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残骸。Les Épaves.  作者: シャルル・ボードレール/萩原 學(訳)
慇懃調。GALANTERIES.

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13. フランキスカ讃歌 FRANCISCÆ MEÆ LAUDES

挿絵(By みてみん)

学識ある敬虔な帽子職人のために作られた詩

VERS COMPOSÉS POUR UNE MODISTE ÉRUDITE ET DÉVOTE[1]


副題を除き『悪の華』#60と題名内容とも同一。次章「讃辞」に入れてもよい内容の本作が此方にあることで、橋渡しとなっている。

挿絵(By みてみん)

新しき弦もて我讃えん、

新生の園に戯れ為さん、

余人は入れぬ我が内心。

Novis te cantabo chordis,

O novelletum quod ludis

In solitudine cordis.


花輪奉りて拝むべし、

いとも優婉なる女性

罪は之に償わるべし!

Esto sertis implicata,

O femina delicata,

Per quam solvuntur peccata!


慈悲深きレーテー同様、

汝がキスを貪ろう

授かる磁力に引かれよう

Sicut beneficum Lethe,

Hauriam oscula de te,

Quæ imbuta es magnete.


悪徳の嵐吹き荒れたりしとき

なべて道塞がれたりしとき、

顕れましますは、神々、

Quum vitiorum tempestas

Turbabat omnes semitas,

Apparuisti, deitas,


救いの星をさながらに

煌々と、難破船が天上に……

吾が心捧げまつる、汝が祭壇に!

Velut stella salutaris

In naufragiis amaris.

— Suspendam cor tuis aris!


徳に満ちたる池、

永遠の若さの泉へ、

閉ざせる吾が唇に声!

Piscina plena virtutis,

Fons æternæ juventutis,

Labris vocem redde mutis!


汝は穢れし物を焼き、

荒き道を平らかにし、

弱かりし者を強くし。

Quod erat spurcum, cremasti;

Quod rudius, exæquasti;

Quod debile, confirmasti!


飢えたる日の吾が宿り、

星なき夜の吾が燈火、

恒に在るべきに導き給い。

In fame mea taberna,

In nocte mea lucerna,

Recte me semper guberna.


乗せ給え、強きを力に!

甘美なる風呂に、

心地よき香り!

Adde nunc viris viribus,

Dulce balneum suavibus

Unguentatum odoribus!


柳腰にぞ輝くべし、

さるほどに純潔の帯、

熾天使の洗礼受けし、

Meos circa lumbos mica,

O castitatis lorica,

Aqua tincta seraphica;


宝石きらめく盃か、

塩味のパン、柔らかいお肉か、

天なる酒か、フランキスカ!

Patera gemmis corusca,

Panis salsus, mollis esca,

Divinum vinum, Francisca!

原註

[1] この作品の副題は、『悪の華』第二版では削除されたが、初版には次のような興味深い注釈を伴い掲載されている:

「読者の皆様も私と同様、退廃的ラテン語――霊的な生活へ変容する準備を既に整えた、屈強な人であった者の最期の嘆息――は、現代の詩的世界が理解し感じ取った情熱を表現するのに、有り得ないほど適していると感じられないだろうか?この磁石の極の片方は神秘性であり、カトゥッルスとその仲間たち、つまり粗暴で純粋に感情的な詩人たちは、対極の官能性しか知らなかったが。この素晴らしい言語にあっては、文法上の誤りや異国語的な表現すら、我を忘れ規則を嘲笑う情熱の、必然的な不注意を表現しているように私には思える。新しい意味合いを帯びた言葉には、ローマの美の前にひざまずく、北方の蛮族の魅力的なぎこちなさが浮かび上がる。駄洒落までが、こうした堅苦しい言葉のつまずきを乗り越えるとき、それは幼年期の野性的でバロック的な優雅さを演じているのではないだろうか?」— CB

Le sous-titre de cette pièce, supprimé dans la seconde édition des Fleurs du Mal, se trouve dans la première avec la drôle de note suivante:

«Ne semble-t-il pas au lecteur, comme à moi, que la langue de la dernière décadence latine, — suprême soupir d’une personne robuste, déjà transformée et préparée pour la vie spirituelle, — est singulièrement propre à exprimer la passion, telle que l’a comprise et sentie le monde poëtique moderne? La mysticité est l’autre pôle de cet aimant, dont Catulle et sa bande, poëtes brutaux et purement épidermiques, n’ont connu que le pôle sensualité. Dans cette merveilleuse langue, le solécisme et le barbarisme me paraissent rendre les négligences forcées d’une passion qui s’oublie et se moque des règles. Les mots, pris dans une acception nouvelle, révèlent la maladresse charmante du barbare du Nord, agenouillé devant la beauté romaine. Le calembour lui-même, quand il traverse ces pédantesques bégaiements, ne joue-t-il pas la grâce sauvage et baroque de l’enfance?» — C. B.

訳注

かくもラテン語を称賛しながら、ボードレールが『悪の華』に遺したラテン語詩篇がこの1篇のみであること自体が、当時に於けるラテン語の扱いを示しているように訳者には思える。

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