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おれはお前なんかになりたくなかった  作者: 倉入ミキサ
第十三章:風太と美晴と菊水安樹
103/127

竜を斬った少年


 それは誰も知らない、風太が美晴の“憧れ”になるまでの話。

 

 *


 ◇ (わたし=美晴) ◇


 『きゃははは! えーっ、ウソー?』


 クラスの女の子たちが、友達同士の輪を作って笑い合っている。みんなで楽しくおしゃべりしてるだけなら、それは平和で微笑ましいことなんだろうけど……。


 『やばっ、聞こえちゃうよ! もっと声小さくして、ヒソヒソ……』


 話題はきっと、わたしのこと。小声で話すということは、だいたい良くないこと。いくらヒソヒソ声で話していても、こっちを何度もチラチラ見ているものだから、ウワサの標的はそれが嫌でも分かってしまう。

 

 「……」


 わたしは、他人《ヒト》と同じように会話ができない。

 恥ずかしがりで緊張しがちなので人前で話すことが得意じゃない……という精神的な問題と、幼《おさな》い頃《ころ》に正常《せいじょう》な喉《のど》を失った……という身体的な問題から、わたしは普通の人が自然にやっているような「おしゃべり」ができないのだ。

 会話ができない人と話そうとする人はいない。だから、小学校でのわたしは、いつも独りぼっち。読書が好きなので、独《ひと》りの時間を過《す》ごすことはあまり苦しくなかったけど……学校生活の中ではグループ活動をさせられることが多いので、常《つね》に独《ひと》りでいる、というわけにもいかず。

 勉強はそこそこ、運動は全然ダメ。そのうえ言葉を全く話さないわたしは、グループでの発表などでは、お荷物《にもつ》として扱《あつか》われることが多かった。元々プラスでもマイナスでもなかった、みんなからわたしへの印象は、役立《やくた》たずであることが露見《ろけん》していくたびに、どんどんマイナスの方向へと進んでいった。

 そして、最近(5年生の二学期が始まってから)は特に、嫌悪《けんお》のような態度を示されることが多くなった気がする。陰口《かげぐち》を叩かれる機会も増えたと思う。


 (これって……もしかして、イジメ……?)

 

 あんまりそれを認めたくはなかったので、とにかく考えないようにしようと、心の奥底へ押し込んだ。

 自分がいじめられっ子だと自覚してしまうと、学校に行くことさえ辛くなってしまう気がしたから。


 *


 『でも、まるとはふつーにおしゃべりできるよね?』

 《これは、もじでおしゃべりをする、ひつだん、だから》

 『がっこうでは、ひつだん、しないの?』

 《めだつから、はずかしいの。もじをかいて、ひとにみせるのって、すごくゆうきがいるの》

 『えー。ぜんぜん、はずかしくないのに』

 

 この子は藤丸《フジマル》ちゃん。フズリナ保育園に通う、4歳の小さな女の子。天然パーマの髪と、いつも腰に提げている新聞紙の剣が特長。

 過去にいろいろあって意気《いき》投合《とうごう》し、現在は図書館で会うたびにこうして一緒に遊ぶようになった。


 『みはるねえさん、こえだせる?』

 「えっ……!? う、うん……! 今は……少しなら……出せる……と……思う……」

 『こえでおしゃべりをするのと、ひつだんでおしゃべりするのと、どっちがかんたん?』

 「それは……どっちも……簡単じゃない……けど……。まだ……筆談の方が……マシ……かな……」

 『じゃあ、まるとれんしゅーしよっ! ちょっとまってて!』

 「え……」

 

 わたしが筆談をするのは、お母さんと藤丸ちゃんの前だけ。その理由は、単に恥《は》ずかしくないから。

 たしかに、学校のみんなの前で筆談ができるようになったら、わたしの孤独《こどく》な生活が、少しは変わるかもしれない。上手く自分の意志を伝えられるようになったら、普通の人と同じように扱ってもらえるかもしれない。

 正直、あんまり気乗《きの》りはしないけど……。

 

 《こんにちは、ふじまるちゃん》

 《こ   ん に さ   ほ》

 《わたしは、みはる》

 《み   ほ   3》

 

 筆談《ひつだん》の練習《れんしゅう》開始《かいし》。わたしが紙に書いた文字を、藤丸ちゃんが真似《まね》をして紙に書く。

 そこで違和感《いわかん》に気付《きづ》いた。これは……わたしの筆談の練習というより、藤丸ちゃんのひらがなの練習になってる。でも、これはこれで、なんだか楽しい。


 《とまと》

 《と  ま と》

 

 文字の横に、わたしがトマトの絵を描くと、藤丸ちゃんはキラキラと目を輝かせた。

 

 『あっ! これ、とまと! すごーいっ!』

 「もっと……いろいろ……描いてみようかな……」

 『うん! まるが、もじをかくから、みはるねえさんは、えをかいてね!』

 「ふふっ……」

  

 筆談の練習はどこへやら、わたしはイラスト担当になった。

 「すいか」「おはな」「いぬ」「ねこ」……最初のうちは、幼稚園児でも分かるような簡単な絵を描いていたけど、気分が乗ってきて、わたしはどんどん複雑な絵を描くようになった。

 

 『これは、おうち! こっちは、たこ、いか! えーっと、これは……おひめさま?』

 「うん……」


 そしてわたしは、最後に一番得意な絵を描いた。


 『かわいい! おひめさま!』

 「よかった……。藤丸ちゃんに……伝わって……」     

 『なまえは!? なんていうおひめさまっ?』

 「え……。これは……わたしが書いてる……小説に……登場する……お姫様……だから、まだ……名前は……決めてないの……」

 『えーっ! みはるねえさんっ、しょーせつ、かいてるんですか!?』

 「う、うん……」


 わたしのカバンの中にある、一冊のノート。

 それは誰も知らない、わたしの秘密のオリジナル小説(の第一巻になる予定のノート)だ。どこかに発表する予定とかはないけど、自分の読書以外の趣味として、日記をつけるみたいに最近少しずつ書き始めた。


 『しょーせつって、おとながよむほん、ですよねっ!? みはるねえさん、すごーいっ!』

 「い、いや……まだ……書き始めたばっかり……で……! というか……、文章も……めちゃくちゃだし……。全然……進んでない……から……」

 『でも、みはるねえさんが、おはなしをつくるんですよねっ!? すごいすごーいっ!』

 「そ、そんなこと……ないよ……」

 『かんせーしたら、まるによみきかせてくださいっ! おねがいしますっ!』 

 「それは……別にいいけど……」

 『やったーー!!! たのしみ~!』


 藤丸ちゃんの勢いに押され、わたしは完成したら披露《ひろう》する約束をしてしまった。

 約束してからとても恥ずかしくなったけど、藤丸ちゃんはとびっきりの笑顔で喜んでいるので、今さら断るわけにもいかない。


 「……」


 完成したら。と、藤丸ちゃんは言ったけど、そもそも完成するかどうかは、わたしにも分からない。正直に言うと、小説を書いてる時は現実の辛いことを全部忘れられるから趣味にしてるだけで、物語を完結させようなんて熱い気持ちは込めてない。本当に、ただのきまぐれというか、現実《げんじつ》逃避《とうひ》。期待しないで、できればこの小説のことは忘れて……!


 『わくわく! まだかな~! みはるねえさんのおはなし!』

 「……」


 少しだけ、がんばってみようとわたしは思った。

 

 *


 「少年《しょうねん》騎士団《きしだん》……ウィンドナイツ……!」

 

 タイトルが決まった。まずはノートの表紙に、マジックペンで「少年騎士団ウィンドナイツ」と書いた。

 

 (物語の舞台は、魔物やドラゴンが生きるファンタジー世界の、とある王国……! 12歳以下の男子で構成される王国騎士団『ウィンドナイツ』の少年団長が主人公で、魔物に襲われる街を救ったり、悪のドラゴンからお姫様を助けたり……)


 おおまかなストーリーも決まった。

 しかし、わたしの快《かい》進撃《しんげき》もそこまでだった。


 「つ、続きが……! 書け……ない……」


 右手がぴたりと止まってしまった。

 やる気はある。創作《そうさく》意欲《いよく》はしっかりあるけれど、アイデアがそれ以上湧いて来なかった。

 いつか、テレビの取材を受けた小説家の人が言ってた「面白い小説を書くための材料は、豊富な人生経験の中にある」という言葉は、本当だったのかもしれない。ようするに、今まで家と学校を往復してきただけのわたしの人生は、とても浅いのだ。

 

 「主人公の……会話シーン……。団員たちと……話す……何気《なにげ》ない……日常の……ひとコマ……」


 書けない。12歳の男の子の自然な会話が分からなかった。それでもなんとか続きを書いては見たものの、やっぱり違和感しかなくて、書いては消しての繰り返しになってしまった。

 創作に行き詰まると、いつも辛い現実はわたしの目の前にやってきた。


 「うぅっ……ううぅっ……。書けない……よぉ……」


 今日もまた、学校で陰口を言われた。きっと明日も言われる。辛くて、苦しくて、悔しかった。たとえ小説が完成したとしても、その現実は何も変わらない。ただただ虚しく、情けなかった。逃避することすらできず、机に伏してひたすら泣いてしまうことも多くなった。


 そんなある日。


 「……」


 気を紛《まぎ》らすため、その日のわたしは読書に没頭していた。教室でも本を読み、放課後も図書室に行ってずっと本を読んでいた。それでも心は晴れなくて、焦《あせ》りや苛立《いらだ》ちは止まらなくて……。

 そして突然、わたしは何かの気配に気がついて、フッと顔をあげた。


 『なかなかやるな。健也《ケンヤ》』

 『お前もな。風太《フウタ》』

 

 男の子が二人、図書室の机でカードゲームをしている。

 その光景こそが、わたしにとって初めての“風太くん”だった。


 『でも、おれは勝つ! 手札から、暗黒将軍シュバルツを召喚! 健也のレッドファイアドラゴンに攻撃!』

 『なにっ!? お前、まだそんなカードを……!?』

 『竜《りゅう》を斬《き》り裂《さ》け! 漆黒《しっこく》の刃《やいば》!』

 

 わたしが初めて見た風太くんは……竜を斬っていた。

 まるで、わたしが書いている物語の中の、少年騎士のように。


 『甘いぞ風太。ドラゴンの効果により、お前の手札を全て墓地へ』

 『えっ!? や、やっぱり、今の攻撃はナシで』

 『ダメだ。墓地へ』

 『くっ……!!』


 ただのカードゲーム。男子がよくやってる遊びで、わたしはルールなんか何も知らない。

 それなのに、竜を斬った男の子がなんだかとても興味深くて、わたしはその姿をじっと見つめていた。


 (あっ……!)


 わたしの中で、何かが繋がった気がした。

 もう読書に集中なんてできない。わたしの目は、その男の子の仕草や振る舞いを観察することに必死だった。


 『はい、おれの勝ち。風太もまだまだだな』

 『うわーーっ! おれの負け!? うぐぐぐ……!』

 『ほら、おれの荷物持てよ。負けた方が持って帰る約束だろ』

 『なあ、もう一戦やらないか? もう一回だけ頼む、健也!』

 『今日はもうおしまいだ。家に帰って、雪乃《ユキノ》と練習試合してろよ』

 

 できあがっていく。できあがっていく。わたしの頭の中で、小説の続きがどんどん書き上がっていった。

 男の子たちが図書室を出た後、わたしも急いで家に帰った。家に着いたら、すぐに勉強机に向かい、「少年騎士団ウィンドナイツ」を開いてシャーペンを握った。


 (書ける……! と、止まらないっ……! 文章を書く手が、止まらないっ……!)


 あの男の子と小説の中の主人公を重ねると、自分でもびっくりするくらい軽《かろ》やかに物語が進んだ。

 今まで、こんなことは一度もない。


 「はぁ……はぁ……! すごい……!」

  

 しばらく書いていると指が痛くなったので、無理やりペンを置いた。

 すると、長い距離を走り終わった後みたいに、息が上がり、汗をたくさんかいた。


 「ふふっ……」


 自然に笑っていた。とても、とても、とても嬉しかった。

 身体は震えていた。恐怖や怒りなんかじゃなくて、純粋な喜びで。


 (名前……なんだっけ? フウタ、だっけ? 隣のクラスの人かな?)


 ベッドに横になりながら、あの人のことを思い出す。

 もっと見たい。ずっと見ていたい。そう願った。わたしにとっての主人公はきっと、あの人なのかもしれない。


 (フウタ……くん……)


 その日から、わたしの心の中には風太くんがいるようになった。


 *


 「みんな早く逃げろ。鬼が来るぞ……!」


 これが、わたしの小説の主人公のセリフ。

 街の人々を避難させて、自分独りで一つ目鬼(サイクロプス)へと立ち向かう前の言葉。


 『みんな早く逃げろ。鬼が来るぞ……!』


 これが、風太くんが実際に言ったセリフ。

 昼休みに友達と鬼ごっこしてる時に言った言葉。


 わたしは観察を続けた。

 晴れた日は、図書室の窓から外を見降ろすと、グラウンドで元気に遊んでいる風太くんが必ずいる。そして、勝手に風太くんのセリフを使い、わたしは小説を書いた。わたしの中のイメージは、もう完全に「風太くん=小説の主人公である少年騎士」だった。


 (風太くんなら……『ここはおれに任せて先に行け!』って、言うかな)

 

 『ここはおれに任せろ! 健也たちは先に行け!』

 

 (ふふっ。やっぱり……!)


 観察を続けて、風太くんのいろんなことが分かってくると、今度は順序が逆転した。つまり、風太くんが次に言いそうなセリフを、わたしはだいたい当てられるようになったのだ。偶然というには信じられないくらい、わたしが言ってほしいと思うセリフを、風太くんは口に出して言ってくれた。


 「……」


 強くて、勇敢で、優しい騎士。仲間想いで、いつも一生懸命で、カッコいい。

 いつしかわたしは、その少年騎士に“憧れ”という感情を持っていた。地味で根暗で可愛くもない女だけど、わたしはあの人に憧れてしまった。


 *


 「はぁっ、はぁっ……!」

 

 クラスでの陰口は、ついに本格的なイジメへと変わった。小箱《こばこ》蘇夜花《ソヨカ》という転校生の女の子が中心となり、女子のグループがわたしをいじめるようになった。今日は、彫刻《ちょうこく》刀《とう》でおデコに大きな傷をつけられた。

 

 「ううぅっ……!」


 でも、お母さんには頼れない。幸い、わたしは前髪が長かったので、おデコの傷はなんとか隠すことができた。とにかく今はじっと耐えて、蘇夜花ちゃんたちがイジメに飽きるのを待つしかない……。


 「ひぐっ……ぐすんっ……」


 心の傷も深かった。

 小説を書き、小説を書き、ひたすら小説に熱中して、忘れようとした。

 もうすぐ物語は最終章。ずっと大切に積み上げてきた少年騎士団のお話を、キレイに終わらせなければならない。学校でのことなんて、気にしてる場合じゃない。


 (主人公の幼なじみのお姫様……。魔王の軍団に捕まってしまうけど、少年騎士団ウィンドナイツが助け出すの……)

 

 セリフをつけていく。


 (『おれがお前を守る。だから、もう泣くな』)


 言いそう。すごく、あの人が言いそうなセリフ。これに決定。

 きっと、泣いてるお姫様を安心させるために、そのセリフを言うと思う。でも、泣いてるお姫様って、誰のことだろう? 主人公は風太くんだとして、お姫様のモデルはどこから出てきたのか……。


 (えっ……?)


 今、泣いて助けを求めてる人。


 (い、いやっ……! そ、それは、ない……! そんな物語はダメ……! 気持ち悪すぎっ……!)

 

 わたしはベッドに飛び込んで、頭から布団を被った。

 いくら作者の欲求が表れる創作とはいえ、それはない。絶対にない。そんなことしちゃダメだと思う。


 (あ、ありえないから……!)


 しゃべったこともないクセに。自分から声もかけられないクセに。

 なんだかドキドキしてしまって、その日はなかなか眠れなかった。


 *


 『おれがお前を守る』

 「……!?」


 ある日突然、風太くんはそのセリフを口にした。

 が、もちろんそれは、一度も会話したことがない戸木田《ときた》美晴《ミハル》なんかにではなく、風太くんの幼なじみである春日井《かすがい》雪乃《ユキノ》という女の子に、だった。


 『おれがお前を守るから、最後までセーフだったら、絵の具セット貸してくれよ』

 『えーっ!? やだよ風太くんっ!』

 『頼む、雪乃っ! 5時間目に図工があること忘れてたんだ!』

 『忘れてくるのが悪いんでしょー!?』

 

 昼休みの、ドッジボールの最中での言葉だった。

 風太くんが『守る』と言った相手は、雪乃ちゃんのこと。二人は兄妹《きょうだい》のようにいつも仲良しだから、そうなるのは当然で、何もおかしいことはない……。


 「……」


 その後のわたしは、ずっと放心状態だった。魂が入っていない人形のように、手を動かし、足を動かした。学校が終わって家に帰り、自分の部屋のベッドにドサッと倒れて、そこで初めて冷静になった。


 「あはは……。バカ……みたい……」


 雪乃ちゃんに対する嫉妬《しっと》とかそういう気持ちはなく、ただ、情けなくて恥ずかしかった。ほんの少しでも自分をお姫様だと思ったことが、本当に愚かだった。どうして自分が、風太くんにそんな言葉をかけられるなんて、勘違いしてしまったんだろう。


 「……」


 身体に力が入らない。


 「はぁ……」


 ため息と共に、やる気が抜けた。藤丸ちゃんには本当に申し訳ないけど、小説なんてどうでもよくなってしまった。

 少年騎士は、自分の国のお姫様を守るけど、隣の国の奴隷《どれい》の少女を助けてはくれない。見ず知らずの会ったこともない人なんだから、それは当たり前。物語の流れ的にも、お姫様を助けてハッピーエンド以外の結末は不自然だと思う。それは、頭では分かっているのに……。


 (もう、いいよね……)


 わたしは「少年騎士団ウィンドナイツ」を最終章の途中で打ち切り、カギ付きの引き出しの中にしまった。何かの拍子に飛び出してこないように、そこに封印しておこうと誓《ちか》った。


 「風太……くん……」


 *


 忘れないと。

 記憶から、消さないと。

 あの人のことは、もう……。


 「え……。なに……これ……」

 

 今日も藤丸ちゃんに会うため、わたしは図書館を訪れた。タイミングを見計《みはか》らって、小説が打ちきりになったことを、あの子に伝えないといけない。

 しかし、図書館の入口で、わたしは衝撃的なものを見てしまった。


 『あ、みはるねえさん! おはようっ!』

 「おはよう……藤丸ちゃん……。これは……どういうこと……?」

 『まるのもじと、みはるねえさんのえ、すっごくじょうずだから、ここにかざるって!』

 「えぇっ……!?」

 

 この前、藤丸ちゃんが書いた文字とわたしが描いた絵が、図書館の入口にある「みんなのおえかき」コーナーに貼られていた。藤丸ちゃん曰《いわ》く、図書館で働く人たちにいっぱい見せびらかした結果、こうなってしまったらしい。


 (む、無理……! こんなの、無理っ!!)


 見られる。図書館を訪《おとず》れる人たちに。

 わたしの、拙《つたな》いイラストが。恥ずかしい絵が。全然まじめに描いてない、お姫様が。

  

 「……!」

 

 わたしは絵を剥《は》がしてもらうべく、図書館の人が近くにいないか探した。

 必死に、必死に、きょろきょろと。


 (えっ……)


 図書館の人は、見つけられなかった。

 その代わり、この図書館へとやってくる、二人の男の子を発見した。


 『お、図書館ならエアコンあるじゃん。ここにしようぜ』

 『そうだな。静かにしてれば、怒られないだろうし』


 あれは……風太くんと健也くん。


 (風太くんっ……!? なんでっ……!!?)


 手には、いつものカードゲームの束《たば》を持っている。

 ここは図書館なのに、読書をする気は毛頭《もうとう》ないみたい。


 「か、隠れ……ないとっ……!」

 「えっ!? なんでですか、みはるねえさんっ!?」

  

 わたしは藤丸ちゃんの手を引いて、近くにあった本棚の陰に隠れ、図書館へと侵入《しんにゅう》してくる二人の様子をこっそり見ていた。

 

 (忘れようとしてたのに……。忘れなきゃいけないのにっ……)


 なんだか、向こうの方が悪い気さえしてくる。

 ここはわたしの領域《りょういき》なのに、わたしことなんかには全く気付かず、風太くんはズカズカと図書館に乗り込んできた。そして……図書館の入口で立ち止まった。

 

 (見てる……。わたしの絵を……)

  

 じっと見てた。わたしの描いた絵が気になったらしく、じっと。

 どんな感想を言うのかな……って、ちょっぴり期待もあったけど、その期待はすぐに消えた。


 (あっ……。風太くんは、「かわいい」って絶対に言わない……)

  

 藤丸ちゃんが「かわいい」って褒めてくれた、お姫様の絵。

 でも、風太くんは「かわいい」って言わない。あの人は言わない。絶対に言わない。もしも風太くんが「かわいい」なんて褒め方をしたら、キャラ崩壊《ほうかい》だもん。

 じゃあ、あの人はなんて言うか。

 

 (「下手だな」とか……。「気持ち悪いな」とか……。素直に褒《ほ》めたりはしないよ。風太くんは。そういう男の子だから)


 ポジティブにならず、ネガティブになっていた方がいい。

 これ以上、傷つかないように。なるべく、最悪の結果を予想しておいた方が……。


 『キレイだな……』


 え。


 『キレイ? このお姫様が』

 『え、うん……。あれ? 健也はそうでもないか?』

 『風太、お前……こういう女が好きなのか? さっきからずっと見とれてるけど』

 『はあ!? み、見てただけだっ!! 見とれてはないっ!!』

 『あははっ。お姫様なんて、現代日本じゃ出会えないぜ。残念だったな』

 『うるさいなっ! もういい、行くぞっ!!』 

 

 ……。


 『え? みはるねえさん?』

  

 わたしは……一番近くにいた藤丸ちゃんを、抱きしめていた。


 『ぎゅーって、するの? じゃあ、まるも、ぎゅー』

  

 藤丸ちゃんは優しいので、わたしを抱き返してくれた。

 小さな子は体温が高くて、なんだかとてもあたたかい。


 (忘れたくないっ、忘れたくないっ……。この“憧れ“だけは、わたしの……最後の希望だからっ……)


 ◇ ◇ ◇


 *

 

 (はっ……!?)


 風太が目を覚ました場所は、美晴の部屋のベッドの上だった。

 

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