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第3章 裏で動くもの<後編>

「いや、マジで助かりましたよ」


 購買部から山倉が買ってきた焼きそばパンをほおばりながら、司は鮎川に頭を下げる。鮎川は何も言わず、新聞部の備品であるサイフォンからコーヒーを淹れた。


「アイツらマジ過ぎるんだよ。煉武会やら猫野センパイやら校内の有名人へどんどん声かけてんだよ。いくら好物だからってたかがカツ丼とカツカレーで大人げねえよな」


 鮎川の淹れてくれたコーヒーをすすってパンを流し込んだ司が毒づく。それを聞いて山倉と鮎川は顔を見合わせ、軽く微笑む。


「ん? どうしたん?」

「いや……なんでもない」

「キミは幸せだなと思ってね」


 山倉たちの言葉の意味がわからずに司は首をかしげる。鮎川はそれ以上言わずにコーヒーの香りを楽しんでいる。


「すでに両派の生徒数が二百人を越えたよ。このままだとどんどん増えるぞ」

「この学校の生徒はお祭り好きが多いからね。こんなイベントがあれば、はりきっちゃう連中が出てくるのさ」


 鮎川と山倉は完全に他人事としてこの騒ぎを傍観するつもりのようだ。司としては鮎川がどちらかにつけば、相手は戦意を失って降伏しそうな気がすると思っている。だが、それは祥子と香織の仲を決定的に破壊する行為でもあるので、気が進まないのだ。


「で、キミはどうしたいんだい?」

「え?」


 自分の心を見透かしたような鮎川の言葉に司は言葉を失う。どちらにつくこともできないなら、オレはどうすればいい? 自分の心に聞いても答えは出ない。


「オレは……」

「キミがあの二人のどちらかに加担したいならそうすればいい。彼女たちはキミのことを本当に慕っているからね。さぞ、喜ぶことだろう」


 いつもどおりののんびりした口調で鮎川が言う。口調とは裏腹に内容は冷厳だった。


「だが、キミが味方しなかったほうはひどく傷つくだろうね。もしかすると、その子との関係が決定的に壊れてしまうかもしれない」


 思ってもみないことだ。物心ついた時から祥子と香織とはずっと一緒に育ってきた。こんなことでケンカ別れするなど、馬鹿げている。


「オレは……このバカ騒ぎを止めたいだけで……」

「じゃあ、ボクが出て行って彼女たちすべてを黙らせればいいのかな?」


 それも違う。確かに鮎川ならば、祥子と香織を説得することができるかもしれない。だが、それでもしこりは残る。司たちの中にあってはいけないしこりが。


「わかんねえです」

「そうだね。難しい問題だね。じっくり考えてみるといい、そして自分で答えを見つけて」


 そう告げて鮎川がコーヒーを口にする。司が一年生の頃に出会って以来、鮎川にさまざまなことを相談してきたが、彼は可能性を示すだけで明確にこうしろとは言わない。あくまで決定権を司に委ね、彼に判断させるように話をもっていく。


「とはいえ、あまり時間は残されてないんだよな」

「?」


 考え込む司へ山倉が残念そうな声をかける。


「生徒会の動きが妙だ。生徒投票をするなら、そろそろ投票告知や集会の手配をしないといけないのに、そんな動きは入ってこない」


 新聞部の情報網は正確である。一説によると伊賀忍術研究会と協定を結んで、諜報活動を行っているらしい。あくまでウワサだが、たまに新聞部の床下や天井に妙な気配がすることがあるので、司は真実だと思っている。


「学生投票で決めるって会長が言ってたんだぜ?」

「だから、投票の準備をしてねえんだよ。その一方で、武装風紀が活発に動いている」

「どういうことだよ」


 生徒会が学生投票をするつもりがないなら、シオンの提案は何だったのだ。香織も祥子も投票があると思うから根回しをしている。もし、投票がないとしたら、どうやって学食メニューの削減を決めるのだ。


「校内戦争……」

「!」


 鮎川の発した言葉に司は目を見開く。確認するように山倉を見るが、山倉も無言で頷く。


「ありえる話だ。いや、それしかありえない」

「本気かよ生徒会」


 司は絶句する。まさか、校内戦争をしかけるとは予想外だ。



 桜稜高校は伝統的に武道系の影響力が強い学校である。


 理事長の方針で武道が奨励され、スポーツ推薦枠が設けられているため全国から腕に覚えのある生徒が集まる。そのため、祥子をはじめ全国トップレベルの選手を多く輩出し、桜稜は関東最強の武道高として有名である。


 ただでさえ力がありあまっている年代な上に、血の気の多い武道経験者が集まっているのだから校内でのトラブルも多い。そのため、生徒会は武装風紀という実力行使集団を保有し、学生自治を維持するために日夜目を光らせているのだ。


 だが、武装風紀は総勢百人ほどしかいない。一方で武道集団・煉武会は五百人を越える。もしも、彼らがケンカでも起こした日には、武装風紀でさえ手に終えない。


 そこで生徒会にはある非常手段が許されている。それは学内で集団同士による大規模なトラブルが起きた場合、一日に限ってケンカを解禁するというものだった。


 それが校内戦争である。


 ケンカと言っても表向きは校内行事として扱われるためルールは存在する。まず、参加人数は各集団最大で百人まで。そして、参加者は防具を着用し、使用する武器も安全性の高いもののみに限定される。防具には一ヶ所だけセンサーがついており、そこに一定以上の攻撃を受けるとその参加者は退場というルールだった。

 両陣営は、合図とともに校舎屋上を目指す。敵側の大将を撃破し、屋上へ大将がたどり着いた陣営が勝者である。


 言ってみれば大規模なチャンバラごっこだが、全国大会クラスの武道経験者がゴロゴロいる桜稜では、やたらと迫力のある戦いが繰り広げられる。校内戦争は一種の名物となっており、これがやりたくて桜稜を目指す生徒もいるくらいだった。



「前の戦争はいつでしたっけ?」

「去年の九月だね。遠山くんの生徒会長選挙だ」


 昨年の生徒会長選挙は、桜稜校史に残るほどの大激戦であった。大宣伝合戦とその裏で繰り広げられた暗闘の末に遠山がわずか十七票差で勝利をつかんだのである。

 だが、相手陣営から遠山が選挙違反をしていたとクレームがついて、事態は紛糾する。このままでは生徒会の移行ができないと判断した先代生徒会長が校内戦争を許可し、生徒会長をめぐって、戦争が起きたのだ。


 当時、一年生だった司は文化部棟の屋上にあがり、双眼鏡で高みの見物をしたのを覚えている。たしか山倉は従軍記者と称して校内に突入し、ボロボロになっていた。

 結果は遠山の勝利であった。両陣営ともに多くのケガ人を出し、相手陣営の総大将は学校から姿を消した。


 今回の戦争でも同じことが起こったらと思うと司の背筋が寒くなる。ケガ人が出るのはもちろんだが、敗れたほうが学校を去るようなことになれば取り返しがつかない。

 香織だって祥子だって司によっては大切な存在である。順位をつけることなどできない。その片方が失われるということは、彼にとって半身を奪われることに等しい。


「どうすりゃいいんですか」


 司が鮎川に聞く。鮎川は司をじっと見つめ、ゆっくりと口を開く。


「力ずくで二人に言うことを聞かせることはできるかもしれない。でも、それはキミの望む答えじゃないだろ?」

「話し合いで決着がつくような段階じゃなくなってるけどな。どっちも頭に血がのぼっているというか、ムキになってるから話し合いに応じるとは思えない」


 冷静に事実を指摘する鮎川と山倉に司はかすかな反感を覚える。だが、その事実は受け止めなくてはいけないことだ。目をそむけても解決なんてできない。


「それでもオレ、アイツらと話してみます。アイツらがなんでそこまで意地をはるのか聞いてみます。そこが解決の糸口だと思うんです」


 司はマジメな顔でそう答える。その言葉を聞いた山倉と鮎川は一瞬視線をかわし、少しだけうれしげに口元を緩めた。


「がんばってみろ。骨は拾ってやる」

「ボクはボクでもう少し調べてみるよ。気になる点がいくつかあるんでね」


 部室を出て行こうとしていた司は、二人の言葉を聞くと振り返って一礼する。なんだかんだ言って、今回の事件で司の味方になってくれる彼らの好意に胸が熱くなった。

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