おれがいる
(……!)
白い天井が見える。
風太は首と目玉をゆっくりと動かし、視界に映った情報を脳に送った。そうして割り出したのは、ここが美晴の部屋で、自分が美晴の部屋のベッドで寝ているという現実。
(身体が……動かない……)
身体を起こすことはできなかった。手の指も、足の指も、ピクリとも動かない。
風太は異常なほどの疲労を、四肢や腰に感じていた。
(でも、これだけははっきり分かる……! おれは今……『美晴』だってこと……)
目元を覆う前髪、呼吸をするとかすかに漏れる声。
何より分かりやすかったのは、髪の毛の感覚だった。ほっぺたをくすぐる横髪と、自分の背中の下敷きになってる後ろ髪。これらの長髪の感覚は、美晴の肉体でしか得られない。
(入れ替わったのか、もう一度……。いや、肝心なのは、美晴と入れ替われたかどうかじゃない。美晴と入れ替わったハズのおれが、どうして……)
「どうして今ここにいるのか、だろう?」
(えっ……!?)
声の主は安樹。
『美晴』が寝ているベッドのそばにあるイスに、恋愛小説を読んでいる安樹が座っていた。
「やあ。起きたね」
「あ……!」
「おはよう、風太」
「安……樹……」
「へぇ、声は出せるんだね。新しい自分の声はどうだい?」
「声……?」
聞こえる。小さくて弱々しいが、透明感のあるソプラノボイス。男子の、ではなく女子の声が、喉を通して口から出ている。その違和感は大きかった。
「『美晴』の……声……だ……」
「そうさ。キミは再び美晴になった。ボクの言うことを聞かずに」
「か……身体が……! 動かな……い……」
「だろうね。戸木田美晴は、すでに身も心もボロボロだったんだ。身体にどういう異常が起きても不思議じゃない」
「あいつは……? あいつは……どこに……いるんだ……?」
「あいつがどいつかは知らないが、順番に話してあげるよ。キミには全てを聞く義務がある」
「義……務……?」
安樹はパタムと小説を閉じて、『美晴』の目を見つめた。
「キミは殴った。蘇夜花を」
「……!!」
もしかしたらあれは夢だったんじゃないかと、『美晴』は少し不安に思っていたが、安樹のその言葉により、現実であることが確定した。
『美晴』は目を丸くして驚いた後、満足げにフッと笑った。
「何を笑ってるんだか。キミは後先考えずに行動できていいよね。ホント」
「後先……?」
「確かにキミは殴って、ぶっ飛ばした。いじめっ子たちも、そうとう驚いただろうね。でも、キミはその直後に気を失った」
「えっ……!?」
「一転、ピンチだよ大ピンチ。すぐに蘇夜花は立ち上がり、キミに復讐しようとしただろうね。しかしそこへ、ボクの決死のファインプレーが決まった」
「ファイン……プレー……?」
「女子トイレの窓に向かって、思い切り石を投げたのさ。窓ガラスはパリンと割れ、ジリリと防犯ベルが鳴り響いた。いじめっ子たちは人が集まってくるのを恐れて、女子トイレから退散したよ」
「おお……。なかなか……やるな……、お前も……」
「できればやりたくなかったさ、そんなこと。その後は、トイレに置き去りにされたキミを急いで回収して、この美晴の家まで運んだ。今ごろ、学校の方でどんな騒ぎになってるかは……あまり考えたくないね」
「そうか……。色々と……迷惑かけた……な……」
「まったくだよ」
あの蘇夜花をぶっ飛ばした。やっと、ひと泡吹かせてやった。
今ごろになって、完全勝利の余韻に浸っている『美晴』に対し、安樹は目を細めたまま、ちっとも笑っていなかった。
「あ……安樹……? もしかして……怒ってる……?」
「別に。怒ってないけど」
「本当か……? 本当に……怒ってない……のか……? お前……には……大変なことを……させて……しまったけど……」
「ああ。怒ってないってば」
「そうか……。怒ってない……か……」
「いーや!! 怒ってないわけないだろ、バカ風太っ!! いい加減にしてよ、もうっ!!!」
「……!?」
安樹は怒りに震えていた。
「どうしてだ、風太……!! どうしてこんな道を選んだんだ!! いつかきっと、必ず後悔することになる!! だからボクは、命をかけてまで止めたのにっ!! キミは……どうして……!」
そして、泣いていた。
「悪かった……。ごめん……安樹……」
「はあ!? ごめん!? そんなこと言ったって、もう遅いよっ!! 取り返しがつかないっ!! なぜ、ボクじゃなくて美晴を選んだんだ、風太っ!!」
「おれは……ただ……、美晴の……“憧れ”……に……」
「うるさいっ、うるさいっ!! 黙れ黙れっ!! キミの自分勝手な言動には、ヘドが出るっ!!!」
「安樹には……本当に……迷惑をかけた……と……」
「黙れって言ってるだろ、この大バカ男っ!! もうしゃべるなっ!!」
安樹はイスから立ち上がり、『美晴』に詰め寄った。
そして左手でぎゅむっと、『美晴』のほっぺたを左右から挟んだ。
「うぅっ……!?」
「このままキミのほっぺたを握り潰して、そのブサイクな顔面をぐちゃぐちゃにしてやろうか!? あぁ!?」
「おうぁえの……気が……そえで……済うの……なら……」
「ふざけるなっ!! そんなこと、できるわけないだろう!? 大切な友達なんだよ、キミはっ!!」
安樹はすぐに、左手をパッと放した。
言動も行動も、何もかもがメチャクチャで、自分でも気持ちの整理がつけられていないようだった。
「はぁっ、はぁっ……! クソっ!」
「安樹……」
「ボクはどうしたらいいんだ……。分からないよ、もう……」
「安樹は……充分……よく……やってくれた……よ……。お前を……信じて……良かった……。また……会えて……嬉しい……」
「やめてくれ。ボクはキミを止められず、死ぬことさえできなかったんだ。これほど無様なことはない」
「そんなこと……ないさ……。おれは……また……『美晴』に……なってしまったけど……、以前とは……違う……。今の……おれは……しっかりと……前だけを……見てる……」
「じゃあ聞くけど、これからどうするつもりなんだ? 入れ替わりペンダントは力を失った。以前と同じ状況になり、キミは……100日後に消える」
「え……!?」
「そんなの聞いてない、って顔してるな。当たり前だ。キミは知らなくてよかったことだから。こんなくだらない……美晴の願いなんて」
「美晴が……それを……ノートに……!?」
「彼女が望んだことだよ。戸木田美晴なんか、この世から消えてしまった方がいいって。だから、本来は彼女が消える予定だったが、悪魔がそれを狂わせた」
「そうか……。そういう……こと……だったのか……」
「そして、イジメのことも何も解決していない。前途多難さ。ちゃんと、これからどうすべきかを考えているんだろうな? 何も考えてない、なんてもう言わせないぞ」
「分かってる……。考えてる……さ……。でも……、まずは……美晴と……話を……させて……くれない……か……?」
「美晴と?」
「ああ……。あいつと……話して……から……、決めたい……ことが……ある……。別室に……いるんだろ……? おれに……なった……美晴が……」
「察しがいいな。そうとも。キミをここに運んだのは、ボクと美晴だ。今は別室で、キミが目を覚ますのを待ってる。彼女を……いや、彼をここへ呼んでくればいいんだね?」
「頼む……。二人……きりで……話が……したい……」
「分かった」
安樹は『風太』を呼びに、部屋を出ようとした。
しかし、途中で立ち止まり、またベッドの方へと戻ってきた。
「ん……? どうか……したのか……?」
「ごめん。一つ言い忘れてた」
そして、ベッドの掛け布団を掴み、バサッとめくった。
「ハダカなんだよ。今のキミは」
安樹の言う通り、『美晴』は全裸だった。ブラジャーやパンツどころか、くつ下すらも身につけてない。一糸纏わぬ自分の女体を見降ろし、『美晴』は愕然とした。
「なぁっ……!?」
「うわっ。いつ見てもひどいなぁ、これ」
『美晴』の腹にある火傷によって歪んだ赤黒い皮膚と、股間や太ももで隆起する腫れを見て、安樹はそう言った。
「な、なな、なんで……ハダカ……なんだよっ……! おれはっ……!」
「とってもセクシーだよ。風太」
「何言ってるんだ……! と、とにかく……隠せっ……! 早く……布団を……掛けてくれっ……!!」
「ボク、こういう傷ついた身体も好きだよ。だから、隠さなくていい」
「そういう……問題じゃ……ないって……! 服でも……布団でも……なんでも……いいから……、急いで……持ってこい……! おれは……身体が……動かないんだ……!」
「フフッ。どうして赤くなってるの? 恥ずかしがらずに、堂々としてたら? 男の子なんだからさぁ」
「お、おいっ……! 安樹……いい加減に……しろっ……!」
「怒らないでよ。元はと言えば、キミが漏らしたからいけないんじゃないか」
安樹は人さし指を出し、『美晴』のおヘソをツンとつついた。
「あうぅ……!」
「美晴は、おしっこをガマンしていた。そんな彼女の身体を、キミが乗っ取ったんだ。……分かるだろう? つまりキミは、おしっこを垂れ流しながら気を失ってたんだよ」
「そう……なのか……?」
「おしっこまみれで臭くて汚かったキミの身体を、タオルで拭くために、仕方なく、服を脱がせて全裸にしたのさ。そこまでしてあげたのに、どうして感謝すらせず、ボクを怒鳴りつけるのかなぁ」
「う゛……! あ、ありがと……う……。身体を……キレイに……してくれて……」
「ダメ。許さない。罰として、キミはしばらく裸んぼだ」
「えぇっ……!? それは……困る……! こんな……状態で……美晴に……会えって……言うのかよ……!」
「そうだよ。じゃあ、今から美晴を呼んできてあげるね」
「待てっ……! せめて……シャツ……一枚……だけでも……着せていって……くれぇっ……!」
『美晴』の懇願も完全にスルーし、安樹は部屋の外へと出ていった。
ひとり部屋に残された『美晴』は、『風太』が来る前になんとか右手を動かそうと力を入れてみたが、指先さえもそれに応えてはくれなかった。全裸マネキン状態の『美晴』がパニックになっている中、無情にも、ガチャリと部屋の扉は開いてしまった。
「み、美晴っ……!」
「風太くん……?」
風太が『美晴』で、美晴が『風太』。入れ替わった二人が、再び出会った。
最初『風太』は、申し訳なさそうに下を向いていた。しかし、『美晴』と話さなくてはいけないことがあるので、恐る恐る顔を上げようとした。まっすぐに、前を見ようとした。
「「あっ!?」」
もちろん、そこには全裸の『美晴』がいる。
『風太』はびっくりして小さくピョンと飛び跳ねた後、今度は真っ赤になって、もじもじしながら下を向いた。
「えっ、あ、えっと……!」
「からっ……! 身体……が……動かなくて……さ……! 安樹の……やつが……わざと……このままに……して……出ていったんだ……!!」
「わ、分かってますっ」
「あんまり……見てない……から……な……! お前の……ハダカ……とか……! 手が……動かない……から……、触っても……いない……し……!」
「はいっ。だ、大丈夫ですっ」
『美晴』は、あらぬ誤解を生んでしまうと思い、できる限りの早口で弁解した。
それに対し、『風太』は大丈夫だと返答した。ハダカの自分を晒し者にされているこの状況は、何も大丈夫ではないが。
「美晴っ……! とにかく……布団だ……! おれに……布団を……かけて……くれ……!」
「は、はいっ!」
『風太』は急いで掛け布団を拾い、大胆に素肌を晒し続ける『美晴』の首から下を、バサッと覆った。
「ふぅ……。ありがとう……。美晴……」
「い、いえっ。ハダカのままだと、まともに会話もできませんしっ」
「おれは……別に……、ハダカに……なりたかった……わけじゃ……ない……ぞ……! わ、分かってる……よ……な……?」
「はい……。事情は理解しています。風太くんに何があって、今どういう気持ちでそこにいるのか、さっき安樹ちゃんに全て教えてもらいましたから」
「そっか……。それなら……話が……早い……な……」
「だから、そのっ!」
「ん……?」
『風太』は『美晴』の顔が見える位置まで近づき、そこに座った。ベッドで寝ている『美晴』と、しっかりと目線を合わせられるように、床に正座だ。
「わたし、風太くんが何を言っても、受け入れる覚悟ですっ!」
「……!」
自分のことを「わたし」と呼ぶ、女っぽい『風太』は、しっかりと前を見つめていた。その視線の先には、さっき自分のことを「おれ」と呼んだ、男らしい『美晴』の顔がある。
『美晴』は目を丸くして、『風太』を見つめ返していた。
「おれが……何を……言っても……?」
「はいっ!」
「そうか……。じゃあ……今すぐ……」
「……!」
ひざの上に乗せた拳を、『風太』は一層強く握った。
「おれの……人生を……返して……くれ……!」
『美晴』は、ハッキリとした口調でそう言った。
瞳を閉じ、その言葉をしっかりと受け止める『風太』。しかし、その『風太』が返答を口にする前に、続けて『美晴』はしゃべり始めた。
「……って、本当は……言いたい……けど……」
「えっ?」
「今……それを言っても……しょうが……ない……。まず……おれから……変わらなきゃ……いけないんだ……」
「え? ふ、風太くん?」
「だから……、美晴……には……」
動揺する『風太』を目の前にして、『美晴』は自分の中にある本当の気持ちを伝えた。
「おれを……許して……ほしい……! お前に……ひどいことを……言って……たくさん……傷付けた……から……!」
「!?」
「ウソをついて……ごめん……! おれが……間違ってた……!!」
またびっくりして、今度はびっくりしすぎて、『風太』は目を大きく見開きながら、自分の口を両手で覆った。
『美晴』から謝罪の言葉を述べられるなんて、想像すらしていなかった。
「おれと……お前の……ケンカは……もう……終わり……だ……。仲直り……しよう……!」
*
それから5分後。
「おい……美晴……!」
「うぅー。ううぅー!」
「話の……続きが……あるんだよ……! 真面目に……聞け……! いい加減……に……しろ……よ、お前っ……!」
「ごめんなさいっ。まだ、待ってっ」
『美晴』が「仲直りしよう」と言ってから、5分。『風太』はその5分間ずーっと、ダンゴムシのように床で丸まっていた。やわらかいクッションに顔を埋め、さらにクッションを強く抱きしめ、ひざを畳むという、完全な防御体勢である。
「そのポーズは……なんなんだよ……! どういう……感情……なんだ……!?」
「と、とても、嬉しいの、と、恥ずかしいの、ですっ!」
「顔を……見せろ……! おれの……顔を……!」
「な、なんだか、気持ちが、バクハツしちゃいそうなんですっ! こうしていないと、心が、抑えきれなくてっ!」
「えっ……?」
「あの、そのっ! 風太くん、が、すごく、かっ、カッコよ」
「あっ……! お前……今……『カッコつけ』って……言おうとした……だろ……!?」
「ええぇっ!? い、いや、そんなことはっ」
「なんと……でも……言え……! おれは……カッコつける……のを……やめるつもりは……ないから……な……! 雪乃も、安樹も、美晴も……! 女子は……いつも……おれのことを……バカにする……けど……!」
「風太くんだって、今は女の子……」
「分かってるよっ……!」
『風太』はクッションを解放し、正座に座り直した。
しかしまだ体温の上昇は止められないようで、大きく息を吐きながら、手でパタパタと自分を扇いでいる。
「とにかく……! おれを……許して……くれるのか……?」
「も、もちろんですっ! 元はと言えば、わたしが悪いんですしっ。謝らなくちゃいけないのは、わたしの方で」
「それはいい……。お前が……許して……くれるなら……、それ以上は……お互いに……言いっこなし……だ……。いろいろ……あったけど……、水に……洗い流そう……」
「あのっ! 正しくは『水に流す』、ですっ。洗わなくていいんですよ」
「お前なぁ……! おれに……ケンカ売ってるのか……!? 幽霊女……の……くせにっ……!」
「きゃっ! ご、ごめんなさいっ!」
幽霊女は現在の自分なのに、『美晴』は『風太』に向けて言った。
「話を……戻すぞ……! 考えないと……いけないのは……これからのこと……なんだ……。いいか……? おれは……お前の……姿で……蘇夜花を……ぶっ飛ばした……!」
「でも、それはわたしを助けようとしてくれたからでっ! 全然、後悔なんてしなくていいと思いますっ」
「後悔は……してないけど……。でも……おれが……やったことの……ケジメは……つける……」
「ケジメ?」
「ああ……。蘇夜花と……最後まで……戦ってやるさ……。おれは……お前への……イジメを……絶対に……終わらせる……!」
「!?」
それは、強い意志の表れだった。
「お前に……できなかった……ことなら……、おれが……代わりに……やってやる……。身体を……交換……したんだし……、役割も……交換……だ……」
「風太くんっ……! だ、だったら、わたしも一緒にっ」
「違う……! 蘇夜花と……戦うのは……おれだ……! 役割も……交換だって……言っただろ……? おれが……できなかったことを……お前が……やるんだよ……」
「風太くんが、できなかったこと……?」
「ああ……。お前は……100ノートを……探してくれ……! ノート探しは……おれには……無理だった……。だから……、お前に……任せる……!」
「えっ!? わたしが、100ノートを!?」
「お前には……100ノート……の……問題を……解決して……ほしいんだ……。ノートを……手に入れたら……、悪魔が……余計なことを……する前に……ビリッと……破ってしまえ……!」
「もし、それをやったら、わたしたちは元の身体に……」
「元の身体に……戻る……。そして……おれも……お前も……100日後に……消えなくなる……!」
「……!!」
『風太』がハッとして顔をあげると、そこには『美晴』の顔があった。とんでもないことに巻き込んでしまった、その相手の顔が。
直視できなくなって、『風太』はまた下を向いた。
「知ってたんですね……」
「さっき……安樹から……聞いた……。このままだと……おれが……消えるって……。美晴の……願いに……よって……」
「あのっ」
「ん……?」
「ごめんなさい……」
「本当に……そんなこと……願ったのか……?」
「はい。間違いは、ありません……」
「美晴……」
「こんなことになるなんて、思ってなくてっ。わ、わたし、普通に消えたかっただけなのにっ。風太くんも知っての通り、わたしなんかいなくなった方が、みんなにとっては幸せだからっ」
「ちょっと……こっち……来い……」
「えっ……?」
言われるがまま、『風太』は正座をベッドのそばまで移動させた。
『美晴』はそいつが自分の近くへ来るのを待ってから、「はぁ……」とため息をつき、右手を高く振り上げた。
「きゃっ」
そして、ポンッと、『美晴』の手のひらが、『風太』の頭の上に乗った。
「もう……消えたいなんて……思うな……」
女子ではないので、優しく撫でたりはできない。
男子らしく、わしゃわしゃと、ちょっとだけ乱暴に。
「お、怒らないんですか……?」
「さっき……仲直り……したのに……、また……ケンカして……どうするんだよ……」
「……」
100日後に消えてしまう運命を突きつけられたのに、『美晴』は笑っていた。
「独りぼっちだと……良くないこと……いっぱい……考えてしまうからな……。でも、今は……違う……。おれがいる……」
「うんっ……」
「もう……二度と……消えようと……するな……。友達が……消えるなんて……おれが……許さない……」
「友達……」
友達という言葉に、こだわりを持つ少年だということは知っていた。誰よりも友情に熱く、心を許した相手には絶大の信頼を置くことも知っていた。
だからこそ、戸木田美晴は、自分の中での主人公は二瀬風太だと、感じたのだ。
「ああ……。美晴は……おれの……友達だ……!」




