ロサンゼルスの休日 ②
街灯が点き、日中とは違う賑やかさが館内を包み始める。
颯たちはナイトショーの時間になるまで、会場の近くを散策することにした。
「そういえば、こういうのやったことないんだよねー」
ピンボールなどのテーマパーク特注のゲーム筐体が並ぶエリアで、初奈は立ち止まって財布を取り出した。
「普段はアトラクションを優先するし、親としては余計にお金を払いたくないからかも」
「わざわざ、ここまで来て……っていうのもあるよな……」
「せっかくだから、やるよー!」
初奈は外野の声は聞き流して、硬貨を投入して転がるボールの操作に熱中し始めた。
他に射的やボール投げの筐体もあるが、どうにも興味がそそられない。
「こっちにはフライトシミュレーターがあるぜ」
入鹿が呼ぶ方には、80年代風のシューティングゲームがあった。あくまでも80年代〝風〟であり、レトロ感を出しているがクオリティは高そうだ。
その周囲には他にもレトロな雰囲気を持つ筐体が並んでいて、颯は眺めているだけでも楽しい気分になった。
「なんかいい雰囲気の場所だね……」
ゲームを終えた初奈と共に、雪兎と弥勒が颯の方へと来た。
「なんかやるか?」
「……そうだね」
弥勒は颯の提案に少し周囲を見渡して考え始めた。
「あれ、やろうよ。2人で勝負しない?」
そこには西部劇を意識した射撃ゲームがあった。そのゲームの雰囲気も周囲に合わせてやや古風で、ルール自体もスコアを競うシンプルなものだった。
「いいけど、弥勒が勝負なんて珍しいな」
「いや、たまにはね……。1度は本気で颯君に勝ってみたいと思ってたんだ」
「おー、なんか燃えてる」
初奈も好戦的な弥勒を見て目を輝かせている。
颯は初奈の前だからか、と一瞬思ったが、何となくそれも違うような気がした。
「いいよ。その勝負受ける」
「おっけー。じゃあ、勝負は練習を含めて2回――1回だとゲームを見れる後攻が有利だからね――スコアの高い方が勝ちだ」
早速、弥勒と颯は1度ずつ練習を行い、ゲームの感覚を掴んだ。
1プレイ1分。的は12個、現れる〝ならず者〟を打てば1点プラス、誤って〝羊〟を打ってしまったら1点マイナスというものだ。単純だが、高スコアを取るには、反射神経と瞬時の判断力が求められる。
「それじゃ、俺からやる」
颯は硬貨を入れ、片手でハンドガンを構える。
ブザー音と共にゲームが始まる。
序盤、颯は全体を視野に入れて、的確に標的に照準を合わせていく。
電子音と共に敵が倒れ次々とスコアが加算される。
最初は敵の出現も遅く、ダミーと見間違えることもないが、徐々にテンポが早まっていく。
颯は30秒を超えた辺りで、ターゲットを左半分に絞った。
狙う場所を狭くして、その中の敵だけを確実に対処していく戦法を取る。全てに対処しようとすると、動作と判断に無駄が出て、結果的に取り逃しや誤射が増えると判断したからだ。
颯の動作に無駄はなく、鍛えられた動体視力で敵だけを正確に射貫く。
「62ポイント」
颯は練習の1.5倍近くのスコアを取ってゲームを終えた。
その成績は本日のベストスコアとして、デジタルボードに数字が刻まれる。
「流石だね。でも――」
(まだ、僕が勝てる方法はある)
弥勒は颯からハンドガンを受け取り、コインを投入した。
序盤は順調なスタート、弥勒は逸る気持ちを抑え、正確に銃口をコントロールする。
開始から30秒間は颯と同じく、ミスをせずに折り返し、弥勒はそこから勝負に出た。
(的を絞る戦法は正しい。でも――)
弥勒は視界から両端の的を排除して、中央にある八つの的に集中する。
(颯君は分かり易く得意な左側に集中したけど、中央に構えた方が狙える的の数は増える)
しかし当然、その分弥勒が処理しなければならない的の数は増える。
弥勒は的を6つに絞った颯でさえノーミスでは突破出来なかった壁に、挑まなくてはならなかった。
後半開始から15秒は、ミスなく、結果として颯のペースを僅かに上回っていた弥勒だが、徐々に腕の動きと判断が追い付かなくなっていく。
(駄目だ、中央の動きに慣れてしまって、今更作戦を切り替えられない……)
1つ、2つと見逃がす的が増える中、弥勒は必死で食らいつく。
(僕は学生時代ずっと運動をしてきたし、トレーニングだって人一倍こなしてきた。颯君やタカに勝てない理由はないはずなんだ)
「すごい……」
集中力を増し再び的を正確に捉え始めた弥勒を見て、雪兎が思わず息を飲んだ。
残り1秒。弥勒も感覚で颯のスコアと近いことを理解した。
銃口は1つの的に向いている。
機械音で標的が現れようとしているのが分かる。だが、出る瞬間までならず者か羊かは分からない。
(引き金を――)
弥勒は出た瞬間、指を引こうとして――しかし、寸前で踏みとどまった。
終了のブザーが鳴り響く。
――現れていたのは羊だった。
スコアは62ポイント。颯と弥勒のスコアは引き分けだった。
「おおー、凄いじゃん!」
「よく最後、打たなかったな」
「……そうだね。よく自分でも止められたと思うよ」
弥勒はハンドガンを置き、心なしか疲れたような笑みを颯と初奈に向けた。
▲ ▼ ▲ ▼ ▲
明るい夜空に星が見え始めると、ナイトショーが始まった。
大音量の音楽と眩いくらいの光、噴水を盛大に使った演出は、世界を虹色に染め上げる。
幻想的な風景を見ていると、颯は一抹の寂しさを感じた。
颯はショーから視線を外して、隣の雪兎の方を見る。
雪兎は気が付いたら、颯の隣にいた。
それが偶然なのか、雪兎が昼間の問いかけへの〝答え〟を求めていたのかは分からない。
いずれにせよ、颯はこの場で何らかの返事をすることを決めていた。
けれど、その肝心の〝答え〟はまだ出ていない。
「昼の話だけど――」
颯はそれでも、この期を逃さないように雪兎に小さく話し掛けた。
雪兎の横顔が緊張で僅かに強張る。
「いいんじゃないか、今日ぐらいは――」
颯はショーを見ていたときの雪兎の表情を思い返し、伝えるはずの言葉を変えていた。
雪兎は不意の言葉に思考が追い付かない。
「訓練のこと忘れてもいいと思う、ってこと」
こんな日まで辛そうな表情をする雪兎が、颯には辛かった。
「雪兎はいつも気を張ってる感じがするからな」
「……そうかな?」
「たまには弱みを見せてくれてもいい。そうじゃないと、いつかの借りを返せないから」
颯の屈託ない笑顔に雪兎は言葉を失っていた。
その瞳が潤んでいるように感じるのは、きっと錯覚じゃない。
「うん、ありがと……」
2人はそれから、しばらくの間、黙ってナイトショーを見ていた。周りの観客の声も、他の候補生たちの姿も、全てが消えていた。
水面に映し出された色とりどりの光が目に焼き付く。
飛行機の一件以来、雪兎と過ごせばどんな些細な時間だって〝特別〟だった。
雪兎の仕草や表情、言葉も声も全部覚えている。
(雪兎……)
颯は雪兎に対する思いが溢れ、感情を抑えられなくなっていた。
「雪兎……俺は――」
颯の声は小さ過ぎて、ショーの音に消され、言った本人でも聞き取れなかった。
颯は覚悟を決めて、告白の言葉を言い直そうとする。その行動が『プロジェクト』の今後、2人の夢にどのような影響を与えるのかも、もう考えられなかった。
「――なんか、昔のことを思い出したんだ」
だが、雪兎の言葉はそんな颯の感傷を遮った。
「私が中学生のときのこと。私には子供のころからの親友がいるんだけど――その子が、家族で行く海外旅行に私も誘ってくれて。ここじゃないけど、そのときもテーマパークで夜に花火を見たりしたんだ。私はその海外旅行でエアロバティックスに出会った」
話の途中、雪兎の顔に僅かに影が落ちる。
「私の方の始まりはそれだった。それから、1度夢を諦めた私が、ここにいるのはその子のおかげ――今度こそ、約束を果たさなきゃいけない」
雪兎の顔から笑顔が消え、悲しい決意の色が滲む。
次の言葉が聞こえたのは、ショーの終盤。会場の盛り上がりも最高潮に達していた。
「だから、ごめん」
この間、雪兎が何を考えていたのか、このときの颯には分からなかった。
「私は今、他の誰かの気持ちを受け止める余裕なんてないんだ」
掠れたような雪兎の声に、颯は言葉を返すことが出来なかった。――少しして、自分が振られたんだと気付いた。




