17. 声 LA VOIX
脚韻ABAB
正体不明の二声が囁き交わして話が進行する構造は、コールリッジ『年寄り船乗り』を想わせる。しかし最後に天使が船に降り立つ『年寄り船乗り』第5〜6部とは異なり、ボードレールに神及び使徒の関与はない。
私のゆりかごは書斎の壁に寄りかかっていた、
暗いバベル、あるいは小説、科学、説話類、
あらゆる、ラテン語の灰とギリシャの塵が、
混ざり合い。私の背丈は大判本と同じくらい。
Mon berceau s’adossait à la bibliothèque,
Babel sombre, où roman, science, fabliau,
Tout, la cendre latine et la poussière grecque,
Se mêlaient. J’étais haut comme un in-folio.
二つの声が語りかけ。一つは陰険に断固たる調子、
曰く「この世は甘美なケーキだ。
私ならやれる(そしてお前の喜び尽きせじ!)、
その身同等の食欲を与えることが。」
Deux voix me parlaient. L’une, insidieuse et ferme,
Disait: «La Terre est un gâteau plein de douceur;
Je puis (et ton plaisir serait alors sans terme!)
Te faire un appétit d’une égale grosseur.»
そしてもう片方は、「さあ、君!夢の中へ旅に出よう、
可能性の彼方へ、既知の彼方へと!」
そして歌った、浜辺の風のよう、
泣き叫ぶ幻影のように、来し方も知れぬその人。
Et l’autre: «Viens! oh! viens voyager dans les rêves,
Au delà du possible, au delà du connu!»
Et celle-là chantait comme le vent des grèves,
Fantôme vagissant, on ne sait d’où venu,
耳を優しく撫で、しかし怖がらせる。
私は答えた。「よし!優しい声よ!」 そのとき
始まってしまった。悲しいかな!私の傷
そして運命と呼ぶべきものが。風景の向こう側に
Qui caresse l’oreille et cependant l’effraie.
Je te répondis: «Oui! douce voix!» C’est d’alors
Que date ce qu’on peut, hélas! nommer ma plaie
Et ma fatalité. Derrière les décors
広大なる存在から、深淵の最も暗い部分まで、
はっきりと特異な世界が私には見える。
そして、うっとりする透視能力の犠牲として、
靴を噛む蛇を私は引きずっている。
De l’existence immense, au plus noir de l’abîme,
Je vois distinctement des mondes singuliers,
Et, de ma clairvoyance extatique victime,
Je traîne des serpents qui mordent mes souliers.
そしてそれ以来、預言者たちのように、
私は砂漠と海とを深く愛するようになった、
喪に服して笑い、祝祭で涙を流し、
どんな苦いワインにも甘味を見出すようになった。
Et c’est depuis ce temps que, pareil aux prophètes,
J’aime si tendrement le désert et la mer;
Que je ris dans les deuils et pleure dans les fêtes,
Et trouve un goût suave au vin le plus amer;
私はしばしば事実を嘘と取り違え、
天を仰ぎながら、穴に落ちてしまい。
しかし声が「夢を持て」と慰めて
曰く「賢者は愚者ほど美しい夢を見はしない!」
Que je prends très-souvent les faits pour des mensonges,
Et que, les yeux au ciel, je tombe dans des trous.
Mais la Voix me console et dit: «Garde tes songes;
Les sages n’en ont pas d’aussi beaux que les fous!»
訳注
Babel: 創世記11章
全地は同じ発音、同じ言葉であった。
2 時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。3 彼らは互に言った、「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。
4 彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。
5 時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、6 言われた、「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。7 さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」。
8 こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。9 これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。
les yeux au ciel, ... : プラトン『テアイテトス』に於てソークラテースが伝える逸話として、タレスが夜空を見上げ天文の観察に夢中になるあまり、穴に落ちてしまった、というものがある。「遠くのことはよく観ていても、足元は見ていないのか」と婦人に笑われた由、真偽不明




