安樹と『風太』の共同戦線
*
その言葉を最後に、『美晴』は電池が切れたみたいに、ガクッと眠りに堕ちてしまった。やはり身も心もボロボロであるため、急に体力の限界が来ることもおかしくはない。
「……」
一人残された『風太』は、『美晴』とどんな話をしたか報告するため、部屋の外で待つ安樹のところへ向かうことにした。
安樹はベランダに出て、夜空に光る星をぼんやりと眺めていた。
「どうだった? 風太との話は」
「えへへ……」
「話したんだろう? 彼と」
「えへへ……」
「ねぇ、どんな話をしたの?」
「えへへ……」
会話にならないので、安樹はイラッとした。
そして美晴に近づき、そいつが愛おしそうに抱いているクッションを、バチンと叩き落とした。
「なんだ、そのフヌけた顔は」
「あっ! 安樹ちゃん……!」
「何か良い事でもあったの? って、聞いてほしそうだね」
「は、はいっ! あの、風太くんが、わたしのこと、友達だって言ってくれて……!」
「それで?」
「え? いえ、それだけですけど……」
「それだけ? それくらい、ボクだって言われてるよ。それに、風太には他にも友達がいっぱいいるんだ。キミは有象無象のうちの一人だからな。勘違いするなよ」
「でも、蘇夜花ちゃんたちのことも、『おれが戦ってやる』って、言ってくれて……!」
『風太』は、先ほど『美晴』と約束した「これからのこと」について、安樹に話した。
それを話す『風太』が嬉しそうな顔をするたび、安樹は逆にムスッとした表情になった。
「へぇ。風太がそんなことをねぇ」
「はいっ。だから、わたしたちはそれぞれの役割を果たすんです」
「いやいや、タイムリミットは100日しかないんでしょ? というか、残りはもう70日くらいだろ? そんな……イジメ問題なんかを、取り扱ってる場合かなぁ? 風太にも忠告したけど、やはりあまり呑気に考えていると、取り返しが」
「風太くんは、決して呑気には考えてないと思いますっ! きっと、わたしたち二人には、それだけの時間が必要だということですからっ」
「ふ、ふーん……。そっかぁ」
わたしたち二人。もちろんそれは、風太と美晴のこと。
安樹にはその言葉が、なんとなく引っ掛かっていた。ついこの前まで絶交していたハズの二人なのに、なんだか急に心の距離が縮まったような……。
「雪乃ばかりを意識していたが……この子もそうか。いや、当然か」
「えっ?」
「くっ、面倒なことになってきたな……。ええいっ、ボクはもう寝るぞ! とりあえず寝て、気持ちをリセットする!」
「帰るんですか? じゃあ、また明日」
「バカなことを言わないでよ。ここに泊まるに決まってるだろ」
「えっ!? お泊まりですか!? わたしの家に!?」
「違う。今は『美晴』の家だ。そうだろう『風太』?」
「あっ……! そ、そうでしたっ」
「明日は休日だしね。ボクはもう携帯で親に連絡して、外泊の許可をもらったよ。キミもここに泊まっていくなら、風太のお母さんに連絡しなきゃいけないだろう?」
「あのっ、そのことなんですけど……」
「ん? どうかしたの?」
「この家、電話がないんです」
この戸木田家には、固定電話がない。そうなると携帯電話だが、それを持っている美晴のお母さんは、現在入院中である。
「つまり、キミには電話が必要……と」
「安樹ちゃんのスマホ、貸してもらえませんか? わたしも今夜はここに泊まって、風太くんの様子を見ていたいから。どうかお願いします」
「うーん。貸してあげないこともないが、1つ条件がある」
「条件?」
「ああ。キミと取引がしたい。……簡単なことさ。ボクと手を組むんだ」
「手を組む? 安樹ちゃんと?」
安樹は『風太』の耳元に近づくと、小さな声でそっと囁いた。
「ボクは風太を……女の子にする」
「ええぇっ!!?」
*
その後、安樹からスマホを受け取った『風太』は、すぐに守利(風太のお母さん)に電話をかけ、外泊の交渉をした。守利は「ミハちゃん家に泊まるの!? 女の子の家よ!? フウくん、それは大丈夫なの!?」と、息子の外泊に対してやや否定的な反応だったが、『風太』は「大丈夫っ。美晴のお母さんは『ぜひ泊まっていきなさい』って、言ってくれてるからっ」とウソをつき、強引に守利を説得した。
そして『風太』は電話を切り、「みはるのへや」の中で待つ安樹に、スマホを返しに行った。
「ふぅ……」
「どうだった? 美晴」
「なんとか、許可はもらいました。ウソをついちゃったけど」
「フフ、良かったじゃないか。では、約束通り、ボクに協力してもらおう」
「そのことなんですけど……まず、教えてくれませんか? わたし、安樹ちゃんのこと、全然知らないから」
「え? 前に自己紹介したでしょ? 人形使いの菊水安樹だって」
「ウソだったじゃないですか、それ。いきなり現れたあなたのこと、何も知らないんですよ。わたし」
「そうか。じゃあ、大事な情報だけ伝えておこう」
「大事な情報……?」
安樹はキャスケット帽を被り直し、『風太』の目を正面から見つめた。
「ボクは菊水安樹。風太に恋をした女の子さ」
「えっ……!?」
驚きの声を上げる『風太』のおデコに、安樹はトンと人差し指を置いた。
「おっと、騒ぐなよ。ベッドにいる眠り姫が起きてしまうだろう?」
「あっ……!」
「そう、まだ告白はしてない。ボクの心に秘めた思いを知っているのは、キミと雪乃だけ」
「雪乃ちゃんも……?」
「ああ。彼女には伝えておかないといけないだろう。風太の一番近くにいる彼女には、ね」
「ということは、雪乃ちゃんも、やっぱり……?」
「それは雪乃の口から聞くといい。あの子にも、ちゃんと心に秘めた思いがある」
「そ、そうですね……」
「それで、だ。ボクと雪乃にとって、今一番邪魔なものは何か、知ってるか?」
「邪魔なもの……?」
安樹は、『風太』のお尻をペシンと叩いた。
「きゃっ!?」
「キミのお尻だよ。ボクと雪乃が座っているベンチに、キミはそのでっかいお尻で、無理やり割り込んできた」
「えぇっ……!?」
「だが、そこに座ったからには言ってもらう。キミの心に秘めた思いをな」
「ひ、秘めた思いって……」
「キミにとって、二瀬風太は何なんだ?」
「……!」
『風太』はほっぺたを真っ赤にして、安樹から視線をハズすように目を伏せた。
「わ、わたしにとって……の……?」
「ああ。風太はなんだ?」
「えっと……」
『風太』は呟くように、ボソッと言った。
「“憧れ”……ですっ」
バシッ!!
安樹は『風太』のお尻を思い切り叩いた。
「きゃあっ!?」
「ごまかすなよっ!! 恋愛マンガや小説で、そういうの腐るほど見てきたよ、ボクはっ!! 本当の気持ちを言わずに、ごまかすやつっ!!」
「ご、ごまかして……ないですっ。あの人は、本当に、わたしの“憧れ”だもんっ」
「あー、ウザいっ!! 何が“憧れ”だよっ! そんな曖昧な言葉にダマされるのなんて、アホの風太だけだっ!! はっきりと!! 本心を言えっ!!」
「えぇっ……」
もちろん言わない。普段なら、絶対に言わない。臆病な少女だから。
しかし、今回は違う。
「キミにとって、二瀬風太はなんだ?」
「……」
安樹は想いを言った。雪乃の想いも知った。
他の人が先にやっているとやりやすいし、自分もしなければという使命感が湧いてくる。
あとは、ほんの少しの勇気だけ。
「風太くんは……わたしの好きな人ですっ」
*
「よし、録音したぞ! 風太が起きたら聞かせよう!」
「きゃーーーっ!! 絶対にやめてぇっ!!」
ドタドタ、バタバタ……。
『風太』は涙目になりながら、安樹からスマホを奪い取ろうとしている。
「はぁっ、はぁっ……。じょ、冗談だよ。録音なんか、してない」
「本当ですか!? 本当ですよね!? もし録音してたら、この風太くんの身体で、あなたにパンチしますからっ!!」
「おー、そりゃ怖い……。まあ、冗談はそれくらいにするとして……キミは、なかなかズルいね」
「ズルい……? わたしが?」
「今も言ったように、キミは風太の身体を自由に使える。それがどういうことか分かるかい?」
「ど、どういうことですか……?」
「風太の身体を、全部見られるんだ。ここも、そこも、アソコもね。ポーズだって自由自在だし、声だって自由に使える。だから、風太の口を使って、なんでも言わせられるのさ。だって、キミが風太なんだから」
「わ、わたしは、そんなことに使うつもりは……」
「黙れ! もしボクが風太と入れ替わったら、ボクになった風太に、とびっきりかわいい女の子の服を着せる。もちろん彼は嫌がるだろうが、ボクには腕力があるから、無理やり壁際に追い込んで、男らしいキスをする。抵抗する気力がなくなるくらい、濃厚なキスを、何度も」
「風太くんの身体を、そ、そんな使い方しちゃ、ダメですっ」
「でもやろうと思えば、キミはそれができるだろ? だからズルいって言ってるんだよ。恋愛という戦場において、キミは卑怯な手段をとっている」
「あ、あのっ! これは、悪魔が勝手にやったことですっ! 別に、わたしたちは、望んでこうなったわけじゃないっ!」
「じゃあ……大人しく返すのか? 100ノートを破壊したら、風太に、その身体を」
「それは、もちろん……!」
「身体を返さなくてもいい、というルートがあったとしても、か?」
「えっ!?」
安樹はニヤリと笑って、『風太』と無理やり肩を組んだ。
そして顔を近づけ、とても小さな声で言った。
「教えてあげるよ。100ノートの悪魔も知らない……『同化』という現象を」
*
『同化』。入れ替わっている者だけに起こる、精神病のようなもの。
不一致な状態の自我が混ざり、心が身体に染まってしまうことを言う。末期になると、心と身体が複雑に絡み合ったような状態になり、何をしても分離できない……つまり、元に戻れなくなってしまう。
「この現象について、100ノートの悪魔は、キミに話してないんだね?」
「はい。ノートを破壊したら、『100日後に消える』と『わたしと風太くんが入れ替わる』の、二つの契約が破棄されるって」
「おそらくだが、悪魔は『同化』を知らないんだろう。人間の病気だからね。そこで……ボクたちは、この『同化』を狙う」
「『同化』が末期になれば、ノートを破壊しても、元には戻らない?」
「そのはずだ。キミと風太は消えることなく、入れ替わったまま」
「そう、ですか……」
『風太』は、自分の胸のあたりで、両手を重ねた。
「はっきり言おう。ボクは、風太は女の子になった方がいいと思ってる」
「わたしの、身体に……?」
「ああ。キミの身体に入っている風太が、ボクは一番好きなんだ。男の風太も悪くはないが、やっぱりひざまくらはしてほしい」
「な、何を言ってるんですか……」
「利害は一致してるはずだ。元に戻るか、今のままか、キミはどっちがいい?」
「それは……」
「おいおい、今さら迷うフリをするな。キミの本性は知ってるぞ。体操服泥棒」
「あ、あの時はっ、わたしもどうかしてて……! もうっ、言わないでくださいっ!」
「とにかく、ボクと組んでもらうぞ。スマホだって貸したんだしさ」
「うぅっ……それを言われると……。わ、分かりました……」
安樹が差し出した握手の手を、『風太』は渋々という態度で握った。
「でも、『同化』っていう現象なら……わたし、少しだけできますよ? ほんの短い時間ですけど」
「いや、キミ側はむしろ『同化』を使わない方がいい。もう二度と」
「どういう意味ですか?」
「あくまで、風太側の『同化』で元に戻れなくなった、という状況を作るんだ。自分のせいで招いた事態なら、風太だって新しい身体を素直に受け入れるだろう?」
「でもそれだと、風太くんすっごく落ち込みそう……」
「その時は慰めるんだよ。女の子の身体でしか味わえない、甘いキスをしてあげてさ」
「あなたがキスしたいだけじゃ……?」
「うん。何か問題ある?」
「いえ……なんというか、用意周到というか、ゲスっぽいというか」
「キミにだけは言われたくないっ!!!」
とにかく、今ベッドで寝てる少女を『同化』させる、という方向性で決まった。
「……それで、どうするんですか? 風太くんを『同化』させるには」
「そりゃおっぱいでしょ」
「ちょっ……!? な、何言ってるのっ!?」
「声でかいよ。キミはおっぱいもでかいけど」
「もうっ! やめてくださいっ!!」
「ようするに、異性の感覚を教えてあげようってことさ。手っ取り早いのが、今ベッドで寝てるあの子のおっぱいを触ることかなって」
「わ、わたし、やりませんっ!! それだけはっ!!」
「いいよ。じゃあ、ボクが行ってくるから」
顔を真っ赤にしている『風太』を置いて、安樹は一人でベッドの上に乗った。
お姫様は、迫り来る悪意に気付かず、相変わらず静かに眠っている。
「すぅ……すぅ……」
「フフッ、良い寝顔だ。じゃあ、さっそく……」
息を吸うと、大きく膨らむ双丘。安樹は内心ドキドキしながら、その場所へ自分の手のひらを近づけていった。
ポトッ。
「あれ? 何か落ちましたよ?」
触る寸前で、安樹のポケットからスマホが落ちた。眠っている『美晴』にも、少しだけ当たった。
「やばっ! ちょっと待って……!」
安樹は慌てて、スマホを拾い上げようとした。
しかし運悪く、スマホ画面の中央にある「再生」ボタンを、指でポチっと押してしまった。
\ 風太くんは……わたしの好きな人ですっ /
「あっ、こっそり録音してたやつが……」
すぐに「停止」ボタンをポチっと。
しかし、それと同時に、背後から殺気がゴゴゴゴと響いた。
「安樹ちゃん。ちょっと来て」
「げっ!? めちゃくちゃ怒ってる……! ア、アハハ、今ちょっと忙しくて」
「安樹ちゃんのウソつきっ!!!!」
「ご、ごめん、美晴っ!! 待って!! すぐに消すっ!! すぐに消すからぁーっ!!」
ドタドタ、バタバタ……!!
逃げる安樹。追う『風太』。そして、そんな喧騒にもまぶた一つ動かさずに、平和にスヤスヤと、『美晴』は眠っていた。




