航空祭典に向けて ①
颯の訓練復帰から数日後の午後、勲子から候補生たちに招集がかかった。
颯は一緒に訓練を終えた初奈と共に、教室で他の候補生たちが集まるのを待っていた。
「元気ないな……」
初奈にとって、弥勒がいなくなったショックはやはり相当に大きかったらしい。
常時、寝不足のようなテンションの低さだ。
「わたし、弥勒君のこと、好きだったんだ……」
「あー、知ってた」
初奈は机に突っ伏したまま、しばらく沈黙した。
「……失恋のショックは4ヵ月続くらしいよ」
「そうか。訓練が終わるな」
「……うん。……実は、それだけじゃない」
「へえ」
「今回のことがあって、わたしもいろいろ考えたんだ。わたしって何のために、ここで頑張ってるのかって……。訓練結構きついし、楽しいだけじゃ駄目だよね」
颯はそれを聞いて、初奈のことが本気で心配になった。
初奈にとって、弥勒の存在は勉強や訓練をするうえで、颯が思っていた以上に支えになっていたのかもしれない。
「そうだな。訓練、相当きついよな……」
「うん、ヤバいきつい……」
颯は話を聞いて頷いて、その気持ちを共有することしかできない。
「お、二人とも元気してるー?」
そこに勲子がやって来て、見るからに暗い面持ちの2人を心配した。
「いいえ。トレーニングきついって話してたんです」
颯は誤魔化すように苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、2人にはいい知らせかもしれないわ。――これが、これから皆に配る予定の修正した今後の日程表よ」
勲子の手渡した新たな日程表を見ると、一瞬自分の目を疑った。
基礎訓練で埋まっていた10月後半から12月までの計画が、見事なまでに様変わりしていた。
「12月20日、エアショーに参加って。なんですか、これ?」
「バゴイさんが模擬レースでのあなたたちのフライトを見て、年内にでも、知人のショーに出てもらおうと思い立ったそうよ」
「なんつー、勝手な」
「……どれくらい、人が集まるんですか?」
初奈も抜き打ちテストでも受けさせられるような、嫌な緊張を感じている。
「毎年やってるショーみたいだから、それなりに人は集まると思うわ。もちろん、エアレースほどじゃないと思うけど」
勲子は至って気楽な様子で話を続ける。
「クリスもレース向けのトレーニングだけをするよりも、技術の向上が見込めるって賛成してたわ。それに観衆の前で飛べないようでは、レースだって辛いでしょ」
「それは、そうですけど……」
「実を言うと確定ではなかったから、スケジュールには書いてなかったけど、元々エアショーに参加させようって話は出てたのよ。実際のエアレースの参加資格は知ってるでしょ?」
――エアレースに参加できるのは、現役のエアロバティックス・パイロットのみ。
そもそもが例外だらけの今回の企画及び特別レースなので、そんな当たり前過ぎる前提など忘却していた。
しかし、仮にもエアレースに参加する以上、実際にそこを突かれたら何も反論できない。
「それにね。このショーに参加することが決まったおかげで、もう1つだけ良かったことがあるわ。きっと、みんなのモチベーションに関わることよ」
勲子は自信たっぷりに含みを持たせた。
(あ、もしかして――)
颯は直感的に〝良かったこと〟の内容に思い当たったが、まさかそれが本当に実現するとは夢にも思っていなかった。
▲ ▼ ▲ ▼ ▲
10月16日。飛行場に集まった五人の候補生たちにサイラスが言った。
「いいか、あくまでもこれはレンタル品だからな――」
「よっし、やっぱりきたあああ!」
入鹿だけでなく、候補生たちは話の途中で〝それぞれの〟エクストラの元に向かった。
飛行場には『ブルーカウ』から候補生たち個人に提供された、五機の青いエクストラが並んでいた。
颯はそのうちの一つ、赤いラインの入った機体に近付き、その輝くボディラインを撫でた。
「今回はエアショーだから、ベースのカラーリングを統一しているが、希望があるならレース前に好きなカラーリングに変えてもらうのもいい」
「俺はこれでいいぜ」
「俺は黒にする」「私は白」「オレンジ。現実で見たことないオレンジがいい!」
「――俺は当然、赤色にしてもらう」
「遠慮しないな、お前ら。……あと、気付いてないようだから教えとくが、主翼を見てみろ」
颯が言われるままに主翼を確認すると、そこには独自の装飾が施されていた。
銀で縁取られている、見慣れた狼のマスコット――『AIR ACE』のデザインと寸分も違わない――スカイウルフが、青空を見上げて笑っている。
▲ ▼ ▲ ▼ ▲
「エアショーというのは、ある部分ではレースに近い部分がある」
教官のクリスティナ・ロスはホワイトボードの前に立ち、候補生たちに向けてエアショーの基本を教え始める。
「一見パイロットが自由に飛んでいるような演技でも、実際には綿密な計画の元に行われている。観客に見せるため、ある一カ所に留まってフライトするには、速度と高度を維持しなければならないからだ」
「あの勢いに任せに見えた、サイラスの歓迎フライトもそうだったんですか……」
「矢浪、それは皮肉か? あれは適当だ」
颯が素でこぼした感心の言葉に、クリスが心臓が凍えるような声を出す。
颯は入鹿が口元を手の甲で隠すのを横目に、ここにはいないサイラスを恨んだ。そりゃ、後であれだけ注意を受けるわけだ。
「まあ、それはいい。問題は――特に集団飛行となれば、ミスはただの演技のミスでは済まないということだ。だから、与えられた演目をただこなすのではなく、そういう順序になった意味もよく考えて欲しい」
クリスの言葉にミーティングに臨む候補生たちの気が引き締まる。
颯たちはエアショーに、チーム『AIR ACE』として参加して〝集団演技〟を行う。
エアショーに参加すると聞いて、颯は勝手に個人演技をするものだと思っていた。あるいは適正審査のように、そこ2度目の振るい落としがあるのかと勘ぐっていた。
だが、勲子が言うには、技術を競う大会でもない航空イベントで素人同然の候補生たちの個人演技で、プログラムの貴重な時間を5人分も割けないという話だった。
それは最もな話だったが、更に難易度の高い集団演技を行い、見るに耐えない結果になるのでは本末転倒な気もした。
ともあれ、颯たちはエアショーに向けて、個人訓練から集団訓練へとシフトした。
それにより、サイラスとオーウェンは以前に比べて時間が出来たため、エアショーに向けての訓練期間中は週に1度か2度顔を出す程度となった。
元々、来年以降チャレンジャーカップに参加する予定のサイラスにとっては、自分自身の貴重な訓練時間を確保できた形になる。
「楽曲に合わせた演技を、2つ、余裕があれば3つ習得してもらう。最終的にはやりたい演目があれば採用することも考えるが、まずは入場時の短めの1曲目で徹底的に集団飛行の基本を覚えてもらう」
クリスはホワイトボードに描かれた絵を支持俸で指しながら、1曲目の演目の説明を始めた。
1曲目はクリスの言う通り、基本的には集団で飛行を行うだけだった。
スモークを焚いての入場、旋回、上昇――。5機もの同時飛行は揃っていればそれだけで演技になる。最も、その分危険は付き纏うし、下手な個人技よりもよっぽど難しい。
「以上で説明は終わりだ。最後に、前半はほとんどが編隊飛行になる以上、当然先頭を務める存在……リーダーが必要になる」
クリスがおまけのように付け加えた言葉は、ミーティングが終わる直前、気を抜いた直後の颯たちの心をこの場に引き留めた。
「リーダーは今日からの3日間の訓練で決める。気合を入れてやれ」
クリスの想定通り、この一言で颯たち候補生たちのモチベーションは高められた。
その緊張感に、小さくため息をついた初奈を除いて――。




