
「いいのよ。――本音を言えば続けて欲しいけど」
勲子は繰り返し謝る初奈に向けて、冗談めかして笑った。
「この企画を始めた当時は、もっと候補生同士、ピリピリした空気が続くと思ってた。でも、初奈ちゃんが戦いたくなくなるくらいには、みんな仲良くなってくれた。私にとって、それは本当に嬉しい誤算だわ」
「…………」
「だから、せめてエアショーだけは最後までやりましょう」
初奈は勲子の言葉に驚いて顔を上げた。
「いいんですか?」
「そのために、このタイミングで相談したんでしょう。いいわよ。ここまでずっと訓練してきたんだから、当たり前じゃない」
「……ありがとうございます。みんなとやるこのショーだけは、必ず、最後までやり通してみせます」
そして、遂にその最後がやってきた。
初奈は操縦桿を握り、雪兎からの指示が入るのを待った。
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曲が終盤に差し掛かると、雪兎は無線で最後の呼び掛けを行った。
《それじゃあ、私から、スタークロス――始めるよ》
雪兎はスモークスイッチをオンにして、急上昇を始め、ボリュームを落とす楽曲に変わってエンジン音を響かせながら、観客の見上げる空に白線を引き始める。
《セカンドライン、黒鳥貴広、行きます》
間を空けず、貴広のエクストラが急降下をしながら2本目のラインを引く。
《三本目、入鹿》
《颯、四本目》
ワンテンポタイミングをずらして、入鹿と颯がスモークを焚き始める。
《初奈、行きます》
曲は最後のサビ、初奈は全ての白線に交わるように角度を調整し、全速力で直進した。
初奈はその途中、温かい感情が胸に込み上げてくるのを感じた。
(……私がこんなところまで、来れるなんて、思ってなかったな)
曲の余韻が残る中、観客の歓声と拍手が響き渡る。
時間差もほとんどなく引かれた5つのラインは、1つの軌跡を描く――不格好だが、大きな一番星が、夕色に染まり始めた空に浮かび上がった。
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帰り道、颯たちは疲れも残る中、各々のエクストラでホームの飛行場を目指した。
《なんか、全然練習通り出来なかったなー》
《分かる。実況とそれまでの盛り上がりのおかげで何とかなったけど、実際、途中はボロボロもいいところだったよな》
入鹿の言う通り、観客は盛り上がっていたものの、特に後半のフライトは粗が目立った。3曲目の練習時間がやはり足りなかったことと、曲ごとの微妙な計算のズレが、終盤に響いたのが理由だった。
《周りのチームも凄かったから、相対的にしょぼく見えたかもな》
《ていうか、オーウェンって地味だと思ってたけど、あんなにフライト上手かったんだな》
《おい、俺たちの師匠馬鹿にすんなよ!》
颯たちは最初こそ、感傷に浸り饒舌だったが、徐々に疲れが押し寄せて口数が減った。
《――でも、最初にしては良かったよね》
雪兎が沈黙を破って、珍しく感傷的な言葉を口にした。
《ああ、上出来じゃないか》
《トラブルもなく、一応、全てのシーンを消化できた》
颯と貴広が相次いでその言葉に同意する。
これまでにはない心地よい達成感が、胸に残っているのは確かだった。
《俺のデビューフライトとしては、まあ及第点ってところだったな》
《……うん、楽しかった》
それからまた、沈黙が続いた。
しばらくして、地平線のずっと先に、見慣れたロサンゼルスの夜景が見えてきた。
《――初奈、お疲れ様》
切り出せない初奈の代わりに、雪兎はその言葉を告げた。
《……なんだ。やっぱり、みんな、知ってたんだ……》
初奈が泣いていることは、無線越しに聞く声でさえ分かった。
《おい、フライト中だからあんまり泣くなよ》
そう言いながらも、颯の視界も僅かにぼやける。
機体同士は離れているのに、すぐ近くに仲間がいるように感じる。
見上げると、星空がいつもより近い。思えば、ナイトフライトも免許取得のとき以来だ。
《弥勒に日本で出迎えるように、メッセージ送っとくか?》
《え、いいよ。なんか気まずいし……いや、でも……》
《あ、日本に着いたら、〝雪見だいふく〟送って欲しいな。そろそろ恋しい》
《ええー、何それ。帰国するまで我慢しなよー》
無線越しに繰り返される他愛のない会話を背景にして、同じ色をした飛行機たちは明るい夜空を飛んだ。




