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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十三章:風太と美晴と菊水安樹
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安樹と『風太』の共同戦線


 *


 その言葉を最後に、『美晴』は電池が切れたみたいに、ガクッと眠《ねむ》りに堕《お》ちてしまった。やはり身も心もボロボロであるため、急に体力の限界が来ることもおかしくはない。

 

 「……」


 一人残された『風太』は、『美晴』とどんな話をしたか報告するため、部屋の外で待つ安樹のところへ向かうことにした。

 安樹はベランダに出て、夜空に光る星をぼんやりと眺めていた。


 「どうだった? 風太との話は」

 「えへへ……」

 「話したんだろう? 彼と」

 「えへへ……」

 「ねぇ、どんな話をしたの?」

 「えへへ……」


 会話にならないので、安樹はイラッとした。

 そして美晴に近づき、そいつが愛《いと》おしそうに抱いているクッションを、バチンと叩《はた》き落とした。


 「なんだ、そのフヌけた顔は」

 「あっ! 安樹ちゃん……!」

 「何か良い事でもあったの? って、聞いてほしそうだね」

 「は、はいっ! あの、風太くんが、わたしのこと、友達だって言ってくれて……!」

 「それで?」

 「え? いえ、それだけですけど……」

 「それだけ? それくらい、ボクだって言われてるよ。それに、風太には他にも友達がいっぱいいるんだ。キミは有象《うぞう》無象《むぞう》のうちの一人だからな。勘違いするなよ」

 「でも、蘇夜花ちゃんたちのことも、『おれが戦ってやる』って、言ってくれて……!」

 

 『風太』は、先ほど『美晴』と約束した「これからのこと」について、安樹に話した。

 それを話す『風太』が嬉しそうな顔をするたび、安樹は逆にムスッとした表情になった。


 「へぇ。風太がそんなことをねぇ」

 「はいっ。だから、わたしたちはそれぞれの役割を果たすんです」

 「いやいや、タイムリミットは100日しかないんでしょ? というか、残りはもう70日くらいだろ? そんな……イジメ問題なんかを、取り扱ってる場合かなぁ? 風太にも忠告したけど、やはりあまり呑気《のんき》に考えていると、取り返しが」

 「風太くんは、決して呑気には考えてないと思いますっ! きっと、わたしたち二人には、それだけの時間が必要だということですからっ」

 「ふ、ふーん……。そっかぁ」

 

 わたしたち二人。もちろんそれは、風太と美晴のこと。

 安樹にはその言葉が、なんとなく引っ掛かっていた。ついこの前まで絶交《ぜっこう》していたハズの二人なのに、なんだか急に心の距離が縮まったような……。

 

 「雪乃ばかりを意識していたが……この子もそうか。いや、当然か」

 「えっ?」

 「くっ、面倒なことになってきたな……。ええいっ、ボクはもう寝るぞ! とりあえず寝て、気持ちをリセットする!」

 「帰るんですか? じゃあ、また明日」

 「バカなことを言わないでよ。ここに泊《と》まるに決まってるだろ」

 「えっ!? お泊まりですか!? わたしの家に!?」

 「違う。今は『美晴』の家だ。そうだろう『風太』?」

 「あっ……! そ、そうでしたっ」

 「明日は休日だしね。ボクはもう携帯で親に連絡して、外泊の許可をもらったよ。キミもここに泊まっていくなら、風太のお母さんに連絡しなきゃいけないだろう?」

 「あのっ、そのことなんですけど……」

 「ん? どうかしたの?」

 「この家、電話がないんです」


 この戸木田家には、固定電話がない。そうなると携帯電話だが、それを持っている美晴のお母さんは、現在入院中である。


 「つまり、キミには電話が必要……と」

 「安樹ちゃんのスマホ、貸してもらえませんか? わたしも今夜はここに泊まって、風太くんの様子を見ていたいから。どうかお願いします」

 「うーん。貸してあげないこともないが、1つ条件がある」

 「条件?」

 「ああ。キミと取引がしたい。……簡単なことさ。ボクと手を組むんだ」

 「手を組む? 安樹ちゃんと?」


 安樹は『風太』の耳元に近づくと、小さな声でそっと囁《ささや》いた。


 「ボクは風太を……女の子にする」

 「ええぇっ!!?」


 *


 その後、安樹からスマホを受け取った『風太』は、すぐに守利《マモリ》(風太のお母さん)に電話をかけ、外泊の交渉をした。守利は「ミハちゃん家《ち》に泊まるの!? 女の子の家よ!? フウくん、それは大丈夫なの!?」と、息子の外泊に対してやや否定的な反応だったが、『風太』は「大丈夫っ。美晴のお母さんは『ぜひ泊まっていきなさい』って、言ってくれてるからっ」とウソをつき、強引に守利を説得した。


 そして『風太』は電話を切り、「みはるのへや」の中で待つ安樹に、スマホを返しに行った。


 「ふぅ……」

 「どうだった? 美晴」

 「なんとか、許可はもらいました。ウソをついちゃったけど」

 「フフ、良かったじゃないか。では、約束通り、ボクに協力してもらおう」

 「そのことなんですけど……まず、教えてくれませんか? わたし、安樹ちゃんのこと、全然知らないから」

 「え? 前に自己紹介したでしょ? 人形使いの菊水安樹だって」

 「ウソだったじゃないですか、それ。いきなり現れたあなたのこと、何も知らないんですよ。わたし」

 「そうか。じゃあ、大事な情報だけ伝えておこう」

 「大事な情報……?」


 安樹はキャスケット帽を被り直し、『風太』の目を正面から見つめた。


 「ボクは菊水《きくみず》安樹《アンジュ》。風太に恋をした女の子さ」

 「えっ……!?」

 

 驚きの声を上げる『風太』のおデコに、安樹はトンと人差し指を置いた。

 

 「おっと、騒ぐなよ。ベッドにいる眠り姫が起きてしまうだろう?」

 「あっ……!」

 「そう、まだ告白はしてない。ボクの心に秘めた思いを知っているのは、キミと雪乃だけ」

 「雪乃ちゃんも……?」

 「ああ。彼女には伝えておかないといけないだろう。風太の一番近くにいる彼女には、ね」 

 「ということは、雪乃ちゃんも、やっぱり……?」

 「それは雪乃の口から聞くといい。あの子にも、ちゃんと心に秘めた思いがある」

 「そ、そうですね……」

 「それで、だ。ボクと雪乃にとって、今《いま》一番《いちばん》邪魔《じゃま》なものは何か、知ってるか?」

 「邪魔なもの……?」


 安樹は、『風太』のお尻《しり》をペシンと叩いた。  

 

 「きゃっ!?」

 「キミのお尻だよ。ボクと雪乃が座っているベンチに、キミはそのでっかいお尻で、無理やり割り込んできた」

 「えぇっ……!?」

 「だが、そこに座ったからには言ってもらう。キミの心に秘めた思いをな」

 「ひ、秘めた思いって……」

 「キミにとって、二瀬風太は何なんだ?」

 「……!」


 『風太』はほっぺたを真っ赤にして、安樹から視線をハズすように目《め》を伏《ふ》せた。


 「わ、わたしにとって……の……?」

 「ああ。風太はなんだ?」

 「えっと……」

  

 『風太』は呟くように、ボソッと言った。


 「“憧れ”……ですっ」

 

 バシッ!!

 安樹は『風太』のお尻を思い切り叩いた。


 「きゃあっ!?」

 「ごまかすなよっ!! 恋愛マンガや小説で、そういうの腐るほど見てきたよ、ボクはっ!! 本当の気持ちを言わずに、ごまかすやつっ!!」

 「ご、ごまかして……ないですっ。あの人は、本当に、わたしの“憧れ”だもんっ」

 「あー、ウザいっ!! 何が“憧れ”だよっ! そんな曖昧《あいまい》な言葉にダマされるのなんて、アホの風太だけだっ!! はっきりと!! 本心を言えっ!!」

 「えぇっ……」

 

 もちろん言わない。普段なら、絶対に言わない。臆病《おくびょう》な少女だから。

 しかし、今回は違う。


 「キミにとって、二瀬風太はなんだ?」

 「……」


 安樹は想いを言った。雪乃の想いも知った。

 他の人が先にやっているとやりやすいし、自分もしなければという使命《しめい》感《かん》が湧いてくる。

 あとは、ほんの少しの勇気だけ。

 

 「風太くんは……わたしの好きな人ですっ」

  

 *


 「よし、録音《ろくおん》したぞ! 風太が起きたら聞かせよう!」

 「きゃーーーっ!! 絶対にやめてぇっ!!」

 

 ドタドタ、バタバタ……。

 『風太』は涙目になりながら、安樹からスマホを奪い取ろうとしている。


 「はぁっ、はぁっ……。じょ、冗談だよ。録音なんか、してない」

 「本当ですか!? 本当ですよね!? もし録音してたら、この風太くんの身体で、あなたにパンチしますからっ!!」

 「おー、そりゃ怖い……。まあ、冗談はそれくらいにするとして……キミは、なかなかズルいね」

 「ズルい……? わたしが?」

 「今も言ったように、キミは風太の身体を自由に使える。それがどういうことか分かるかい?」

 「ど、どういうことですか……?」

 「風太の身体を、全部見られるんだ。ここも、そこも、アソコもね。ポーズだって自由自在だし、声だって自由に使える。だから、風太の口を使って、なんでも言わせられるのさ。だって、キミが風太なんだから」

 「わ、わたしは、そんなことに使うつもりは……」

 「黙れ! もしボクが風太と入れ替わったら、ボクになった風太に、とびっきりかわいい女の子の服を着せる。もちろん彼は嫌がるだろうが、ボクには腕力があるから、無理やり壁際《かべぎわ》に追い込んで、男らしいキスをする。抵抗《ていこう》する気力がなくなるくらい、濃厚《のうこう》なキスを、何度も」

 「風太くんの身体を、そ、そんな使い方しちゃ、ダメですっ」

 「でもやろうと思えば、キミはそれができるだろ? だからズルいって言ってるんだよ。恋愛という戦場において、キミは卑怯な手段をとっている」

 「あ、あのっ! これは、悪魔が勝手にやったことですっ! 別に、わたしたちは、望《のぞ》んでこうなったわけじゃないっ!」

 「じゃあ……大人しく返すのか? 100ノートを破壊したら、風太に、その身体を」

 「それは、もちろん……!」

 「身体を返さなくてもいい、というルートがあったとしても、か?」

 「えっ!?」


 安樹はニヤリと笑って、『風太』と無理やり肩を組んだ。

 そして顔を近づけ、とても小さな声で言った。


 「教えてあげるよ。100ノートの悪魔も知らない……『同化』という現象を」


 *


 『同化《アシミレーション》』。入れ替わっている者だけに起こる、精神病のようなもの。

 不一致な状態の自我が混ざり、心が身体に染まってしまうことを言う。末期になると、心と身体が複雑《ふくざつ》に絡《から》み合《あ》ったような状態になり、何をしても分離《ぶんり》できない……つまり、元に戻れなくなってしまう。


 「この現象について、100ノートの悪魔は、キミに話してないんだね?」

 「はい。ノートを破壊したら、『100日後に消える』と『わたしと風太くんが入れ替わる』の、二つの契約が破棄されるって」

 「おそらくだが、悪魔は『同化』を知らないんだろう。人間の病気だからね。そこで……ボクたちは、この『同化』を狙う」

 「『同化』が末期になれば、ノートを破壊しても、元には戻らない?」

 「そのはずだ。キミと風太は消えることなく、入れ替わったまま」

 「そう、ですか……」


 『風太』は、自分の胸のあたりで、両手を重ねた。


 「はっきり言おう。ボクは、風太は女の子になった方がいいと思ってる」

 「わたしの、身体に……?」

 「ああ。キミの身体に入っている風太が、ボクは一番好きなんだ。男の風太も悪くはないが、やっぱりひざまくらはしてほしい」

 「な、何を言ってるんですか……」

 「利害《りがい》は一致《いっち》してるはずだ。元に戻るか、今のままか、キミはどっちがいい?」

 「それは……」

 「おいおい、今さら迷うフリをするな。キミの本性は知ってるぞ。体操服《たいそうふく》泥棒《どろぼう》」

 「あ、あの時はっ、わたしもどうかしてて……! もうっ、言わないでくださいっ!」

 「とにかく、ボクと組んでもらうぞ。スマホだって貸したんだしさ」

 「うぅっ……それを言われると……。わ、分かりました……」

 

 安樹が差し出した握手《あくしゅ》の手を、『風太』は渋々という態度《たいど》で握《にぎ》った。

 

 「でも、『同化』っていう現象なら……わたし、少しだけできますよ? ほんの短い時間ですけど」

 「いや、キミ側《がわ》はむしろ『同化』を使わない方がいい。もう二度と」

 「どういう意味ですか?」

 「あくまで、風太《フウタ》側《がわ》の『同化』で元に戻れなくなった、という状況を作るんだ。自分のせいで招《まね》いた事態《じたい》なら、風太だって新しい身体を素直に受け入れるだろう?」

 「でもそれだと、風太くんすっごく落ち込みそう……」

 「その時は慰《なぐさ》めるんだよ。女の子の身体でしか味わえない、甘いキスをしてあげてさ」

 「あなたがキスしたいだけじゃ……?」

 「うん。何か問題ある?」

 「いえ……なんというか、用意《ようい》周到《しゅうとう》というか、ゲスっぽいというか」

 「キミにだけは言われたくないっ!!!」

 

 とにかく、今ベッドで寝てる少女を『同化』させる、という方向性で決まった。


 「……それで、どうするんですか? 風太くんを『同化』させるには」

 「そりゃおっぱいでしょ」

 「ちょっ……!?  な、何言ってるのっ!?」

 「声でかいよ。キミはおっぱいもでかいけど」

 「もうっ! やめてくださいっ!!」

 「ようするに、異性の感覚を教えてあげようってことさ。手っ取り早いのが、今ベッドで寝てるあの子のおっぱいを触ることかなって」

 「わ、わたし、やりませんっ!! それだけはっ!!」

 「いいよ。じゃあ、ボクが行ってくるから」

  

 顔を真っ赤にしている『風太』を置いて、安樹は一人でベッドの上に乗った。

 お姫様は、迫り来る悪意に気付かず、相変わらず静かに眠っている。


 「すぅ……すぅ……」

 「フフッ、良い寝顔だ。じゃあ、さっそく……」


 息を吸うと、大きく膨らむ双《そう》丘《きゅう》。安樹は内心ドキドキしながら、その場所へ自分の手のひらを近づけていった。

 

 ポトッ。


 「あれ? 何か落ちましたよ?」


 触《さわ》る寸前《すんぜん》で、安樹のポケットからスマホが落ちた。眠っている『美晴』にも、少しだけ当たった。


 「やばっ! ちょっと待って……!」


 安樹は慌てて、スマホを拾い上げようとした。

 しかし運《うん》悪《わる》く、スマホ画面の中央にある「再生」ボタンを、指でポチっと押してしまった。


 \ 風太くんは……わたしの好きな人ですっ /


 「あっ、こっそり録音してたやつが……」

 

 すぐに「停止」ボタンをポチっと。

 しかし、それと同時に、背後から殺気《さっに》がゴゴゴゴと響《ひび》いた。


 「安樹ちゃん。ちょっと来て」

 「げっ!? めちゃくちゃ怒ってる……! ア、アハハ、今ちょっと忙しくて」

 「安樹ちゃんのウソつきっ!!!!」

 「ご、ごめん、美晴っ!! 待って!! すぐに消すっ!! すぐに消すからぁーっ!!」


 ドタドタ、バタバタ……!!

 逃げる安樹《アンジュ》。追う『風太《ミハル》』。そして、そんな喧騒《けんそう》にもまぶた一つ動かさずに、平和にスヤスヤと、『美晴《フウタ》』は眠っていた。

 

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