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AIR ACE  作者: 静水映
PHASE2
20/21

適正審査 ②

 エアパイロンが立てられ、いつもの練習場がレーストラックに変わっていく。

 トラックは円型で横長、3連パイロン(シケイン)や、シングルパイロンによるUターン、水平で通過しなければならない連続のエアゲートなど、レースでも使われるギミックの大半が入っていて、トラックだけ見れば難易度はそれなりに高い。

 その一方で、安全面を考慮してスタート速度や最大Gが大きく制限されているため、実際は候補生の技量でも何とか完走できる仕様になっている。


「飛行順は事前に告げたように、雪兎、弥勒、貴広、初奈、颯、入鹿の順番。チェックに問題はなかったから、機体は普段使っているものを使用する」


 クリスの言うように、飛行順番は使用機体の関係からすでに決められていた。


「雪兎、準備はいいか?」


「はい」


 雪兎はヘルメットを抱えて、クリスと共にエクストラの最終点検に移る。

 颯はその背中を祈るような気持ちで見送った。

 やがて、白いエクストラがエンジン音を上げて、薄い雲の漂う空に飛び立った。


(私は夢を叶えるためにここにいる)


 雪兎はエクストラの速度を徐々に上げて、スタートゲートに近付いた。


《――準備はいいか?》


「……はい」


 雪兎は無線で呼び掛ける任の声に答えて、スモークスイッチを押す。

 白いスモークが焚かれると、それをスイッチとして雪兎の頭の中で音楽が流れ始めた。



          ▲   ▼   ▲   ▼   ▲



 雪兎の脳裏にここ1週間の練習と、クリスとの会話が思い出される。


「最近、余裕がないな。何かあったのか?」


 訓練の後、心配するクリスの問い掛けに、雪兎は堪らずに黙り込んだ。自分でも集中力が落ちて、訓練で精彩を欠いていることには気付いていた。

 原因はおそらく、颯との間にあったことだけじゃない。


「……私は高校以来、勝負事が苦手になってしまったみたいです」


「どうしてだ?」


 雪兎は決意を固めて、クリスに対して自分の過去を話し始めた。


「私は高校のとき、幼馴染の親友――陽和ひよりと1つの約束をしたんです。2人で始めたスラローム、締め括りとして、必ずどちらかがインターハイに行こうって。軽い口約束ですけど、私たちにとっては大きなモチベーションになってました」


 けれど、ある事件がきっかけに約束の持つ意味が変わった。

 陽和は帰宅中に事故を起こし、その年のインターハイどころか、以降激しい運動は出来ない体になってしまった。


「陽和は落ち込んで……。私は彼女の分も頑張ろうと切り詰めて練習しました。それこそ、周りの声や心配を全部無視して――」


 しかし、颯に以前話した通り、予選の結果は惨憺たるものだった。


「そのとき以来、勝負所で安全策をとるようになってしまいました。そのうえ、失敗したら立て直せないというヴィジョンが浮かぶようになってしまったんです」


「……そういうことか。お前が強い理由が、分かった気がするよ」


 雪兎は自覚している弱点が、強さと言われたことに違和感を覚えた。


「私はこのせいで、『AIR ACE』でも何度も勝利を逃してきました」


「そうだろうな。だが、その執着は悪いことじゃない。辛いだろうが、耐えて訓練をこなすしかない。その葛藤は、乗り越えたとき、必ず雪兎の力になってくれるはずだ」


 クリスは今一つ納得していない様子の雪兎に向けて、更にアドバイスを与えた。


「うじうじ悩むなと言って、頭から消せるものじゃないだろう。だから今は、集中する方法を1つだけ提案しておく――」



          ▲   ▼   ▲   ▼   ▲



 プロペラの音が遠ざかり、揺れ動く計器がリズムを刻んだ。

 スタート直後のシケインに対して、雪兎は正確なテンポで操縦桿を左右に振る。


『勝負だと気負わず、演技だと思って適正審査には臨んでみろ』


(音楽に合わせて、パイロンを通過していくイメージ――)


 練習のときと全く変わらないタイミングで電子音が響く。強いGに負けないように、細かく呼吸を刻みながら、シングルパイロンを基点としてUターンを超えた。

 レースの関門である連続エアゲートが見える。


 エアゲートとは2つのパイロンが水平に並んだ障害のことで、間隔は約13メートル。

 その隙間をパイロットは高度と、機体の水平を保ちながら通過しなければならない。

 パイロンヒットで3秒、高度超過、水平失敗で2秒のペナルティが加算される。


 1つ目のエアゲート、雪兎は呼吸を止めて、機体の体勢を水平に固定した。

 脳内に響くボーカルの息継ぎのタイミングに合わせるように、機体はゲートを通過、更に一小節を歌い終えるタイミングで2つ目のゲートを超える。

 細い白線の上を踊るような機体捌きには、息を飲むような美しさがあった。


 2つ目のシングルパイロンを超えると、コースは1周を終えスタートゲートが見えてきた。ここでレースは折り返しに入る。パイロットはスタートゲート通過後にターンを行い、レーストラックを逆走する。

 響く電子音、サビに近付き曲は溜めに入る。

 雪兎はスタートゲート通過と共に機体を上昇させて、バーティカルターンの体勢に入った。


 上空をロサンゼルスには滅多にない白くて厚い雲が覆っている――。


 その一瞬、雪に覆われた予選会場がフラッシュバックする。

 雪兎は機体を翻し、停止した景色の中で、自分を失わないようメロディを口ずさんだ。

 急降下しつつ、シングルパイロンに向けて機体をゆっくりと左に傾ける。規定Gに到達しないよう、計器を片目に急旋回し過ぎないように注意する。機体は速度を増し、更に繊細な操縦が求められる。

 しかし、機体は突如、予想もしない方向にぶれた。


――音楽が途切れた。


 エアゲートを通過、しかし、雪兎はすぐに気付いてしまった。


(パイロンヒット……)


 右翼が僅かにパイロンに接触していた。

 ペナルティ以上に、雪兎の心を何かが締め付ける。


(まただ……また、私は……)


『ミスをしても慌てるな。次のパイロンまでに立て直して、そこから曲をもう一度再生しろ』


 クリスの言葉の裏で、親友の陽和の言葉が過る。


『雪兎覚えてる? 中学生のとき、雪兎はエアレースを見て、自分もパイロットになりたいって言ってたよね。現実的に難しいって知ってすぐに諦めたけど――』


 陽和は大会以来、雪兎が〝自分自身のやりたいこと〟を見失っているのを知って、『AIRACE』の募集記事を紹介してくれた。


『ねえ。私との約束とかじゃなくて、今度は自分の夢を追ってみてもいいんじゃない?』


(そうだ。私は夢を叶えるために――)


 雪兎は心が崩れそうに堪えて、次のエアゲートに向けて姿勢を修正した。

 だが、その後のレース展開は前半のようなキレはなく、タイムは1分58秒97――自己ベストである1分57秒50には及ばず、更にペナルティが加算されて最終結果2分01秒97となった。



          ▲   ▼   ▲   ▼   ▲



(ミスした後もよく立て直して完走したけど、雪兎はそんな風に思えないかもな……)


 颯は雪兎の気持ちが気に掛かりながらも、状況は冷静に分析していた。


(前半は完璧だった。ペナルティ込みでこのタイムなら充分だ。少なくとも適正審査で落ちるようなフライトじゃない)


 時間を空けずに弥勒のフライトが始まった。

 弥勒のフライトは非常に安定していて、全てのパイロンに対して適切な対処をした。

 勿論、経験不足である以上、シケインやターンで小さいロスが重なっているが、それはむしろ前半の雪兎が上手過ぎただけで、候補生たちの中ではむしろ正確な部類に入るだろう。


(弥勒は確実に上手くなっている……)


 颯の目から見ても、その技術は訓練開始当初とは別人だ。尖った部分がない代わりに、着実に一つ一つをこなしていく。とても弥勒らしいフライトだ。

 タイムは1分58秒25。颯のベストタイム1分57秒70に迫る勢いだった。

 ベストタイムが2分台だと、自虐していた数日前からの躍進だ。


 続いて、貴広の搭乗する青いエクストラがスタートゲートを通過する。

 おそらく誰よりも期待を背負っている中、貴広の操縦は攻撃的だった。


(あいつ……)


 颯が驚いているのは難易度の問題というよりは、1つが崩れればその後のレース展開全てを台無しにしかねないコース選択ということだ。これが適正審査で、フライトの内容次第では脱落する可能性がある中で、余計なリスクとも思えた。

 バーティカルターンからの旋回も鋭く、オーバーGを取られないか見ている方が不安になるほどだ。加えて、雪兎のミスを見た後でも、エアゲートでは先を見据えて接触スレスレのルートを選択した。

 タイムは1分57秒45。小さなリスクの積み重ねが、秒差としてタイムに現れていた。


 前半の3人のフライトが終わり、後半の3人の準備が始まる。

 エンジンを冷却するまで時間が、颯にはあっという間に感じた。


「行こうか」


 ブルーカウの審査員と同席しているサイラスの代わりに、遙香が一緒に機体の点検を行う。

 遙香は元が優秀な技術者ということもあり、エクストラの整備に関してはもう傍から見ればプロ同然だった。


「無線で合図が出るまで待機してね。じゃあ、頑張って」


 遠目に見えるトラックで初奈のフライトが始まる。

 初奈は非常に危なげないフライトを見せた。先に飛んだ3人のフライトを踏まえて、練習時にはなかったパイロンの実物との距離感、気候の僅かな違いを把握してコース取りを修正しているの分かる。能力をリスクを減らす方に使うという意味では貴広とは真逆だった。

 タイムは1分59秒37。かなり無難なフライトの割にタイムは二分を割っていない。


 颯は無線で初奈のタイムを聞き、合図を受けてエンジンを掛けた。



          ▲   ▼   ▲   ▼   ▲



 このレースでのスタート時の最高速度は時速230キロ。最大Gは8.5。

 実際のエアレースに比べて大分制限されているが、パイロットの現在の力量を考えたら限界に近い数値だ。


《――準備いいか?》


「はい、行きます」


 颯は徐々にスピードを乗らせて、最高速度ギリギリでスタートゲートを抜けた。

 颯は神経を研ぎ澄ませ、僅かな膨らみでシケインを抜ける。

 風の音が練習のときよりも近くに聞こえる。

 気付くと、適正審査用に用意した安全なコースではなく、ベストタイムを取った際のコース取りをしている。


 颯は自分で思っている以上に、熱くなっていたのだと思い知った。


 原因は雪兎の失敗、それに、貴広が勝っているという現状だろう。

 貴広は周囲からの注目や期待を受け、それに応えるだけの圧倒的な実力を持っていた。

 貴広の努力は知っている。

 何でもできる天才肌という訳ではなく、エアレースを人生の中心に据えてあらゆる犠牲を払っている。その精神力には、颯だって一目置いている。


 けれど、このまま、素直に貴広の才能や勝利を認めてしまったら、雪兎や自分の足掻きが無意味になるように思えて――、それだけは嫌だった。


(喰らいついてやる!)


 最初の旋回を終えて、操縦技術が試される連続のエアゲートに入る。

 颯は正確に2つのゲートを水平に通過するが、その途中で1つの違和感に気付いた。

 遠目に見ていた貴広のエクストラ、このゲートを通過した直後、すでにもっと右に膨らんでことを思い出した。


 颯は今更進路変更はできないため、予定通り2つ目のシングルパイロンを旋回する。

 直感的に、貴広と秒差がついてしまったことを理解した。

 貴広が2つ目エアゲート通過前に、機体を内周に寄せておくことで、次のシングルパイロンを通過する際のコース取りをスムーズにしていたのだと気付いた。そのせいで、2つ目のエアゲートの通過は角度的にも、パイロンとの距離感的にもギリギリだったはずだ。だが、貴広は僅か0.2秒を縮めるためにそのリスクを選んだ。

 貴広が折り返し後のエアゲートでリスクを負っていることは気付いたが、前半でも同じような選択をしていたことを思い知り戦慄する。


(だけど、コースを隅々まで研究したのはお前だけじゃない)


 颯は頭の中で、ベストタイムコースを破棄、試作コース案を引っ張り出した。

 スタートゲートを通過、機体を宙返りの姿勢に移行、バーティカルターンを始める。

 颯はターンの途中、機体を僅かに傾かせる。


(準備は出来た。これで逆に秒差をつけてやる)


 風景が反転する一瞬、強いGを感じながらシングルパイロンに向けて突入する。

 颯は他の候補生のように降下と旋回を分けずに、急降下しながらの旋回という行動に出た。

 この方法を、颯を含めた候補生が選んで来なかったのはいくつか理由がある。


 1つは難易度。速度と距離の問題で、単純に旋回が難しい。

 2つ目は規定Gの問題。最大Gが厳しく設定されているこのルールでは、異常な急旋回はGオーバーによって失格になりかねないからだ。

 3つ目は危険度。慣れない急降下。まして低空飛行において、ミスは命の危険に直結する。


 厳しいルールの設定は、技術が未熟である候補生たちを守る意味もある。


(大丈夫だ。規定Gギリギリまでなら、訓練でも何度も体験している)


 颯は強いGを受けならがも急降下を続行、計器で現在のGを確認しながら、更にパイロンの角度を急にした。

 眩暈がするような速度の中、颯は更に集中力を研ぎ澄ませた。


(怖いものなんてない)


 失格がどうした。適正審査で弾かれるのがなんだっていうんだ。

 引き篭もりの日々。平凡な生活の中で繰り返す失敗。雪兎の掠れた声――。


(ここで勝てない俺に、一体何の価値がある)


 そう思った瞬間、体が軽くなった気がした。

 胸に宿った熱い感情が消えて、代わりに冷たい炎が灯る。

 震えが止まり、脳に5感から情報が流れ込む。

 瞬く間に地面が近づく、颯は機首を上げながら、ラダーペダルで機体のバランスを取る。


(……行ける)


 そう思った直後、操縦桿を握っていた右手が震え、()()()()()()()()()()()()()


 颯はほとんど気力だけで、何とか震える左手を動かして操縦桿を引く。

 黄色いエクストラは辛うじて高度を確保すると、機体はパイロンを中心に弧を描くようにして旋回する。

 疲弊が押し寄せ、狭まった視界に、次のエアゲートが映る。

 内心ではもう事態を把握していたが、颯の意思は構わず先を向いた。


《――規定Gオーバー。矢浪、失格だ》


 遠くに聞こえる任の声が、颯の疲れ切った頭の中に何度も響く。

 颯はその声を聞いて、気力を失う一方で、自分がまだ生きているという実感を得た。

 新人賞の締め切りが続ているので、続きは4月末~5月の連休ごろになると思います。

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