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第10章 明かされた陰謀

 屋上へのドアを開けるとまぶしい光が三人の目をくらませる。屋内で戦っていて気づかなかったが太陽はすでに中天へ昇り、初夏を思わせる暑さが彼らを包む。


「おいおい、三人一緒とは予想外だね」


 細めた目で声の主を探す。すると、組み立てテーブルとパイプ椅子が置いてあるのが見えた。声の主は椅子に座っている遠山シオンである。

 いつもの曖昧な笑みを浮かべ、シオンはさして驚いたふうもなく司たちを眺める。猫野センパイで体力のほとんどを使い切った祥子と両軍を敵に回して満身創痍の司の様子に満足げに頷き、彼はゆっくりと席を立つ。


「生徒会長?」


 祥子が怪訝な声をあげる。シオンは右手に一本の木の棒をつかみ、軽く振ってみせる。


 ヒュン。


 さして力をこめたように見えない動きだったが、木の棒は鋭い風切り音を鳴らす。その音を聞いて、祥子と司は顔色を変える。


「どういうことですの?」


 状況が飲み込めない香織が不用意に近づく。慌てて司が彼女の腕をつかむが、シオンの動きのほうが早かった。


「シッ!」


 かすかに息を吐きながら繰り出された棒の先端が香織の頭部を狙う。反射的に香織の腕を引き、彼女をかばう司だが半瞬早くシオンの棒が香織の額にあるセンサーをかする。


「なっ!」


 シオンの奇襲行為に祥子が慌てて木刀を抜こうとする。しかし、その時背後から冷たく鋭い殺気がふくれあがる。


「風間か!」

「ご名答」


 繰り出された銀光を祥子は紙一重でかわす。風間のフェンシングは祥子の額にまいてあったセンサー付き鉢巻を狙っていた。


「どういうことだよ! 生徒会が戦争に介入するのか?」


 かろうじて香織への直撃をふせいだ司が竹刀を片手にシオンに詰問する。すると、シオンはいつもの笑みを浮かべ、棒をゆっくりと旋回させる。


「当然だろう。だって、ボクには参加する正当な理由があるからね」

「なんだと?」


 司が聞き返すと、シオンはポケットから取り出した紙をヒラヒラと揺らす。それを見た3人の眼が一斉に見開かれる。


「まさか……生徒会も……」

「その通り、この校内戦争は3勢力じゃない。ボクらを入れて4勢力で行われているんだ」


 シオンの言葉に司たちは言葉を失う。まさか運営側が参戦するとは思わなかった。シオンは悠然と笑みを浮かべ、司たちの呆然とした顔を眺めている。


「で、でも……」


 香織が口ごもる。この戦争はカツカレーとカツ丼のどちらが学食から消えるかを決めるものだった。参加者はどちらかの支持者だけだったはずだ。第三勢力である司でさえ、この問題に関しての腹案をしっかり用意している。で、あればシオンはどう解決させようというのか。


「まさか……最初からどちらも廃止するつもりだったのか」


 祥子の言葉をシオンは鼻で笑う。いつもの穏やかな笑みとはうってかわって高慢で酷薄な笑みだった。


「読みが甘いなぁ。ボクの狙いはそんな低レベルなものじゃないよ」


 祥子と香織、そして司が視線をかわす。カツカレーとカツ丼の両方を廃止するだけではないというシオンの言葉の真意がつかめない。


「もちろん、今回の戦争でその二つは廃止だ。貴重な厚切り豚肉を揚げ物に使うなんてバカバカしいからね。ついでに生徒会にとって目障りな連中につぶしあってもらったわけだ」

「……だから、あんたの狙いはその二つだろうが」


 司が再度確認する。その程度のことは司でもわかる。漁夫の利を狙う生徒会の野望を阻止する意味もあって、司は特攻を敢行したのだ。

 すると、シオンは首をかしげ哀れむような笑みを浮かべる。その顔が非常に腹立たしく、司は握っていた竹刀をさらに強く握る。


「甘いなぁ。ボクの最大の目的はこの学食に新メニューを加えることなのさ」

「新メニュー……だと……」


 唖然とする三人の前でシオンは両手を大きく広げ、まるで舞台俳優のような大仰なしぐさで蒼天へ向けて高らかに宣言する。


「そう! ボクはここに宣言する! 新たなショウガ焼き定食の追加を!」

「「「はぁぁぁぁあ?」」」


 シオンの言葉に三人が同時に叫ぶ。いきなり登場した新メニューに司たちはあんぐりと口を開いたまま、しばし何もできなくなってしまう。

 その沈黙を自分への畏怖と思ったシオンは、得意げな顔でますます芝居がかった口調で説明を開始した。


「いいかい! カツカレーやカツ丼のような油で揚げればオーケーみたいな料理をボクは嫌う! 揚げてのっけてカレーをかけたり、タマゴでとじてご飯にのせたりと下品極まりない。その点ショウガ焼きは違うね。丁寧に漬け込んだ豚肉を適切に炒めて、キャベツとトマトののった皿に盛り付けるんだよ? 野菜もとれるから栄養バランスも抜群。そして何より美味しいじゃないか!」


「えーっと、会長? ショウガ焼きって学食にあるでしょ?」


 司が当然の疑問を口にする。ショウガ焼き定食二百円。カツカレーやカツ丼にはかなわないが格安の人気メニューである。ご飯の大盛り自由だ。


「あんなのショウガ焼きじゃないんだよ!」


 司の言葉にシオンが声を荒らげる。いつもの冷静な彼とは思えない怒りに満ちた声である。あまりの迫力に司は一瞬謝りそうになる。


「ショウガ焼きは厚切り肉じゃないとダメなんだよ。厚切り肉のジューシーさと説得力がないと肉って感じがしないだろ? バラ薄切り肉を使う学食のショウガ焼きじゃダメなんだ! あれはポークジンジャーなんだよ!」


 シオンの弁舌がますますエスカレートしていく。司が呆気にとられていると、袖を香織がひいてくる。


「ねえ、司? ポークジンジャーとショウガ焼きって違うんですか?」

「いや、オレは同じだと思っていたんだが……」


 むしろ厚切りのほうがステーキっぽくてポークジンジャーじゃないかとも思う司であった。しかし、それを口にすると事態が確実にややこしくなるので黙っていることにした。


「おい、風間。貴様のところの大将はあんな感じでいいのか?」


 脱力したくなる誘惑に耐え、木刀を構え続ける祥子は風間のほうへ声をかける。すると風間は表情ひとつ変えずに首を縦に振ってみせる。


「会長のなさることをお手伝いするのがボクら武装風紀です。会長が何をやるのかは関係ありません」

「何というか……すごいな貴様は」


 呆れるよりも感心して祥子が頷く。風間は冷たい微笑を崩さずにフェンシングの剣先を祥子の正中線へ定める。


「大丈夫です。殺しはしませんよ。さすがに殺人はダメなようです」

「うれしいぞ。貴様にも一般常識が残っていたな」


 ショウガ焼きやらポークジンジャーのことはどうでもいい。祥子は眼前の強敵へ全神経を集中することに決めた。そうでないと、バカバカしくてやってられないのだ。

 祥子と風間のシリアスな空気をよそにシオンの弁舌は最高潮を迎える。


「ショウガ焼きを作る貴重な豚厚切り肉は、トンカツに使われているんだ。そこでボクは考えた。トンカツを廃止すればショウガ焼きが完成させるんではないかと」

「……で、この戦争を仕掛けたと?」


 司が恐る恐る質問する。すると、シオンは妙に重々しく頷いた。それを見た司は大きく息を吸って、肺に空気をためる。


「ふっざけんなぁぁぁぁぁ!」

「ボクは本気だぁぁぁぁぁ!」


 司の絶叫をシオンの絶叫がかき消す。あまりの気迫に圧倒され、司は思わず香織と祥子へ助けを求める視線を送ってしまう。


「ダメだ。この人、本気だ」

「負けないで司!」

「気合だ! 司!」


 香織と祥子が叫ぶ。司は大きく息をつき、気を取り直してシオンと対峙した。


「で、カツ丼とカツカレーを校内戦争で共食いさせて、弱ったところをやっつけようと」

「そうすれば、両派の恨みはお互いに向くからね。そして、生き残ったほうを武装風紀が一掃して、新メニュー追加申請をすればいいだけさ」


 まさかショウガ焼きが戦争の原因とは思わなかった司は、シオンの顔を再度見直す。もしかして冗談かと思ったのだが、やっぱり本気らしい。


「で、風間と会長でオレたちを倒そうというわけですか」


 竹刀を構えて司が呆れる。すると、シオンはわざとらしい仕草で首を振った。


「ノンノンノン。ボクはここで見物させてもらうよ。キミたちと風間くんたちの戦いをね」

「たち?」


 シオンの言葉に司と香織が周囲を見回す。すると給水塔の後ろから武装風紀の腕章をつけ、武装した生徒たちがゾロゾロと姿を見せる。その数は二十人ほどもいた。


「……おいおい」

「司! やってしまいましょう! さっきの霞撃ちをバンバンすれば楽勝です!」


 闘志を燃え立たせて香織が励ます。しかし、司はばつの悪そうな顔で香織に答える。


「わりい。アレって一対一でしか使えないんだよ。その上、すげえ疲れるんだわ」

「え?」


「ぶっちゃけ、今のオレってそこまでがんばれねえ」

「奇遇だな。実は私もふらふらだ。このドーベルマンに勝てるかどうか」

「えええええ?」


 当てにしていた二人がいきなり弱音を吐いてしまったことで香織は叫び声をあげてしまう。言われてみれば、司のヒザが細かく震えている。祥子も汗の量がハンパではない。


「つーわけで、自分の身は自分で守ってくれよ」

「ちょ、ちょっと司!」

「武運を祈るぞ親友」

「サッチン!」


 剣を構えた二人はそう言い残して武装風紀に突っ込んでいった。取り残された香織は短い竹刀を取り出し、へっぴり腰で身構えた。


「梓川先輩はボクがやる。残りは天道先輩を狙え。高原先輩は手の空いたヤツがやれ」


 風間の指示で武装風紀たちが動き出す。司と祥子はその群れへ向かって、絶望的な特攻をしかけた。


「くそ!」


 繰り出された木刀をはじきながら司が毒づく。足に力が入らないために、すぐさま反撃ができない。


「もうギブアップか! 情けないぞ司」


 そう言いながらも祥子も風間に追い詰められつつあった。ベストコンディションでも手こずりそうな相手なのだ。疲労困憊の今はなおさら厳しい。


「ほらほら、どうしたんですか剣道日本一」


 風間の剣先が祥子の道着を浅く切り裂く。ペースを乱さずに確実に追い詰めるその攻撃に、祥子はスズメバチを想起した。


「この程度でボクらに歯向かおうっていうんですか? すごいですね、先輩!」


 笑みを浮かべたまま風間の攻撃は激しさを増していく。さっきまで羽のように軽かった木刀は、疲労のために鉛のように感じられ、軽快な風間の鋭鋒をさばききれない。


「くっ! ここまでか!」

「……一矢くらいは報いてやりてえなぁ」


 荒く息をつきながら、司と祥子は怒りの視線をシオンへ向ける。シオンは棒を持ったまま、完全に勝者の余裕でこちらを眺めている。


「さすがにこれでおしまいかな? ありがとう、楽しいゲームだったよ」

「ちく……しょう」


 シオンの言葉に反論することもできない。倒れかける体を気合で支えながら、司はふと視線を香織のほうへ向ける。


「香織!」


 香織へ武装風紀の一人が迫っている。抵抗のために竹刀を振り回していた香織だが、何度目かで竹刀がすっぽ抜ける。得物がなくなった彼女は、泣きそうな顔で二人を見る。


「祥子! 香織が!」

「こっちは手一杯だ!」


 助けに行こうにも武装風紀が壁を作って通さない。突破しようにも彼らも厳しい訓練を受けている精鋭である。体調が万全でも楽勝できる相手ではない。


 司の全身を絶望と無力が襲う。せっかく三人の仲直りができたというのに、こんなところで潰されるのか。体を支えていた最後の力が急速に抜けていくのを司は感じた。


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