第8章 強襲! 猫野センパイ
「あの、セルジュお姉さま?」
「なんですか?」
女生徒がビーチチェアに座る青樹セルジュに声をかける。パラソルで日差しをさけつつ、マニキュアを丁寧に塗るセルジュは、視線を爪に向けたまま聞き返す。
「私たちは突入しなくていいのでしょうか?」
「行きたいなら行っていいわよ」
「え、その……」
女生徒がほかの女生徒を見る。だが、誰も動こうというものはいない。
「でも、私たちはカツ丼派ではないのですか?」
女生徒の問いにセルジュは鼻を鳴らした。マニキュアを塗る手を止め、彼女は女生徒の顔を嘲るように見る。
「私たちがカツ丼派? 冗談でしょ?」
「え? でも……」
「梓川さんにはこう言ったのですよ。私たちはカツ丼派を支持すると、共闘すると言った覚えはありませんわ」
喧騒が響く校舎のほうを見つめて、セルジュが笑う。
「私たちコスメ連合はここで傍観します。カツ丼派が勝てば約束どおりエクササイズマシーンを借りますし、カツカレー派が勝てば、カツ丼派から巻き上げるだけですわ」
「さ、さすがですわお姉さま!」
マニキュアの乾き具合を確かめながらセルジュはほくそ笑む。校内戦争に参加したのだから、結果はどうなろうと協力したと言い張るつもりなのだ。
したたかと言うか姑息な考えであった。しかし、セルジュにとっては自分たちが最大限に利益を得るベストな選択なのだ。
(それに……)
セルジュがチラリと屋上のほうを見上げる。そこにはこの戦争の勝者を出迎えるためにシオンが待っているはずだった。
(これで役目は果たせるわけだしね)
これらはすべてシオンの指示によるものだ。なぜなら、シオンはセルジュに命令を下していたのだから。
彼女の受けた命令はこの校内戦争で戦力のバランスを取ることである。煉武会の主力が投入されたのでは、猫野センパイや松田がいるとは言え、カツカレー派の分が悪い。そこでセルジュは協力するふりをしながら、カツ丼派の戦力を削ったのだ。
青樹セルジュ。表向きは桜稜女子生徒憧れのカリスマ女子高生。だが、その正体は遠山シオンの最強戦力・裏武装風紀の一員であった。
※
「はあ……はあ……はあ……」
「ぜえ……ぜえ……ぜえ……」
校舎一階でカツカレー派の生徒とカツ丼派の生徒が戦っていた。
片方はボクシング部の2年生。もう片方は特撮同好会の2年生である。お互いにマンガが大好きで、休み時間には週刊コミック誌を読んで、熱く語り合う仲であった。
「おおお!」
ボクシング部のパンチが特撮同好会の頬を打つ。今年はレギュラーとして、活躍が期待されている彼のパンチだったが、特撮同好会は気合でその一撃に耐える。
「や、やるじゃねえか」
「お、お前こそ」
一昔前のスポ根マンガのようなセリフを言いながら、お互いがニヤリと笑う。もはやカツ丼とかカツカレーのことなど、彼らの頭にはない。ただ、その場の空気に酔っているだけだった。
「最後の……一撃だ」
オーソドックススタイルに構えたボクシング部が笑う。すると、特撮同好会はかぶっていたヘルメットを脱ぎ捨て、変身ポーズのような構えを取る。
「来い! 悔いを残さぬようにな!」
さすがに親友同士である。ノリのよさに満足感を覚えながらボクシング部が一歩前へ踏み出そうとする。
「うおおおおおおお!」
「!」
横合いから声がする。何事かと視線を向けると彼らは口をアングリと開いて立ち尽くす。
「どいてどいて、どけってんだよ!」
マウンテンバイクにまたがった司が生徒たちをひき殺さんばかりの勢いで走ってくる。ダメージを受けて倒れていた生徒もさすがに自転車にひかれるのは嫌らしく、あわてて身をかわす。
「「天道!」」
大将に言われていた第三勢力の出現にお互いが声をあげる。一瞬、二人は視線を交わし、ニヤリと笑いあう。こういう時は手を組んで戦うのが好敵手のセオリーだと彼らは信じているのだ。
「いくぜ、桜稜ブルー」
「わかったチャンプ!」
司へ向かって同時に攻撃を仕掛ける。顔面を狙った右ストレートと胴体を狙った中段蹴りである。並の運動神経ではかわせない同時攻撃だ。
「どけって言ってんだよ!」
マウンテンバイクの上で司が背中の竹刀を抜く。ハンドルから手を離したまま、彼は両手で竹刀を操り、同時に襲撃者の頭部センサーを破壊する。
「つ、つええ……」
額に強烈な一撃をくらって二人が白目をむく。司は倒れた彼らの無事を確認するひまもなく、二階へと続く階段を一気に駆け上がっていった。
※
「見つけたぞ香織!」
「サッチン!」
背後からの声に、香織は振り向きざまに竹刀を抜いた。あまりに勢いよく抜いたために、護衛の科学部員の尻を叩いてしまうが、本人はまったく気づいていない。
廊下の向こうから数人の生徒が走ってくる。先頭を進む白い剣道着はもちろん敵方の大将である梓川祥子であった。黒い木刀を縦横に振るい、カツカレー派の護衛部隊を次々と撃破していく姿は、往年の時代劇スターを思わせる。
「大将! ここは俺たちが食い止める。アンタは先に屋上へ!」
科学部や特撮同好会など雑多な装備の護衛部隊が香織を守ろうと立ちふさがる。しかし、相手は高校女子剣道最強の祥子である。勝敗は目に見えている。
「どけい!」
最小限の動きで赤い全身スーツの生徒の攻撃をかわした祥子は、手首を返しただけでその頭部についているセンサーを叩き割る。視線は香織から外さず、流れるような動きで彼女は距離を詰めていった。
「くっ!」
香織は運動が苦手で、幼稚園からずっとかけっこで勝ったことがない。追いつかれるのは時間の問題である。
ならば、ここで迎え撃とうと香織は竹刀を構える。実力差はわかっている。だが、相手の数は少ない。こちらはまだ十人ほど残っている。勝機はあると彼女は判断した。
「はああああああ!」
祥子の掛け声とともに繰り出された攻撃で、四人が一瞬で倒された。その横で虎美が二人を片付ける。あっという間に優勢が崩され、香織はほおをひきつらせる。
「ここまでだな」
廊下に残るカツカレー派はわずかに五名。祥子たちカツ丼派は四人である。祥子と虎美の実力を計算に入れれば、絶望的な戦力差だった。
「覚悟してもらおうか……」
「くっ!」
追い詰められた香織は周囲を見回す。だが、頼りにするべき松田たちの姿はもはやいなかった。
「ニャーニャニャニャ!」
「!」
背後から聞こえた笑い声に祥子が反応する。ふくれあがる殺気を感知した彼女は、反射的に身をかわす。
わずか半秒前に彼女のいた場所を風切り音が通り過ぎる。体勢を整えて振り返ると、そこには予想通りの人物の姿があった。
「猫野センパイ」
「真打、遅れて登場ニャ!」
両手を手刀にして構えた猫野センパイが笑っていた。背後からの彼女の奇襲によって剣道部員二名が犠牲になる。かろうじてかわせたのは祥子と虎美だけだった。
「お姉さま! センパイは私が食い止めます! 先に高原さんを!」
「無理だ! 虎美一人で勝てる相手ではない!」
木刀を構えて猫野センパイに挑もうとする虎美に、祥子が加勢しようとする。すると、祥子の言葉を聞いた猫野センパイがすっと目を細めた。
「ほっほう、まるで二人なら勝てるって聞こえたけど、センパイの聞き間違いかニャ?」
体勢を低くして猫野センパイが笑う。それを見た祥子もまた不敵な笑みを浮かべる。
「いいえ、額面どおりに受け取ってください。桜稜剣道部のナンバー1とナンバー2の実力をなめないでいただく」
祥子の言葉に猫野センパイは今まで見たことのないほど艶やかな笑みを作る。
「最高ニャ。存分に楽しませてもらうニャ!」
空気が動く。床を蹴った猫野センパイは、手刀で祥子の喉を狙った。すばやくのけぞってかわす祥子だが、それを読んでいたのか彼女の体は天井まで飛翔する。
「!」
「ニャウーン!」
信じられないものを祥子たちは目撃した。空中で反転した猫野センパイは、なんと天井を踏み台に頭上から祥子へ仕掛けてきたのだ。
「お姉さま!」
虎美の鋭い突きが横から放たれる。その殺気を感じた猫野センパイは片足で廊下の壁を蹴り、空中での方向転換を行う。
「やあ!」
祥子の木刀が猫野センパイを追う。だが、音もなく着地した猫野センパイは、軽捷なバックステップで、祥子の攻撃射程から逃れる。
「オカカ落としをかわすとはやるニャ」
「どういう名前ですか」
苦笑を浮かばせる祥子だが、内心は余裕などない。まさか、猫拳がここまででたらめだとは思わなかったのだ。
剣道というのは上半身への攻撃を中心とした武道である。その証拠に足への攻撃は存在しないし、頭上への対策もない。もちろん、古流剣術にはそれらへの対処方法も存在するが、剣道家を相手にする以上使われる機会は限られる。
だが、祥子の目の前に立つ相手は、空中で方向転換するのである。そんなものを想定した技など剣道には存在しない。
剣道の常識が通用しない相手の出現に祥子の肌が粟立つ。恐怖ではない。未知の強敵に対する武道家特有の歓喜であった。
「次はちょっと本気だニャ」
「今まで本気じゃなかったんで、すか!」
祥子の言葉を待たずに猫野センパイが一瞬で距離を詰める。反射的に突き出した祥子の木刀を紙一重でかわした彼女は、その刀身に腕をからませて、武器を奪いにかかる。
「くっ!」
小柄な女性とは思えない膂力に祥子の胴体が流れる。すぐさま木刀を離して逃れようとするが、それを猫野センパイの手刀が正確に追尾する。
「やあああ!」
祥子を助けようと虎美が木刀を振り下ろすが、猫野センパイは奪い取った木刀を投げつける。飛来した木刀を払いのけるために虎美の救援が遅れる。
「いっただきニャー」
「……だあ!」
勝利を確信して突き出された手刀を祥子の手がつかむ。そして、祥子はそのまま床に倒れこみ、猫野センパイの腹を思い切り蹴り上げた。奇襲の巴投げである。
「ニャウ!」
まさかの逆襲をくらった猫野センパイだが、すぐに体勢を立て直す。あまりにハイレベルな攻防に見とれていた香織の横に立ち、腹をさすりながら猫野センパイは苦笑した。
「まさか、ここで巴投げとはニャ。やるニャ」
虎美が拾った木刀を受け取り、祥子は肩で荒い息をつく。護身術として、司の祖父から教えてもらった組み討ち術がここで役に立つとは思わなかった。
猫野センパイがゆっくりと前傾姿勢をとる。ダメージを受けている様子はない。祥子は木刀を握りなおし、精神集中のために呼吸を整えた。
「お姉さま。迎え撃ってばかりでは埒が開きませんわ。ここは攻勢にでましょう」
虎美が中段の構えから、顔の横で木刀を立てた八相の構えへと切り替える。攻守のバランスを捨てて、攻撃へと方針を変えたのだ。上段にしなかったのは、天井の高さを考慮しての判断である。
後輩の覚悟を見た祥子もまた構えを変える。こちらは中段から前傾した姿勢へと変化させる。体重を前に置き、突きの速度を高める構えである。
二人の構えが変わったのを見た猫野センパイの目が緊張の光を帯びる。目の前にいる後輩たちが並々ならぬ剣道家であることを再認識し、彼女は両手の爪を立て、慎重に距離を詰めて行った。
「行くぞ!」
「はいっ!」
祥子と虎美が同時に床を蹴る。弾丸のような速さに打ち出された突きと落雷のように打ち下ろされた斬撃が猫野センパイを襲う。
「シャァァァ!」
後方に逃れようにも背後には香織たちがいるし、廊下なので左右に逃げ場はない。迫り来る二条の木刀を前に、猫野センパイはなんと前進しながら体をひねることで回避を試みる。
「化け物か!」
突き出された木刀を制服にかすらせながら、猫野センパイが距離を詰める。先ほどは組み討ち術で迎撃できたが、今度もうまくいくとは限らない。祥子は木刀を手放すか、剣先を引くかにためらいを見せてしまう。
「お姉さま」
「油断大敵ニャ!」
木刀を引くのが遅れた。気がつけば猫野センパイの爪が眼前まで迫っていた。己の決断の遅さを呪う間もなく、必殺の猫爪が祥子のセンサーを狙う。
「くっ!」
「虎美!」
猫野センパイの攻撃は祥子のセンサーを捕らえられなかった。化け猫の爪は祥子をかばって横合いから飛び出した虎美の背中を切り裂き、白い肌を露出させる。
「っつ!」
倒れる虎美の体を抱きとめながら、祥子は木刀で猫野センパイを牽制する。必殺を逃した猫野センパイは、再び逆襲の体勢を整えるべく距離をとった。
「ご、ご無事ですか……お姉さま……」
「バカなことを……」
力弱く微笑む虎美を見下ろし、祥子は叱責の言葉を口にする。それを聞いた虎美は満足そうにうなずき、そして首を横に振った。
「いいんです。この戦いで祥子お姉さまがやられたら、私が生き残っても何の意味もありませんもの……」
「だからと言って……身代わりになるなど」
「だって、約束しましたからあの筋肉ゴリラ先輩と」
兄江から祥子のことを託された虎美は、最初から自分を盾にして彼女を守ることを覚悟していた。秘かに慕っている祥子のために身を投げ出すことは、苦痛でも何でもなくむしろ喜びに満ちた行為であった。
「虎美……」
「あん♪」
弱々しくすがりつく虎美を祥子は強く抱きしめる。憧れの祥子の体温と匂いに包まれた虎美は、苦痛とは違った音色の悲鳴を漏らす。
「勝つぞ……私は……」
「お姉さまぁん」
いつものクールな虎美とは裏腹な甘い声がもれる。だが、感極まっている祥子にはその変化はわからない。ギュッと抱きしめられた虎美は天にも昇りそうな心地であった。
「いい加減にするニャ。別に致命傷でも何でもないニャ。かすり傷ニャ」
「え?」
「ちいっ!」
猫野センパイの言葉に虎美が小さく舌を打つ。せっかくのご褒美タイムを邪魔された虎美は、名残惜しげに祥子から離れると床に落ちた木刀を拾う。
「この程度のかすり傷で私を倒せると思わないでください!」
「虎美?」
さっきとは打って変わって冷たい目で祥子が見つめている。いたたまれなさを感じながら、虎美はあえてそれを無視して猫野センパイと対峙する。
「行きます!」
「いや、待て虎美。私がやる」
がむしゃらに突撃しようとした虎美を切っ先で制し、祥子が前に出る。猫野センパイをまっすぐに見た彼女は、静かに中段に構えた。
「センパイ。これが私の一番強力な技です。これをかわされたら私はセンパイに勝つ手段がありません」
祥子の言葉に猫野センパイの顔が笑みに吊り上がる。だが、その全身にみなぎる殺気には微塵のほころびもない。
「百式ってヤツかニャ? そういえば、お目にかかるのは初めてだニャ」
猫野センパイの両手が床につく。背中を丸くして、四つんばいになったその姿は獲物を狙う猫そのものであった。
猫野センパイの殺気が急速に引いていくのを祥子は感じていた。観客と化している香織たちもさっきまで粟立っていた肌が元に戻っていることに気づき、猫野センパイの変化を初めて認識する。
「……センパイ」
「ちょっと黙ってるニャ。今、戦いはクライマックスニャ」
廊下中にみなぎっていた殺気は、猫野センパイの周囲1メートルに凝縮している。彼女は濃密な殺気を感知センサー代わりにして、祥子の連続攻撃を察知してかわそうという作戦だった。
究極にまで研ぎ澄まされた感覚が、祥子の呼吸と鼓動を猫野センパイへ伝える。浅く長く繰り返される呼吸を聞きながら、彼女は仕掛けるタイミングを計った。
「りゃああああ!」
祥子が動く。飛んできた祥子の気合に反応しそうになる体を猫野センパイは無理やり抑え付ける。攻撃と誤認させて、かわそうとしたところを狙うのが祥子の狙いだ。
「ニャ!」
本物の突きが飛んでくるのを猫野センパイが紙一重でかわす。殺気と打突が一致しない。タイミングをずらして、フェイクと本物を織り交ぜながら祥子は次々と木刀を繰り出してくる。
祥子の必殺技・百式であった。
百式のすさまじい連続攻撃にさすがの猫野センパイも防戦一方となる。反撃をしようにも、見つけた隙が本物なのか誘いなのかも判然としない。内心で祥子の剣道家として技量に舌を巻きつつ、猫野センパイは俊敏な動きで攻撃をさばいていく。
「くっ!」
猫野センパイが祥子の技量に舌を巻いているのと同様に、祥子もまた猫野センパイの反射神経の良さに驚嘆を禁じえないでいた。全国トップレベルの剣士でもとっくに片の付いている手数を繰り出しているのだ。それをすべてかわす小柄な上級生の技量は、まさに化け物レベルであった。
「はぁぁぁぁぁ!」
祥子の気合とともに攻撃が変化していく。今までのが機関銃の連射だとしたら、変化したのはまさに弾幕である。虚実取り混ぜたすさまじい数の木刀が猫野センパイへ餓狼のごとく襲い掛かっていく。
「ニャめるニャァァァ!」
両手で木刀を払い、素早いダッキングとフットワークでかわす。全身すべてを迎撃と回避に活用し、猫野センパイは木刀の驟雨を必死にしのごうとする。
「すごい……」
もはや百などという数ではない。呼吸さえ忘れるほどの攻防劇を見て、虎美は改めて祥子への思慕を高めていく。
虎美も十分天才と言っていい実力を備えているだけに、その才能のすさまじさが分かる。元々の天賦の才に加えて、血のにじむような修練を続けた人間だけがたどり着ける領域の攻防戦であった。
「サッチン……」
攻防に息を呑むのは香織も同様だった。まさか、あの猫野センパイを相手に祥子がここまで戦えるとは思わなかったのだ。
だが、それと同時に香織の胸で複雑な感情が渦巻く。仲間である猫野センパイの勝利を祈る気持ちがある一方で、祥子の敗北を見たくはないという思いが少しずつ大きくなっていっているのである。
「がんばって……」
その言葉がどちらに向けられたものであるかは、香織自身にも分からない。ただ、華麗に木刀を振るう祥子と、それをかわす猫野センパイの姿にその場の誰もが見入られ、身動きが取れなかった。
「シャアアァァァ!」
打突をさばきすぎて痺れてきた両手両足を精神力で動かし、猫野センパイがさらに増えていく祥子の攻撃をかわしていく。祥子とて人間である。いつか攻撃が途切れる時が来る。それまでしのげば自分の勝ちなのだ。
右に左に振るわれる木刀をかわされ、祥子も焦りの気持ちが大きくなっていく。元より簡単に勝てる相手とは思ってなかったが、まさかここまで完璧に百式をしのがれるとは思っていなかった。少しずつ苦しくなってくる肺と両腕に心でムチを入れながら、祥子は渾身の攻撃を放つ。
「これでぇぇぇぇぇ!」
胴への突きが繰り出される。おそらくはこれはフェイントで、額のセンサーを割る作戦であろう。だが、十分に勢いののった突きは、猫野センパイをもってしても必殺の一撃に思えた。胴体をガードすれば変化についていけず、ガードを無視すれば、もしもこちらが本命だった場合、致命的な一撃を食らう。
「ニャァァァァ!」
一か八かの賭けに出た猫野センパイは胴体の突きを無視して、額へ神経を集中させる。それと同時に体を前へ進めて、祥子を自身の射程圏内へと捉えようとした。
「ちいっ!」
腹への衝撃はない。祥子は猫野センパイの足を止めることよりも、センサーを破壊することを優先させたのだ。自身の狙いが見破られたことに失望しつつ、彼女はすぐさま防御の体勢をとる。
しかし、猫野センパイのほうが早い。
「これでおしまいニャァァァァ!」
頭部へのガードが間に合わない。猫野センパイは勝利を確信して、必殺の手刀を祥子の額めがけて繰り出す。風を切り裂いた必殺の爪がまっすぐにセンサーを目指した。
「!」
猫野センパイの目が信じられないものを捉えて見開かれる。予想外の事態に対処できず、彼女は驚くことしかできなかった。
敗北を認め、観念した祥子もまた驚愕していた。あの猫野センパイの顔が絶望にゆがむところなど初めて見たのである。驚かないほうがおかしい。
「風?」
そう思ったのは一瞬であった。祥子の首筋を何かが高速で通り抜ける。そして、それは猫野センパイの額にあるセンサーに弾丸のように突き立った。
「ニャァッァァァァ!」
「竹刀だと?」
竹刀を頭部に食らった猫野センパイはセンサーを砕かれると、のけぞって床に転がった。とどめの一撃を放とうと前進していたためにカウンターとなった一撃は、無敵の猫野センパイさえも沈黙させてしまう。
「……すまねえっす。センパイ」
「!」
祥子が振り向き、香織が目を見開く。そこに生き残っていた全生徒が声の主のほうを注視する。
そこには竹刀を一本だけぶら下げた司の姿があった。




