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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十三章:風太と美晴と菊水安樹
106/127

キミだけの天使


 *


 翌日。

 『美晴』が長い眠りから覚めたのは、お昼を過ぎたころだった。

 ちょうど安樹が、小説を1冊読み終わったタイミング。


 「ん~~~んっ……! よく……寝たなぁ……」

 「おはよ、風太」

 「おっ……! おはよう……安樹……! 気持ちの……いい……朝だな……! って……もう……昼……か……。はは……」

 「元気そうだね」


 まさに全快。昨日とは打って変わって、寝起きの『美晴』はとても元気な笑顔を見せた。さらに、もう身体も充分に動かせるようで、起き上がってぐーーっとノビをしている。


 「あ……! おれ……、パジャマを……着てる……な……。良かった……。もう……ハダカじゃない……!」

 

 胸に「HAPPY♡DREAM」と書かれた、パステルカラーの女児用パジャマ。服全体に、☆の柄《がら》が散りばめられている。言ってしまえば、もう少し低い年齢の女の子が着るようなパジャマだ。

 いつもなら、「うわっ!? おれにこんな恥ずかしい服着せるなよっ!」とでも文句を言うところだが、今の『美晴』には“自分が全裸ではない”という喜びの方が大きかった。


 「安樹が……着させて……くれたのか……? ちょっと……不満は……あるけど……ありがとう……!」

 「いや、それはボクじゃない。美晴だよ。キミが今着ているパジャマは、全部美晴が着させたのさ」

 「そうか……! じゃあ……、美晴に……お礼を……言わないと……な……。あいつは……どこにいる……?」

 「美晴はもう、ここを出ていったよ。『今日は風太くんに会えない』ってさ。気持ちが落ち着いたら、また会いたいって」

 「ん……? どういう……意味だ……? おれ……、あいつに……何か……したか……?」

 「キミは気にしなくていいよ。ははは」

 「安樹……? んー……?」


 『美晴』は目を細め、安樹の顔をよーく見た。 すると、そいつのほっぺたに、真っ赤な手のひらの跡《あと》があることを発見した。


 「お前……その顔の……」

 「気にしないで。ビンタされただけ」

 「えっ……!? 美晴に……か……!? 何が……あった……!?」

 「昨日の夜、ちょっとやりすぎちゃって。でも、今はすごく反省してるし、美晴も許してくれた。何も問題はない。OK?」

 「いや……、問題……ありそう……だけど……」

 「まあ、とりあえず忘れてよ。別の話をしよう別の話っ! ねっ、風太っ!」

 「何を……ごまかして……」

 「聞かないでくれっ!!!! ごめん風太っ!!!!」

 「わぁっ……!? お、大声……出すな……よ……! もういい……分かった……。聞かないで……おくから……、まず……落ち着け……」

 「そうだ、今はそれでいい。それでいいよ、風太……」

 「……?」


 『美晴』は首をかしげ、安樹はホッと胸を撫で下ろした。


 「ところでさ、風太」

 「うん……?」

 「身体の調子はどうだい? キミはもう一度、その美晴の身体で、生活することになったけど」

 「調子……か……。悪くは……ないけど……、少しだけ……違和感……が……あるな……。元の……男の身体には……なかったものが……、この……女の身体には……あるから……」

 

 『美晴』はそう言いながら、自分の胸を見降ろした。

 お椀《わん》みたいな形をした、二つのふくらみ。身体を動かすと、パジャマに素肌《すはだ》が擦《す》れ、胸についている脂肪の存在感が、手で触れなくても伝わってくる。その度《たび》に、自分がもう女子であるということを、強く思い知らされる。男子だったころ、そこにあったのは平坦《へいたん》な胸板《むないた》だった。


 「入れ替わった直後だから、強く意識してしまうんだろうね」

 「そうだ……。でも、この……違和感……は……、あっても……良いもの……だと……思う……。自分が……男だって……ことを……忘れない……ための……。おれが……おれで……ある……証拠……だ……!」

 「フフッ、ずいぶん前向きなことを言えるようになったね。初めて出会ったころとは、まるで違う顔をしてるよ。今のキミは」

 「安樹と……おれが……初めて……出会った……ころ……?」

 「そうさ。あの時のキミは、どこか不安げで悲しげで……今にも泣いてしまいそうな顔だった。心に闇を抱えていて、生きるのが辛そうな少女だった」

 「でも……、おれは……変われた……。お前に……救われたんだ……! 安樹が……いなかったら……、美晴と……仲直り……なんて……絶対……できなかったし……、おれは……今も……ひとりぼっち……だった……! 全部……お前の……おかげだ……!」

 「あはは。嬉しいこと言ってくれるね」


 安樹は笑ったが、それは心からの笑顔ではなかった。嬉しいと言いながら、喜びの感情を込めていない。ただの乾《かわ》いた笑いを、口から出しただけ。


 (ボクは……)


 本当は、『美晴』に変わってほしくなかったのかもしれない。救われてほしくなかったのかもしれない。ただ、同じ境遇《きょうぐう》にいる女の子として、傷《きず》の舐《な》め合《あ》いがしたかっただけ……なのかもしれない。

 安樹は、もう『美晴』が自分と同じ空気を纏《まと》っていないことに、やっと気が付いた。

 

 「ねぇ、風太。話があるんだ」


 バカなことをしたもんだ。と、愚《おろ》かな自分を嘲《あざ》笑《わら》う。救いたくなかった相手を、救ってしまったのだ。

 それでもいいじゃないか。と、開き直る。救われた相手は、自分に心から感謝をしてくれている。「愛」や「性」は歪《ゆが》んでしまったかもしれないが、人としてお前は決して歪んでいないと、彼が教えてくれている。

 そう思うことで、菊水《きくみず》安樹《アンジュ》は口元に笑みを浮かべることができた。心にほんの少し、余裕が生まれた。


 「ボク、しばらく学校を休もうと思う」


 なんとか、『美晴《フウタ》』に伝えられた。


 「えっ……」

 「学校を休む。不登校になるんだよ」

 

 突然の知らせに、『美晴』は戸惑《とまど》っていた。それがなんだか可笑《おか》しくて、安樹はクスクスと笑った。

 

 「安……樹……?」

 「フフッ。少し寂《さび》しいけどね」

 「ど、どうして……だ……!? どうして……急に……そんなこと……!」

 「休むことを決めた理由なら、三つある。一番大きな理由を言うと……単純に、疲れたからさ」

 「つ、疲れた……から……!?」

 「そう。最近のボクは、がんばりすぎた。キミのために奔走《ほんそう》したことはもちろん、6年3組の教室でみんなと一緒に授業を受けたり、プチ子っていう新しい友達を作ったり……元《もと》引《ひ》きこもりとしては、そろそろ体力の限界だよ。だから、しばらく家でぐっすり眠りたいんだ」

 「おれの……ために……。そうだ……、おれは……安樹に……たくさん……迷惑を……かけてたんだ……」

 「反省はしなくていい。たしかに疲れたけど、それ以上に毎日が楽しかった。だからボクは、キミからもらった幸せな想い出を抱いて眠るつもりだよ。もう怖がることなんて、何もない」

 「安……樹……」


 安樹が見せた澄ました笑顔に、『美晴』はなんとなく安心を覚えた。

 不登校になると宣言してはいるが、気持ちは前向きで、そこに悲壮《ひそう》な感情はないようだ。


 「そして、二つ目の理由は……自分を見つめ直す時間がほしくなったからさ」

 「自分を……見つめ直す……?」

 「風太は変わった。ボクの目の前で、大きく成長したんだ。今のキミは、もう以前と同じ『美晴』ではない」

 「よく……分からない……な……。おれは……おれ……だぞ……」

 「フフッ、自分では気付かないものだよ。風太の成長を見届けて、雪乃には慄《おのの》き、美晴には負けたんだ。ボクは」

 「そんな……こと……」

 「いいんだ。キミたち3人に影響を受け、ボクは自分の弱さを実感することができた。……はっきり言おう。いつまでも怠惰《たいだ》な臆病《おくびょう》者《もの》のままじゃ、ボクはキミから置いてかれる」

 「そっ、そんな……こと……絶対に……しない……! おれは……今のお前……でも……充分……だと……思ってる……!」

 「風太、それは優しさじゃない。甘いだけなんだよ。自分はどんどん先に進んで行くくせに、キミは友達に甘すぎるんだ。ボクはね、キミを支える人、キミの隣に立つ人、キミと一緒に心から笑っていられる人に、なりたいんだよ。そのために必要なのは、弱さも甘えも捨てることだ」

 「難しい……こと……言うなよ……。よく……分からない……ってば……」

 「だが、ボクは幸運さ。雪乃や美晴より先に、それに気付けた。だから学校を休んで、自分のペースで成長していこうと思うんだ。いつか風太には、立派になったボクの姿を見てほしい」

 「じゃあ……、もう……お前とは……しばらく……会えないのか……?」

 「ううん。いつでも電話して。会いたくなったら会いに来て。はい、ボクの電話番号」

 「なんだよ……それ……! ちょっと……カッコいいなって……思ったのに……!」


 『美晴』はイラッとしながら、安樹の電話番号が書いてある紙を受け取った。


 「あくまで努力目標さ。志《こころざし》は高く、だよ。もしボクが寂しくなった時は、ひざまくらをしてもらうからな」

 「言ってる……こと……が……めちゃくちゃ……だ……。ひざまくら……は……甘え……なんじゃ……ないのか……?」

 「甘えじゃないよ。友達同士の、普通のコミュニケーション♪」

 「まあ……、いいけど……さ……」


 結局、安樹との関係は、これからもあまり変わらなさそうだ。

 『美晴』は肩をすくめて呆《あき》れの態度を示したが、安樹が「ふふんっ♪」と嬉しそうに笑うのにつられて、思わずぷふっと吹き出してしまった。


 「さて、三つ目の理由を話そうか」

 「なんだよ……。まだ……あるのか……?」

 「ここからは真面目な話。ボクは不登校の子として、キミの『逃げ道』にもなりたいと思ってる」

 「おれの……逃げ道……?」


 安樹はキャスケット帽をとり、手ぐしで軽く髪を整えた後、もう一度帽子を深く被り直した。


 「キミは、これから美晴へのイジメと戦うつもりなんだろう?」

 「ああ……! おれが……やるんだ……!」

 「キミは強くなった。それはボクも認めてる。だから、もう引《ひ》き止《と》めはしないけど……心配はしている」

 「心配……?」

 「これから先、何が起こるかは誰も分からないからね。不幸なことが最悪に重なって、キミは自分の居場所を全て失うかもしれない。どこにもいられなくなると、人は命《いのち》を絶《た》つことを考える」

 「命……」

 「ボクの経験上の話だけどね。だから、もしキミがそうなった時は、不登校のボクがいることを思い出してほしい」

 「安樹……を……?」

 「ボクに会いに来て。気が済むまで、慰《なぐさ》めてあげるから。キミと一緒に戦うには、まだ体力が足りないけど、本当に辛いときの逃げ道にはなってあげられる。お願いだから、簡単に命を捨てる覚悟は決めないで」

 「そういう……こと……か……。分かった……! 逃げるっていう……ことも……大事だって……覚えておく……! おれには……安樹が……ついてる……!」

 「あのね、風太。『アンジュ』っていうのは、フランス語で『天使《てんし》』という意味なんだ。だからボクは……キミだけの、天使になってみせるから!!」

 「えっ……」


 安樹は、言葉の勢いに任せて、「キミだけの天使になってみせるから!!」と、ものすごく熱《ねつ》のこもった声で言った。

 あまりにも真剣で迫力のある安樹のそのセリフに、『美晴』は「うわっ。なんか、ミュージカルの演技みたいだなぁ」と心の中で思ってしまい、思わず、冷めた気持ちの状態で「えっ……」とマヌケな返答をしてしまった。


 「……」

 「……」


 二人で、無言のまま見つめ合った。突然、誰かがおならでもしたかのような、緊張感が漂っている。

 時計の秒針《びょうしん》が進むごとに、安樹の顔は赤くなっていった。どんどん赤くなり、ワナワナと震えだし、最終的には頭から煙が吹き出した。


 「恥ずかしいっ……!!! 恥ずかしいじゃないか、風太っ!! ボクに恥をかかせるなっ!!」

 「ごめん……」

 「今、なんでノリが悪かったの!? いつもカッコつけたことばっかり言ってるくせにっ!!!」

 「れ、冷静に……なっちゃって……」

 「冷静になるなバカっ! 風太のバカっ!! あーーーーっ、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいーーーっ!!」

 「勇気は……もらえた……よ……。あ、ありがとう……な……。天使《アンジュ》……さん……」

 「うわあぁ、バカにしてるっ!! 分かってるもんっ!! 今のは、自分でもちょっと恥ずかしいこと言ってるなって!! でも、風太ならノッてくれると思って!!!」

 「う、うん……。いつも……なら……、すぐ……同じ……テンションに……なれたんだ……けど……、まだ……ちょっと……調子悪い……みたいで……さ……」

 「くうぅっ……思わぬ裏切りだ!! 風太に裏切られたっ!! ボク、もう家に帰るっ!! 一生引きこもってやるーーーっ!!」

 「あっ……! ま、待てっ……!」


 『美晴』に待てと言われたので、安樹は立ち止まった。それはもう、部屋を飛び出そうとする寸前だった。


 「何!? ボク、もう帰りたいんだけどっ!!」

 「いや……、ちゃんと……お別れ……くらいは……言っておきたい……と……思って……! しばらく……学校では……会えない……なら……」

 「そんなのいらないよっ! 今生《こんじょう》の別れでもないのにっ!! じゃあ、またねっ!!」

 「安樹……」

 「ああ、恥ずかしい恥ずかしいっ!! ほら、風太からもお別れの言葉を言ってよ!! ほらほら、早く早くっ!!」

 「あっ、う、うん……! 安樹……と……一緒にいる……時間は……とても……楽しかった……。これからも……ずっと……親友で……いたいと……」

 「ああもうっ! 長い長いっ! 遅いんだよ!! どれだけ待ってればいいのっ!!」

 「だ、だって……! この……美晴の声……だと……あまり……早く……しゃべれないんだよ……! 今だって……割と……早口……で……しゃべってるのに……!」

 「チッ! じゃあ、もういいや。何も言わなくていいよ。そこでじっとしてて。目をつぶって」

 「えっ……!? う、うん……」

 

 安樹に言われるがまま、『美晴』はその場でじっとしていた。何の疑問も抱《いだ》かず、まったく抵抗もせずに、その指示に従っていた。

 ごく自然に、スッとまぶたを降ろす。


 「はぁ……。なんでこうなったんだろ、ボクの人生」


 視界は真っ暗だが、声は聞こえる。人の気配も、ほんのり感じる。

 安樹が近くに立っている。次第に大きくなる足音に耳を傾けると、その距離がどんどん短くなっていくのが分かる。一歩ずつ、ゆっくりと。


 「雪乃とか、美晴とか……。キミの周りには、面倒くさい女の子がたくさんいるんだな。まぁ、ボクもその一人だから、覚悟しておいてね」

 

 そして『美晴』は、最後にこのセリフを、小さな吐息がかかるくらいの距離で聞いた。


 「今はまだ……ほっぺたでガマンしておこうかな」

 

 ────


 *


 時刻《じこく》は、そろそろ夕方の5時になるという頃。

 場所は、とある大病院の入院《にゅういん》患者《かんじゃ》のための部屋、308号室。窓ガラスを通り入ってきた夕陽が、その部屋全体を、鮮《あざ》やかなオレンジ色に染めている。

 

 「また来るね。お母さん」


 返事はない。「お母さん」は、ベッドで静かに眠っている。

 不安を抱えながらも、その少年は部屋を出た。彼の名前は『風太』……つまり、現在の戸木田美晴だ。そして、ベッドで眠っている女性の名は「戸木田《ときた》望来《ミライ》」。美晴のお母さんである。

 

 数日前、過労《かろう》により倒れた望来は、この大病院に運び込まれた。幸い、意識はすぐに戻ったものの、検査の結果、今度は臓器に異常が見つかり、しばらくの入院を余儀《よぎ》なくされた。命に別状はないと診断されたことで、現在は望来も落ち着いて自分の病体と向き合えているが、無茶な生活を続けた反動は、未だ大きいようだ。

 望来の娘、美晴は看病を続けた。リンゴを剥《む》いてあげたり、キレイな花を持っていったり、娘として母親にできることは何でもやった。風太と入れ替わって他所《よそ》の息子となってからは、望来の寝顔を見ながら、元気になれるようなメッセージを置き手紙に残した。


 「風太くんにも、わたしのお母さんが入院してること、ちゃんと伝えた方がいいよね……」


 学校で陰口を言われても、ひどい嫌がらせを受けても、母親の前では絶対に悲しい顔を見せないでおこうと、美晴は固く心に誓《ちか》っている。その誓いは、きっと風太も賛同《さんどう》し、協力してくれるはずである。


 「大丈夫。わたしはもう大丈夫だよ。お母さん」


 もう独《ひと》りじゃない。そう思うと、気持ちはいくらか楽になっていた。

 あとはお母さんが元気になって、無事に退院してくれれば……。


 「戸木田望来って名前の女だ。病室を教えてくれ」

 

 大人の男性の声。さっき通り過ぎたナースステーションで、受付の看護師に向かって、一人の男がそう言った。

 その男が口にした名前は……「戸木田望来」。


 「えっ!?」

 

 『風太』は耳を疑った。その男が言ったのは、お母さんの名前だ。戸木田美晴にとって、この世の全てにおいて何より大切な、大好きなお母さんの名前を、その男は言ったのだ。

 『風太』は振り向き、看護師と話す謎の男の姿を確認した。

 

 「わたしの……お父さんっ……!?」

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 美晴にとってはBADENDなんですが風太と美晴が、元の身体に戻れたのが良かったです。 [気になる点] 美晴を助ける為に、また入れ替わりをした風太だけど、6年2組のイジメ問題の解決とか100…
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